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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第6章 受け継ぐ意志
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第81話 本来の姿

 

 観客席の一番上の席にて試合を食い入るように見ているウラノとナーシャ。


 最初の内はデルフの成長ぶりにナーシャは喜んでいた。


 しかし、場面は急展開し圧倒的にデルフの方が不利な状況に陥ると両人とも焦りを隠すことができていなかった。


「ちょっとちょっとデルフ! 危なくない!? 刀が折れちゃったよ!」


 ナーシャが拳を握って口早に言う。


 ウラノはそんなナーシャに目を向けず答える。


「大丈夫です。殿は大丈夫です……」


 その呟きはほんの微かに聞こえなく自分に言い聞かせているようにナーシャは感じた。


 そこまでウラノの意識はデルフに釘付けだ。


 そして、デルフが自慢の速度でドリューガを翻弄し始めたときだった。


 見事、デルフがドリューガの背後を取り突きの構えを取る。


「今です! 殿!!」


 しかし、ウラノの叫びは届くことはなく先程受けた傷が響きデルフは少し怯んでしまった。

 その隙にドリューガが背後にいるデルフの存在に気付く。


「殿!!」


 思わずウラノは飛び出そうとするがすぐに引き戻された。


 ウラノは振り向きナーシャに向かって叫ぶ。


「なぜですか!? あなたは殿の姉君のはず! なぜ止めるのですか!!」


 その問いに対してナーシャは重々しく答える。


「駄目よ。そんなことをしてデルフが喜ぶと思うの? これは一対一の真剣勝負。あの子の戦いなの。私たちにできることは見守ることだけよ」


 そう言うナーシャの手は震えており目も潤んでいる。


 自分の気持ちを押し殺してでもこの戦いの邪魔はしてはいけないのだ。


 ウラノも理解している。


 デルフが確実に勝利を収めることを確信と言えるほどに信じている。


 だが、それでもウラノは我慢ができなかった。


 主が苦戦をしているのにもかかわらず自分は見ているだけ。

 これではデルフの忠臣として自分の存在意義がないのではないかと頭を過ぎってしまう。


「ナーシャ様……申し訳ございません。小生は、小生はもう……!?」


 そのとき、ルーが力の抜けたウラノの腕から抜け出した。


 そして、身軽に辺りにいる騎士たちの間をすり抜けて闘技場に飛び出した。


「ルー君!?」


 ナーシャは思わず声に出し、ウラノはルーの行動に唖然としている。


 躊躇することなく走り続けたルーはデルフの前へと庇うように躍り出た。


 そして、次の瞬間に起こった出来事でナーシャたちは唖然とする。




 ルーに大剣が襲いかかり直撃した。


 誰もが生々しい血飛沫と真っ二つに裂けたリスの姿が頭に過ぎる。


 しかし、そうはならなかった。


 大剣がルーにぶつかる直前、ルーから身体を覆い尽くすように黒い煙が発生した。


 その煙の中に大剣が吸い込まれていく。


 たかが煙で防げると思わなく結果は同じだと考えた次の瞬間、煙の中から聞こえてきたのは甲高い金属音だった。


 ドリューガは大剣が弾かれて体勢を崩し後ろに転がってしまう。


「な、なんだと!?」


 ドリューガも想像だにしていなかった事態に驚きを露わにする。


 なんとか助かったデルフは地面に着地しドリューガではなく上に発生している煙に視線を向けた。


 しばらくしてその煙の中から何かが落ちてくる。


 ルーではない。


 それは地面に深く突き刺さり禍々しい光沢を放っていた。


 しかし、デルフには見覚えがあった。


「黒刀? ……あのときの?」


 再び上空を見るが煙は既に消えルーの姿は無い。


「まさか、お前……」


 そのときデルフは昔に聞いたリラルスの言葉を思い出した。


