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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
番外編
304/304

初めての冒険

 

「ねぇ、もう帰ろうよ〜」

「うるさいわよ! シャロン! ここまで来たからには腹をくくりなさい」


 そう話すのはフテイル王国国王ナーシャの双子の姉のティーシャと弟のシャロンだ。


「ねぇ、フェルノ!」


 そう言ってフェルノの腕に抱きつくティーシャ。


「まぁ、僕も反対だったんだけど。だけど、来たからには今までの鍛錬の成果を試してみたいな」


 フレイシアの息子であるフェルノ。

 白と黒が混ざった髪にいつもの華やかな王子としての衣装ではなく布地の旅人を思わすような服装をしている。


 腕に抱きつかれて動きにくく感じているがティーシャに何も言うことはなく無視してそう言った。


 なぜ、無視するのか。

 それは言っても無駄ということを身に染みて理解しているからだ。


「いよいよね!」


 フェルノとティーシャとシャロンの三人はカルスト連合国の首都である大都市から少し離れたところにある”挑戦の森”と呼ばれる場所に赴いていた。


 挑戦の森は現在立ち入りが禁じられている。

 その理由は魔物の捕食者プレデターが多数確認されているからだ。


 そんな森に向かおうと言い出したのは紛れもないティーシャだ。

 曰く、「まだ子ども扱いする大人たちを見返してやるのよ」とのことだ。


 シャロンとフェルノはあまり乗り気ではなかったがティーシャに押されて流れるようにこの場まで辿り着いてしまった。


 もちろんだが、母であるフレイシアやナーシャたちには断りを入れていない。

 そして、ばれてしまえば叱られることは目に見えている。


「フェルノ〜君は唯一の味方と思ってたのに」

「覚悟を決めろって。言っても聞かないのは分かってるだろ」

「そうよ。そんなんじゃお母上ははうえの後を継げないわよ」

「そ、それは姉上が勝手に……」


 だが、シャロンの言葉が言い終わらないうちにティーシャはずかずかと森に入っていく。

 もちろん、腕を掴まれているフェルノも一緒に。


 急に物静かになった森の中に残されたシャロンは慌てて二人を追いかける。


「ま、待ってよ!」


 森の奥に進むこと数分。


 密集する木々により日の光は遮られ周囲は暗くなり始めてきた。

 フェルノは少し険しい表情になる。


 幸い、この場は丁度、木々がなく円上に開いた場所になっている。

 その中心には巨大な大木が聳え立っていた。


「ちょっと、ここで待ってて。奥を見てくるよ。何か不気味な気配がするし」

「一人で大丈夫なの?」

「うん。シャロン、ティーシャを守ってあげて」

「……うん。分かったよ」


 怯えるシャロンを見たティーシャは苦笑いを浮かべる。


「シャロン……あなたフェルノよりお兄さんでしょ。それでいいの?」

「だ、だってフェルノが僕より強いのは確かなんだし……」


 そして、フェルノは安全と思われるこの場に二人を残して先に進んでいく。


「フェルノ、大丈夫かしら。」

「僕よりずっと強いし大丈夫だよ」

「あなたねぇ〜。あなたもお父上に稽古を付けて貰ったらどう?」

「でも、お父上は叔母上の警護で国にいないし……。でも、お母上には稽古つけてもらっているよ」

「そうね。お母上、ああ見えて激強だからね〜」

「!? 姉上!」


 突然、シャロンはティーシャを突き飛ばした。

