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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第5章 崩れた平和
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第48話 予想外の動き 

 

 デルフは急いで会議室に向かうと既にハイルとハルザードそれにリュースが椅子に座っていた。


  ハイルの後ろには近衛兵が二人控えている。


「よく来た。カルスト隊長」

「ハッ!」


 他の隊長の姿は見当たらないがそれも当然だろう。

 急な呼び出しに応じることができるのは王都を拠点としている三番隊だけだ。


「では、始めるとするか」


 ハイルの言葉で会議が始まった。


 念のためデルフは確認を取る。


「ボワールが侵攻を開始したというのは本当ですか?」


 それに答えたのはハイルではなくハルザードだ。


「ああ、密偵からの直接の報告だ。間違いはない」

「それでその規模はどれくらいだ?」


 そのハイルの質問に答えたのは実際に報告を受けたリュースだった。


「およそ一万です」


 その言葉にハイルはぴくりと眉をひそめる。


「一万……」

「ボワール王国の総戦力は最低で見積もって十万です。しかし、初手から一万を持ってくるのは予想でした」

「四番隊の拠点であるナンノ砦の兵の数は?」


 ナンノ砦とはデストリーネの最南を少し進んだところにある四番隊拠点の砦だ。

 もしこの砦を落とされればデストリーネの本領の侵攻を許してしまうことになる。


 絶対に死守しなければならない南の要の砦だ。


「ファムログ隊長を筆頭におよそ五千です。そして、騎士の数は三百名です」


 ハイルはそれを聞いて頭を抱えそうになりながらも考えを巡らせる。


 そもそもフテイルの話を聞いてから四番隊の兵の数を増やすつもりだった。

 しかし、ボワールの動きが想像よりも早かったため間に合わなかったのだ。


「倍も違うのか。しかし、騎士が三百名もいるならば戦力的に問題はあるまい。しかし念のため砦近くの貴族たちを呼びかけ増援をさせよう。そのために準備をしてきたのだ」


 だが、リュースは首を振る。


「いえ、そう楽観視はできません。今すぐにも私と団長は現地へと赴きます」


 その言葉でハイルも察したのだろう。


「するとやはり……来たのか?」

「はい」

「そうなると兵の数も心許ない。騎士団を全て召集する必要があるか」


 リュースはすぐには答えずにちらりと横目でデルフを見た。


「デルフ。お前はどう思う?」

「えっ?」


 話を振られるとは思わなかったデルフは素っ頓狂な声を出した。

 だが、すぐに冷静になり頭を切り替える。


「そ、それは危険だと思います」

「なぜだ?」


 リュースが即座に聞き返す。


「まず各隊の任務から考えて見ますと一番隊は大国ノムゲイルの侵攻の阻止。五番隊も同じく大国ジャリムの阻止。二番隊は今や魔術師と混同の隊で王国内の魔物の排除並びに捕獲を主な任務となっております。そして、三番隊はここ王都での警務。三番隊ならすぐにでも、二番隊もなんとか出撃可能ですが一番隊と五番隊を動かすのは危険かと。守備の要のこの二隊が砦から離れれば他の大国の侵攻を許してしまいます」


 リュースはそれを聞いて満足そうに肯き、ハイルはそれもそうかとさらに頭を悩ませる。


「見事だ。デルフ」

「しかし、そうなるとどのようにしたものか」

「デルフ、どうだ? 何か良い方法はあるのか?」


 リュースがまたそう聞いてくるがデルフは一瞬戸惑ってしまう。

 一応、考えはあるが経験の浅い未熟な自分の考えをこの場で言っていいものなのか。


「遠慮しなくてもいい。お前は隊長なんだ。自分に自信を持て」


 顔に出ていたのかリュースはそう言ってくれる。 


 その言葉で吹っ切れたデルフは一回空咳をした後、自分の考え出した案を話し始める。


「全ては無理だとしても隊長含め少数だけならば可能だと考えます。たとえ少数でも隊長がいるのといないのでは戦局は大きく変わるでしょう。一番隊隊長であるノグラス殿と二番隊隊長クライシス殿を隠密に向かわせることを愚考します」


 リュースは感慨深そうにデルフを見た後頷いた。


「二番隊はそのまま軍勢で動かすとして少数精鋭として一騎当千のノグラスを向かわせるか……。なるほど、私は異論はない」

「ん? 五番隊のイリーフィアはどうするんだ?」


 ハルザードが疑問に思ったのか横から口を挟んだ。

 デルフはその質問に一呼吸も置かずに即答する。


「イリーフィア殿は引き続きデンルーエリ砦にて待機してもらいます。前の五隊会議の際にジャリムにも妙な動きがあると言っていましたから用心に越したことはありませんでしょう」

