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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第6章 受け継ぐ意志
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第76話 突然の申し出

 

 デルフとナーシャは目を瞑りながら手を合わせる。


 その前には二つの墓石が立って並んでいた。


「お父さん……お母さんと仲良くね……」


 そして、ナーシャは立ち上がり自分の頬を両手で挟むように叩く。


「はい! もう泣くのおしまい! ずっと泣いているとお父さんとお母さんが心配しちゃうわ。ほら、デルフも!」


 ナーシャはデルフを両手で揺する。

 デルフは目を開けるとゆっくりと立ち上がった。


「師匠……今までお世話になりました。ゆっくりとお休みになってください」


 誰にも聞こえない小声で目の前で眠っているリュースにそう伝えた。


 後ろにいたココウマロはそれを見届けた後、デルフの下に近づいてくる。


「それではデルフ殿。拙者はこれにて」

「ココウマロさんはこれからどうするのですか?」

「拙者はこれからエレメア様とリュース殿の菩提ぼだいを弔おうと思います。老兵が出ていく幕はもはやありませんので。ウラノ」


 ココウマロが呼ぶと側にいたウラノが小走りで向かってきた。


「身命を賭して主であるデルフ殿に仕えるのだ。それが武士の誉れであることを忘れるではないぞ」

「はい! 心得ています!」


 ココウマロは深く頷くと次にナーシャを懐かしそうに目を細めて見詰めた。


 油断してしまえば涙を出してしまいそうなほど潤んでいる。


「本当にエレメア様にそっくりになられた。ナーシャ様、ご健勝とご多幸を祈っております」


 そう言い残してココウマロは姿を消し立ち去っていった。


「様?」


 ナーシャは首を傾げる。


「やはりここにおったか」


 そのとき、ウェガとハルザードが近づいてきた。


「爺さんに、ハルザードさん」


 二人はデルフたちを通り過ぎ墓石の前に立つ。


「馬鹿者が、本当に逝きおって……」


 ウェガは持っていた酒瓶を開け墓石の上に流し始めた。


 半分ほど流すと残りは自分で一気に飲み干してしまう。


「先生! 俺の分は!?」

「ハッハッハ、すまん。もうない!」


 ハルザードはがっくりと項垂れて持ってきた食べ物を墓石の前に供える。


 リュースの墓石だけではなくエレメアの墓石にまで供え物を置いた。


「エレメアさん。向こうでもみっちりとしごいてやってくれ」


 ハルザードは哀愁に満ちた表情だが無理に笑顔を作ってそう言った。


 そして、その後二人は目を瞑って手を合わせた。


 リュースたちへの挨拶を終えたウェガとハルザードは振り向きデルフを呼んだ。


「少し、場所を変えるぞい」


 それから三人は墓石から少し離れたところに移動する。


 ナーシャが家で話せばいいと言ってくれたが騎士団にかかわる重要なことだというのでウェガが丁寧に断っていた。


 快く了承したナーシャは昼食を作るために家に戻っていった。


 側について片時も離れる気がなさそうなウラノにウェガやハルザードが控えめに外してくれることをお願いするがウラノは聞く耳を持たず丁重に断りデルフの側に控えているままだ。


