第297話 継承
再び廊下を歩いていると前方から小柄の少女が歩いてきていた。
だが、少女だからと言って侮ってはいけない。
その少女はデストリーネが誇る精鋭集団“白夜”の一人であるイリーフィアだからだ。
「イリーフィ……」
手を振って呼ぼうとしたティーシャだがすぐに動きを止める。
並々ならぬ威圧感を察したからだ。
間違いなく今のイリーフィアは不機嫌だった。
ぶつぶつと各地で発生している魔物の対処をどうするのかを呟いている。
ティーシャは知らないが天戦で敵の首魁であるウェルムを倒したのは良いがそれで各地に蔓延った魔物が消えるわけではない。
その魔物の数はこの十年ほどで増え人を襲いすぐに対処しなければならない課題となっている。
研究にて魔物弱点を暴き出し雑兵でも数人がかりであれば討伐できるようになり昔ほど脅威ではなくなった。
しかし、悩みの種はそれでも太刀打ちができない程の危険度を持つ魔物も存在することだ。
まさにウェルムが残した負の遺産と言えるだろう。
「あっ! ……ティーシャ様、お越しになっていましたか」
何か閃いたのかイリーフィアは声を上げたが同時にすぐ隣に立つティーシャに気が付いた。
「ええ、何か雰囲気が凄かったけど大丈夫?」
「はい。今、解決しました。……そういえばグラン、見かけませんでした? 恐らく、慌てて逃げているはず」
「そう言えば少し前、向こうに走っていったけど」
「ん。ありがとうございます」
一礼して歩いて行くイリーフィア。
「旅がしたいなら、魔物討伐巡りをさせるだけ。 事務仕事は私とクルで、やるしかない。はぁ……自由だった隊長のときが懐かしい」
その疲れた様子のイリーフィアを苦笑いで見送るティーシャ。
「苦労人ね〜」
その後、いくら探しても目当ての人物であるフェルノの姿は見つからない。
「もう、どこにいるのよ〜」
そのとき、隣の扉の向こうから声が聞こえてきた。
ティーシャは扉を少し開けて覗くと騎士の格好をした面々が会議を行っていた。
取り仕切っているのは騎士団長であるクロークでその話をソナタは真剣に聴いている。
「あら?」
ティーシャは「はい! はい!」と真面目に頷いているソナタの頬がどことなく赤らめていることに気が付いた。
「もう、ソナタったら。一気にアタックすればいいのに」
「おや、ティーシャ様ではないですか」
いきなり後ろから声をかけられビクッとティーシャは背筋を伸ばす。
恐る恐る振り向くとそこにはフレッドが立っていた。
片手には資料を持っておりこの会議に参加するために訪れたのだろう。
そこでティーシャは今の自分の姿を思い出す。
覗き見に盗み聞きの姿勢。
とても褒められた姿ではない。
「おほほほほほ」
ばっと飛下がって笑って誤魔化した。
「お元気そうで何よりです」
全てを察したフレッドは何も聞かずにいてくれた。
しかし、ティーシャからすればそれはそれで辛い。
「そ、そう言えばフレッド。フェルノを知らない?」
何とか話題を逸らしフレッドは考える素振りをする。
「王子ですか。……ああ、そうだ。確か、タナフォス殿に稽古をつけて貰うと修練場に向かったはずです」
「お父上と? 分かったわ。ありがとうフレッド」
「お力になれたようで何よりです」
一礼してフレッドは会議室に入っていった。
目的地を知ったティーシャは急いで修練場に走って行く。
修練場に着くと今まで探し続けていた苦労を嘲笑うかのように木刀を握っているフェルノを見つけた。
髪色は黒と白のまだらでその年代では平均な身長の少年だ。
しかし、フレイシアの実の息子でありこの国の王子だ。
つまり、知る者は少ないがフェルノは今は亡きデルフの忘れ形見でもある。
「お父上!!」
そう大声で呼ぶとタナフォスは振り向いた。
「ティーシャか。やはり来たか」
「当然よ」
「殿下は?」
「先に叔母様のところに向かったわ」
そして、ティーシャはフェルノに目を向ける。
すると、フェルノは何でここにいるんだと言うように面倒くさそうに顔を顰めていた。
「何よ、その顔。せっかく来てあげたのに」
「呼んでないだろ。タナフォスに稽古をつけてもらっていたのに。……そもそもお前はフテイルの王女じゃないか後継ぎがそう何度も出張って良いのか?」
そう言ってきたフェルノだがティーシャはほくそ笑んでいた。
「ふふふ、良いこと教えてあげるわ。これから、私はこの国に住むことになったのよ!! フェルノは私がいないと駄目だからね」
この言葉を突きつけるために今までフェルノを探していた。
加えて、今のようなフェルノの驚いた顔を見るために。
「な、な……後継ぎだろ?」
「後継ぎ? そんな物、シャロンに投げつけてきたわ」
シャロンとはティーシャの双子の弟だ。
姉弟の上としての責務を全てシャロンに押し付けてここまでやってきたのだ。
