ウラノのお務め
ソフラノ王国。
“白夜”の一人であるグランフォルの故郷であり、今ではその弟のフィルインが治めている国だ。
「ソフラノ王、御自らのお見送り恐れ入ります」
ウラノは城門にてフィルインに頭を下げる。
「名高い“白夜”であるウラノ殿を見送るのは当然のこと。フレイシア殿にはよろしくお伝えください。」
「かしこまりました」
「ウラノ殿はこれから帰国を?」
「いえ、ボワールに向かいます」
それを聞いたフィルインは意図が分かったように頷く。
「なるほど、ジャンハイブ殿なら必ず協力してくれると思います。私も国の復興が完了次第に物資と人材を提供します。世界の平和、そのための大都市の建造。深く共感しました」
「陛下もお喜びになるでしょう。では、小生はこれにて」
ウラノは一礼し馬に飛び乗る。
そして、ソフラノ王国を後にした。
それから馬を走らせて数時間経った。
ボワールへの道は整備が行き届いておらずウラノは顔をしかめる。
馬を走らせるだけならば問題はないが物資の供給のために馬車を走らせると考えると問題が多く見えた。
(いずれは整備をしないといけませんね。ジャンハイブ殿に進言でもしてみましょうか)
しばらくして、ウラノは川辺を発見して休息を取ることにした。
自分ではなく主に疲労した馬の休息だ。
ウラノは馬が水面に顔を近づけて給水する様子を木陰で座りながら眺めている。
すぐ側にはアリルから譲り受けた二本の短剣と名刀“業雷”が並べて置かれている。
このゆったりとした空気感の中、ウラノが思い返すは今は亡き主の姿。
「殿、もう数年は経ちましょうか。目下、まだ不穏分子は残っておりますが各国は協力を惜しむ事なく復興も進み天戦の名残は徐々に消えつつあります。陛下の威厳はさらに増し、各国の代表として躍進されております」
ウラノは少し笑みを浮かべる。
「今のアリルの姿をご覧になれば驚くことでしょう。お嬢様も日々ご成長なされています。ご安心してごゆるりと……!?」
そのとき、ウラノの耳に障る羽音が響いた。
その音は微かなものだったが徐々に近づいてくる。
ウラノは反射的に隣に置いていた武器を手に取り立ち上がった。
そして、顔を上げるとその目に映ったのは宙を飛ぶ巨大な蟷螂だった。
刃を通すことを許さない鉄のような甲殻に身を包み、どれほどの血を啜ってきたのか両手に備わる鋭利な鎌はギラギラと不気味に輝いている。
一目見ただけで強敵であることは容易に窺える。
「……放置はできないですね」
ウラノは指笛を鳴らして、給水をしていた馬を遠くへ逃がす。
なぜなら、蟷螂の狙いはその馬だったからだ。
「魔物、それも捕食者級ですか。……確か、報告にあったボワールで最近騒がしている魔物に類似していますね」
ウラノは二つの短剣を抜く。
「手加減をする余裕はございません。本気で倒させていただきます。……まずはこちらを向いて貰いましょうか!」
ウラノに目もくれず未だに馬を追いかけようとする蟷螂に短剣を二振りする。
すると、斬撃が飛び出し蟷螂に直撃した。
しかし、蟷螂の甲殻には一切の傷が付かずに撥ねのけてしまった。
「アリルならば容易く切断できたのでしょうが……まだまだ力不足ですね」
蟷螂にとっては無傷で済んだのだが煩わしく感じたのかキリキリとウラノに顔を向ける。
「無傷の点はさておき、目的は成功と」
ウラノは短剣を鞘に戻して背中に手を回す。
「一太刀で終わらせます」
“業雷”の柄に手を掛けて静かに目を瞑った。
ウラノの攻撃に怒り狂った蟷螂が大きな羽音を立て両手の鎌を大きく振り上げながら突撃を敢行する。
瞬く間に蟷螂は距離を詰め、鎌が振り下ろされる刹那、ウラノは目を開き強く地面を蹴った。
「“雷刃”」
いつの間にか蟷螂の背後に回っていたウラノがそう呟く。
すると、蟷螂の頭の中心に縦の亀裂が走り、それは全身に駆けていく。
「ギィィィィィィ!!」
耳に障る金切り音を立てて鳴く蟷螂。
それは心なしか悲鳴に聞こえる。
亀裂の走った身体は徐々に分断され引き離されていく。
だが、両断されたのにもかかわらず蟷螂は両手の鎌を振り下ろそうとする。
「その程度、織り込み済みです」
ドゴンッ!!
晴天の空から雷が落ちたのだ。
落雷により蟷螂は身を焼かれついには跡形もなく消え去ってしまった。
「ふぅ〜」
“業雷”を背中にある鞘に戻し大きく息を吐くウラノ。
緊張を解いた途端、身体を蹌踉めかしてしまう。
「強力ですが、身体の負担が大きいのが玉に瑕ですね」
しばらくして身体の違和感がなくなりウラノは馬を呼び戻した。
「ジャンハイブ殿に良い土産話ができました。……しかし、街近くにあれほどの魔物が出没するのは無視できない問題ですね。大量発生する前に手を打たなければ」
そして、ウラノはボワールに向けて馬を走らせた。
(殿、まだまだ問題は山積みですが各国が手を取り合うことができている。昔には考えられぬことです。これも全て殿のご尽力の賜です。まだ、時間は掛かりますが着実に平和に突き進んでおります)