 しかし、デルフがナーシャの手伝いをしてくれと頼むと恭しく一礼して「お任せを!」と元気に返事して自信たっぷりに素早く向かっていった。


 デルフは断られると思っていたため予想外の行動に驚いてしまう。


「すごい忠誠心だな……デルフ」


 ハルザードも驚いているようで呆然としながら去って行くウラノを眺めている。


「ふぉっふぉっふぉ。大事にしてやるのじゃぞ?」

「は、はい」


 デルフはまだ自分自身がこれほどの忠誠心を持たれるほどの器ではないと思ったがそう考えるよりもこれからそうなっていけばいいと考えを転換させる。


「それでじゃが……小僧が逝って間もないところ悪いがまずお主にこの国の現状と提案を伝えておこうと思っての……ほれ、なに黙っておるお主が言うのじゃ」


 側で突っ立っているハルザードをウェガが肘で小突く。


「お、俺ですか!?」

「お主、団長じゃろ。今までリュースの小僧に甘えておったから騎士団が危ういのじゃ! そもそも儂はもう退役しておる。団長の務めを果たせ」


 ぐうの音も出ないハルザードは一回咳払いして空気を変えてから口を開く。


 デルフは思い当たる節があった。

 いや、もうそのことしかないだろう。


 デルフは口を挟まずに黙ってハルザードの言葉を待つ。


「ジャリムとの戦は大勝利を収めボワールとの戦も大勝利と民衆には大々的に伝えたがそれは誤りだ。ボワールとの戦については痛み分けどころか負けと言っても大差はない」

「四番隊隊長と騎士団副団長の空席ですか……」


 デルフは予想していたことを口にする。


「そうだ。ただでさえ、数年前に滅びの悪魔の脅威によって二名の隊長が命を落とした。さらに今回は隊長一人と副団長だ。デストリーネの最大戦力である騎士団の隊長や副団長がころころ替わっていてはその威厳に傷が付いてしまうがこれは今更言及しても遅い」


 ハルザードは眉間にしわを寄せ顔が険しくなる。


「早急に進めなければならないのは副団長だ。次の副団長はソルヴェルと考えていたがそのソルヴェルは命を落とした。団長の俺が言うのも抵抗があるが副団長が騎士団の要と言っても過言ではない。殆どの業務は副団長の指令で動いているからな。そのため一刻も早く新たな副団長候補を決めなければならないと言うわけだ」

「候補って決まっているのですか?」

「ああ、隊長の中から決めようと考えている。つまり、ソルヴェルを除いた四人の中からだ」

「それは……まさか俺も入っているのですか!?」


 ハルザードは真剣な表情で当然というように深く頷いた。


「当然だ。それに本題はここからだ。俺は先生に助言を貰いながら考えた。クライシスはまだ若く責任感がそれほどあるとは思えない。イリーフィアはコミュニケーションを取るのが難しく本人もその気はないだろう。そして、ドリューガなのだが……これが一番の壁だ。ドリューガはプライドが常人よりも遙かに高くなにより性格に大きな問題がある」


 デルフにも覚えがあった。

 五隊会議のときデルフを成り上がりだと軽蔑して最後まで突っかかってきたことだ。


「奴には圧倒的な武力がある。ジャリムとの戦においてやつは一人で過半数を壊滅させたと聞いた。自分の敵だと認識すれば命を奪うまで狙い続ける執念深さもある」

「一人で……」

「しかし、いや、だからこそかドリューガに副団長を任せることはできない。副団長には冷静さが求められるからだ」


 デルフもその判断を理解した。


 そして、一つあることに気が付いた。


(残っている隊長って俺だけ……?)


