第97話 目覚める悪魔
デルフの意識が消失したことを確認したウェルムは踵を返した。
「やっと終わったね。いや、これから始まる」
「ああ、お前の野望。そして、私の野望にまた一歩近づいた」
今まで観戦していたジュラミールが歩いてウェルムに近づく。
「それもこれも君の協力あってこそさ。……そう言っている間に来たようだね」
ウェルムは謁見室の入り口に目を向けると一人平均的な身長の女性が歩いてきていた。
黒と赤のメッシュの首までかかった艶やかな髪。
デストリーネ王国の紋様が入った鎧に身を包んでいる。
片手には剣ではなく細長い鉄の棍棒を持っていた。
「おいおいおいおい。ウェルムよー! やっと始まるのか! 待ちくたびれたぜ」
女性は今までのストレスを払うように棍棒を振り回しながら近づいてくる。
「クロサイア、四番隊は大丈夫なのかい?」
「あたりめーよ。俺を誰だと思っている?」
可愛らしい高い声でキメ顔をする現四番隊隊長のクロサイア。
「ふふ、期待しているよ」
「しかしよ! ウェルム、前から気になっていたんだがこれはどういうことだよ!? なんで俺の身体が女なんだ!! おい! クライシス! 笑うな! ぶっ飛ばすぞ!!」
クライシスは顔を伏せていたが身体が震えていることをクロサイアは見逃さなかった。
「す、すいません。ですが、可愛いですよ?」
「うるせー!! 男が可愛らしいって言われて嬉しいと思うか!? ああ? でだ、なんでお前はちゃんと男なんだよ!」
クロサイアは苛つきからか棍棒を軽く地面に叩きつけている。
それでも相当な威力なのか大理石で作られた床が抉られていく。
しかし、可愛らしく高い声からなのかまったくその怒鳴り声からは覇気が感じられない。
どれだけ怒ってもそれが伝わらず逆にこの場が和んでしまっている。
「戦闘力に長けて君と相性の良い依り代がその身体しかなかったんだ。すまないけどそれで我慢してくれないか?」
「そのとおりだ! 我慢しろ。クロサイア!」
三人で話している横から新たな声が入ってきた。
ジュラミールを含めた四人が声の方向を向くと先程の戦闘で崩れてしまった壁の穴近くで妙なポーズを取っている男がいた。
その人物の姿を見た瞬間、クロサイアは嫌なものを見てしまったと言いたげに顔をしかめる。
「あっ。先輩、やっとその身体に馴染みましたか。元々、隊長の身体ですからね。力は十分にありますので十分に力を発揮できると思いますよ」
男の姿はこの国のものならば誰でも見たことがあるものだった。
なぜなら、その男は元四番隊隊長であるソルヴェルの姿をしていたのだ。
「ふっ、我を誰と心得る。偉大なる力を天から与えられし漆黒のデスティニー」
儚い顔で決まったと優越感に浸っている男にクロサイアは鼻で笑う。
「相変わらず意味わかんねー。お前適当に言葉並べただけだろ」
「ギルティー!!」
男が指先をクロサイアに向けると同時にそこから紫色の光線が放たれた。
クロサイアはそれを寸前で躱す。
「あっぶね!! おい! いきなり何すんだ! 喧嘩か? 喧嘩なら買うぞ!? ああ?」
高い声でわめき散らすクロサイア。
「貴様もそういえば選ばれし者だったのだな。なぁに、これはただの挨拶だ。そんなにムキになっていると馬鹿だと思われるぞ」
一々、癪に障る言い方に加え一言言う度にポーズを変えることもクロサイアに苛つきを与える。
「だからこいつ苦手なんだよ! 全く話が通じねーー!! クライシス、よくこいつを先輩と仰いで付いていけるな」
「先輩は真っ直ぐですから一度分かればこんなに分かりやすい人は他にいないですよ」
「いや、そこまでついていく根気がすげぇんだわ。いやならはっきりと嫌だと言って良いんだぞ。この馬鹿!って付け加えると尚更良い」
「……クロサイアさんは無事で済むから良いですけど俺がしたら大惨事ですって」
「本音を隠さず言うことはいいことだ。なぁに何かあれば俺に言ってくるといいさ。どうせこいつの逆ギレだ。こんなやつ俺が指で突っついて倒してやる。だけどな、馬鹿に馬鹿って言っても馬鹿だから分かんねぇさ。ワハッハッハ!!」
「ギルティー!!」
再び男の指先からクロサイアに向けて光線が放たれる。
それをまたも寸前で躱す。
「こ、このやろ……いいんだな? やるぞ? 俺やるぞ?」
クロサイアは棍棒を振り回して戦闘態勢に入る。
そのとき、パチパチとお互いを制止させるようにウェルムが手を叩く。
「はいそこまで。ヒクロルグ、やっと身体に馴染んだようだね。クロサイアも本気で怒らないよ」
ウェルムの注意にクロサイアは不承不承に黙り込み落ちている瓦礫の破片を蹴り飛ばす。