「な、な、そんな簡単に……。叔母様はなんて言っていたんだ!?」
「女はアタックあるのみよ!! ガンガン攻めまくりなさい!! って許してくれたわ。今頃、あなたのお母上にも申していると思うわ」
「……そうだった。叔母様はそんな性格だった。……本当にお前とそっくりだよ」
「ちょっと、私の方が年上なんだからもう少しは敬いなさいよ」
「何を今更……」
はぁんと嘲笑うフェルノにティーシャはむくれる。
そして、ティーシャは側で見守るタナフォスに目を向けた。
「お父上も良いでしょ?」
「殿下がお許しになったのならば何も言うまい。だが、あえて父として申すならば王子が娘を貰ってくれるならばこれ以上の喜びはない」
「ちょ、ちょっと僕の知らないところで勝手に話が……」
「いい加減、観念しなさい!」
そう言ってティーシャは満面の笑みでフェルノに抱きついた。
その後、二人は共にフレイシアの所に向かう。
タナフォスは他に仕事を残していたらしく途中で分かれた。
そして、フェルノはノックもせずに部屋の扉を開ける。
すると、目の先でフレイシアとナーシャが喋っていた。
「あんた、いつ見ても本当に変わっていないわね。私は段々年取ってばかりで時が止まって欲しいと思うもの」
「そこまで良い物でもありませんよ。私からすれば置いてきぼりにされている気分ですから」
「持つ者と持たざる者の考えは違うってことね〜。けどまぁ〜よくよく考えると確かに不老不死というのは酷ね。羨ましいって少し軽口だったからしら」
「私はこの力を受け入れています。覚悟もあります。どうぞ、気兼ねなく話してください。それにお姉様と話していると心が安らぎますもの」
「言ってくれるわね〜」
笑い合う二人。
そして、ティーシャとフェルノが入ってきたことに気が付いた。
「あっ、来たわね。流石は私の娘。がっちりと捕まえているじゃない」
ティーシャはフェルノの腕に絡みつくようにぎゅっと抱きしめながら来ていた。
「やってやりました!」
ちなみに、フェルノは為すがままで完全に諦めている。
「どうぞ、こちらに。後はヨソラ……丁度来ましたね」
ティーシャが後ろを振り向くとヨソラが立っていた。
「ヨソラ姉様」
「ちゃんと、フェルノ連れてきてくれた。ありがとう」
ヨソラはティーシャに顔を向けてにこりと微笑む。
「姉さんがこいつを差し向けてきたのか……。止めてくれよ。せっかくタナフォスに稽古つけて貰っていたのに」
そのとき、フェルノはビクッと背筋を伸ばす。
ヨソラは布で目を隠しているはずなのに視線でフェルノを貫いたのだ。
「やっぱりお母様が呼ばれていたこと忘れてた」
「あ、あれ。そんなこと言っていたっけ?」
「言った」
こてっとフェルノの頭を軽く叩くヨソラ。
「いてっ!」
恐らく全く痛くないだろうが大袈裟にフェルノは頭を擦っていた。
そうして、三人は長机の側に並んでいるソファに腰掛ける。
対面にナーシャとフレイシアが座った。
そして、いきなりフレイシアの口からとんでもない言葉が飛び出した。
「溜めるのは少し苦手なので単刀直入に申します。ヨソラ、そろそろあなたにこの国の王位を譲るつもりです」
その言葉にナーシャ以外の全員が驚いた。
「え、え?」
「この数年、私が教えられることは全て叩き込みました」
そうにっこりと笑みを浮かべるがヨソラの戸惑いは収まることはない。
「で、でも、フェルノじゃないの?」
「確かに血の繋がりは私とヨソラにはありません。ですが、私はあなたことを本当の娘と思っています。そして、あなたならできると考えています。でなければ申しません」
「お母様……」
フレイシアは大丈夫と諭すようにヨソラの頭を撫でる。
この日のためにフレイシアはヨソラを自分よりも多く表に立たせて民たちの目に付きやすいようにしていた。
その甲斐もあって今ではヨソラへの民たちの信頼は厚い。
「ヨソラ、大丈夫よ〜。必ずサフィーが助けてくれるわ」
ナーシャに続きフレイシアも安心させるように言葉をかける。
「もちろん、今すぐにとは申しません。後、数年は私もあなたが慣れるまでは支えるつもりです」
そして、落ち着きを取り戻したヨソラはフレイシアに尋ねる。
「これからお母様は何をお考えなのですか? もう数十年はお母様がこの国を治めるものと思っていましたので」
「それは今からお話しします」
そして、フレイシアは自分の考えを話し始める。
「この大地の中心に大規模な都市を建設していることは知っていますね?」
「はい」
「それが直に完成します。私はフェルノとともにそこに居を移す予定です」
「居を?」
「いよいよ、デストリーネを含めこの大地の国々が一つになるときがやってきた、ということです」
戸惑うヨソラを見てクスクスとフレイシアとナーシャは笑う。
「この国を頼みますよ」




