第77話 三番隊の後押し
昼食を済ませたデルフはすぐに騎士団本部に向かう。
隣にはウラノがピッタリとデルフの警護のため周りに睨みをきかせている。
はっきり言うと少し歩きにくいとデルフは感じていた。
「もっと気楽でいいぞ。俺を狙うなんて輩はそういないだろう」
「いえ、如何なるときでも警戒することに越したことはありません。後で後悔しては遅いですから」
その言葉はデルフに響くものがあった。
「そうだな。その通りだ。俺も見習わなければな」
デルフはそう小声で呟いた。
本部に到着するとまずは一直線に病室に向かう。
病室は広く何百人分のベッドがありその殆ど全てに怪我人で埋め尽くされている。
(予測はしていたが三番隊の状況も酷いな)
病室に足を踏み入れるとその一角に見慣れた人物がいた。
「あれ? デルフ君じゃ〜ん!! 無事に帰ってきたことは聞いていたけど、もう大丈夫なの!?」
デルフが声を掛けるよりも先に話しかけてきたのはヴィールだ。
ヴィールの両手は肘にかけて厳重に包帯で巻かれており指一本出ていない。
包帯でぐるぐる巻きと言った具合だ。
はっきり言って手を使わなければならないときは他人の手を借りないといけないだろう。
「俺はもう大丈夫だ。それよりヴィールの方が痛々しいぞ」
ヴィールは自分の両手を見て引きつった笑みを浮かべて空笑いする。
「あはは……そうだね。でもこれは自業自得っていうかなんというかなんだよね……。けど、見た目ほど悪くないからあまり心配はしないでね!」
「両手の神経が滅茶苦茶に切り裂かれ手の痺れが一向に取れない。それのどこが軽傷でござるか……」
「ガンテツ! しー! しー!」
ヴィールの後ろからガンテツがそう言いながら近づいてきた。
「大丈夫なのか?」
「医者が言うにはこつこつと治癒魔法を使いながら治していくしかないと。しかし決して治らないわけではないので安心して良いでござる」
「そうか」
一瞬、デルフはフレイシアに願い出れば即刻治してくれるのではないかと過ぎった。
フレイシアの治癒の魔法ならばデルフが知る限りどのような怪我でもすぐに完治させることができる。
ただし、病気は効果の範囲外ではあるらしいが。
だが、フレイシアを頼るのに問題が一つ。
それはヴィールを治せば他の者も治さなければならないことだ。
ヴィールだけ治して他はしない。
それではフレイシアの印象が悪くなってしまう。
致命傷の傷ならばそのような問題無視しても構わないが治らない傷ではないとのことであるためデルフは出そうになった言葉をグッと抑えた。
ガンテツはヴィールの包帯を替えるためベッドに向かわせる。
その包帯を替えている姿は昔の自分とリラルスを彷彿とさせた。
だが、流石に包帯に付着している血はもちろん赤色だ。
(懐かしいな……)
「デルフ君、ところでその子は?」
ヴィールは包帯を替えてもらいながらデルフの隣に立っているウラノに視線を向け尋ねてくる。
デルフが答える前にウラノが前に出て自己紹介をする。
内気な性格はずだがその言葉ははきはきしており自身が漲っていた。
「小生はウラノと申します。この度、殿一番の忠臣になりました。どうぞお見知りおきください!」
デルフの忠臣として恥ずかしくない行いをするため自分を変えたのだろう。
自分を変えることを容易とするのほどの忠誠心がウラノにあった。
ヴィールやガンテツはぽーかんとデルフとウラノの顔を見比べる。
「まぁ、そういうことだ」
もう全てを諦めて受け入れることにしたデルフは苦笑いのまま肯定する。
「そうか、デルフ君は隊長だもんね。補佐の一人や二人いた方が貫禄があっていいと思うよ!」
ガンテツもうんうんと頷いている。
「あたしもそう思うぞ。お前は強いにもかかわらず全く自信を持っていないからな! 忠臣の一人や二人を隣に置くことで隊長としての雰囲気を高めることはよいことだ」
いつの間にかアクルガがデルフの横におりうんうんと頷いている。
相変わらずの際どい服装でウラノは赤面し両手で顔を覆い指の隙間からちらちらとアクルガを見ている。
「ハッハッハ! 少年、デルフのことを頼むぞ!」
アクルガは大雑把にウラノの頭を撫でる。
そして、為すがままになっているウラノの頭から手を離してデルフに再び話しかける。
「デルフ。ノクサリオの奴にも会ってやってくれ。あいつ今はベッドから動けないからな。ハッハッハ」
「ノクサリオのやつ、そんな重傷なのか!?」
デルフがすぐさまそう返すとアクルガは気まずそうな表情をした。
「ま、まぁ。そこまで酷くないぞ……? 意識はあるからな。ただ、動けないだけだ!」
目を逸らしながら答えるアクルガを訝しげに見ていたが取り敢えずノクサリオの下に向かうことにした。
「ノクサリオ、無事か?」
ノクサリオは腹部をがっちりと固定されていた。
デルフに気付いたノクサリオは手をひらひらと振っている。
