第291話 友のため
日が昇り始めた早朝。
タナフォスは伸びきった草木の間の不自然にできた道を歩んでいた。
(フレイシア様はともかく、殿下はさぞお怒りだろう)
タナフォスは何も言わず置き手紙だけを残してデストリーネ王国の王城から出立した。
目指すは王城からタナフォスが集中してようやく感じることができる微弱の魔力の源。
だが、近づくにつれてその魔力は決して微弱ではなく普通の胆力では耐えきれずに逃げ出してしまう程の威圧感があった。
タナフォスの目的はその魔力の正体である“魔王”ジョーカーの討伐だ。
ノムゲイルとシュールミットという大国の連合軍を蹂躙し恐怖を撒き散らした魔王。
その恐怖を逃げ延びた者たちは忘れることはないだろう。
だが、その光景を見ていたのはその者たちだけではない。
都門近くに集結していたボワールと五番隊の軍勢やデストリーネの民たちも目撃している。
噂話というのは広がるのが早い。
各国は戦争の後処理に掛かりきりの状態で手が回らないだろう。
だが、放っておくと手遅れになる。
回り回った噂話はいつしか収拾がつかなくなり世界が恐怖に包まれる可能性がある。
“魔王”と称されてしまったのがさらにそれを助長してしまうだろう。
そして、恐怖に染まった世界はいつ襲ってくるのか分からない魔王の影に怯え混乱を招いてしまう。
暴動が起きるかもしれない。
タナフォスの頭に様々な憶測が飛び交う。
(考え過ぎかもしれぬ。だが、不安の種は摘まねばならない)
だからこそ、タナフォスは討伐に赴いているのだ。
だが、それは本来の目的ではない。
タナフォスは友との約束を守るためにここまでやってきたのだ。
「デルフ、これがお前の思い描いた未来であるか」
そして、草木を潜り抜けるとその先はまるで遺跡かと思うような場所が広がっていた。
チラホラと見える瓦礫には苔が生えており廃屋のような塊が何軒もあった。
「村……か?」
だが、この光景からかなりの前に滅んでしまっているようだ。
そこでタナフォスは思い出す。
「確かこの辺りは、デルフが言っていた……」
下を向くと最近できた足を引きずった跡を発見した。
タナフォスはそれを辿ってその廃村の中を進んでいく。
そして、中央に辿り着いたタナフォスは立ち止まった。
ただ、黙って一点を見詰めている。
その先には並んでいる墓標を背に付けて地面に座っている男がいた。
悪魔、魔王と呼ばれ、聞いた話の姿とはかなり異なっている。
黒の長髪に黒コート。
悪魔でも魔王でもない。
タナフォスの友であるデルフがそこにいた。
右手は隣の墓標の盛り上がった土の上に置かれている。
墓標は朽ち始めかなりの年月が経っているように見えるがその盛り上がった土はほんの少し前に埋められた新しさを感じた。
「……デルフ」
名を呼ぶがデルフは返事をせず項垂れていた頭を上げる。
そして、目を開きタナフォスの顔を視界に入れるなり立ち上がった。
すぐにタナフォスはデルフの違和感に気が付いた。
デルフの焦点はタナフォスに合っていないのだ。
どこを見ているのか分からない視線にタナフォスは戸惑う。
「!?」
考えているといつの間にかデルフの左手には黒刀が握られていた。
「刀……」
デルフは騎士を止めて以降、常に短刀を使い続けていた。
こうやって本来の武器である刀を持つのは何年ぶりだろうか。
「!?」
タナフォスは思わず身構える。
そして、気が付く。
先程まで自分が立っていた位置から後ろに下がっていた。
デルフは何もしていないように見える。
つまり、危機感が脊髄で身体を動かしたのだ。
冷や汗が止まらなく改めてデルフに目を向ける。
すると、刀を持っているデルフは尋常ではない程の殺気を放っていた。
それでタナフォスはようやく理解ができた。
「まさか……デルフ、自我を……。そうか、そうか。……心得た」
