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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第7章 騒乱の始まり
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第95話 均衡する力

 

 デルフは刀を握りしめて迫ってくるウェルムを迎え撃つ。


 ウェルムは右手を懐の中に忍ばせて剣を左手で握っている。


(模擬戦のときと違う。これが本来の構えか)


 デルフは出し惜しみをせずに初手から“死角しかく”を使った。


「くっ」


 だが、その苛つきの声とともにデルフは“死角”を急遽止める。


 なぜならウェルムの視線は死角を行った後も常にデルフを追い続けていたからだ。


「デルフ、前にも言ったよね。その技は致命的な弱点があると。来る方向が分かっていればどれだけ速くても対処は可能だよ」


 お返しとばかりに次はウェルムが突撃してきた。


 ウェルムは瞬く間にデルフとの距離を詰めて剣を大きく振り回してくる。

 振り回すとは言ってもその剣撃の一つ一つは凄まじい威力で欠点と思わしき隙は微塵もない。


 避けられる距離を超えて接近されたデルフは刀で防いでいく。


 だが、前までのウェルムの力とは雲泥の差で一回一回防ぐ度に重い衝撃が手に伝わり痺れてしまう。

 それでも無理してでもその手を動かさなければ致命傷の傷を負うのは明らかだ。


(このままだと……)


 やはり、ウェルムは強かった。

 もしジュラミールと共闘され向かってこられていたら既にデルフの命はなかっただろう。


 今は寸前で防ぐことができているがいつまで持つか分からない。

 限界を迎える前に反撃したいところだがそんな隙をウェルムが作るはずがない。


「……?」


 そのとき、デルフはウェルムの無尽蔵の剣撃が回数を重ねるごとにその間に僅かな時間が生まれていることに気付いた。


(出血量が増えている……。今しかない!)


 デルフはその隙を見逃さずに刀でウェルムの剣を弾きすぐさま傷が深い横腹に渾身の蹴りを入れた。


 弾き飛ばされたウェルムは魔力の放出により急ブレーキをかけ壁への衝突を防ぐ。

 しかし、着地は失敗し地面に転がってしまった。


「ぐっ……。まさか、ここで先生から受けた傷が邪魔するなんてね」


 ウェルムはこの場で初めて動揺した表情を見せた。

 横腹からは夥しい量の黒い血が流れ出ている。


 これはデルフの攻撃がウェルムに通じている事に他ならない。


(俺の実力ではウェルムに勝てない。だが、ハルザードさんが残してくれた置き土産がある以上、勝機はある!)


 しかし、デルフには一つ懸念があった。


 ウェルムを警戒しつつも悟られないように目だけを動かしジュラミールに視線を向ける。


 ジュラミールはその光景に目を見開いて今にもウェルムの加勢に出てきそうな構えだ。


 しかし、ウェルムはジュラミールを制止させる。


「ジュラミール、まだいいよ。今のは僕が油断しただけさ」


 そして、ウェルムはデルフに向き直る。


「デルフ、正直君を見くびっていたよ。魔力もないのに副団長まで登り詰めた君の力。そう簡単には勝てないようだ。しかし、僕も天人(クトゥルア)の身体を手に入れ常人の数倍以上の力だというのに……。ククク、まったく君はどこからそんな力を出しているのだい? 君は危険だ。ここで確実に消しておかなければ」


 ウェルムは立ち上がり再び左手だけで剣を構える。


(まだ、一人で戦うか。俺にとっては有り難いが……)