「なんやかんやで仲いいからなこの二人」
「なんか言ったか?」
「ギルティー?」
クロサイアは殺意の籠もった視線でクライシスを睨み付け、ヒクロルグは天を仰いでいるポーズを取りながらも視線と指先はクライシスを向いている。
「何にも言ってませんよ!って先輩、なんか気持ち悪い口癖になってますよ!」
ヒクロルグははっと気付いたように咳払いをしてウェルムを見る。
「我が君。ただいまこのヒクロルグ参上しました」
恭しき跪き頭を垂れるヒヒクロルグ。
「あーうん。ご苦労様」
そして、ウェルムは再び辺りを見回す。
「後、三人はまだ来ていないのか」
「あら、こちらにいますわよ」
ウェルムは背後を振り向くと外まで貫通しできた王都を一望できるほどの穴の前に可憐な女性がいた。
黒の優雅なワンピースを身に纏いその上にファーコートを着用している。
「うふふ、男の喧嘩は汗臭く見苦しいですわね」
呆れたように女性は首を振りクロサイアとヒクロルグを交互に見る。
「ヒクロルグは見た目以外に変わりないわね。相変わらずよく分からない言葉だわ。……クロサイアは可愛らしくなったかしら。ふふ、男の喧嘩は間違いだったわね」
「姉貴、可愛らしいは止めてくれよ!」
「あら?私は嬉しいわよ。暑苦しかった弟がこんなに可愛らしい妹になってくれて」
可愛らしいとはっきりと言われてもクロサイアは先程みたいな反発をせずに言われるがままになっている。
「すげー。あのクロサイアさんが反論できていない。さすが姉だ」
「我もあの人には頭が上がらないのだ」
ぼそぼそとクライシスとヒクロルグは話し合っている。
「間に合って良かったよ。ジュリカネももう身体には慣れたかい?」
「当然ですわ。むしろ遅いぐらい。……またウェルムと夢を見ることができると思うと胸が躍りますわ」
「ジュリカネ、夢を見るんじゃない。今度こそ叶えるんだ」
「そうですわね。あなたの夢を、私たちの夢を今度こそ叶えましょう。……そうそう、その名前で呼ぶのは止めて欲しいですわ」
ウェルムは首を傾げる。
「どうしてだい?」
「その名前の人物はとっくの昔に死にました。見ての通りの姿は昔と随分と違います。同じ名前を使うのは少々違和感がありますの。私が嫌なだけという話ですが」
「なるほど……それじゃ君のことはなんて呼んだら良いのかな?」
「そうですね……」
女性はしばらく悩み片手を自分の胸の上に置いて口を開く。
「今の私の見た目はこの身体の持ち主だった人物。今の世界に生きていた人。それならばこの人の名を頂くとしますわ。これからは私をカハミラとお呼びください」
笑顔でそう言うカハミラに対してウェルムは顔を引きつらせながらも無理やり頷く。
「なんか複雑な気分だけど……うん。わかったよ。改めてよろしくねカハミラ」
「ええ。あなたたちもわかったわね?」
にこやかに囁くカハミラにこくこくと頷くクロサイアたち。
「あと二人か」
「あーエイムちゃんなら一番隊をまとめるために抜けられないって連絡があったわ」
「そうかい。まぁしょうがないね。僕もドリューガが一番隊から去るとは思っていなかった。一番隊はドリューガの信者が多く同時に頑固者も多いからエイムも一苦労だろう。いざとなればジュラミールに手伝ってもらうとするよ」
「ふふ、書状の字が乱雑だったから相当に苦労していると思いますわ」
「あの几帳面がね~」
「だからもう全員揃っていますわよ」
「……ん? シフォードがまだのようだけど?」
「あら? 先程からずっとあなたの後ろにいますわよ」
「うそ!?」
ウェルムは振り向くと本当にすぐ近くにシフォードがいた。
暗い紫の髪に黒のスーツを着用しニコニコと笑っている好青年だ。
「ウェルム様、やっとお気付きになられましたか」
「ああ、すまないね。さっきまでの戦いで思ったよりもかなり消耗してしまったし、それに今の全力でさえまだあのときの三割ぐらいの力しかないんだ」
「そうでございましたか。それはお労しい。何なりとお申し付けください。私めは貴方様の力となるべく蘇ったのですから」
手を大きく前に回して一礼するシフォード。
「本当にお前の忠誠心はすげーな」
クロサイアが呆れながら呟く。
「当然です。聞いた話だと今から四百年前、クライシス殿とヒクロルグ殿がウェルム様の護衛に蘇ったとのことですがウェルム様をお守りする前に命を落とすとはなんと不甲斐ないことか。私ならば必ずやウェルム様のお役に立てた物を……」
その言葉を聞いたクライシスとヒクロルグは唸る。
「それを言われると耳が痛いですよ。仕方ないんですってとんでもない化け物が現われたんですから!!」
