最終話 フレイシア
世界の中心に位置する場所。
そこにはどの大国と比べても見劣りしないどころかそれ以上の壮大な城が建っていた。
さらに、その城を中心として周囲に家屋などの建造物が広がっている。
何もなかったはずの場所に大都市が出来上がっていたのだ。
元が小さな村だったと知る者はそう多くはなく、言ったとしても信じる者はいないと思う程に最大規模の都市となっている。
この大都市にある城こそ世界を統べる“絶対王”の居城だ。
もちろんだが、この大都市の防衛設備は優れている。
だが、ただ一つだけ弱点が存在する。
それは設計ミスではなく意図的にそうつくられた。
この都市の弱点とは四方向からの大軍による同時侵攻には対応できないという点だ。
その“絶対王”が世界を統べる王として相応しくないと判断し各国が結集すればその統治を終わらせられるように。
加えて、力に溺れないための戒めとして“絶対王”自らがそう考え設計したのだ。
だが、消極的な考えが元でこの大都市がつくられたわけではない。
これはあくまでも保険。
本当の目的は平和の象徴として存在し続けることだ。
その城の中の自室でフレイシアは開いた絵本を澄んだ声で後ろから覗く二人に読み聞かせている。
その二人とは息子であるフェルノと姉と慕うナーシャの娘であるティーシャだ。
「――でした。おしまい」
読み終えたフレイシアはパタンと絵本を閉じる。
「ふぅ〜」
閉じた絵本を満足げに抱き、遠くに行ってしまった想い人を心に浮かべる。
だが、すぐに後ろの二人の表情は暗いことに気が付いた。
「どうしましたか?」
そうフレイシアが尋ねるとティーシャは口を開く。
「この人、可哀想」
フェルノもこくこくとその言葉に同意して頷いている。
この絵本の物語の内容はある一人の騎士の物語。
大まかには主人公の騎士は自分を殺し悪者として振る舞って、ついには討伐されてしまう。
だが、それにより国や主である王の命が守られたという内容だ。
しかし、この絵本は世に出回っていない。
この世界でたった一冊の絵本なのだ。
なぜならこの絵本の著者は紛れもないフレイシア自身だから。
自身に起きた忘れてはならない出来事を、そして一人の騎士をこうして形のあるものに残したかったのだ。
かなりの脚色をしているが分かる者には少し読んだだけ何のことかはすぐに理解できるだろう。
「こんなに頑張っても褒められず死んじゃうなんて私じゃ耐えられないわ」
「……褒められるどころか恨まれているし」
その言葉にフレイシアは頷いた。
「確かに高らかには讃えられることはないでしょう。ですが」
そう言ってフレイシアは自分の胸に手を乗せる。
「彼の活躍を知る者は心の内で感謝や称賛を送るでしょう。この王様は生涯彼のことを忘れることはありません」
フレイシアは昔に思いを馳せながら答えていく。
「これを知ったあなたたちの胸の中にもこの騎士の勇姿が残っているはずです。私たちがそう思い続けている限り彼、日に当たることない影の中の英雄は輝き続けるのです」
フレイシアは微笑んで絵本の表紙に描かれている騎士を眺める。
「この騎士も恐らく大勢による大歓声よりも心の内で秘める感謝の気持ちの方が嬉しく感じると思いますよ」
だが、フレイシアの言葉はまだ二人には難しいのか首を傾げていた。
それを見て思わず笑みが漏れてしまう。
「ふふ、私が言いたいことはその感情を大事にしていてください。それだけです」
そして、フレイシアは壁に掛けている時計に目を向ける。
「そろそろ、時間ですね。二人とも仲良くしているのですよ」
「「はーい」」
いそいそと他の絵本を探しに本棚に向かっていく二人の元気の良い返事を聞いたフレイシアは微笑み立ち上がった。
そして、玉座の間に向かっていく。
威風堂々とした態度で玉座の間に入ったフレイシアはゆっくりと歩く。
そして、玉座に座る。
その斜め後ろに立つのはフレイシアの護衛であり世界最強の“勇者”の肩書きを持つタナフォスだ。
腰には“魔王”を討伐した証である“魔刀”夜明が携えられている。
眼前には跪く各国の王。
勇者であるタナフォスが魔王を倒し世界を救出した。
配下の失敗は主の責任になるということは配下の成果はそのまま主の成果にもなる。
つまり、それはタナフォスの主であるフレイシアが世界を救ったことと同意になるわけだ。
そして、フレイシアはついに世界を救出したという大義名分を持って世界にこの戦乱の世を平定すると宣言した。
同時にそれに賛同する国は快く迎えるとも。