 不気味だ。

 そうデルフは感じていた。


 しかし、この好機を自らふいにするわけにはいかない。


 デルフは足に力を入れ思い切り蹴って跳躍する


 その際に刀を思い切り引き限界まで力を溜める。


 ウェルムは急速に迫ってくるデルフを見て懐から魔法札を取り出した。

 それをデルフの進行方向に素早く投げる。


精神拘束メンタルバインド!」


 ウェルムは右手の掌を向けて突き出した。

 そして、魔力が供給された魔法札に光が灯り魔法が発動する。


 精神拘束は対象者の身動きを取れなくするという魔法だ。


 しかし、デルフはそれに動じることもなくウェルムへ接近を続けていた。

 平然と進み続けるデルフにウェルムは苛ついた顔で舌打ちする。


「やっぱり君には効かないか!!」


 精神拘束には欠点がある。

 それは意志が強い者を縛ることは不可能だと言うことだ。


 ウェルムは突き出していた右手を下ろして初めて両手で剣を強く握った。


 デルフはウェルムの真っ正面まで近づいて力が限界に達して震え続けている左手を解き放った。


羅刹一突らせついっとつ!!」


 デルフが放った一撃をウェルムは辛うじて剣の腹で受け止めた。

 しかし、衝撃には耐えることができなく後ろに突き飛ばされる。


 背中を壁に叩かれ思わず膝をつくウェルム。


「デルフ、君って力がないとか言っていなかったっけ? 天人の力に匹敵どころかまさか上回っているよ。全く……」


 ジュラミールも驚きで固まっている。


「何者なんだ。あいつは……」


 優勢のデルフにフレイシアは安心したように眺めている。


「デルフ……」


 そんなデルフへの感心でこの場は染まっているが追い詰められているのはデルフの方だ。


 一回の休息なしに挑戦の森から身体の酷使し続けている。

 そんな状態で現在、初めから全力でウェルムに挑んでいるのだ。


 デルフは既に限界を越えている。

 それを悟られないように震える足を踏ん張り顔色を変えずに耐えているのだ。


 だからジュラミールがウェルムの加勢をしない今のうちに勝負を決めなければならない。


 再びデルフが動こうとしたときウェルムの方が先に動いた。


「仕方がない。デルフ、君に見せてあげるよ。天人の本領を」


 ウェルムの内側に渦巻く魔力が突然不気味な動きをし始めた。

 目には見えなく直感でそう感じていただけだが間違いはないという確信はある。


 デルフはウェルムから目を離さずに警戒を続ける。


 ウェルムはそんなデルフを見てにこやかに笑う。


 そのとき、突然デルフの背後から衝撃が襲ってきた。


 予期せぬ方向からの不意打ちにデルフは言葉をだす暇もなく吹き飛ばされる。

 だが、宙で体勢を取り直し軽やかに地面に着地する。


 そして、顔をあげてその不意打ちを放った者が目に入った。


「ウェルム……だと!?」


 そこにはウェルムの姿があった。


「ウェルムからは目を離していなかったはず!」


 デルフは思わず視線を変え身体が固まる。


 ウェルムは立っている場所から一切動いていなかった。


「ウェルムが……二人?」


 デルフは二人のウェルムを交互に見比べてポツリと呟く。


 一瞬で移動し続けているという線はなく完全にウェルムは二人同時に存在している。


「どうだい? 先程の攻撃で分かったでしょ? それは実体がある。間違っても幻なんて思わないことだよ。これが天人として得た力、”同一体どういつたい”。まぁ、簡単に言えば分身だよ」


