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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
番外編
299/304

アリルのメイド道

 

「身嗜みはきちんと整えてください。あれほど言っているでしょう! 私たちの汚点は陛下の面目を潰すと肝に銘じなさい!」


 メイド長であるアリルは遠目で服装が乱れている部下を発見しすぐさま注意を行う。


「それと、あなたたちも!」


 アリルが顔を向けたのは廊下の角でこそこそと談笑しているメイドたちだ。

 姿は角で隠れて見えないがそれでアリルの目から逃れられるわけがない。


 アリルの圧に耐えきれずに三人のメイドたちが角からぞろぞろと顔を出した。


「他人事ではありませんよ。仕事は山ほどあったはずですが……終わったのですか?」


 アリルの冷たい笑顔に若い娘たちが耐えきれるはずがなくピンと背筋を伸ばした。


「は、はい! 申し訳ありません!!」


 そして、一斉に皆が仕事に戻っていった。


「全く」


 そんな部下のメイドたちの後ろ姿を見て息を吐くアリル。


「精が出ますね」


 そう後ろから声をかけたのはウラノだ。


「あら、帰っていたのですか」

「またすぐに出ますけどね。しかし、まさかアリルがメイド長になるなんて。昔には思いもしませんでした」

「ぼ、……私としては押し付けられた形ですけど」


 アリルはそう言って本格的にメイドの道を歩き始めた頃を思い出した。




「アリル! どこですかアリル!」


 そう声を荒げているのはデストリーネ王国侍女の長であるランフェ・アリモグ。


 初老を迎えた白髪で細身の女性だが、その威圧感は歳なんて関係ないのだと思わせるほどひしひしと伝わってくる。


 この歳でこれほどなのだから若かりし頃はさらに存在感が大きかったのだろう。


 ランフェが呼ぶ声を王城の数多い部屋の一つの中にいたアリルは思わず顔を顰めた。

 しかし、呼ばれたのならば出ていくしかない。


 アリルも上下関係はしっかりと弁えている。


「そんな大声を出してなんですか。ここにいますよ」


 ガチャッという音と共に今まさに通り過ぎていったランフェの背後に立つ。

 だが、手で肩に垂れ下がった髪を解いて目も合わせようとしない。


 上下関係は弁えていると言ったがそれは最低限の、だ。

 この態度は失礼極まりない。


「なんですか、ではありません!! 今、何時だと心得ているのです!?」

「ああ〜そういうことですか。問題ないですよ。別に寝坊ってわけではないですし」

「どういう……」


 そこでランフェはアリルが出てきた部屋に目を向けた。


 確かにそこは彼女の自室ではない。


 訝しげながらも扉を開きその部屋の中に入る。

 入ってすぐにランフェは目を見開いた。


 長年の経験を積んだメイド長であるランフェからも見ても完璧な程までに部屋の清掃が終わっていたのだ。


「ふふーん。どうですか。僕にかかればこんな児戯、瞬ですよ、瞬」


 ランフェの驚いた顔を見て、してやったりと胸を張り得意げになるアリル。


「確かに……陛下が即戦力と言って預けてきた理由が分かりました。料理だけでなく清掃までここまで完璧だとは」


 その言葉でアリルはさらに愉悦感に浸る。

 そして、ついつい言葉を滑らしてしまったのだ。


「ふふん。僕があなたから教わる事なんて何一つないのですよ」


 気分良くそう言い放ったアリルだが言った後にランフェから言葉が返ってこないことに数秒経って気が付いた。


 嫌な予感がしつつも恐る恐る目を開くとランフェは笑みを浮かべたままアリルを見詰めていたのだ。


「げっ……痛ッ!」


 気が付くとランフェの手刀がアリルの脳天に振り下ろされた後だった。


「全く。……清掃は満点と言っても良いでしょう。料理も基礎は殆ど完璧ですので後はレシピを頭に叩き込むだけ」


 ヒリヒリと痛む頭を撫でながらも自分を褒める言葉に耳を傾けるアリル。


「ただし! 身嗜み、態度、言葉遣いはゼロ点です! 全く成っていません」

「はぁ? どこがですか!!」


