ジャリムの国内騒動
ここはジャリム領内にあるとある森を一望でき空の彼方まで見渡せるほどの絶景が広がる丘の上。
そこには石造りの立派な墓があった。
側には花や食料に酒が供えられている。
この墓はデストリーネ王国にある挑戦の森で散っていった隊員たちを讃えた現ジャリム王アクルガが建てたものだ。
特に三番隊隊長であったガンテツの墓は一際大きくこの見晴らしの良いこの場にある。
その墓に茶の長髪の女性が目を瞑り手を合わせていた。
身は見ただけで材質が高価であると分かる布の服を着用し腰には剣を携えている。
その女性、ヴィールマリアはゆっくりと目を開き立ち上がる。
「ガンテツ、また来るね」
天戦から数年が経ち、アクルガの誘いからジャリムに身を寄せていたヴィール。
だが、自分が行ってしまったことの後悔から未だに立ち直れずにいた。
これでは駄目だと思いつつも一歩が踏み出せない。
「……私、どうしたらいいのかな。もう、駄目なのかな」
墓から立ち去ろうとするヴィールだがすぐに立ち止まりそう呟いた。
だが、返ってくる言葉はもちろんない。
「そう、だよね。自分で決めなきゃ駄目だよね。……頑張ってみるよ。私の持ち味は笑顔だって言ってくれたもんね」
ヴィールは震える手を隠してニコッと笑みを向けて墓を後にした。
道中、様々に考えを巡らせる。
どうにかして、こんな自分を救ってくれた、許してくれたアクルガに恩を返したい。
もちろん、アクルガはそんなことを望むわけなくヴィールが元気に過ごしているだけで満足にしている。
だが、ヴィールとしてはそれで済ますことなどできるはずがない。
自分が自分を許せないでいるのだ。
しかし、ヴィールは恐れていた。
また、自分が間違いを選択するのではないかと。
今までずっと自分の選択が良い方向に働いたことがない。
だからこそ、今まで動けずにいたのだ。
(だけど、もうそれは終わり。……いつまでたってもくよくよしてたら、それこそガンテツが怒っちゃう)
そして、王城に戻ったヴィールはアクルガに挨拶するためすぐに王室に向かう。
(アクルガも最近忙しそうにしているし手短に済ませよう。……そっか、アクルガはもう王様なんだよね)
王室に近づくと扉越しでも声が聞こえるほど中は騒がしかった。
その内容は端的に言えば反乱だ。
しかし、それは今に始まったことではない。
デストリーネという最大の危機が去った後、現国王であるアクルガに反発する部族が頻繁に発生しているのだ。
見切り発車で土台も作らずに平定を敢行した弊害だろう。
冷静になった部族が余所者のアクルガが王であることに不服を持ったのだ。
しかし、そもそもの話だがジャリムは力によって王が選ばれる国のため、王に挑戦しようとする輩が出てもおかしくはない。
しかし、近頃はその数が多すぎる。
やはり他国の者だと侮っているのだろうと結論づけた。
すると、アクルガの声が聞こえてくる。
その声はアクルガの喉と肺の機能を補完するマスクを通っているため籠もって聞こえる。
「ふっ、あたしの力を忘れたようだナ。正義の名の下にあたし自ら出向いてぶっ飛ばしてやル」
だが、すぐに慌てた様子のノクサリオが止めに入る。
「おいおい、待てって。王がそんな簡単に出向いてみろ。それこそ、嘗められる元だ。国の上層部には王以外に強者はいないと思わせるだけだぞ」
「ならばどうすればいいのダ」
アクルガ以外に出向いて暴動を鎮圧できるのは宰相であるノクサリオ、戦士長のザンドフのみだ。
アクルガの弟子であるスルワリも候補にあがるが先の二人の前では少し実力が足りなく感じる。
しかし、ノクサリオとザンドフの二人には一つならまだしも無数に起こる暴動に割く時間はない。
ノクサリオは王都の発展の指揮に手が離せなく、ザンドフは王都から離れて国境の防衛線の設立に務めている。
ジャリムは大国の中で最東に位置するため周辺に敵国は存在しないが魔物の対策として早急に設立しなければならないのだ。
「スルワリしかいないカ」
「……だが、ギリギリの勝利では意味がない。刃向かっても無駄だと分からせる必要がある。求められるのは完全な勝利だ。それをスルワリが成し遂げることができるかどうか」
「結局、あたししかいないではないカ!」
「もう少しは舎弟を信じたらどうだ?」
そう言いつつもノクサリオは頭を悩ませる。
そんな会話が扉越しに聞こえてきたヴィール。
「私も、前に進むとき」
ぐっと両手を握って意気込みをしドアノブに手をかけた。
「私が行くよ」
アクルガとノクサリオの二人は部屋に入ってきたヴィールを呆然と見詰める。
だが、すぐにアクルガが神妙な顔付きになって尋ねてきた。
「大丈夫なのカ?」
「うん、もう大丈夫。いつまでも落ち込んでいたんじゃガンテツが怒っちゃうもん。スルワリくんだっけ、連れて行くね」
「お、おう。好きに使ってくれ」
ノクサリオが頷く。
そして、ヴィールはすぐ向かおうと扉に戻っていく。
だが、途中で立ち止まった。
「ありがとう。アクルガ」と顔を見せずに呟いた。
その後、傷だらけの部族の長たちが怯えた表情で謝罪を申し出てきたのは語るまでもないだろう。




