赤い月の陰謀
王子編チュートリアル
一同が案内されたのは窓の無い白い部屋だった。真ん中のテーブルに映写機が置かれており、壁に白くて大きなスクリーンがかけられていることからおそらくは会議室だと思われる。
「現在この部屋には盗聴・盗撮防止用の魔法がかけられています。会話の内容が外へ漏れることはありません」
「ありがとう」
「ではそろそろ説明してくださいませんか? なぜ王子があの森で襲われていたのか、そもそもあの爆破事件がなんだったのか」
メルに指摘されて一番座り心地のいい椅子に座らされたデュナミスは、アグニ達を見渡してから懐に手を入れる。取り出したのは親指大の小さなARMSで、一般普及されている記憶媒体用のメディアARMSだった。
「………それを説明するためには、まずはこの映像を見て欲しい」
デュナミスはARMSをロドリグに手渡すとグレースに目配せし、彼女が入り口付近のスイッチを切り部屋の灯りが薄暗くなる。そしてロドリグが渡されたARMSを映写機に差し込むと、今度はスクリーンが照らされて映像が浮かび始めた。
まずスクリーンに写ったのは、『極秘機密』というタイトルのレジュメだった。そこに記されていたのは……
『ウィズダームの戦力・兵力・バトルARMSの一覧』
『最重要補給ラインの撃破ルート』
『防衛拠点の襲撃作戦候補一覧』
「………は?」
書かれた内容を一読し、最初に声を漏らしたのはメルだった。商国を含めた四大竜王国の重鎮の名前や重要施設の名称が記されていることから、国の執務に関する資料には違いない。だがところどころに散りばめられた不穏な単語は、どれもこれも一般的な公務に使われないものばかりだ。背中を嫌な汗が伝う彼女の指先を、隣に座るアグニの手が包む。
「メル、大丈夫か?」
アグニに心配そうな目で覗き込まれ、メルの緊張が少しだけやわらいでいく。見ればレイ達も資料の内容がただ事ではないことをなんとなく察しているらしく、互いに顔を見合せている。
スクリーンの場面が切り替わり、次に映ったのはどこかの工場のような風景だ。作業着を着た兎人達が工具を手に何かを組み立てており、手にしているパーツの大きさから見てかなり巨大なものを製作している。最後の映像には真っ黒い物体が画面いっぱいに写り込み、少しずつ物体が縮小していき全体像が明らかになっていく。
それは巨大な艦だった。金属製の漆黒の船体に赤い満月のエンブレムが描かれたそれは、所謂戦艦と呼ばれる種類の巨大艦だ。
「これって………」
「リュージュ大戦艦だ」
「リュージュ大戦艦?」
「現在王妃派閥が極秘裏に開発している。砲撃特化型バトルARMS搭載空母艦だ」
スクリーンには艦に関する資料がこと細かに記されている。全長およそ400m、搭乗可能人数は最大4000人。対空魔導ミサイル、砲撃魔砲、高性能魔術レーダー等々。
戦艦そのものに関してはまだいい。大陸外との交流のために貿易船を多数所有している商国は、積み荷を狙う海賊から守るための護衛艦を領海内に配備しているし、国防としても必要だ。
問題は火力と装備だ。いずれも『国防』という名目で開発したにしては度を越した戦力である。
「デュナミス王子。一体、貴国は何をしようとしているのですか?」
意を決して問いかけるメルに、デュナミスは眉間に皺を寄せてやや間を開けてから口を開いた。
「………噛み砕いていうと、王妃派閥の目的はウィズダーム魔術連合王国との戦争だ」
『!!!!』
戦争。平和な現在のドラーク大陸において、剣呑極まりない単語にいよいよ一同の予想は確信に変わる。
「君たちは、四大竜王国の力関係がどういったものかは知っているか?」
「あ、ああ……だいたいは」
現在のドラーク大陸を支配している四大竜王国は、それぞれ同盟関係にありながらも相互関係というものがある。
純粋な軍事力でいえばタップァーロート帝国が最強。質実剛健、常勝無敗を掲げる軍事国家の尖兵はいずれも鍛え抜かれた強者揃い。かの大国を蹂躙し侵略するなど、夢のまた夢。