「なんとか、な」
「その負傷、かなりの強敵と当たったらしいな。肋骨折れているだろ?」
「正解、しかも三本もな。ほんとーにやばい奴だった。なぁ〜アクルガ」
そう言ってノクサリオはそっぽ向いているアクルガを呆れた視線で見詰めた。
デルフは狂った歯車のようにぎこちない動き首を回しアクルガに視線を送る。
「嘘だろ?」
「違う! 違うんだ! デルフ!」
アクルガは汗を流しながら慌てて答える。
「あたしは敵前逃亡するノクサリオに躾をしただけだ。それにお前あのとき何にもなかったじゃないか!! なんでそんなに折れているんだ!!」
「なんかちょっとズキズキするな〜と思って診てもらったら、なんか折れてた」
笑いながらノクサリオはそう答える。
「ほら、あたしは悪くないじゃないか!」
「「いや、お前が悪い」」
デルフとノクサリオは口を揃えてきっぱりと言った。
アクルガはあの勇ましさがなくなり項垂れてしまう。
言い訳を捲し立てていたがやはり後ろめたさがあったのだろう。
ノクサリオも元気なことだしこれ以上言うことは止めておくことにした。
その後、包帯を替え終わったヴィールやガンテツがやってきて雑談が続く。
三番隊は今ガンテツが指揮しており現在の王都の警備は負傷していない騎士が見回りをしているらしい。
その話を聞いてデルフは首を傾げた。
「ガンテツが指揮をとっているのか? アスフトルさんは?」
するとその場にいた皆、ガンテツ以外の騎士たちも顔を曇らせた。
「どうしたんだ?」
「アスフトルさんは……戦場にて……。申し訳ない」
デルフは目を見開き驚いた。
「それは……本当か?」
続く沈黙が答えとなりデルフは静かに目を伏せた。
だが、もう皆は区切りを付けているようなのでここでぶり返すわけにはいかないと自分の心に渦巻く感情を必死に抑える。
そして、やっと言葉を捻りだした。
「そうか、最後に挨拶言えなかったことが心残りだ」
デルフたちの話が聞こえていたのかアスフトル仲良かった同期の騎士たちから啜り声が聞こえてくる。
隊長のデルフよりも実質的な職務を行っていた副隊長のアスフトルの方が三番隊の面々と打ち解けていた分悲しみは大きいはず。
だが、騎士という仕事である以上いつ自分や仲間が死んでもおかしくないため仲間が死んだとしても冷静になることを強いられる。
つまり、死に慣れないといけないということだ。
死と一番離れていた三番隊に早急に求めるのは酷だろう。
だが、隊長としてデルフは取り乱すわけにはいかない。
「アスフトルさんが……か。三番隊は予想よりも被害が大きいな……。いや、初戦が上手くいっただけだったか。元々、これだけの被害は考えておくべきだった」
事務など影ながら支えていたアスフトルの穴は大きい。
三番隊に必要な人を失ってしまった。
「そうか……。副団長の件は断るしかないか……」
独り言のつもりで呟いたがガンテツたちは聞き逃さなかった。
「副団長? 何の話でござる?」
どうやらガンテツたちはリュースの死をまだ知らされてないらしい。
デルフはガンテツたちに説明する。
「実は副団長が先日亡くなったんだ」
「えっ! それって……デルフ君、大丈夫なの?」
ガンテツ、アクルガ、ノクサリオも驚いている。
「ああ、大丈夫だ。俺よりも姉さんの方が心配なぐらいだ」
もちろん、このデルフの言葉は強がりであるが悟られないように笑顔を作っている。
「……そうでござるか。それで副団長の件とは?」
デルフは顔をしかめる。
ここで言ったとしても困らせるだけだと考えデルフは首を振る。
「いや、何でもない。忘れてくれ」
「殿は団長より副団長にならないかと推薦を受けているのです」
デルフはハルザードに断るその旨を伝えに行くためその場を立ち去ろうとしたが隣にいたウラノが口早で簡潔にそう答えた。
「お、おい、ウラノ!」
その言葉を聞いたガンテツたちの表情が明るくなった。
「それは本当なの!? デルフ君! すっごいじゃーん!!」
「さすがはカルスト殿だ」
「あたしたちの上に立つ隊長なのだ。当たり前だ!」
「マジかよ……次々と遠くなっていくな、お前」
全員がもうデルフが副団長になった気になって当人を差し置いて盛り上がってしまった。
それに水を差すようで悪いが間違いは訂正しなければならない。
「いや。それは断ろうと思っている」
「どうして!? 勿体ないよ!」
デルフ以外全員が驚いてデルフを見詰める。
ただ、ウラノはデルフを見守っていると言ったほうが正しい。
「アスフトルさんが亡くなり俺まで抜けるとなったら三番隊は一気に隊長と副隊長が抜けることになる。隊の重役が同時に抜けることの深刻さは説明しなくても分かるだろう? それだけは避けなければならない」
そう答えると皆が黙って俯いてしまった。
「みんなの期待も嬉しいが分かって欲しい」