「左様、あれは誰にも手出しができない超常の力の塊。我でさえ太刀打ちもできなかった」
シフォードは少し驚く。
「ほう、お二人がそこまで言いますかそれはそれは楽しみですね」
「本当にあなたでも勝つのは難しいですよ。しかし、残念ですね。もう陛下が片付けましたよ」
それを聞いてシフォードはぱっと花が咲くように笑顔になった。
「さすが我が主です。あなたの矛と盾である我らが霞んで見える。もっと精進しなければ」
そこで話は打ち切られウェルムが改めて皆に声を掛ける。
「四百年前と違いようやく皆が揃うことができたね。エイムさんは残念だけど僕たちだけで始めるとするか」
「ところで、ウェルム。いったいこれからどのようにしていくんだ? 俺はまだ何も聞かせられていないんだけどよ」
クロサイアがウェルムに尋ねる。
ウェルムが答えようとしたが周りの仲間たちの様子が変わったことに気が付いた。
「どうしたんだい? 皆」
そう尋ねるがウェルムは皆の目が驚きに染まっていることを見逃していない。
ウェルムはある可能性に辿り着き振り向くと倒したはずのデルフが立ち上がっていた。
「確かに止めは刺したはず……どういうことだ?」
ウェルムは目を見開いて呟く。
顔を俯いたままデルフはふらつきながらもようやく体勢を整え直立する。
「!?」
そのとき、デルフに大きな変化が起きた。
まず、デルフの茶色の髪が徐々に伸び始めた。
さらにその髪は少しずつ黒に変色していく。
やがて、髪は腰まで達し色は完全に黒に染まりきってしまった。
そして、デルフは顔を上げる。
初めに反応したのはクライシスだった。
「ま、まさか……嘘だろ……その目……」
デルフの目は黄色に染まり鷹のよう鋭さを持っていた。
「いったい、デルフに何が……あの姿はジョーカーそのものじゃないか……。……!? ……まさか!!」
ウェルムは何かに気付き自分の右腕を見た。
「この腕はこの同化の力は元々デルフの物。しかし、デルフには魔力はないはず……何らかの方法で魔力を手に入れたと考えるべきか。……そうか、お前たち二人でジョーカーだったのか!!」
ウェルムの怒鳴り声を放つがデルフから笑い声が返ってきた。
「クックック。久しぶりじゃの。サムグロ王」
デルフの声だが口調は完全な別人だ。
そうその正体はウェルムがサムグロ王と呼ばれていたとき、自身の計画を完膚なきまでに壊した元凶。
倒したと考えていたがどうやらデルフの中にいたらしい。
(ジョーカーはまだ生きていた……)
ウェルムは早まる鼓動を悟られないように平静を取り持ちつつ受け答えする。
「そうだね。ジョーカー、いやルースフォールドの娘。今はリラルスと名乗っているようだね。僕もそう呼んだ方が良いかな?」
「貴様にそう呼ばれるのは虫唾が走る。今まで通りジョーカーと呼ぶがいい」
リラルスは嫌そうに吐き捨てる。
「サムグロ王。にわかに信じがたいがお前の事じゃ。どうやら本物のようじゃな。……私の恨み憎しみはまだあのときから燻ったままじゃ覚悟するといい」
その瞬間、リラルスの姿が掻き消えた。
「!!」
ウェルム以外の全員が反応に遅れた。
ウェルムだけは咄嗟に剣を構える。
だが、急に目の前に現われたリラルスが徐に手を近づけてきた。
「!!」
しかし、それだけでリラルスは他に何もすることなく後ろに飛び退いた。
「陛下! その剣を捨ててください!!」
何かを思い出したクライシスはウェルムに向かって叫んでくる。
ウェルムは剣を地面に素早く落とすと剣の刀身が急に黒く染まりやがてその形を壊していき灰となってしまった。
「なんだと……まさか……」
その場にいた全員が呆気にとられてその剣の最後を見届けた。
リラルスはそんなこと気にもしておらず自分の身体を不思議そうに動かしている。
「その身体はデルフの物。魔力はなかったはず。……復活したのか」
そして、リラルスは地面に落ちている義手の拳を拾い取ると元の場所に装着した。
「魔力を流せば動くと聞いたが……おお、動く動く」
嬉しそうに義手の拳を動かすリラルス。
次にリラルスは左手の指をパチンと鳴らした。
するとリラルスの周りから黒い瘴気が出現し身体を包み込んだ。
数秒もしないうちに黒い瘴気は失われたがリラルスの格好が変わっていた。
ボロボロの鎧から黒のロングコート、革靴、全身が殆ど黒に染まった格好に変わっていた。
「やはりこちらの方がやる気が出るのう」
そして、リラルスはにやりと笑みを浮かべる。
「来るぞ!! 皆気をつけろ!! 奴の魔力に触れたら終わりだと思え!!」
ウェルムの声には余裕は全くなくそれがカハミラたちに十分に伝わり全員が緊張を持って戦闘態勢に入る。