魔法技術でいえばアールムプレケス法皇国が最強。偉大なる魔術神ミューデリカの残した叡智を代々守護するのは、魔法の真髄を極めし大魔法使い達。かの大国の前では、千の雑兵など虫ケラも同然。
経済力でいえばクレルドリューン商業王国が最強。大陸外の物品の仕入れを一手に請け負うのは、湯水の如き財力を持つ大商人達。かの大国に手に入らないものなど、この世には存在しない。
情報力でいえばウィズダーム魔術連合王国が最強。配下に擁するは凄腕の魔術ハッカーが多数所属する、諜報機関『蒼穹網。かの大国がその気になれば、この世の真実も嘘も意のままに作り出される。
フィジカルにのみ特化している帝国では高位階魔法を操れる法皇国にだけは勝てず、魔法技術の向上のための資金が必要な法皇国は潤沢な資産を持つ商国には頭が上がらず、豊富な情報網などを駆使して金融操作をする商国にとってハッカーを持つ王国は天敵で、主に諜報を得意とする王国は帝国の防衛力にはあと一歩及ばない。
この均衡があるからこそ、四大竜王国は互いに牽制しつつも同盟を結べているのである。
「逆を言えば自国にとって最大の障害である国を潰せば、国はドラークの真の頂点に君臨することができる」
デュナミスが語る内容に一同は驚愕する。つまり王妃派閥の狙いは、商国の天敵である王国を侵略することで実質的な大陸制覇を企てることだ。
「王国と戦争って、もしそんなことになったら!」
「ドラークの経済がインフラ……最悪の場合は残り二か国との関係も悪化するだろうな」
そうなれば冒険者ギルドのある君達の国にも飛び火しかねないと、デュナミスはチラリと視線をメルに流す。メルはようやく自分たちがここに呼ばれた理由を悟った。これはいうなれば、ドラークの未来をかけた重要な依頼だったのだ。
「あの……ちょっと待ってください」
しかしここでレイがおそるおそる手を上げ、デュナミスの話に待ったをかけた。
「ならどうして『艦』なんですか?王国の地形を考えると、海上戦はむしろ向こうのほうに分があると思うのですが」
王国は四大竜王国で唯一海に囲まれた国だ。海上戦が売りの艦では、向こうの土俵に入るだけで無意味なのではないかと語るレイにラナ達もハッとする。だがデュナミスはその疑問すらも想定内だったのか、ため息をついて再び口を開く。
「……これは海に浮かべるものではない。空を飛ぶ戦艦だ」
その一言に一同は一瞬だけ思考停止し、デュナミスはリモコンを弄り先ほどの映像の続きを流す。
映っていたのはなんと、巨大な戦艦が宙に浮いている姿だった。
何人か声を上げてしまう一同、だがそれを見てメルが感じたのは違和感だった。艦の大きさを踏まえて考えるに、これだけ巨大な艦を飛ばすには最低でも八位階魔法を使わないと不可能なはずだ。一体どうやって浮かべているのだろうかというメルの疑問に答えるようにデュナミスは説明する。
「この艦の魔術水晶には、八位階魔法『巨体浮遊』がプログラムされている」
『!?』
巨体浮遊。風属性に分類され、建造物を持ち上げることが可能と言われている高位魔法だ。その分術式は複雑かつ繊細で必要な魔力量も桁外れとのことで、冒険者ギルドの中でも扱えるのは八位階魔法使いであるフェリぐらいなものだ。
「巨体浮遊だと!? 確かあれはまだARMSへの実用化の目処がたっていないはずじゃ!?」
思わず椅子から立ち上がるトールが言うように、いまだ巨体浮遊は実用化されていない。現在の技術では七位階魔法の飛行までが限界なのだ。
「いや、実はすでに半年ほど前からプログラム用術式は完成しているのだ」
「はあ!?」
商国お抱えの詠唱者の一人が、試行錯誤の末に開発したのだという。
「ちょっと待ってください! 確か新しいプログラム術式が完成した場合は、法皇国に特許の申請をするのがARMS規制法で義務付けられているはずです!」
デュナミスの語る通りならば、それはARMS規制法違反にあたる。れっきとした犯罪だ。
「それだけ連中は勝利をもぎ取りたいのだろう。王妃派閥の地位を盤石のものとするためにな」
淡々とした口調で話すのは、デュナミスの隣に控えていたロドリグだった。地位を盤石にするため、たかがそんなことのためにここまでするものなのだろうか?
