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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第5章 崩れた平和
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第62話 研究の成果

 

 時は少し遡り、デストリーネ本隊は突撃を開始していた。


「リュース! 指揮は任せる!」


 馬を走らせながらハルザードはリュースに指令を下す。


「了解した」


 続けてハルザードはウェルムにも命じる。


「ウェルム! 俺の邪魔をするやつの足止めを頼む」

「先生、足止めだけでいいのですか?」


 不気味な笑みを浮かべてウェルムは首を傾げながらそう言った。


「ふっ。自分のしたいようにしろ」


 そのハルザードの言葉にウェルムは笑顔で答える。


 そして、敵軍との距離が間近まで迫ったときリュースが声を張り上げる。


「弓隊! 構えろ!! 放て!!」


 自軍の弓兵が矢を放つが敵軍もそれと同時に矢を放った。


 矢の雨が降り注ぎ両軍ともに負傷者が続出する。

 矢の雨が降り続ける中それでも両軍の歩みは止まらずついに衝突した。


「それでは俺は向かうとする」

「ああ、ここは任せておけ」


 ハルザードは頷き馬を走らせようとしたが動作をすぐに止めリュースの顔を見る。


「リュース、無理はするなよ」


 そう言った後、ハルザードは馬を走らせて兵の波の中に潜り込んでいく。


「……気づいていたか。ああ、この戦争が終わるまでは持たせてみせる」


 ハルザードは後ろから微かな声が戦場の怒号の中にもかかわらずそのリュースの声が鮮明に聞こえてきた。


 恐らく微笑んでいるだろうリュースの表情が目で見ないでも分かる。


「そりゃ分かるだろ、何年の付き合いだ。全く……」


 ハルザードは湿っぽくなる自分の感情を引き締めて今はこの戦いに集中する。


 腰に差している三本の剣のうち一本をハルザードは引き抜き雑兵には一切目を向けずただひたすら突っ切っていく。


 そのとき敵兵の一人がハルザードに槍を突き出してきた。


 流石のハルザードでもこれは無視ができなく対処しようとしたときその敵兵の動きがピタリと止まってしまった。


 敵兵は顔が歪むほど力を入れ踏ん張っているようだが身体は言うことを聞かずまるで石になったかのように全く動く気配がない。


「先生が頼むと言ったのですよ。もう少し信じて欲しいですね」


 ハルザードは背後に視線を向けると馬から降りたウェルムが肩までの上半身を包み込んだ黒い外套の中から皮手袋を付けた左手の掌を突き出していた。


「ここは僕が引き受けますから先生は先に」

「助かる」


 ハルザードは少し目の先にいる英雄に向けて馬を進める。


 迫ってくるハルザードにその英雄も気づいたようでその顔に笑みが浮かんでいる。


 そして、ハルザードは剣を握りしめて馬から跳躍しそのままジャンハイブに斬りかかった。


 ジャンハイブも肩に乗せていた聖剣を両手で持ちハルザードの攻撃を防ぐ。


 唸るような剣戟の音とともに空気の波紋が辺りに広がっていく。


「ご丁寧な挨拶だな。騎士団長殿」

「そちらには優しすぎる挨拶だったか。英雄さん」

「その言い方はやめてくれ。そちらからしたら俺はただの若造だ」


 ジャンハイブは聖剣に力を入れハルザードを押し返した。


 ハルザードは宙を一回転して地面に降り立つ。


 ジャンハイブも馬から降り聖剣を振り回してから流れるように静かに構える。

 その構えからは一切の隙が感じられない。


 そして、ジャンハイブは口元がつり上げにやりと笑う。


「……楽しみにしていたぞ。デストリーネの最大戦力、騎士団長ハルザード、お前との戦いを!」

「それは俺もだ。英雄。かねてからお前の強さは聞き及び、いつか手合わせをしたいと願っていた。その願いが今まさに叶うとき」

「さぁ、そろそろ始めよう。戦場で言葉を並べるのは剣が泣いてしまう」

「異論はない」


 そう言ってハルザードはもう一本の剣を引き抜いた。




 ハルザードの囮になったウェルムは剣を抜き動けなくっている敵兵の首を切り下ろした。


「まぁ、これで終わりというわけに行かないだろうな〜」


 その言葉通りに瞬く間にハルザードを狙っていた敵兵たちが馬を降りて機動力を失い孤立したウェルムを取り囲んだ。


 その間には人が一人抜け出せる道もなく普通であれば完全に絶体絶命の状況だった。


 敵兵たちは脳裏になぶり殺しという文字を浮かべてじりじりとウェルムに迫っていく。


 敵兵の一人がウェルムの恐怖に満ちた怯えの表情を見て嘲笑おうと視線を移動させると逆に戦慄してしまった。


「うーん。数百と言ったところかな? 僕一人にたいそうだね。ふふっ」


 ウェルムは大多数に囲まれているのにもかかわらず何事もないように平然とそう言っていたからだ。


