第290話 回顧
森の中にある草木が生えていない一本の道。
だが、草木が生えていないという部分に関しては少し語弊がある。
伸びきった草木が道を阻んでいるがそれらは瞬く間に灰になって消えているのだ。
一歩一歩ゆっくりと歩くデルフに触れることで。
そんなデルフの背にはカリーナが眠っている。
まるで本当に心地よく眠っているかのように笑みを浮かべていた。
「カリーナ、もう少しだ」
もちろん、後ろからは声は返ってこない。
だが、デルフの心は満たされていた。
昔のこの道はこんなにも手入れのしない庭のような有様ではなかった。
だが、あれから人の出入りは完全に途絶え騎士の身分を追われてから手入れもしなくなったのでは仕方がないだろう。
そう足を引きずりながら歩いているとき、ふと上を向き立ち止まってしまう。
丁度、木々の隙間から満面の星空が見えたのだ。
「師匠、ハルザードさん。……俺はあなた方が思ったように意志を継げたのでしょうか」
恐らく幻覚だろうが師匠であるリュースと騎士団長であったハルザードの顔が見えた気がした。
しかし、声までは聞こえない。
いつもならばすぐに励ましてくれるデルフの心に住む悪魔がいたがもうその声を聞くことはできない。
だが、すぐ近くにいるような錯覚をしてしまう。
(一心同体になったわけだからあながち錯覚とは言い切れないか)
そうして、デルフは視線を前に戻して再び歩き始める。
速度を売りにしていたデルフだが、おぼつかない足取りで今にも倒れそうな程に不安定だ。
力が上手く出せないがその分、頭は駆け巡る。
歩く度にデルフは次々と昔のことを思い出していた。
(リラルスと出会った、あの頃から俺の未来は大きく変わった)
それは、悪い意味ではない。
むしろ、出会ったことにより今の自分があるため感謝しかない。
(あの悲劇の後、俺は全てを失い孤独になった。だけど、師匠が拾ってくれた。そして、冷え切っていた俺の心を暖めてくれる姉と出会った)
デルフの頭に笑顔のナーシャの姿が浮かぶ。
(姉さんの鍛錬は厳しかったな……。だけど、優しかった。俺のことを血の繋がった家族のように接してくれた。……師匠、こんな俺を弟子に、姉さんと出会わせてくれたこと、全てにおいて感謝してもしきれません)
そして、デルフはリュースが残した「娘を頼む」という言葉に対して一方的に返答する。
(姉さんの周りには慕ってくれる人がいる。子どもたちもいる。……だから、大丈夫です。大丈夫)
心の奥でリュースに対して一礼するデルフ。
(陛下……)
デルフはフレイシアの顔が頭に浮かんだ。
(陛下との出会いは本当に慌ただしかった。しかし、今では見違えたようにご立派になられた。……必ずやこの世界に頂点に君臨する御方となる)
そして、耐えきれずに微笑んでしまう。
つい最近の出来事なのに遠い昔のように懐かしく感じてしまうことが面白くなったからだ。
(本当に色々なことがあった。家を継いで村人の一生となるはずだった俺の未来がまさかこんなことになるなんてな。過去の俺に言っても信じてくれないだろうな)
カルスト村が滅び最後の生き残りとなったデルフの未来は孤独しかなかった。
だが、今はどうだ?
デルフの周りに少しずつ人が増えていき、孤独とは無縁の未来が待っていた。
(本当に……何が起こるか分からないな)
そのとき、デルフの視界がぐらっと揺らぐ。
デルフの身体も徐々に黒く染まり始め灰に変わりつつあった。
ここまで耐えてこられたのも譲渡した“再生”の余韻のような物があったからだ。
これはデルフにとって思わぬ贈り物だった。
元々、“再生”を渡せばすぐに死ぬと考えていたから尚更だ。
(これおかげで俺は最後の役目を遂げることができる)
だが、その効果も徐々に薄まり始めている。
(頼む、もう少しもってくれ。まだ死ぬわけにはいかない。最後までやり遂げなければ……陛下のためにも。あれだけ暴れた意味がなくなってしまう)
ここでデルフが力尽きればむしろフレイシアの重荷になってしまう。
だからこそ、ここで力尽きてはならない。
そう踏ん張るデルフの頭の中に一人の男が浮かび上がる。
それはフテイルの軍師であり姉の夫であるタナフォスだ。
デルフが友として義兄として一番の信頼を置いている人物でもある。
「……タナフォス。待っているぞ」
デルフは必死に意識を保ちながらさらに進んでいく。