 再びアリルの頭に手刀が繰り出された。


「まず、その言葉遣いです! それに目上の者に対する態度! そして、自分のことは“僕”ではなく“私”としなさい!!」


 常人に対してならば意識を容易に奪えるほどの威力を持った手刀。

 アリルも白夜びゃくやの一人として自分の身体の丈夫さには自負はあったが痛みに悶えてしまう。


「……手刀は違いますよ!」


 だが、ランフェはアリルの様子を気にせずさらに言葉を続ける。


「陛下がデストリーネを追われ放浪の身であったとき、陛下をお支えしたのは私ではなくアリル、あなたです。その点はメイドとして比類なき功績と言えます」

「そんな陛下が大事なときに自我を奪われていたのはどこの誰ですか」


 アリルはランフェが一番痛いところを的確に突く。

 これはアリル自身も意地悪な言葉だと思いながらも手刀の痛みの仕返しとばかりに突きつけたのだ。


 しかし、ランフェは嫌な顔をすることなく正面からその言葉を受け止めて頷いた。


「確かにその通りです。私は何もできずに操られているだけで陛下のお役には何一つ立っていない。しかし、だからこそ、あなたには期待しているのです。陛下のメイドとして何年も御側にいたあなたを。……全てをあなたに叩き込むことが私の最後の役目」

「叩き込む? い、いや僕はもう完璧……ぎゃっ!」


 またもアリルの頭に手刀が振り下ろされた。


「言葉遣い。……全く完璧ではありません。メイドの武器は所作から始まります。私たちメイドの立ち振る舞いによって陛下の面目を潰す可能性があることを覚えてください」


 そして、ランフェは軽く息を吐く。


「……剣は捨てたのでしょう? なら、早くメイドに相応しい武器を身につけてください」

「!? ……なんでそれを」

「あなたの経歴は陛下から伺っています。ですが、本音を言うとあまり経歴などに興味はありません。要は陛下のメイドとして相応しいかどうかということです。この時勢ですから即戦力が求められています。もう一度言います。私はあなたに期待しています」


 アリルは唖然とランフェを見詰める。


「さぁ、参りましょう。他の者たちを待たせてしまっていますから」


 そう言ってランフェは部屋から出て行き、アリルもそれに続く。


(……そんなこと言われたら、何も言い返せないですよ)


 それから、アリルは何も言わずに彼女の言うことに従い精進していった。


 いや、何も言わずというのは語弊があり所々二人の口論が目立ちこれには周りのメイドたちも苦笑いを浮かべていた。


 だが、そのような日常も数年で終わりを告げた。


 ランフェが死んだ、わけではなく自身の衰えが顕著に現われたので暇をもらいたいとフレイシアに申し出たのだ。


 言わば、隠居の願いだ。


 そして、ランフェの代わりの新たなメイド長としてアリルが指名されたのだった。


 


 そんな当時のことを思い出し現実に戻ったアリルはクスリと笑みを浮かべる。


「どうしました?」


 ウラノが尋ねてきてアリルは首を振る。


「いえ、よくよく思い返せば私はメイド長になどなるつもりはありませんでした。フレイシア様の下で働ければそれで良かったのです。ですが、いつの間にかメイド長と……。ふふ、あの方ときたら……」


 愚痴を吐くアリルだが、その表情は満更でもなく微笑んでいる。


「さて、小生はそろそろ」

「ええ、チビなりに頑張ってください」

「久しぶりに聞きましたね。その呼び方、今となっては苛つきよりも懐かしさが目立ちますよ」


 笑い混じりにそう言ってウラノは去って行った。


 ウラノを見送った後、アリルは誰も見ていないことを確認してうーんと伸びをする。


 そのとき、ランフェが別れ際に言い残した言葉をふと思い出した。


『あなたならもう大丈夫』


 幾度も口論を重ねもう顔も見たくないと思うほど苦い思い出だったがその言葉を受け取った瞬間、アリルは涙を零していた。


(べ、別にあれは目にゴミが入っただけです)

 と自分自身に言い訳をしつつも思い出しただけで暖かい気分になる。


「さぁ〜て、そろそろ私も混ざるとしましょうか」


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