 しかし、敵兵たちは数の有利という絶対的信頼から余計な心配は杞憂だと、単にウェルムが恐怖によって頭がおかしくなったという答えを導き出した。


「全員斬りかかれぇぇ!!」


 分隊長と思われる敵兵の一人が前に出て剣をウェルムに突きつけ怒鳴る。


 ウェルムは溜め息をつき残念そうに首を横に振る。


「全くただの突撃なんて……」


 敵兵はすぐに全員ウェルムがひき殺される姿を想起した。


 だが、一向にウェルムの下に攻めかかってくる気配はなく訝しんだ敵兵は後ろを振り向くと周囲にいる仲間全員が剣や槍を構えたまま動けずに苦しんでいる姿が目に入った。


「どうした!? お前ら!!」


 するとさらに大袈裟な溜め息が敵兵に聞こえてきた。


「どうしたの? まだ来ないの? 待ちくたびれたんだけど?」

「貴様!! 何をした!!」


 ウェルムは先程と同じく左手の掌を突き出していた。


 そして、外套の中に隠していた革手袋を付けた右手からぱらっと二、三枚の長方形の細長い札を見せるように取り出した。


「ただの魔法だけど?」

「嘘をつくな!! 一人ならまだしもこんな大勢の動きを止める魔法など聞いたことがない!」

「それが筆記魔法と言ってもかな?」


 さらりとウェルムが答えるとその敵兵は顔を青ざめた。


「な、なんだと……筆記魔法?」


 敵兵が驚くのも無理はない。


 筆記魔法とは魔力を文字に込めて発動する魔法だが時間が掛かりすぎる。


 ウェルムが使った多人数の動きを止める魔法となればどれくらい時間が掛かるか見当も付かないほどだ。


 たとえ威力や効果はあらゆる詠唱、無詠唱の両者よりも上回る魔法を発動可能にすると言っても時間が命である戦場で暢気に時間を掛けて魔法を構築している暇はない。


 ちなみに筆記によって単純な魔法は短時間で発動可能だが威力は変わらないためわざわざ筆記魔法で発動する意味がなく労力の無駄である。

 無詠唱では下級、詠唱では中級、筆記で上級の魔法まで使えるということだ。


 要は詠唱方法は器の大きさと考えれば良い。


 それを完全否定したのが紋章術だが今この場においては関係ないことであるので割愛する。


「君の言いたいことは分かるよ。ただね、どうして筆記魔法は時間が掛かると思い込んでいるんだい?」


 敵兵は黙ってウェルムの話を聞く。


 いや、聞くことしかできない。

 いつの間にかその敵兵も動けなくなっていた。


「それは書く時間がないから。そうこれ一つだけなんだ。それなのに皆は改善案を出そうともせずに受け入れてしまっている。おかしいと思わないかい? それで僕は作り出したんだ。これを」


 そう言って右手で先程見せた札を振る。


「種も仕掛けもないと言いたいところだけど残念ながら仕掛けだらけさ」


 そう言ってその札を裏返す。


 そこにはびっしりと隙間がなく潰れて見える文字の大群が群がっていた。


「君たちは気づいていないようだけどそこと、そこと、そこ」


 ウェルムは札を懐にしまい敵兵の地面を次々と指さしていく。


 敵兵たちは視線だけは動かすことができウェルムが指さす方を見るとさっきの紙と全く同じ物がそこにあった。


 ただ、違う点は文字が光っていることぐらいだ。


「そうだな~これを魔法札と名付けようか。そう、この魔法札を結構前に開発したんだ。まぁ問題点も多々あるけどね。これは筆記魔法を予め書いておき魔力を流すことで発動可能にしたものさ。こう聞けば革命的な開発なんだけど紙自体にも面倒くさい細工してあるし魔力操作に長けていないと発動すらしない。そして、一番は魔力を流して終わりと言えない点さ。こうして流し続けないといけないから通常よりも魔力を消費し続けないといけない」


 ウェルムは忌々しそうに突き出した左手を見ている。


「片腕が使えないのは致命的だよね。いや、それよりも今のところ僕にしか作れないし使うことはできないからこの時点で失敗作か」


 大袈裟な溜め息をつき俯いた後、頭を上げる。


「まぁ、ちゃんと動作は確認できたし実験は成功。さぁて、君たち長々と聞いてくれて感謝するよ。ついつい自慢がしたくなってね」


 そう言って右手で剣を引き抜き不気味な笑みを浮かべる。


「君たちに合わせて僕も剣で攻撃することにするよ。君たちは既に構えているようだし準備はできているね? もちろん逃げてもいいよ? ……逃げられるならね、はは」


 敵兵たちの表情は動かず恐怖によって身体を震えさせることさえ許されていない。


 ただ、恐怖を煽るように歩いてゆっくりと迫り来る処刑人に無抵抗で首を差し出すことしかできなかった。


 そこからはその周辺は断末魔の叫び声すらないただ血で濡れた静かな殺戮場となった。


 最後の一人の首を切り落とそうとしたときその寸前でウェルムの剣は折れてしまった。


「あーあ。多すぎだよ、まったく。これもらっていくね」


 ウェルムは近くに落ちてあった剣を拾う。


「あ、そうそう。この魔法の名前は精神拘束(メンタルバインド)と言って強い意志を持っていれば簡単に抜け出せる魔法なんだけどね。かかった後でも意志を強くすれば抜け出せるよ」


