歯車は動きだす
ここからようやくはじまり
憲兵用の巡回車に乗せられたメルとトールは、運転する憲兵に後部座席からナビゲートする。二人は大急ぎでエンゴーラに到着したと同時に、街に勤務する憲兵に道中で起こったことを説明した。最初こそ半信半疑な彼らだったが、メル達が白金階級の冒険者プレートを見せれば信用してくれて車を三台と人員を七人ほど派遣してくれた。歩いて五分の距離しかない為かジャックが待機している場所には瞬く間に到着し、メルとトールが車から降りる。
「アグニ達はまだか?」
「今ちょうど目的地に着いたみたい」
ジャックは自身のARMSを開いて森の液晶地図を開く。画面の中央ではアグニ達のARMSの反応である赤と青と紫の光が点滅しており、あるポイントで動きを止めている。恐らくこの場所で戦闘が行われているようだ。
「ではここからは我々が先導します」
「よろしくお願いします」
森林に車は入れないのでここからは徒歩で進むしかない。用心の為にバトルARMSと医療ARMSを持参した憲兵達は、連絡係の三名を残して森に踏み込んでいく。メルとトールも愛用のARMSを起動させ非常時に備え、ジャックは近距離戦を考慮して後衛用のライフルではなく二丁のハンドガンとサバイバルナイフを取り出した。
木々が生い茂る道無き道を剣で凪払いつつ一行は進んでいく。ARMS画面で点滅する三つの光を頼りに付近を探していくと、メルのARMSから着信音が鳴った。すぐさまメルが発信元を調べるとそれはアグニからの通信で、急いで通信を繋げ一同が聞き耳をたてる。
『メル、今どこにいるんだ?』
「アグニか、ちょうど憲兵を連れて森に入ったところだ。そっちはどうなっている」
『こっちは片付いたけどさ、ちょっと俺たちだけだと運ぶのが大変でさ………』
アグニ曰くレイの予想通り音の発生源では戦闘が行われていたらしく、そのうちの襲撃者側を一蹴し三人の竜人を保護したのだという。
「なるほどな。それでその三人とは何者なんだ?」
『あ~、それが………』
しかしどういうわけか、アグニは歯切れの悪い言葉で返す。彼にしては不自然な反応にメル達は怪訝な顔になってしまう。
『その………説明が難しいっていうか。とにかくまずは来てくれないか?』
「「「?」」」
なんとも歯切れの悪い言い方だが、仕方がないので先を急ぐことにした。
数分後、一同の視界の端に青々とした森林に映えるような赤色を見つけてついに両者は合流した。
「アグ兄ちゃんお待たせ!」
「おう!」
「それで、件の襲撃者というのは?」
「そこに転がしてあるよ」
アグニが後ろ手に指差す先にはレイの影でぐるぐる巻きにされた黒づくめの戦士達が座らされている。それを見た憲兵の一人が気づいたように隊長に耳打ちする。なんでも以前から指名手配されていた傭兵崩れの殺し屋達らしい。
「なあ、結局保護した三人組ってなんなんだよ?」
「いやそれがさ………」
アグニが振り向いた先にいる、頭からすっぽりと白いローブで全身を隠した、いかにも怪しげな三人組。一同の視線が自分達に集まるのを確認するやいなや、三人はかぶっていたフードを脱ぐ。
「………!?」
左側に立つのは桃色の鱗と金色の長く艶やかな長髪を束ねた、金色の瞳を持つ線の細い美男子の竜人。
右側に立つのはウェーブがかった水色の髪と深紅の瞳を持つ美女で、一見すると人間に見えるが頭から生える竜の角が彼女が人型の竜人であることを証明している。
極めつけは真ん中に立つ月竜族の男だが……
「………!? !?!?!?」
メルは慌てて懐に閉まっていた新聞を取り出し一面の記事を見る。そこに掲載されていた写真は、現在行方不明扱いされているはずの商国の王子の写真と、彼の護衛であるロドニグ・ド・ロドニット氏とグレース・ド・グーディメル女史の写真。三人は新聞と目の前の三人をなんども見比べ、目を限界まで見開き固まってしまった。眼前の三人は写真のような貴族の装束こそ纏ってはいないものの、写真のお三方と全く同じ顔なのだ。