 分身体にもハルザードから受けた衣服の切れ目や傷なども再現されている。

 どちらが本物か見分けるのは至難の業だろう。


 いや、そもそもどちらも本物なのかもしれない。


 そして、二人のウェルムはデルフを挟み込むように同時に地を蹴った。


 速度は完全に同じ。

 先程までデルフと戦っていたときと全く変わらない。


 デルフは片方の攻撃を受け止めるがもう片方の攻撃までには手が回らない。


「ぐっ……」


 避けることはできたがそれは致命傷を避けたという意味で完全には避けることなどできていない。

 今まで受けた傷を含め身体の至る所に斬り傷があり血が滲んでいる。


「本体と全く同じ能力の分身を作りだしていると言うことか。冗談だろ……」


 ただでさえウェルム一人を相手にするのがやっとであるのに二人になると勝てる気がしない。 


 二人のウェルムは高速に動きデルフを翻弄する。


 デルフの目を持ってしてももはやどちらが分身か分からなくなってしまった。


 片方のウェルムが魔力弾を恒久的に放ち続けもう一人がデルフに距離を取らせないように接近して攻撃を仕掛けてくる。


 単純に考えれば戦力が倍になっただけだが連携が完璧に取れているため何十倍に増えたと言っても過言ではない。


 デルフはもうある程度の負傷は覚悟して致命傷だけを避ける戦い方に切り替える。


 そして、向かってくるウェルムの剣を上に弾き一瞬にして背後に回った。


「羅刹……がぁ!!」

「後ろがガラ空きだよ」


 渾身の突きを放とうとしたデルフだがもう一人のウェルムの魔力弾が背中に直撃した。


 デルフは地面を転がりすぐに立ち上がり飛躍する。


 ウェルムの追撃の魔力弾がデルフがいた場所に直撃し大きな穴を作った。


「しぶといね。まだ動けるのか」


 なんとか追撃をかわせたデルフだがそれでも身体に駆け巡る鈍い痛みは少しずつ体力ではなく命を削っていく。


 デルフは反撃を仕掛けるとき油断なくもう一人のウェルムに警戒を払っていた。

 だが、自身が誇る最高の速度の技である”死角”を使えば一瞬は見失ってくれると甘えてしまったのだ。


「甘かったか……いや、これしかなかった」


 これに対処されてしまったとなるとデルフにはもはや打つ手はなかった。


 それでもデルフの瞳は絶望には染まらない。


 デルフは刀を握りしめて静かに構える。


「デルフ・カルスト……カルストの名に賭けて……皆の無念を背負っている俺は負けるわけにはいかない!」


 そして、デルフは石の床に足跡が残るほどの脚力でウェルムに迫っていく。


 その速度は今までよりも遙かに速くウェルムは目を点にしていた。


「なっ! まだ速く!?」


 流石のウェルムでも今のデルフの速度を追えていない。

 全くの見当違いの方向を向いていた。


 そして、デルフはウェルムの目の前に現われた。


 そのウェルムが先程まで接近戦をしていた方か魔力弾を放っていた方かは分からない。


 分かる必要がない。


 どうせどちらも倒すのだ。


 デルフは刀を巧みに操り刀の連撃を目にも止まらぬ速度で繰り出していく。


 先程と打って変わって攻守が逆転した。


 もう片方のウェルムがようやくデルフに反応できたときにはもうデルフの姿は掻き消えている。

 そして、隙を見計らい再び姿を見せ攻撃を行う。


 それを永遠と繰り返していく。


 着実にウェルムをダメージを増やしている。


 本体だけではなく同一体にも攻撃を仕掛けどちらを狙っているか分からなくして先程の連携を取らせないように動きを阻む。


 だが、それも長くは続かなかった。


 刀と剣が交差する剣戟の音が鳴り響いたと同時にデルフの動きは止まった。


「ようやく目が慣れてきたよ。いや、君の限界がやっと来たのかな?」


 デルフは激しく息を切らしながら刀に力を入れるがビクともしない。


 ついにやせ我慢をする力すらなくなり疲労が顔に出始めていた。

 それに比例してデルフの力が衰えつつあった。


 均衡していた力がついに差を開き始めたのだ。


 先程から全身が震えるのを抑えるために全身に力を入れ続けている。

 だが、ついにそれすらできなくなり所々が震え始めてきた。


 そもそもデルフは片手しか使えないがウェルムは両手に加え分身体がある。

 手数の差からも次第にこうなることは始めから分かっていたことだ。


 そして、その時間が来た。

 ただそれだけのこと。


 直後、デルフの背後に衝撃が走る。


「ぐあ!」


 その衝撃によって生じた隙にウェルムが剣で攻撃を仕掛けた。


 間一髪で避けることに成功したデルフだが身につけていた鎧がすっぱりと切り裂かれていた。


 ウェルムは今の攻撃を外したことに少々動揺している。


「今のを躱せるのかい……。本当に厄介……!?」


 デルフはウェルムが言い終わらないうちに反撃を仕掛けるため地面を蹴った。


 本来ならば先程の魔力弾の衝撃で怯みその後、突き刺されてデルフは終わるはずだった。

 だが、最後の僅かに残った些細な力を絞り出した。


 なぜ、動けたのか。

 なぜ、まだ戦えるのか。


 それはデルフ自身にも分からない。

 だが、デルフはまだ死ねなかったのだ。


 即座にデルフは死角を使いウェルムの視界から掻き消えた。 


 ウェルムもその分身も一切目を離していなかった。


 しかし、デルフの速度に目が追いつかなかったのだ。


「だけどね、デルフ。その技の欠点を教えたはずだよね!」


 ウェルムと分身は躊躇もせずに自分の背後に剣を振った。


 だが、その剣は空を斬った。


「な……に」

「お前が言ったんだろ。次の手を考えろって!」


 デルフはウェルムの目の前に刀を引いた状態で現われた。


 “死角”にて背後に回った瞬間に攻撃をせずにウェルムが反撃してくると読んで宙を舞い逆に目の前に回ったのだ。


「本体はお前だな?」


 ウェルムはまだ背後を向いておりもう防御は間に合わない。

 だが、ウェルムは振った剣をそのまま一回転させてデルフを切り裂こうとする。


 対してデルフは刀に込めていた力を一旦抜き軽く躱してウェルムの手を思い切り蹴り上げた。

 その衝撃でウェルムは剣を手放してしまう。


「ちっ!」


 そして、そのままその剣の柄をデルフは思い切り蹴った。

 矢のように真っ直ぐに放たれた剣は反応に遅れたもう一人のウェルムの腹を貫く。


 柄のせいで貫通はしなかったが分身のウェルムは黒い血を流しながら地面に倒れてしまう。


「ウェルム! これで終わりだ!!」


 地面に降り立ったデルフは再び刀を引いて力を込める。


 ウェルムはあまりの出来事に唖然として動けていない。

 いや、動かそうとしているがウェルムの身体は震えており動かせないのだ。


 ウェルムもデルフと同じく限界を既に越えているのだ。


 ジュラミールも加勢に動こうとしているがもう遅い。


 そして、デルフは渾身の突きを解き放つ。


「羅刹一突!!」


 凄まじい速度の突きがウェルムの顔を貫こうと放たれた。


 だが……


「な、なんだ……身体が」


 突きを放ちウェルムの顔の一歩手前で止まってしまった。


 左手が最後まで伸びなかったのだ。

 何かに引っ張られているようなそんな感覚。


 そのときデルフの身体が宙に浮いた。

 そして、勢いよく何か引かれ始めた。


 宙に浮いたことで踏ん張りがきかなくなったデルフは引き寄せられていく。


 デルフが背後に視線を向けるとそこには二番隊隊長であるクライシスがいた。


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