その宣言を支持するのが紛れもない眼前で跪いている大国の王たちだ。
デストリーネ国王ヨソラ・カルスト・デストリーネ
フテイル国王ナーシャ・ギュライオン・フテイル
ボワール国王ジャンハイブ
ジャリム国王アクルガ
ソフラノ国王フィルイン・ソフラノ
これらの王たちがフレイシアを自分たちの主、つまり“絶対王”と認めこの場に集ったのだ。
シュールミットとノムゲイルを除く全ての大国の王たちの支持を得たフレイシアの威光は勢いを増すばかりであった。
次々と無数の小国からの支持も増え続け、今では数え切れないほどの国々が賛同してくれた。
ちなみにナーシャとフィルインの国であるフテイルとソフラノは元は小国であったが天戦での功績を認められ大国となった。
その際に行った領地の分割は各国で話し合いを重ねた。
もちろん、今までの領地は安堵。
そして、これを機にどの国にも属していない領地の分配も行った。
どの国からも不満は出ない着地点を見つけるまでに時間を要したがその結果、フテイルとソフラノは大国に至ったわけだ。
フレイシアが着座したのを見るや大国の王の代表として中央に跪くジャンハイブが口上を述べる。
「我ら五大王はフレイシア陛下の忠誠を誓うこと。ここに宣言します!」
五大王とはその名の通り五人の大国の王のことだ。
王たちが一斉に頭を下げたことにより大連合国は正式に建国された。
その名も世界の中心地の名前を取って大連合国“カルスト”。
フレイシアの大きな特徴である“再生”の効果による不老不死。
それに因んで、世界に”絶対王”の名が轟くこととなる。
フレイシアは堂々とこれまでにない覇気を醸しながら頷いた。
そのとき、タナフォスが耳打ちをしてきた。
内容はウラノが調査を終えその報告があるとのことだ。
「構いません。通してください」
王たちが集っている、この際なのでフレイシアは目通りを許可した。
ウラノが通されフレイシアの前に跪く。
そして、ウラノは懐から取り出した報告書を差し出した。
それはフレイシアが命じていたシュールミットの調査の結果だ。
パラパラと捲り眺めていきある部分で眉をピクリと動かした。
「そうですか、ミーニアが」
そう呟くフレイシアは悲しげな表情をしている。
ミーニアとはシュールミット王国の女王で今は牢に閉じ込められているらしい。
そして、今のシュールミットを牛耳っているのはその弟であるデウォンとのことだ。
「現シュールミット国王はやはりノムゲイルと今も通じています」
フレイシアは重々しく頷いた。
「今のシュールミットの現状は理解しました。一刻も早く救出はしたいところ」
考えるが現状ではすぐさま動くことは難しいと考える。
「そして、察していると思いますがノムゲイルとシュールミットは連合国の加盟の件、不首尾に終わりました」
「……断りましたか。あと一歩なのですが、中々踏み出せませんね」
これでこの二大国が断ったのは何度目になるだろうか。
数え切れないほど説得を試みているが全てが破断に終わっている。
この二国がフレイシアに賛同し協力してくれるのならばその時点で戦乱の世は終わりを告げる。
あと一歩なのだがその一歩が途轍もないほど長い。
しかし、従わないからと攻め込むような野蛮なことはフレイシアもしたくないし考えてもいない。
結局の所、力による強制支配は人々の信用をなくしてしまうからだ。
それはフレイシアの考える平和の世ではない。
「大義でした」
「ハッ!」
そして、ウラノは下がり退出した。
「またも手詰まりですか」
各国の王たちの表情も芳しくない。
フレイシアはこれからどう動こうと悩んだとき、タナフォスが慌ててやってきた兵と話しているのが目に入った。
(この大事な日に慌ただしいですね)
しばらく待っているとタナフォスはフレイシアの下まで歩いてくる。
「陛下、ファンド王国の伝令が至急お目通りをしたいと」
「ファンド王国?」
連合国の加盟している国々を頭の中で羅列していくが見つからない国名にフレイシアは表情には出さないが疑問を感じる。
「ノムゲイル近くにある小国です」
「ノムゲイルの? すぐに通してください」
フレイシアはこのやり取りで思い出した。
考えたとおりファンド王国はまだ連合国に加盟はしていない。
もちろん、加盟の願いは出しているがまだ返事はなかった。
戦力的には連合国の方が上だが考えずに連合国に加盟してしまえばノムゲイルに侵攻される恐れがある。
ファンド王国は難しい選択に立たされているのだ。