顔を見合せるアグニ達の心中を察してか、デュナミスは眉間の皺をさらに深めて申し訳なさそうに目を伏せる。
「………実はこれは、間接的に俺のせいで起こってしまったことなんだ」
現在の商国王家には妾の子のデュナミスのほかに、正妃ポレットの子である第一王女メイネがいる。順当にいけば王位を次ぐのはメイネ王女になるはずなのだが、彼女は要領が悪く口下手という商国の王が持つべき能力が致命的なまでに欠けてしまっている。一方でデュナミスは社交的で饒舌、商才とカリスマ性に秀でているなど王としての資質が優れている。このせいで王家はどちらに王位を継承すべきか一時期争いかけたことがあった。この王家を二分しかねない事態に待ったをかけたのは、意外にも担ぎ上げられたデュナミス本人だった。彼はわざわざ王妃派閥の眼前で、自ら王位継承権を放棄すると誓約書を書き、その上で姉君が即位後は彼女の補佐に徹することを主張した。これでデュナミスを王に据えようと目論む派閥を鎮静させることには成功したものの、それでも国民のデュナミスに対する支持率は高くなる一方だった。それを受けた王妃派閥が『デュナミス王子はメイネ王女が暗愚であることをいいことに、彼女を傀儡にして商国を裏から支配しようと企てている』と疑いはじめ、逆に彼らを刺激することになってしまった。
「このままでは王女が妾の子の言いなりになるかもしれない。そう考えた彼らは自分たちの地位を向上させる取り組みとして、戦争で勝利という暴挙にうってでてしまったというわけだ」
戦争に勝利しさらなる栄華を手にすることで、国民からの王妃派閥へのイメージをあげる目論見。そんな理由でこんな無茶苦茶なことを仕出かそうとしたのかと、もはや呆れてしまう。
「いくら自国の繁栄のためとはいえ、俺はこんなやり方には反対だ」
デュナミスは義憤を押さえるように、拳を強く握りしめる。よく『戦争は金になる』なんて言葉を聞くが、そんなのはデタラメだ。それで稼げるのは大抵ろくでもない連中だけである。兵士を集めるのも武器を作るのも金がかかるし、仮に勝利できたとしても領土が広がれば新たな問題が必ず出てくる。
巨体浮遊も、こんな血なまぐさいことではなくもっと有意義なことに使えたはずだ。八位階魔法術式の特許の申請をすれば、それだけで金などいくらでも手に入る。
だが第一王子とはいえ、妾の子であるデュナミスの意見だけでは今の王家は動いてくれない。ゆえに彼らは行動を起こすことを決意したのだ。
「俺達はこの証拠資料を他国に託し、王妃派閥の暴挙を告発するつもりだ」
確固たる決意の込められた眼差しのデュナミスに、メルは改めて確認のために気になることを聞いていく。
「つまり、あの銀光林の爆破事件は……」
「王妃派閥の刺客の目から逃れるために人通りの少ないあの道を選んだのだが、途中で後部座席に爆弾が仕込まれているのにグリー……グレースが気付いたんだ」
「車が止まると起爆する術式がプログラムされていたため、検問所に行くのは危険と判断しました」
車から脱出するさいにはグレースが身代わり用の魔法人形を作り、座席の自分達と場所を入れ替えて外に出た。その後は魔法で商会長と公爵に生存報告をし、エンゴーラで落ち合うこととなったのだ。
「ただその道中、王妃派閥が雇った暗殺者の襲撃を受けてしまってな……」
「そこへ騒ぎを聞き付けたアグニ達に救われ、今に至ると?」
「そういうことだ」
まさか商会長に依頼させた『十戦団』本人達だとは思わなかったがな、と付け加える。
「ふむ………つまり貴方が今回私達にする依頼というのは」
「この証拠を帝国のある要人に渡すまでのあいだ、我々の護衛をしてほしい」
映写機から取り外したARMSをテーブルに置く。お互いの目を真っ直ぐに見つめ合うデュナミスとメルの間に、緊張感が走る。
「………ちなみに、報酬はいかほどでしょうか?」
「おい! これは国家の命運を賭けた依頼なんだぞ!?」
ロドリグの怒号に待ったをかけるように、デュナミスが片手をあげる。
「いいんだロディ。むしろこれだけの重責にタダ働きをさせるほうが失敬だろう」
「はっ………申し訳ありません」
ロドリグは主君に恥をかかせてしまったかと思い、気まずそうに顔を伏せる。
「報酬だが、まず我々を護衛している間はエンゴーラのホテル宿泊代・娯楽施設料金・土産等を我々が負担。その上で一人につき20万ディードを支払う、というのはどうだろうか?」
「ふむ………」
さすがは商国の王子、随分サービスのいい報酬内容だ。ホテルやレジャー施設代負担に20万ディード、おまけにお土産まで好きなだけ買っていいとは。
「なかなか魅力的な報酬ですが、それは確かなので?」
「無論だ。これであとから帳消しにするなどとケチ臭いことはしないさ」
だろうなと、メルは内心でほくそ笑む。商人根性がウリの銀竜族にとって、報酬は相手に好印象を抱いてもらう必須事項だ。期待外れな報酬を出して自身のイメージを悪くし、二度と依頼を受けてもらえなくなるリスクは避けたいはず。
「ちなみに宿泊予定のホテルというのは?」
「ではディアネス・リゾートでいかがかな?」
『え!?』
一同の視線がデュナミスに集まる。
ディアネス・リゾートといえば、エンゴーラの宿泊施設の中でも一番人気のホテルだ。旬の食材を使った料理に緑豊かな山々を一望できる露天風呂が評判で、都会の喧騒を離れ英気を養いたい旅行者が絶えない。
「なんなら贅沢プランで宿泊してみるといい」
「ぜ、贅沢プランで!?」
ニッコリと満面の笑みを浮かべるデュナミスに、一同は人気ホテルの豪華なサービスを想像してつい顔がにやけてしまう。だがメルだけは鋭い目を崩さずにデュナミスの笑顔を見つめる。これはただの営業スマイルじゃない、いわば彼にとっての臨戦状態だ。仮に今自分達が断ったとしても、彼はこのまま逃がすつもりはないのだろう。ふうと息をつき、メルは不敵な微笑みで答える。
「わかった………その依頼、引き受けた」
「感謝する」
ラヴィ・アルバ・フェリ・ロット「…………あれ?」