 そこでウェルムは悪戯そうな笑みを浮かべる。


「恐怖しちゃったら抜け出すにも抜け出せないよ。あはは。もう遅いよ?」


 ウェルムの言葉を聞き強く意志を持とうとした敵兵にウェルムは無造作に剣を振り上げる。

 そのとき、敵兵はウェルムの剣を見て目を真っ暗に染めてしまった。


 そして、ウェルムの剣が敵兵の首を跳ねた。


「だから、絶望したら駄目って言ったのに……。最後まで希望持とうよ」


 ウェルムの足下に敵兵の首が転がる。


 それを見て突き出していた左手を下げ肩の力を抜く。

 それと同時に辺りに散らばっていた魔法札は音もなく燃え尽きてしまった。


「なるほど、もう一つの欠点は使い捨てか……。これは早急に直さないとだね」


 そこでウェルムにどっと一気に疲労感が襲ってきた。


「ふぅ〜少し疲れた。うん、先生は作戦通りぶつかっているようだね。紋章は気になるけど今はその時じゃないしな〜。まぁ久々の息抜きだ。楽しんでいこう。さぁて、次の実験の被験者はどこかな?」


 そう言ってウェルムは軽快に歩いて溜め込んでいた実験を行うためその生け贄を探し始める。


「待て!!」


 その声がウェルムの歩みを止めた。


 ウェルムは振り向く間、思わず笑顔になってしまう。


「なーんだ、自分から来てくれたのか。手間が省けた。感謝するよ」

「私の名前は」


 名乗ろうとしたおそらくデストリーネの隊長クラスの実力を持つ敵兵にウェルムは食い気味に言う。


「ああ、いいよ。名前なんて。聞いて弱かったら時間の無駄だし。じゃあ始めようか実験その二」


 その敵兵は怒り狂うがそこからは全くの勝負にならなかった。


 まず、ウェルムは紙を投げ地面に突き刺す。


 その敵隊長は先程の虐殺を見ていたのか左手を突き出す前に攻撃を開始した。


「良い攻撃だね。だけど」


 その攻撃を右手で持った剣で受け止め弾き返す。

 敵隊長は大きく体勢を崩し仰け反ってしまう。


「はい、ストップ」


 敵隊長は精神拘束によりその体勢のまま固まってしまった。


「勘違いしてはいけないよ。僕は魔術師だけど僕の剣技は先生に負けずとも劣らないからね。昔、魔術ができても剣技が全くだったおかげで痛い目を見てね。先生に弟子入りしたんだ。魔術師だからって僕を侮った。それが君の敗因」

「ま、待て、命だけは助けてくれ」

「驚いた、口は動くんだ。思ったよりも強い胆力だね。これは殺すのは惜しいかな」


 ウェルムはまじまじとその敵隊長を見詰める。


 その言葉に敵隊長は少し安堵したように顔に緩みが出た。


「うん。やっぱり君はいらないや。君じゃ役不足だ。君は僕の実験には必要ない」


 その突き放すウェルムの言葉に敵隊長の瞳の色が絶望に染まった。


「……だから恐怖してはいけないと言っているじゃないか」


 敵隊長は恐怖に飲み込まれてしまい口パクを続けるだけで言葉を発することさえできなくなってしまった。


「楽にしてあげるよ」


 ウェルムは持っていた剣を落として右手で敵兵の首下を引っ掻いた。


 そして、そこから垂れた血を指で掬い顔全体を血が渇く前に素早く文字で埋めていく。


「さぁできた。発動♪」


 魔法を発動させた瞬間、敵兵の顔を埋め尽くしている文字が発光し顔の中に沈み込むように消え去ってしまった。


 そして、そのすぐ後。突然敵兵は白目を剥いて脱力してしまった。


 ウェルムは精神拘束を解くと敵兵は崩れるように仰向けに倒れてしまいぶつぶつと言葉にならない独り言を言っている。


「うん。直接、書いてあげればそれなりに省略ができる。これは興味深いね」


 その後、ウェルムは地面に崩れたまま幼児みたいな行動をしている敵隊長に言葉をかける。


「楽になって良かったね。もう恐怖なんて感じることはないよ」


 ウェルムが今使った魔法は精神破壊(マインドクラッシュ)と言って直接食らってしまったら理性をなくし廃人になってしまうという恐ろしい魔法だった。


 特に何が恐ろしいかというとこの魔法には治癒魔法は効かない。


 なぜなら治癒魔法は傷を治す代物であって心の病を治すほどの便利さはないからだ。


「やはり戦場は良いね。一人で歩いていたらわんさかと実験台に志願するものがやってくる。まぁ、皮肉なことにこの戦争を終わらすのが僕の目的だけどね。そうじゃなきゃ僕は永遠にあの人を越えることができない」


 ウェルムは青空を見て思いに馳せている。


「しときたい実験はやれるうちにすべきだね」


 ウェルムは剣を鞘にしまい両手を外套の中に戻した後、精神破壊を受けた敵兵に目もくれずに通り過ぎていく。

 

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