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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第7章 騒乱の始まり
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第91話 立ちはだかる者(2)

 

 激しい戦闘音が途切れ急に静まり返ってしまった。


 アクルガとヴィールの外傷は重くもはや立つことすら難しいだろう。

 つまり、今この場でファーストと戦うことができるのはガンテツのみだ。


 ファーストは先程の魔物とは比べものにならないほど強かった。

 他の騎士たちでは何もできないまま殺されてしまうだろう。


 しかし、ガンテツも勝算はなかった。


 何かないかと頭を駆け巡らせるが思いつく前にファーストがゆっくりと歩き始めた。


 もう考える時間はないとガンテツは覚悟とともにファーストを見定める。


 そして、刀に手をかけたとき背後から怒鳴り声が飛んできた。


「ガンテツ! どけぇぇ!!」


 アクルガの声だ。


 両手が折れもう戦うことができないはずだがガンテツは振り向くとアクルガは立ち上がっていた。


虎光拳ここうけんまとい!!」


 アクルガの全身が光り始める。


 そして、その全身に纏っている光が徐々に虎の形を作っていく。

 光の放出の風圧で普通に立つことができないほどの凄まじい力だがアクルガの身体から所々血が噴き出し始めた。


 その技の負荷にアクルガの身体が耐え切れなくなり血管が破け皮膚が裂けてしまったのだ。


 だが、アクルガの表情は怒りに燃えておりファーストしか目に入っておらず一切の苦痛がないように見える。


 それどころか折れた自分の腕を無理やり力で元の方向へと戻という力業を見せてきた。

 それも折れているもう片方の手でだ。


 見ているだけでも激痛を感じるその行為にアクルガは全く表情を変えずに行っている。


 片方が元に戻るともう片方も同じように戻した。


 しかし、骨が折れていることには変わりはない。


 そして、魔力量はさらに跳ね上がり構えを取った。


 アクルガの構えはまるで虎のように両手を地面に付け腰を浮かして威嚇の格好を取っている。

 獲物であるファーストを今すぐにでも噛みつきそうなぐらい睨め付けていた。


 両手が折れている事すらも忘れているのか地面がへこむほど力強く押し付けている。


 唸り声を上げてもはや理性の欠片も残っていない。


 “虎光拳・纏”は己の身体に虎の凶暴性を宿すように魔力を暴走させ限界を無理やり超えさせるというアクルガの奥義である。


 だが、アクルガはこの技を完全に扱うことができていなかった。

 その代償に身体は酷く傷付き溢れ出る魔力によって理性を無くしてしまっている。


 もはやただの血に狂った獣となっていた。


 それでも敵が誰であるかは忘れていない。


 アクルガは地面を蹴りファーストに攻撃を仕掛ける。


 虎のように四足歩行で飛び出したアクルガは奇抜な動きで走り回りファーストに向けて爪を振り下ろす。


 莫大な魔力を持った切り裂きでもファーストには届いていない。

 いや、微かにファーストの光の膜に筋が入り猫のお面が少し欠けた。


 さらにアクルガは狂気的な笑みを浮かばせながら力を集中させた。


 このままではファーストを倒すよりもアクルガの身体が弾ける方が先かもしれないという勢いで昂る魔力。

 それを見たファーストが拳に魔力を集めてアクルガに襲いかかった。


 アクルガも合わせて飛びかかる。


 拳と蹴りの応酬が幾度となく続く。


 もはやお互い防御を忘れ一切攻撃の手を緩めない。


 そこでガンテツは気が付いた。


 アクルガの方が次々と傷が増えている。


 それもそのはずファーストの光の壁は攻撃と防御を同時に行える。

 そのため防御の姿勢を取らずとも己の身体を守ることができるのだ。


 まさに攻撃こそが最大の防御。


 対してアクルガの技は自身を傷つけ力を得る諸刃の剣。


 アクルガが倒れるのは時間の問題だ。

 いずれ根負けしてしまう。


 しかし、その予想は悪い方向に裏切られた。


 ファーストの魔力の放出量が倍増したのだ。


 膨れ上がるファーストの光の膜。

 いや、身体を全て覆い尽くし球体と化するほどに膨れ上がっている。


 アクルガは構わず攻撃を仕掛けるがもはやファーストの身体にまで攻撃が通るどころか球状に広がった魔力を突き抜けることすらできていない。

 それどころか近づくことさえもできていなかった


「ぐっ……はぁはぁ」


 限界が迫るアクルガは全ての魔力を拳に集中させた。

 その拳をファーストに向けて豪速に突き出す。


 だが、そのときファーストを包んでいた光の球が霧散した。

 アクルガの攻撃が直撃したわけではない。


 防御を捨てファーストが受け身から攻撃に移ったのだ。


 ファーストはアクルガ渾身の一撃を片手で軽く受け止めてしまった。