「あっ………ああ……っ!」
しかし驚愕していたのは何もメル達だけではない。同行していた憲兵達も驚き震え、持っていた武器を落としてしまっている。
「っ………! デュナミス様あああああああ!!」
中には歓喜のあまり泣き崩れる者もおり、嗚咽を漏らして肩を震わせる。対する王子は配下の反応にやや苦笑しながらも、崩れおちた彼に歩み寄る。
「皆、心配をかけてすまなかったな」
穏やかにかけられる声に憲兵が見上げれば、王子は笑みを浮かべて手を差し伸べる。
「ああ殿下! 本当に、本当に貴方なのですね!」
膝をつく憲兵は差し伸べられた手を、自身の両手で包み込むように握りしめて頬を寄せる。よくぞ生きてくださったと、涙を流す彼の行動は本来なら王族に対して不敬な行いであるはずなのだが、むせび泣く同僚達にそれを咎められる余裕はなかった。
「喜んでいるところ申し訳ないのだが、デュナミス殿下を速やかにエンゴーラまで送り届けてほしい」
そこへ桃色の竜人、ロドリグが冷静に指示を出す。ハッとなった憲兵達は自分達の役割を思いだし、涙を拭って立ち上がり整列する。
「それから、私達が存命していることはまだ公表しないでほしいの。下手人達はエンゴーラの牢獄に閉じ込めておいて」
『は!!』
続けてグレースも指示すれば、一糸乱れぬ敬礼とともに憲兵達は殺し屋達に手錠をかけロープで繋ぐ。何人かは主君に危害を加えられたことに対する怒りがにじみ出ているようで、「さっさと歩け!」と怒鳴れば殺し屋達は震えあがる。
うち二人は王子達の肩にそっと手を添えて「お足元にお気をつけください」と言いつつ共に歩いていく。
対しておいてけぼりをくらったメルとトールとジャックはそれを呆然と眺めていたが、苦笑いを浮かべるラナ達を見る。
「………アグニ、一体何がどうなって」
「だから言ったろ、説明が難しいって」
トールはわけがわからないといわんばかりの表情だが、アグニはただため息を吐くしかなかった。たしかに言ってた。言っていたが………まさかこんな展開になるなんて誰が想像できただろうか。
「まあまあ。助けてくれたお礼にご飯奢ってくれるそうだから、話はその後にでもしようよ」
見かねたレイが宥めるも、メルの思考は依然として停止している。王族にご飯を奢ってもらうなんて話、聞いたことがないじゃないか。
その後、待機していた三人の憲兵達もデュナミスの姿を目視したとたんに泣き崩れたのだが、ここでは割愛させてもらう。
クレルドリューン商業王国、王都ピエス。
王都のシンボルであるフィーナンサ城のとある一室にて、一人の女性がヒステリックに喚き散らしていた。
「失敗したですって!?」
年の頃は40代後半といったところか、肩まで伸ばした水色のストレートを揺らして豪華なドレスに身を包む彼女は人型の竜人だ。顔立ちは整っていながらもつり目のせいでキツい印象を他者に与える。
「冒険者に邪魔された!? さんざん待たせておいて報告がそれなんて、ふざけるんじゃないわよ!! 一体貴方達にいくら払っていると思っているの!?」
部屋には彼女以外の人間は一人もいない。彼女が会話しているのはアンティークなデザインの電話越しの人物である。
「いいこと!? 必ずやつと例のデータを始末するのよ!! どんな手を使ってでも!!」
念押しするように怒鳴り乱暴に受話器を置くと、女は苛立たし気に親指の爪を噛む。
「おのれぇ………デュナミス! 悪運の強いやつめ!」
鼻息も荒く怒りに歪む形相は凄まじく、羅刹のそれと遜色ないものであった。
「ここまで準備を整えてきたのよ………お前なんかに邪魔されるものですか!!」