それはフレイシアも承知しているので何度も催促はしていない。
(しかし、なぜ? 考えられるのは連合国の加盟)
心の中で首を傾げるフレイシアはその伝令を待つ。
そして、通された伝令は急いでこのカルストまで赴いたらしく身なりはボロボロで息も絶え絶えであった。
伝令の挨拶を聞き終えた後、フレイシアはすぐに尋ねる。
「それでファンド王国がこの私に至急の要件とは?」
「こちらを。我が王からの書状にございます」
伝令はその場で一枚の書状取り出し差し出した。
兵の一人が伝令から受け取りそれをフレイシアに差し出す。
受け取った文をフレイシアは開けて読み始める。
最初に本来ならば実際に赴き直接頼むべきなどと前置きが書かれておりさらに読み進めていく。
「これは……」
文の内容はノムゲイルに侵攻されておりこのままで国の存亡に関わるとのことだ。
つまり、連合国に救援の願いだった。
それを見たフレイシアは絶好の機会が訪れたと内心で強く頷いた。
「承りました。只今よりファンド王国は連合国“カルスト”の加盟を許します! ファンド王には必ず救援に向かうとお伝えください。それまで持ち堪えるようにとも」
「ハッ!!」
伝令は水を得た魚のように元気を取り戻し去って行く。
「ということは滅ぼすので?」
ジャンハイブが尋ねてくるが首を振る。
「まずは軍勢を差し向けます。そうなればノムゲイルは一先ずは兵を退けるでしょう。その後はできるだけ言葉はかけるつもりです」
「聞く耳はないと思うけどね〜」
「恐らくは……。そのときはやむを得ません」
「ハッハッハ!! 久々の戦場、望むところダ!!」
「私は私にできることを全力で取り組むのみ」
「ですが、滅ぼしはしません。太刀打ちができないことを分からせるだけです。私たちの力を知れば恭順を願い出てくるでしょう」
フレイシアの目的は全世界の国々を連合国に加盟させいつしかこの大地の国々をカルスト国という名の下に統一すること。
決して滅ぼしてはいけない。
「あくまでも今回の目的は助けを求めてきた小国の救援です」
ただ軍を動かしノムゲイルとシュールミットに力任せに攻めかかればフレイシアの印象は悪くなってしまう。
それが先程までのフレイシアの悩みの種だった。
しかし、救援願いを出されたことによりそれは解消された。
滅亡寸前の小国の危機を救う。
出軍する理由には十分だ。
むしろ、出軍することによってフレイシアの印象は良くなるだろう。
フレイシアは心の中で兄であるジュラミールに答える。
(これが私のやり方です。小賢しいかもしれません。ですが、こうした積み重ねによって平和が築かれていくのです)
そして、フレイシアは声を張って王たちに言い放つ。
「“絶対王”として命を下します! 直ちに戦準備を! 出軍は追って連絡致します!」
その言葉により各国の王たちはハッ!と一斉に動き始めた。
「ヨソラ」
「?」
フレイシアは颯爽と退出しようとするヨソラに声をかける。
「今回の戦、”白夜”も総動員するつもりです。デストリーネで投獄中のグローテを引っ張り出してきてください。そろそろ、働かせます」
満面の笑みを向けるとヨソラはびくっと背筋を伸ばして苦笑いを浮かべる。
布で両目を隠しているためフレイシアの笑みは見えていないだろうがその異様な空気を感じ取ったのだろう。
「わ、分かった」
ヨソラは退出し、その間にも皆が迅速に動いておりあっという間にこの場は静寂に包まれる。
「タナフォス、魔物の動きは?」
「報告に寄れば危険度が高い魔物はグランフォルが粗方討伐しておりますので現状は問題ありませぬ」
「それは重畳。魔物の件は一先ず置いてこの戦に専念できます」
「では、某も準備に参ります。某の代わりに護衛としてすぐにアリルが伺うと思いますので」
「分かりました」
こうして、この場はフレイシアだけとなってしまった。
先程まで慌ただしかった玉座の間が急に静寂に包まれる。
そんな中、フレイシアが呟いた一言は思いのほか響いた。
「止まっていた時は再び流れ始めました」
フレイシアはゆっくりと歩き出しこの都市を一望できるバルコニーに出て空を眺める。
夕焼けが遙か彼方まで続き思わず手を伸ばしてしまう。
「もうすぐです。もうすぐ戦乱の世が終わります。私たちが追い求めていた平和がすぐ目の前に」
フレイシアは腕を下に落とす。
零していた一筋の涙を拭って微笑みを夕焼けの空に向ける。
「見ていてください」
「騒乱のデストリーネ」完