「「リスの見た目をしているが実はリスではない。姿を変えているだけじゃ。本当の姿は全く見せん」」


 デルフは黒刀に焦点を合わせる。


「そうか、それがお前の本来の姿というわけか……」


 黒刀から返事と言わんばかりに殺気が飛んできた。


 デルフには答えがすぐ分かったが他は頭が追いついていないようでただ黒刀を見詰めていた。


「なるほど、それが貴様の本当の武器か……」


 だが、ドリューガは目の前で起こった出来事を飲み込み大剣を片手に携えてゆっくりと歩いてくる。


 勘違いをしているようだがそれはそれで都合がいいと考えて返事をする。


「ああ」

「リスだと思ったが、魔法剣か珍しいな。仮にも我が国の隊長ともあろう者があんななまくらを使っているとは少々疑問だったが納得がいった。面白い」


 デルフは黒刀を握りしめて構える。


 するとデルフにあわせたように黒刀から波動が生じた。


 それは律動的に続いておりドリューガや観客席にいる者まで届いている。


 一番近かったドリューガがまず顔をしかめた。


「むっ! これは!?」


 あのドリューガが後退りをする姿を見てデルフは驚いた。


 ドリューガは頭を振り払った後、黒刀を睨み付ける。


 さらに観客席にいる騎士たちも震えてしまい絶叫を上げている者もいる。


 さすがにハイルたちが座る玉座の下までは届いていなく不思議そうに眺めていた。


 その波動はデルフを避けて辺りに広がっているためデルフはその影響を受けずに済んでいる。


 デルフは興味本位にその波動に触れてみるとその瞬間、頭の中に何かが浮かぶ。


 (…………ッ!!)


 それが何か理解すると反射的に身体を波動から外した。


 心臓が止まりそうになり過呼吸が続く。


 冷や汗も額に流れており背筋が凍りそうになった。


 殺気などと言う生易しいものではない。


「これは、恐ろしいな……」


 デルフが見た物、それは自分の死の姿だ。


 これがルーの本来の能力である“予感よかん”だ。


 リスの姿では強烈な殺気を出すことしかできなかったが本来のこの姿では強化され殺気ではなく相手に自分の死の姿を予見させる。

 誰であろうと死を恐れるのは当たり前のことだ。


 しかし、この能力を打ち消すには脳裏に過ぎる自分の死を乗り越えなければならない。


 ひとしきり波動を放った後、ピタリと止まった。

 まるで足慣らしとでも言うところか。


 デルフは軽く黒刀を振る。


「……軽い」


 あまりにも軽かった。


 刀を握っているという感覚があまり感じられない。

 自分の身体の一部であるかのようだ。


 デルフは次に自分が先程受けた傷を見る。


 血は既に止まっており痛みも余裕で耐えられそうだ。


 少し痛みになれすぎたかとデルフは内心で苦笑する。


 そして、デルフは静かに黒刀を構える。


 ドリューガはその間何もせずそのデルフの様子を静観していた。


「わざわざ、待ってくれていたのか?」

「ふっ! これは試合だ。戦ではない。全力のお前を叩き潰してこそ意味がある」

「後悔するなよ?」


 そう言ってデルフは地面を蹴りドリューガの視界から消えた。


「同じ攻撃は通用せん」


 ドリューガは大剣を大きく振りかぶり空を斬る。

 そして、その振った方向に連続して衝撃が続いていく。


 ドリューガの破砕とは魔力を膨張させて爆発を起こす技だ。


 その魔力を相手の身体に送り込めば木っ端微塵に散らせることができる。


 しかし、その魔力を大気中に放出した場合は?

 それが現在の状況だ。


 行き場がない魔力は大気中を漂いやがて爆発する。

 その爆発は強力な衝撃波となりデルフに襲いかかった。


 だが、デルフはどこで生じるか分からない衝撃波を軽やかに躱していく。


 いや、デルフには見えていた。


(これは……まさかドリューガが放った魔力?)


 デルフの目に映ったのは所々に散りばめられていた白く輝く靄だ。


 そして、その靄が大きさを増し限界超え弾けた瞬間に衝撃波が引き起こされる。


(間違いなく魔力だ)