刀を使うのも恐らく自我を失う前の馴染みのある武器を選択したのだろう。
元より剣を交えるつもりで出立したタナフォスだがもちろんデルフの現状を知っていたわけではない。
もはや、タナフォスが知るデルフは消えてしまった。
悲しみで歯軋りするが必死に抑える。
戸惑いこそしたがタナフォスは既に決心してこの場に立っている。
「某がすべきことは一つ」
そして、ついに刀を抜く。
こうなると、理解していたからこそタナフォスはナーシャたちを置いて来たのだ。
命を賭けて友を送るために。
友のためならば命は惜しくはない。
(殿下たちには耐えられぬだろう)
そして、口上を述べる。
「某はタナフォス!! “魔王”ジョーカー! そなたを討ちに参った!!」
そして、二人の最後の戦いが始まった。
だが、今までと比べると悲しく静かな戦いとなる。
タナフォスは始めから全ての力を惜しみなく引き出す。
自身の命が蝕まれることを覚悟して。
タナフォスの身体に異質な魔力が放出される。
その昔、十代の後半の青年だったタナフォスはフテイルにて悪を成敗する天才剣士として突如として出現し名を上げていた。
その実力は誰もが認める他なく、ついには若くしてフテイル最強の証とされる地位の侍大将まで昇ったのだ。
悪を決して許さずすぐさま斬り捨てる様からタナフォスはいつしか“断罪”と呼ばれるようになった。
自分の行いは正しい。
悪が絶えればこの世が良くなると信じてさらに突き進んだ。
だが、タナフォスは一つの大きな間違いを犯してしまった。
ある一人の男を斬ってしまったことが始まりだ。
そのときは、いつも通り自分はまた一つ悪を減らすことができたと満足していた。
だが、後に本当に罪を犯した者が捕まったのだ。
それを知ったとき、タナフォスの頭は真っ白になった。
自分が悪だと信じ込んで斬った者は無実であった。
つまり、冤罪で無実の者を斬ってしまったのだ。
無実を主張するその者の言葉を嘘と決めつけ命乞いも耳に入らずすぐさま斬り捨てた。
あのとき、しっかりと調査をしていれば、話を聞いていればと何度も後悔をするが当時のタナフォスがそんな助言をされても聞く耳もなかっただろう。
そこから自分の行いが信じられなくなり剣を持つことに躊躇いが生じてしまった。
ついには侍大将を辞任し当時の自分の次に実力のあるサロクを推薦して家に引き籠もってしまったのだ。
何日、何年と考えた末に導いた答えは自分の力を全て封印することだった。
自分が持つ全ての力は自分に過ぎた力だと考えたのだ。
こんな力があるから増長してしまうと。
フテイルで名が高い呪術師に頼み自分に呪いを掛けさせた。
自身の得意である魔法“断罪”と真剣を使用すれば呪いが忽ち身体を壊す呪いを。
ただ、“断罪”の内の一つ“怠惰”だけは呪いが発動しないという欠点はあったがその魔法自体には殺傷能力がないため目を瞑った。
数年が経ちその呪術師は寿命で命が尽き、これで呪いを解除する手段も墓の下に消えてしまった。
だが、タナフォスには何の後悔もなかった。
そして、非力となったタナフォスだったがなぜかフテイル王国の軍師と指南役の誘いがきたのだ。
断り続けたタナフォスだが大恩ある国王自らの誘いに発展したため頷くしかなかった。
その後は友好国でるデストリーネの騒乱に巻き込まれ己で課した呪いとは言え自分は戦地に赴かず指図するばかりの自分に腹が立っていた。
だが、ようやくタナフォスは自分の命の使いどころを見つけたのだ。
そして、今まで封印してきた“断罪”をタナフォスは解放する。
今まで封印してきただけに使うことに恐れはある。
呪いが発動して死ぬことではない。
また過ちを犯さないかどうかだ。
しかし、今回は違った。
目的は昔のように悪を倒すためではない。
今回は友を救うために刀を抜き“断罪”を発動するのだ。
片手で持った刀をジョーカーに突きつけ一言呟く。
「一の罪“怠惰”」