 それを口に出す前にハルザードが言葉を出した。


「それで、だ。俺はデルフ、お前を副団長に推薦したいと思っている」

「な……」


 デルフは動揺をすぐに飲み込み言葉をひねり出す。


「俺が、ですか? む、無理です。俺はまだ騎士団に入って数年足らずで実力も経験もありません。隊長の中で俺が一番相応しくないです」

「まぁ、確かに普通ならそう思うだろうな。だが、なによりお前はリュースのたった一人の弟子だ。あいつがお前を信じ意志を託したのならなら俺もお前を信じよう」


 ハルザードのその視線に嘘偽りは全くない。

 デルフは戸惑いすぐに答えが出せなかった。


「す、少し……時間をください」

「ああ、もちろんだ。だが、明後日に五隊会議を行う。今回は俺も出席する。時間は少ないだろうがそのときまでには答えを出してくれ」


 デルフは心ここにあらずといった感じでゆっくりと頷く。


 その後、ハルザードたちは去って行った。


「俺が副団長……俺が師匠の代わり?」

「小生は殿が相応しいと思います。大賛成です」

「うわっ!」


 横からひょこっと顔を覗かせたウラノに思わず声を出して驚いてしまう。


「いつから聞いていたんだ?」

「全部です」


 さらっとウラノはそう言った。


「あれ? お前、姉さんの手伝いに行ったんじゃ? サボったのか?」


 するとウラノは慌てて答える。


「まさか! 殿のご命令を背くわけがございません。もちろん、ナーシャ様のお手伝いは完璧に、そう完璧に遂行しました」

「なら、どうやって俺たちの話を聞いたんだ?」

「それは小生の魔法によってです」


 ウラノは自分の魔法について事細かく教えてくれた。


 その魔法は”感覚設置センストラップ”と言って自分の五感、特に視覚と聴覚を任意の場所に置けるという物だ。


 置けるというだけであって飛ばすことはできないし増やせるわけでもない。


 つまり、視覚を置いている間はその目の視覚はなくなる。

 聴覚もまた然りだ。


 そして設置するためには置きたい場所まで足を運ばなければならない。

 飛ばして常に監視すると言った便利なことはできないのだ。


 使用している間、聴覚などが失われるのはデルフとしては使い勝手が悪いと考えたが部分的に設置するのも可能らしい。

 要は片目だけや片耳だけでもいけるということだ。


「そう考えると便利な魔法だな」

「この身全ては殿をお支えするためにあります。何なりとお使いください」

「ウラノ、一つ良いか?」

「はっ!」


 ウラノはその場に跪き頭を下げる。


 もう一々驚いていては切りがないので構わずに言葉を続ける。


「なぜ、そんなに俺に尽くそうとする? ココウマロさんに言われたからだとしたら別に無理する必要はないぞ?」


 すると、ウラノは顔を真っ赤にして立ち上がりデルフに抗議した。


「何を仰いますか!! 別に小生はおじじ様に申しつけだからと言う理由で仕えると決めたわけではありません! おじじ様には自分が仕える御方は自分で決めますと言い続けていました。そして、小生はあのときから決めていたのです。この命を全て投げ打って殿にお仕えすると」

「俺にそこまでする価値があると?」

「もちろんです! 殿から漂う気配は常人のそれとは違います! ずっと見てきましたから!」

「買いかぶりすぎだ。ん? ちょっと待ってくれ。ずっと見てきた? ずっと?」


 そう聞くとウラノは鼻を高らかにして語ってくれた。


「覚えていませんか? 小生と始めた出会ったときのことを」


 デルフは頭の中を探るが引っかかる物は別段なかった。


 ウラノはそのデルフの様子にショックを受け拗ねながら上目遣いになりながら小声で呟いた。


 相変わらずその容姿は少女にしか見えないがわざわざ虎穴に入る必要もないだろう。

 デルフは喉まで来ていた言葉をグッと飲み込んだ。


「あのときです。殿がハイル陛下から隊長の任を賜ったときです」


 デルフはそのときの様子を思い返してみた。


「あ! あー!! あのときココウマロさんの横にいた少女か!!」

「しょ、少女!? い、いえ今は良いです。コホン、そうです。少女ではありませんがそうです」


 うっかりウラノの気にしていることを滑らしてしまったが我慢してくれたようだ。

 デルフは気付かれないようにホッと胸をなで下ろす。


 ウラノはあのときのことを思い出して周り見えなくなったらしく自分の世界に入り一人でずっと語り続けている。


 どうやら、あのときからデルフを気に入りずっと影ながら自分の主人に相応しいか調べていたらしい。


 少しデルフは背筋に悪寒が走り後退りしそうになる。


(経緯は分かったが自分がそれほどの器なのかはまだ甚だ疑問だが……)


 元々、ただの村人であったデルフには重すぎる敬意だ。


「ところで……殿?」


 自分の世界から戻ってきたウラノは半目でデルフをジト〜ッと睨む。


「ど、どうした?」


 初めて見せたその様子にデルフは身構えながら聞くとウラノは答える。


「どうして、小生のことを一度ならず二度までも少女と間違えるのですか! こうも男らしいのにかかわらず!」


 ウラノは小さい身体で胸を張る。


 しかし、ウラノには悪いがどう見ても少女にしか見えない。


 長い髪にフレイシアとそう変わらない大きさの身体、どう見ても勘違いしてしまう。


「悪かったな。ああ、そういえば傷も殆ど癒えたことだし一回本部に向かい顔を見せてくるか。まずは昼食を取ってからだな」


 デルフは逃げるように家に戻っていく。


「殿! 話を逸らさないで……って! 待ってください! 殿〜!」


 ウラノは家に向かって歩き始めたデルフを小走りで追いかける。


 デルフは歩きながら副団長の件について考えていたがまだ時間があるためゆっくりと考慮していけば良いと区切りを付けた。


「決断は自分自身で決めるか……。後悔のない選択をしないとな」


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