「ああ、確かにソルヴェルからもらった報告書に記してあった」


 リュースは思い出したように頷いている。


「俺は初耳だぞ?」

「私はしっかりと報告した」


 そこでハイルが空咳を入れる。


「それで四番隊はどう動くと?」

「はい。四番隊はナンノ砦から出陣し少し進んだ荒野にて待ち受ける構えと報告がありました」

「やはりボワールはナンノ砦を占領することが目的か」


 もしもナンノ砦を占領されでもしたらデストリーネにとって甚大な損害とともにボワールの勢いをさらに助長させてしまう。


 自国を守るための強固な拠点は一転して敵が攻めてくるための中継点となってしまうのだ。


 ボワールはこのナンノ砦を足掛かりにデストリーネを攻め落とす目論みだろう。


「あのジャンハイブが相手ではいくら要塞と呼ばれているソルヴェルでも手に余るでしょう。ただちに私たちも急行します」

「三番隊はどうしますか?」


 デルフがそう尋ねるとリュースからデルフの予想通りの言葉が返ってきた。


「人数が少ない三番隊は直接的な戦闘には向いていない。ナンノ砦への補給物資の用意を調えておいてくれ」

「了解しました」


 そして、リュースとデルフの話が終わったことを確認したハイルは深く頷き言葉を発する。


「では、ノグラス隊長と二番隊には伝令を送りナンノ砦へと急行してもらおう」


 ハイルは後ろに控えていた近衛兵に呼びかけすぐさま遣わそうとしたとき部屋の外から隠す気もない騒がしい足音が近づいてくる。

 そして扉をノックすることもなく開かれた。


「報告します!!」

「控えろ! 陛下の御前だぞ!」

「よい!」


 何の前置きもなく無礼な態度を取った兵士に対してハルザードが叱責するもハイルに止められた。


 兵士はそのやり取りを見て息を呑んだ後、報告を開始した。


「四番隊、荒野への移動中。敵軍の伏兵に襲われ撃退したものの士気は衰弱しています。早急に増援を求むとのことです」


 それを聞いて我慢の限界を超えたハルザードは舌打ちをして足早に部屋の外に出て行った。


 それを止める者はこの場にいない。


 リュースでさえも同じ気持ちなのだがここはグッと抑えていた。


 デルフも理解していた。

 闇雲に動けばそれこそ敵の思うつぼであることを。


「先手を打たれたか……」


 ハイルはポツリと呟いた。


 密偵がボワールの動きをすぐに察知できたのは能力が高かったからではない。

 そうやって故意に目を向けさせるために仕組まれていたことだった。


「まさか、あの英雄を囮に使うとは……。少し考えれば分かることだった」


 リュースも悔しそうに呟く。


 つまり、ジャンハイブ率いる一万の軍勢は目を引きつける囮。

 裏から忍ばせた伏兵を隠し自由に動かすための。


 ジャンハイブがその知名度からは確実に目を付けられていることを逆手に取った策だ。

 しかし、囮に使うということはジャンハイブの動きが知られても全く問題はないという自信の表れでもある。


 リュースの言う通り少し考えれば思い至る策だ。

 こちら側もジャンハイブばかりに気を取られていたということ。


 まんまと敵の動きに乗せられてしまった。


 これでさらに四番隊は窮地に陥り危うくなってしまった。


「両軍勢が対面しても睨み合いなどですぐには戦闘にはならないと高をくくっていた。だが、まさかこうも早く仕掛けてくるとは。本気で勝ちを狙ってきているか」

「撃退とは言っても恐らくそれは向こうの作戦通り。伏兵は少数で動き、夜暗に紛れて嫌がらせのような攻撃を続けるでしょう。四番隊の疲弊は大きくなる。団長の行動は正しい。今すぐに私も向かいます。デルフ、後は頼んだ」


 そう言ってリュースは立ち上がり部屋から出ようと扉の取っ手を掴んだときまだ引く力を入れていないにも関わらずそれが軽く感じた。


 同時に扉が開かれる。


「申し上げます!」


 リュースは雪崩れ込む兵士を身軽に躱し兵士はその場に跪く。


(あの模様……五番隊か? しかし、なぜ?)