 まるで魔力を纏っていなくてもそんな攻撃は通用しないというように。


 そして、アクルガの鳩尾に光り輝く拳を入れた。


 今まで防御に回していた魔力を全て拳に集中させた打撃だ。

 その威力は計り知ることはできない。


「がはっ!!」


 アクルガは守りが追いつかず直撃してしまった。

 いや、たとえ防御に成功したとしても先程の二の舞なるのが落ちだ。


 その場に膝を突き濁流のように血が口から溢れ出てきた。


「がはっ! げほげほッ!」


 アクルガの呼吸が荒くなる。

 あまりにも出血量が多い。


 肋骨が何本か折れてしまい臓器に刺さった恐れがあった。


 しかし、ファーストからすればそんなこと知ったことではない。


 さらにファーストはアクルガの喉に向けて強烈な膝の一撃を放った。


「!!」


 膝が喉に直撃すると同時にアクルガの纏っていた虎の魔力が突然消失した。

 しかし、それは全魔力で首元に強化を集中させ守りを固めたためだ。


 それが功を奏して首の骨が折れるという致命傷は避けられた。


 しかし、それでも無傷、軽傷とはいかず喉は潰れてしまった。


 呻き声でも所々途切れてしまって掠れて思うように声が出せない。

 そして、声を出そうとする度に喉の奥から血が込み上がってくる。


「はぁはぁ……」


 しかし、それでファーストの攻撃は終わりではなかった。


 拳に集中させた魔力の形が変化した。

 魔力が上に伸びていき鋭い三角を作った。


 まるで剣とでも言いたげな形だ。


 そして、痛みに悶えているアクルガに振り抜いた。


「させぬでござる!!」


 アクルガに直撃する前にガンテツが身体をぶつけファーストを弾き飛ばした。


 しかし、ファーストの攻撃を反らすことできずアクルガの左頬から口元まで切り裂かれていた。

 左頬は口の中まで貫通し下手をすれば顎が下に落ちそうなほどの大怪我だ。


「……すまぬ。間に合わなかったでござる」


 ガンテツは悔しそうに唇を噛みしめる。


 しかし、何とかアクルガは命を繋いでいる。


 意識も保つこともできているがもはや魔力も完全に底を尽き殺されるのを待つ身となっていた。


 ガンテツはこの場をどう切り抜けられるかを考える。

 だが、何も思いつかない。


 そして、誰にも聞こえることのない小声で呟いた。


「……隊長の責務を果たすときでござる」


 その微かな声には強い決意が含まれていた。


 そして、背後にいるノクサリオに向けて大声を張り上げる。


「ノクサリオ殿!! 皆を連れて撤退を!!」

「あ、ああ。了解した」


 ノクサリオは倒れているアクルガやヴィールを助けに走り出すがそこでガンテツがファーストと相対して動いていない事に気が付いた。


「お、おい。ガンテツ!お前はなにしているんだ!?」


 ノクサリオはガンテツの撤退の本当の意味を理解していなかった。


「自分は……この場に残り足止めをするでござる!」


 ガンテツは大声で強く言い放つ。


 その瞬間、ファーストがガンテツに飛びかかった。

 それをガンテツは抜刀で相殺する。


「お前……」

「早く!!」


 その声にノクサリオは突き動かされて倒れているヴィールとアクルガを拾っていく。


「が……てつ、あ、しどめ……は、あ……し、が」


 アクルガがノクサリオに担がれたまま言葉を紡ぐ。


 喉を潰されたアクルガの声は微かにしか聞こえなかったがガンテツは何を言っているか理解した。


「怪我人には無理でござる。時間を稼ぐ事が任務。すぐに死なれたら逃げるにも逃げられないでござるよ」

「む、り……だ」

「自分は隊長でござる。隊長として皆の命を守る義務があるでござるよ。アクルガ殿!! 後は頼んだでござる!! ノクサリオ殿、早く撤退を!!」


 ノクサリオは重々しくこくりと頷いた。


「す……まん。ガンテツ」


 今すぐに泣き出しそうでひ弱な声を上げてノクサリオは呟いた。


 ファーストはノクサリオが勝つ望みなど百に一つもない。

 戦って三十秒持つかどうかも怪しい。

 下手をすれば一撃で沈んでしまうだろう。


 ノクサリオは初めて自分の非力さを心から痛感した。


 だからこそ、早急に動く。

 今、自分にできることはそれしかないと考えて。


 ノクサリオはヴィールを隣にいた騎士に担がせる。


「全員!! 撤退だ!! 隊列など無視していい! この森から出ろ!!」


 三番隊はガンテツをその場に残して一瞬で離脱した。


「!」


 ファーストはそれを追いかけようとしたがガンテツの刀がそれを阻む。


「自分の攻撃は効かぬようだが時間ぐらいは稼げるでござるよ。しばらくお相手を頼むでござる」


 ガンテツは口元を釣り上げて不敵な笑みを浮かべた。


 ファーストはその場に立ち尽くしてやむなくガンテツに顔を向けた。


 ファーストもガンテツを無視することはできないと思ったらしい。


 ガンテツはそれほどの覚悟で満ちていた。


(カルスト殿……。自分はここまででござる。すぐ駆けつけるという約束を守ることができず申し訳ない。されど、必ずや皆を死守してみせる!)