皆が黙ったままなので不承不承だが分かってくれたと解釈したデルフは立ち去ろうとしたときガンテツから声が掛かった。
「カルスト殿! 自分を見くびらないで欲しいでござる! アスフトル殿には言葉にできないほど教えを賜ったでござる。デルフ殿の懸念は懸念にならない」
どうやらアスフトルはこの戦いを期に騎士を退役しようとしていたらしい。
そして、次の副隊長にガンテツを据えようとしていた。
そのためいつでも代われるように事務の大半はガンテツがこなしていたようだ。
そして、アクルガが続けてデルフに言い放つ。
「それではあたしは副隊長に立候補するとしよう。ガンテツが隊長であたしが副隊長だ」
アクルガは人柄も良く実力もあるため文句を言う者は一人もいないだろう。
だが、デルフは一つ気になることがある。
「アクルガいいのか? お前、隊長になることを嫌がっていたじゃないか」
「ふっ。そんなことか。お前がここを立ち去るのが不安で副団長という誉れを断るというのならそれはあたしたちが頼りないと言うことになる」
「いや、そこまでは……」
そこまで思っていないデルフは訂正しようとするがアクルガは掌を向けてデルフの言葉を制止させる。
「まぁ聞け。あたしが認めた者が高みに登るチャンスを不意にさせるのは正義の味方としてあるまじき行為! 正義の味方は先に進む同士の肩を押すのも立派な役割だ」
「デルフ殿、アスフトル殿も同じように肩を押していたと思うでござる」
「そうだぞ。デルフ、お前しか師匠の後を継げるのはいないからな」
「そうだよ! デルフ君!!」
期待の眼差しがデルフに突き刺さる。
これを無碍にするのは無礼に当たるだろう。
「師匠の後か……」
リュースがデルフに向けた最後の言葉も「後を頼んだ」だった。
もしかしたら副団長の後を継いでくれという願いかもしれない。
だが、デルフはもっと先を見据えての言葉だったと考えている。
(だけど、その最初の一歩として副団長を継ぐのもいいかもしれない)
デルフは数回頷いた。
「そうか、その通りだな」
デルフは今まで自分の考えていたことが馬鹿らしくなった。
相応しいか相応しくないかは自分で決めることではなく周りが決めることだ。
とやかく考える前に取り敢えず実際にやってみたほうが答えを早く得ることができるだろう。
「本当に任せていいのか?」
「もちろんだ!」
アクルガがそう言いガンテツは強く頷いた。
「そうか、わかった。皆、感謝する」
デルフは吹っ切れて澄んだ笑顔を見せる。
「さぁ、殿! 善は急げです。団長の下へ参りましょう」
タイミングを見計らったようにデルフの背中を押すウラノ。
「……ウラノ、狙っていたな」
「何のことです?」
視線をずらしすっとぼけるウラノに引っ張られながらデルフはハルザードの下へ向かった。
「そうか! 引き受けてくれるか!!」
「はい」
「推薦しといてなんだが覚悟はできているんだな?」
師匠であるリュースの後を継ぐ。
それが並大抵でこなせるはずがないとデルフは覚悟の上だ。
ハルザードの問いにデルフの答えは既に決まっている。
「もちろんです」
ハルザードは満足そうに頷く。
だが、すぐにハルザードは顔を引き締めて口を開いた。
「それでは次の五隊会議で俺はデルフを推薦するが、恐らくドリューガは異議を唱えるだろう」
それはデルフとしても予想している。
年齢、経験、実力どれも上回っているドリューガが新参者のデルフが副団長になることに対して何も言わないはずがない。
そのドリューガを退かせデルフを副団長に据える方法をデルフにはどう考えても思いつかなかった。
推薦をするぐらいなのだ。
ハルザードは妙案を考えているのだろう。
「力でねじ伏せろ。それで黙る」
至ってシンプルな回答だった。
デルフにはある意味思いもよらない案であった。
「は?」
デルフは気の抜けた返事をしてしまう。
「だから後日、本部の闘技場で試合を行うように会議で誘導するからそこでねじ伏せるんだ」
「は?」
「だから……」
「いやいや、無理ですよ! 何百何千を一人で圧勝する人なんですよね?」
必死に説得しようとするがもうハルザードの中では決定事項のようなので聞く耳を持っていない。
「大丈夫だ。リュースは言っていた。自分よりもうデルフの方が強いと、そしてこの話はリュースからのものだ」
「師匠からのですか……」
「あいつなりの置き土産、卒業試験と言ったところだろう。ハッハッハ」
デルフは苦笑いをする。
「……そう言われると断れないじゃないですか。まぁそもそもあいつらの後押しの手前もあるし……逃げ場はないですね」
「試合まで一週間は時間を作るつもりだ。期待しているぞ」
「全力は出すつもりですが……はぁ、わかりました」
一通り話し終えたデルフはハルザードの下を後にした。
そして、二度目となる五隊会議の日を迎える。