 騎士団に支給される鎧には胸辺りに隊の旗章と同じ模様が刻まれておりどの隊の者かすぐに見分けがつくようになってある。


(まぁ鎧も着ないやつもいるがな……。いくら言っても着ないから言うのはもう諦めた)


 デルフは自重のない胸にも関わらず際どい服を着て大剣を担いでいる女性の高笑いしている姿が目に浮かぶ。


(しかし、規則違反しているやつが正義の味方を名乗ってもいいのだろうか)


 今度、直接言ってみようと心に刻むが兵士の報告の内容でそのことはすぐに吹っ飛んでしまった。


「ジャリムが停戦協定を破棄! そして、侵攻を開始しました。その数およそ一万!」


 驚きで目が点になってしまっているハイルはどうにか言葉を捻りだし兵士を下がらせた。


「同時にジャリムまでも動いてくるとは……。デルフ隊長の読みが当たったか。すると。まさか同盟でも結んだか!?」

「ジャリム王は獰猛で野蛮な王。結んでいた停戦協定は両者の痛み分けからなったもの。あの王が他と手を取り合うなどとは考えもしないでしょう。もし結んでいたとしても…不可侵条約ぐらいでしょうか」

「つまりボワールが攻め始めた今が好機と考え横取りを企んだということか……」

「詳しいことは分かりかねますが、先程の計画は考え直さなければなりません。案としてですがノグラスを五番隊の下へと向かわせます。そして、デルフ」


 リュースはデルフに目を向ける。


「状況が変わった。ノグラスが離れる穴は大きい。お前たち三番隊にも出てもらう」


 デルフは一瞬戸惑ってしまったが覚悟を決めて重々しく頷く。


「それでは急ぎ支度を調え早急にナンノ砦へと向かいます。では、これで」


 デルフは会議室か退出して急ぎ本部へと戻った。


「間に合うと良いが……」


 リュースはデルフの去り際にそう漏らした。




「陛下」

「うむ。騎士団の纏め役であるそなたが言うのだ。全て任せるとする。ああ、それと数は少ないが魔術団長と相談をして魔術団も連れて行くといい。あれは後方支援であれば絶大な効果を発揮する立派な戦力だ」

「お心遣い感謝します。では、これにて」


 そう言ってリュースも会議室を後にした。


 廊下を足早に歩くリュース。


「ココウマロいるか?」


 そのリュースの声で自分の背後に赤鎧を身に纏った壮年の騎士が現われた。


「御側に」

「戦だ。急ぎ準備を整えてくれ。魔術団にも連絡を……」


 そこでリュースの言葉は途切れてしまった。


 その代わりにゲホゲホとリュースは咳き込んで床に膝をつく。


 リュースは口元に手を当てるとそこには赤黒く濁ったものが付着していた。

 その後も咳き込みは続く。


 ココウマロは急ぎ近寄り身体を支え、手慣れた動作で懐から茶色い丸薬を素早く取り出しリュースの口に無理矢理入れる。


 そして、リュースは思い切り飲み込む。


 そのおかげか、ようやく咳は止んだが息切れは続いている。


「リュース殿、そろそろ秘薬で身体を誤魔化しきるのは難しくなってきております。これから今までのツケを支払うように症状が顕著に表れまする。……せめて、お弟子さんやナーシャ様に打ち明けられてはいかがか?」


 そのココウマロの問いにリュースは激しく息を切らし辛そうにしているがゆっくりと首を振る。


「まだだ……いや、これは私の我が儘だ。あいつらには心配をかけたくはない」

「いずれ分かることになるとしてもですか?リュース殿の病は姫様の病と同じ不治の病。今までは先延ばしにしていましたがもはや……」

「いいんだ。それよりも急ぎ準備を…」


 ココウマロはリュースの目を見てこれ以上言っても無駄だと感じ不承不承に頷いた。


「御意」


 そうしてココウマロの姿は突然消え去ってしまった。


 一人廊下で残ったリュースは早まった鼓動を落ち着かせてから立ち上がりゆっくりと歩き出す。


 先程、突然襲った発作が幻だったかのようになくなりいつも以上に身体が軽くなった。


 しかし、リュースは理解している。


 ココウマロの薬は病を治すためのではない。

 症状を遅らせ自分を騙すための薬だ。


 決して根本を絶つ代物ではない。


 だが、それも限界が来たようだ。


 最近になって薬の持続時間が格段に低下してしまっている。


「これが私の最後の大仕事になるか……。ナーシャもデルフも見違えるほど立派になった。特にデルフだ。本当に、立派になった……」


 リュースがデルフの策を聞いたのはデルフの考えを参考にしたかったわけではない。


 デルフが自分がいなくなった後、やっていけるかどうかを確かめたかったからだ。


 隊長になった器量と実力を持つデルフならそのような杞憂は無用だと思ったが確かめられずにいられなかった。


 それが師匠である自分の役目。


 だが、それもリュースの思うとおり杞憂だった。


 デルフが考えた策はリュースと同じ考えであった。


(あれならもう私がいなくても大丈夫だ……。私は最後まで自分にできることをするまで)


 リュースは自身の掌に残った血の跡を見る。


「エレメア、もう少しで再会することができそうだ。それまで見守ってくれ……」


 そして、リュースは強く手を握り急いで向かう。


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