 しかし、なぜ見えるかはデルフにも分からない。


 だが、今は考えることよりもこの戦いに集中する方が大切だ。。


 デルフはさらに加速しドリューガとの距離を一瞬にして詰める。


 ドリューガにはもうデルフの姿は見えていない。


 それほどにまでにデルフの速度は異常なのだ。


 ドリューガは破砕の手応えがないと感じると顔をしかめる。


 だが、そのときは既にデルフがドリューガの横を通り過ぎていた。


 その際にドリューガの左足を浅く切り裂く。


 息をつく間も与えずデルフはさらに地面を蹴り取って返す。


 ドリューガの四方から次々と攻め寄せて斬り傷を増やしていく。


 されるがままになっているがドリューガはデルフの速度に全く反応できておらず翻弄している。


「くっ!! 面倒な!!」


 いや、ドリューガはデルフの動きを微かには反応できていた。


 しかしデルフに反撃に転じようとする度に黒刀から発せられる“死の予感”で僅かに動きを躊躇ってしまい機会を逃していた。


 デルフを相手にするときその躊躇は命取りになる。


 防戦一方になるドリューガ。

 手も足も出ないとはまさにこの事だろう。


 しかし、流石ドリューガと言うべきかデルフの動きを予測して大剣を全力で振った。


 デルフの真っ正面に向かってくる大剣の刃が目に映る。


 しかし、デルフは動揺しない。


 デルフは黒刀で軽く受け止めた。


 先程の刀と黒刀の性能は重さ、切れ味、能力どれにおいても桁違いの差がある。


 ドリューガの大剣も相当な業物だが黒刀に戻ったルーの方が全てに置いて上だと断言できるほどだ。


 大剣を受け止めたデルフは即座に黒刀を器用に扱い大剣の軌道をずらし上に弾いた。


 デルフがドリューガを上回っているのは速度だけであり力比べとなった場合、デルフに勝気はない。


 ドリューガを倒すために選んだデルフの戦い方は攻撃の手を緩めないことである。


 弾いた後、デルフは再び姿をくらませた。


 ルーによる“死の予感”が絶え間なく続きドリューガに焦りが生まれてくる。


 ドリューガは血走った目でデルフを探すがそれでも見つからない。

 そして、横目で玉座に座っているハイルの姿が目に入った。


 今の無様な自分の姿を最も尊敬している御方に晒してしまっている。

 そのことがドリューガにとってどれだけの焦りと恐怖に変わるか言うまでもない。


 ドリューガの脳裏にハイルが失望する姿が過ぎった。


「ぐあああ!! 我が我が……」


 それがドリューガにとってどれほどのことか。

 自分の死よりも恐ろしいことだった。


 今のドリューガの頭の中はそれだけで埋まってしまっている。


 追い詰められた者ほど恐ろしい者はいない。


 デルフはそれを理解していなかった。


 そして、恐怖に染まったドリューガは叫ぶ。


「我は!! 負けてはならんのだ!!」

「不味い!!」


 ドリューガが叫ぶと同時にハルザードが声を張り上げる。


 デルフは再び攻撃を繰り出そうとしたときドリューガの危機感は最高潮に達した。


 ドリューガは大剣を的確にデルフに振り下ろす。


 デルフは先程と同じく受け止める。


「調子に乗るな!! 若僧!!」


 だが、続けて飛んできたドリューガの拳にデルフは反応できなかった。


 ドリューガの拳がデルフの腹部にめり込み身体が軋みを上げる。


 そして、ドリューガはそのまま振り抜きデルフは吹き飛ばされてしまった。

 速度が緩まることなく壁に衝突し砂埃が舞う。


 我に戻ったドリューガは自分の拳を見て顔を青ざめている。


 ジャリムとの戦いのときにドリューガが使っていた籠手は魔力を安定させ破砕の威力を強化する装備である。

 つまり、別になくても”破砕”は使えるのだ。


 ドリューガはデルフに破砕を使ってしまった。


 人が死の危険に達したとき限界以上の力を自分の意志と関係なく出してしまう。


 それに今回、ドリューガは破砕を直接使用しないという制限付きだった。


 しかし、ドリューガを染めてしまった恐怖によってその枷は外れてしまったのだ。


 瓦礫に埋もれてしまったデルフはゆっくりと立ち上がる。


 黒刀は手から落ち意識は保っているかどうか怪しい。


「!!」


 そのときデルフの腹部の内側から強烈な衝撃が走った。


 鈍い音とともに内臓が弾け口から洪水のように血液がこぼれ落ちる。


「デルフ!!」


 王女という立場を忘れて思わず立ち上がったフレイシアが叫ぶ。

 今にも泣きそうで手が震えている。


 しかし、まだドリューガの魔力は全て爆発しきってはいない。


 デルフの体内に植え付けられたドリューガの魔力が次はデルフの身体を弾けさせようと膨張し始める。


 その影響は客観的に見たら明らかだ。