 ティーシャは訳が分からずにいたがすぐに理由が分かった。


 先程までティーシャが立っていた場所にゴツゴツとした体毛が逆立つ巨大な腕が見えたからだ。


「な、なに!?」


 視線で腕を辿りその元凶に目を向けるとそこにはティーシャたちを数倍した大きさの黒猿が立っていた。

 瞳は赤くギラギラと輝いており殺意が込められている。


 その目で睨み付けられたティーシャは気圧されてしまい身体が震えてしまう。


 それに気が付いた黒猿は笑みを浮かべて再びティーシャに拳を振り下ろした。


「姉上!」


 すぐさま、シャロンはティーシャの前に出て既に抜いていた刀でその拳を受け止めた。


「ぐっ……これが魔物」


 力では完全に負けており何とか踏ん張るので精一杯なシャロン。


 既に“強化”の魔法は限界まで出力を上げているがそれでもあと数秒耐えるのが御の字だ。


 弟が必死な様子を見たティーシャも気合いを入れ刀を抜く。

 そして、足に力を入れ飛び上がり瞬く間に背後に回り刀を振り下ろした。


「“破壊剣はかいけん”!!」


 子どもとは思えないほどの凄まじい一撃が黒猿の背に直撃した。

 斬撃ではなくそれは打撃と言ったほうが正しい。


 メキメキと音を立てて黒猿は蹌踉めいて二、三歩、足を進ませる。


 その隙をシャロンは逃さない。


「“神速・三連”!!」


 刀を全力で引き突き出した。


 合計三回の突きによる衝撃が無防備になっている黒猿に襲いかかり吹っ飛ばした後ろにあった木に衝突した。


 その木は衝撃に耐えきれずにへし折れてしまい黒猿にのし掛かる。


「やったわね!」


 だが、シャロンの表情はまだ暗い。


「風穴を開けるつもりでやったのに……手応えがあまりない。……姉上!!」


 木の下敷きになったはずの黒猿が何の前兆も見せずに飛び出してティーシャに襲いかかった。


「!? “破壊剣”!!」


 ティーシャは再び自身の必殺技で迎え撃つ。

 しかし、黒猿の様子が先程と違った。


 いや、様子ではなく見た目が丸っきり変わっていた。


 まるで鎧だと言うかのように全身に隈無く岩片を纏っていたのだ。

 もちろん、攻撃を行う拳にも。


 キーン!!


 甲高い音を鳴らして黒猿は右拳だけでティーシャの渾身の一撃を受け止めた。

 さらに弾かれ刀を手放してしまう。


「嘘……」


 そして、左拳を無防備になったティーシャの身体に放った。

 急いでティーシャは“強化”を防御力に集中して発動する。


 黒猿の拳からすればティーシャの身体はあまりに小さく、全身にその衝撃が襲いかかった。


「がっ!」


 強化は間に合いはしたがあまりもの衝撃に意識を失い地面を跳ねていく。


「姉上!」


 シャロンは黒猿に飛びかかりティーシャへの追撃を阻止しようと動く。


「“神速・五連”!!」


 シャロンが出せる限界の“神速”を首を切り落とすつもりで黒猿に斬り掛った。


 しかし、五回目の斬撃を終えての結果は纏っていた岩を砕くことで終わった。


 黒猿からすれば今のシャロンは自分の身体に舞う蠅同然。


 無造作に手を振り下ろしてシャロンをはたき落とした。


「ぐあっ……」


 シャロンからすればその一撃でも大ダメージだ。


「ぐぐ……」


 何とか動こうとするが身体は鈍痛で響き言うことを聞かない。


 黒猿は止めを刺そうとシャロンに向けて拳を振り上げる。


「……申し訳ありません。姉上」


 自分の最後を悟って目を瞑るシャロン。


 だが、一向に黒猿の拳は振り下ろされなかった。


 そのとき、ドーンッ!! 