 仮面をしているため表情は分からないが恐らく敵としてようやく認められたのだろう。


 ファーストの拳に光が収束していく。


「さぁ、尋常に勝負でござる!!」



 

 騎士が走る振動に揺すられてヴィールはようやく目を覚ました。


「ここはどこ?」


 三番隊はいまだ外を目指して森の中を走っている。

 隣で並走していたノクサリオが声を掛ける。


「起きたか」


 ノクサリオはヴィールに顔を向けなかったがその表情は暗くいつもの元気さがない。 

 ヴィールはノクサリオの肩に乗っかっているアクルガに目を向ける。


「アクルガ!? 酷い怪我……」


 急いでいたためアクルガの治療はできていない。

 そのため口が裂けたままで見た目だけでも痛々しく変わり果てた姿となっていた。


 しかし、もっと酷いのは喉や損傷した臓器だ。


「お前もだろ」


 ノクサリオが無表情で答えるとヴィールは自分の掌を見た。


 既に血は止まっているが酷い切り傷が多々残り思わず顔を背きたくなるほど血で濡れている。


「えへへ。またやっちゃった。これじゃまたガンテツに怒られちゃうね」


 いつもの調子で口にするヴィールだがその言葉で周囲の空気は変わったことに気が付く。


「あ、あれ? みんなどうしたの?」


 ヴィールはその空気の変化に戸惑う。

 そして、あることに気が付いた。


「そ、そういえばガンテツはどこ? どこにも見当たらないんだけど……」


 だが、返ってくる言葉はない。

 その不気味な沈黙に嫌な予感を覚えたヴィールは声を荒げる。


「ねぇ!! ガンテツはどこなの!!」


 そして、ノクサリオがゆっくりと口を開いた。


「あ、あいつは時間稼ぎであの場に一人で残った」

「う……そ」


 ヴィールは黙ってしまい呆然としてしまう。


 そして、ヴィールの目の色は闇よりも暗くなり涙が静かに頬に伝っていく。


「……ね」


 そのヴィールの言葉をノクサリオは聞き取れなかった。


 だがすぐにもう一度、次は荒げた声でヴィールが大声を放つ。


「見捨てたのね!! あなたたちはガンテツを!!」


 完全に敵を見る目でノクサリオたちを睨み付けるヴィール。


「すま……い。あ、た……し……のせい、だ」


 いつの間にか起きていたアクルガが掠れた声で呟いた。

 その大怪我でよく意識が戻ると普通ならば皆が感心するところだ。


 しかし、そんなアクルガの声を無視してヴィールは狂ったように独り言を始めた。


「い、行かなきゃ。私がガンテツを助けるの。皆は見捨てても私は見捨てない。行かなきゃ、行かなきゃ!!」


 ヴィールは自分を担いでいた騎士から暴れることで抜けだしそのまま地面に転がり落ちた。


「ヴィール!! 何してんだ!! 戻れ!! ガンテツの覚悟を無駄にする気か!!」


 ヴィールは地面を転がりゆっくりと立ち上がる。 

 そして、鞘に収まっている空切りを抜いた。


 真っ赤な片手で空切りを強く握りしめる。

 その握力の強さで止まっていた血が押し出され空切りの柄をさらに血で濡らしていく。


「ヴィ……ル。もど……れ」


 そう呟くアクルガの目は涙で滲んでいた。


 声が今のヴィールに届くはずもなくそのまま走って引き返していった。


「ノクサリオさん! 俺たちも戻らなければ!!」


 ヴィールの行動を見て焦った騎士の一人がノクサリオに進言する。


「駄目だ!! 俺たちが戻ったらガンテツは無駄死になる!!」

「ヴィールさんを見捨てるのですか!?」

「ひ、一人の勝手な振る舞いで……これ以上隊を崩すわけにはいかない!! 引き続き撤退する! いいな!!」


 ノクサリオは自分の私情を押し込めてアクルガの代わりに指揮を執り始める。


 その必死の言葉に騎士たちは何も言い返せずに素直に従った。

 言葉の中に含まれていたノクサリオの無念を感じ取ったのだろう。


 そして、森を出たノクサリオたちは馬に乗り急ぎ王都に向けて再び走り始める。


 しかし、三番隊が王都に戻ることはなかった。


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