 デルフの目の色は失っており意識はもう無いに等しかった。


 今、立っているのが不思議なくらいだ。


 デルフの身体が膨らみ始めている姿に観客席はどよめく。


 ドリューガは己がしてしまった罪に身を震わせ立ち尽くしていた。


 だが、不思議なことが起こった。


 意識のないはずのデルフは左手を徐に動かし自分の腹部へと掌を近づける。


 すると、膨張し始めていたはずのドリューガの魔力が次第に弱まっていき黒い蒸気とともに蒸発してしまった。


「なっ!」


 あまりにもの出来事でドリューガは声が出ない。


 デルフは正面を向きドリューガに目を合わせる。


「き、貴様……いったい、その目は……あのときの」


 その返事にデルフは無言で口元を釣り上げた。


 ドリューガは動揺して後退りをする。


 その隙にデルフは動いた。


 デルフは左手で自分の義手の拳を捻り取れた拳を地面に投げ捨てる。


 すると闘技場全体は義手を中心にほんの一瞬だけ光で埋め尽くされた。


 ドリューガは虚を突かれ目を眩ましてしまう。


 デルフは既にドリューガの背後に回り義手に内蔵していた仕込み刀を振る。


 だが、その気配に気付いたドリューガは大剣でそれを防ぐ。


「ちっ!」


 デルフは苛つきで舌打ちをする。


 その大剣の切れ味に耐えきれなかった仕込み刀は折れてしまったのだ。


 それでもデルフは冷静にドリューガの足を思い切り蹴って怯んだ隙に大剣を上に打ち上げた。


 まだ、ドリューガの視界は戻ってはおらずデルフの攻撃に反応できていない。


 デルフはさらに足でドリューガの横腹を蹴り体勢崩した後、最後に顎を蹴った。


「ルー!!」


 その声とともに黒刀がデルフの左手に吸い込まれるように飛んできた。


 柄を握りしめるとデルフは宙に上がったドリューガの鳩尾を踏みつけてともに地面に落下する。


 そして、ドリューガが背に地面を付けたと同時にデルフは足の位置を変えドリューガの両手を踏みつける。

 そして、ドリューガの顔のすぐ横に黒刀を突き刺した。


 そこでデルフの瞳の色が戻り朧気となっていた意識が戻った。


「俺……は一体何を……」


 ようやく、観客である騎士全員が発光の影響がなくなり初めて目に映った光景は倒れたドリューガを踏みつけているデルフの姿だった。


 しばらく呆然としていたが騎士たちはやがて歓声が飛び始めた。


「そこまで!!」


 ハルザードが大声を張り上げそれと同時に銅鑼の音が鳴る。


 そのハルザードの表情も一安心とも取れるほど穏やかだった。


 フレイシアはへなへなと腰を抜かして地面に腰を落とす。


 そんなフレイシアを見てハイルはふっと笑った。


「フレイシア、良い配下を持ったな。大事にすると良い」

「は、はい!!」


 ハイルは立ち上がりフレイシアの頭を撫でた後、ある程度高さのある玉座から闘技場に飛び降りる。


 それに合わせてハルザードも飛び降りた。


 重力を感じさせないほど緩やかに降り立ったハイルはドリューガとデルフ両者の下まで近寄る。


「両者、見事な戦いであった。心より賞賛を送る」


 そして、ハイルはデルフに視線を合わせる。


「試合結果よりデルフ・カルスト。そなたをハイル・リュウィル・デストリーネの名において騎士団副団長を任ずる」


 デルフはまだ意識が定まっておらず呆けていたが我に戻り跪く。


「はっ!!」


 ハイルは満足そうに頷くとデルフにさらに近寄り小声で囁いた。


「これは国王としてではなく私個人としての頼みだが、そなたがよければこれからもフレイシアのことを頼まれてはくれないか? あれはお前のことを心底気に入っているようだ」


 その言葉はデルフも願ってもないものでデルフは心から頷く。


「ハッ!」


 そのデルフの意志の籠もった強い視線を見ると安心したように顔を逸らした。


 そして、次にハイルはドリューガの下に近づく。


 ドリューガは地面に手を付き呆然としていた。


「ドリューガ」


 そのハイルの声に反応したドリューガは恐る恐る顔をあげた。


 ドリューガの瞳にはまるで覇気が宿ってはなくその巨体がまるで萎んだように小さく見えた。


「良い戦いであった。一つ違えばまた違う結果になっただろう。これからも期待しているぞ」


 ハイルはドリューガの肩を叩き玉座に戻っていく。


 ドリューガは勢いよく顔を上げて戻っていくハイルの後ろ姿を見詰める。


 そして、再び地面にぶつける勢いで頭を下げる。


「ハッ!! この命、全ては陛下の物でございます!! 何なりとお使いください!!」


 そして、ハイルの締めの言葉により御前試合は閉幕した。


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