 と何かが衝突する音が聞こえた。


 目を開けるとそこには刀を振りかぶった姿のフェルノの姿があった。


「フェルノ!」

「大丈夫か。シャロン」

「僕は大丈夫。でも、姉上が」

「!!」


 フェルノは背後で気絶しているティーシャに気が付いた。


「……ティーシャ」


 よく見ると頭から血を流している。

 明らかに軽傷ではなく急いで治療しなければ命の危険すら考えられる。


「フェ、フェルノ?」


 シャロンはそれ以上の言葉が出ずに固唾を飲んだ。


 なぜなら、いつもの穏やかな雰囲気から一変して長い付き合いのシャロンでさえも見たこともないほどの重苦しい雰囲気になってしまったからだ。


 それは怒りだった。


 同時に黒猿は再び起き上がった。


 目の前の少年であるフェルノに対して怒りに満ち満ちた目で睨み付けている。

 岩を纏っている顔の隙間からは紫の血が垂れていた。


 今にでも突っ込んできそうな黒猿。

 だが、フェルノは抜いていた刀を鞘にしまい後ろに投げ捨ててしまった。


「フェルノ!?」


 シャロンは戦意喪失とも受け取れるフェルノの行動に戸惑う。

 しかし、依然としてフェルノの顔は怒りに満ちていて押し黙った。


「修行の成果を確かめたかったけど、こいつは許せない!」


 そして、黒猿は地面を全力で蹴り一直線にフェルノに突撃を開始した。


 対してフェルノはそっと右の掌を突き出した。


「な、にを……」


 すると、フェルノの白と黒が混ざった髪の黒の部分が淡い光に包まれ輝いた。


 黒猿は構わずに拳を振り上げて全力で放つ。


 その拳はフェルノの突き出した掌に吸い込まれるように触れてしまう。


 その瞬間、信じられないことが起こった。


 黒猿は身体が黒に染まり一瞬にして灰となって消え去ってしまったのだ。


 シャロンは何が起きたか全く分からずぽかーんとフェルノを見詰めている。


「ふぅ〜」


 フェルノが息を吐くと先程までは髪の黒の部分が輝いていたが今は白の部分が輝いている。


「お母様には止められていたんだけど、仕方ないよね」


 そう呟いてフェルノはティーシャに向かって膝をつく。

 そして、白の光を浴びせるとすぐに怪我が消失した。


「んっ……あ、あれ? フェルノ? あの猿は……フェルノが倒してくれたのね!!」


 一人で納得したティーシャはフェルノに抱きついた。

 見慣れた光景にフェルノとシャロンはそれに対して何も言葉を出さない。


 それどころかフェルノはティーシャごと持ち上げてシャロンに近づき同じく治癒する。


「……凄い力だね」

「治癒の力に関してはお母様に格段に劣るけどね」


 フェルノは母であるフレイシアの“再生”と父であるデルフの“黒の誘い”の能力を半分ずつ受け継いでいた。


 これについては魔物が子を産んだら魔物になってしまうことと何か関係があると考えられている。

 だが、それはあくまで推測の範疇であり具体的な理由は解明されていない。


 ここで問題なのは“黒の誘い”は能力を行使し続けると自身も灰化が進んでいくということだ。


 しかし、その問題はフレイシアから受け継いだ“再生”の力で相殺することで解決できている。


 これにはフレイシアも苦笑いを浮かべていた。

 だが、いくら問題がなくなったとしてもフレイシアは“黒の誘い”の力を使わないように止めている。


 なぜなら、王子が世界を恐怖に陥れようとした“魔王”ジョーカーと同じような力を持っているとばれてしまえば不都合が多くなる。


「……ばれたくないな。いや、待てよ。使ったことをばれたときはここに来たこともばれているとき。どのみち怒られるなら同じか」


 一人で納得するフェルノだが何かずれている。


「じゃあ、皆元気になったことだし次に行くわよ」

「あ、姉上。駄目だよ。まだ僕たちには早いって」

「大丈夫よ。いざとなったらフェルノが助けてくれるわ。ねっ!」

「それはそうだけど……」


 またも二人は押し切られそうになったとき後ろから声が掛かった。


「ふむ、楽しんでいるところ悪いがそなたちの冒険はここで終わりだ」


 聞き覚えのある声に三人はピシッと背筋を伸ばす。


 それは身体に染みこんだ、いわゆる反射だ。


 三人は青ざめた顔になり身体を震わしている。


 そして、恐る恐る振り返るとそこには息を切らしているタナフォスの姿があった。


「げぇ! お、お父上!!」


 三人はすぐさま逃げようとするが瞬く間に捕らえられてしまう。

 拳骨げんこつのおまけ付きで。


「はぁはぁ、タナフォス様。……どうやら見つかったようですね」


 同じく捜索に出ていたアリルもこの場に到着しワンワンと泣いているティーシャとシャロンの姿を見て苦笑いを浮かべる。


 ちなみにフェルノはふて腐れ顔を逸らしている。


「アリル、すまないが城に連れ帰ってもらえるか」

「かしこまりました。……ああ、それと捜索の最中に遭遇したあの猿は斬り捨てておきましたが処理はしないで構わないですか?」

「うむ、放っておいても森に還るだろう」


 一礼するアリル。

 そのとき、アリルは驚いた顔で子どもたちにまじまじと見詰められている事に気が付いた。


「アリルの顔に何かついておりますか?」


 三人は息ぴったしに首をブンブンと振る。


 そして、三人は顔を合わせてブツブツと言葉を交わし始める。


(嘘嘘、アリルってそんなに強かったの!?)

(あんな見た目なのに!?)

(そう言えば前にお母様がアリルは“白夜”の一人だって言っていた気が……)

(“白夜”!?)


 と言った会話がこそこそと繰り広げられている。


「はいはい。行きますよ。……ああ、それと言っておきますが陛下とナーシャ様、カンカンに怒っていますからね」


 その言葉は今までのことを忘れさせるほどの三人にとって憂鬱になる言葉だった。


 タナフォスは見送って周りを見渡す。


 激しい戦闘の跡はあるが肝心の魔物の姿が見当たらない。

 しかし、どこか懐かしい魔力の残滓が感じた。


「ティーシャとシャロンも子どもとは思えない力を持ち、フェルノに至っては……末恐ろしいな。いや、頼もしいと申すべきか」


 そして、タナフォスも帰路につく。


「デルフ、安心しろ。次の世代は某以上になるぞ。だからこそ、某が道を違えないようみっちりと教え込まなければならぬな」


 タナフォスは楽しそうに笑い歩みを進める。


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