第288話 騒乱の終結
フレイシアたちは玉座の間から戦争とは呼べない悪魔の蹂躙を目にしていた。
だが、この場には脅威が去ったことによる安堵。
ましてやその悪魔に対する恐怖を抱く者などいなかった。
一つ何か抱いていたとするならば悲痛だ。
ただ悲しげな視線でその戦いを見詰めている。
フレイシアは都門近くに待機していたボワール勢と五番隊が突撃して乱戦にならないかと危惧したが動く気配は未だにない。
(流石はジャンハイブ殿ですね)
ジャンハイブは寸前で敵軍の異変に気が付き進軍を止めたのだ。
その蹂躙の時間は五分も満たない。
だが、その五分は短いようでかなりの長さだ。
そして、ついに多大な被害と悪魔の恐怖にノムゲイルとシュールミットの連合は撤退を開始した。
だが、それを見てもフレイシアは安堵で胸をなで下ろす気分にはなれずにいた。
それはこの場にいた全員が同じ気持ちだ。
何も言えず無人となり死体一つすら残っていない戦場を呆然と見詰め続けている。
だが、その静寂をフレイシアが破った。
「全てが終わりました。……戦争はこれにて終結です」
その宣言でこの場にいたナーシャとクロークはようやく息をつく。
そして、フレイシアは両手を天に差し伸べた。
ナーシャはそれを見て唖然とする。
なぜなら曇り空に一つの裂け目が生じそこから光が漏れ始めたのだ。
「“恵みの雨”」
漏れ出た光から無数の光子が生まれこの近辺ではなく全ての戦場に降り注ぐ。
だが、ただ降っているだけではない。
まるで自我をもっているかのようにナーシャとクロークに近づいてきて触れるなり溶け込んでしまった。
「えっ……嘘」
「まさか……」
ナーシャとクロークが驚いたのも無理はない。
二人が負っていたはずの傷は瞬く間に消え去ってしまったのだ。
ナーシャたちだけではなく傷付いた者たちに吸い付くように向かっていく。
それはこの場に限らず各戦場でも舞っていた。
特に重傷を負ったものほど優先的に向かっている。
全身が重度の火傷を負って虫の息の者。
自身の力に耐えきれず身体の内部がズタズタになってしまった者。
身体中が切り裂かれてしまった者や足を切断された者など。
次々と光子が飛んできて身体に溶け込んでいく。
そして、瞬く間にその者の傷を癒やしてしまった。
その驚きは声となって都門近くの軍勢から聞こえてくる。
さらに、それは味方だけでなく先程まで敵であったデストリーネ兵にも降り注いでいた。
「戦争は終わりました。もはや、敵味方関係ありません」
この光子による傷の癒やしは“戦場の奇跡”と呼ばれるほどの出来事となった。
フレイシアは大魔法を終えてほっと息を吐く。
そのとき、フレイシアの横を強風が通り過ぎた。
腕を上げて踏ん張らなければ耐えきれずに吹き飛ばされてしまう程の風量だ。
「!!」
何かに気付いたフレイシアはばっと振り向くがそこには誰もいなかった。
その後、各戦場で戦っていた軍勢がデストリーネ王国の王都に集結し王女であるフレイシアの凱旋が行われた。
民たちは戸惑っていたが幸いなことにジュラミールの洗脳のせいか記憶が定かになっておらずフレイシアの顔を見るなり安堵し歓声を送ってくれた。
本来ならばすぐにでも王に即位するとともに演説を行うつもりであった。
だが、既に時刻は日が傾き始める頃となっており正式な演説は翌日とし今は簡単な挨拶程度で済ました。
ただ、このフレイシアの凱旋を飾ることができたこの夜はこの戦争の働きを労うと共に全ての敵を排除したと大々的に宣伝をするため祝勝の宴会が開かれることとなった。
フレイシアが蓄えていた食物では足りなかったが有り難いことに各国の王が支援してくれて今夜では使い切れないほどの食物が集まった。
流石に申し訳なく感じたが今宵は特別な日だと逆に説得されここはその言葉に甘えたのだ。
そして、この王都全体で民たちにも酒と食料が配られて大宴会の準備が進められる。
「それでは、皆さん。堅苦しい挨拶は抜きにして今夜は盛大に騒いでください! 乾杯!!」
今回の大連合の盟主でありまだ正式になってはいないがデストリーネ王国国王としてフレイシアが乾杯の音頭を取り宴会が始まった。
この席には重傷を負いつつもフレイシアによって完治した者たちも挙って参加している。
白夜の面々はもちろん、各国の王も誰一人欠けることなく参加していた。
しかし、一人だけ。
フレイシアは各国の王たちに挨拶を終えて一息つき辺りを見渡す。
この場にデルフの姿がなかった。
「デルフ……」
フレイシアたちには気が付かないがもう一つ不自然なことがあった。
王城のどこを探してもカリーナの死体がないということだ。
宴会の盛り上がりが絶頂に達したというのにフレイシアに元気はない。
アリルも先程までは元気がなかったが酒が入ったせいかウラノに絡んでいる。
他の白夜の面々も各国の者たちと交流をしていた。
(この賑わいに水を差しては悪いですね……)
フレイシアは宴会場を抜けだし玉座の間に移動した。
あれだけの戦闘が行われた後だというのに玉座は罅こそ入っているが形が残っている。
そこに座り続けていたジュラミールの死体は既に回収したためここには残っていない。
(……どうしましょうか)
フレイシアとしては父を殺され自分の命をも狙ってきた反逆者ではあるがそれでも実の兄である。
ジュラミールも前王であるハイルは丁寧に埋葬している。
そのためフレイシアもジュラミールを丁寧に埋葬したいと考えている。
だが、あれだけの大戦を起こした主犯格にそのような処置をして文句の声が飛ばないかが心配なところだ。
(……追々に考えるとしましょう)
騒がしかった場所から一転して物静かなこの場所に来ると寂しさが募ってくる。
遠くから宴会の馬鹿騒ぎが聞こえてくるおかげでまだ底まで沈まずに済んだ。
そして、フレイシアは真上に目を向ける。
先の戦闘で天井は吹き飛んでしまっているため一面に広がる星空が視界に入った。
しばらく眺めているとフレイシアに近づいてくる足音が聞こえてきた。
(!? ……デルフ?)
期待を胸に秘めて前を向くとそこにはデルフではなくフテイル王国軍師でありフレイシアが姉と慕っているナーシャの夫であるタナフォスが立っていた。
目が合うなりタナフォスは一礼する。
「もう、宴会は良いのですか?」
「ええ、かなりの量を飲まされたので風に当たりに」
顔色は全く変化がなく酔っているようには見えない。
フレイシアは微笑み尋ねる。
「私に何か用向きがあるようですね」
「……隠せませんね。ええ、一つ伺いたいことがあり罷り越しました」
フレイシアは首を傾げる。
「何でしょうか?」
タナフォスが尋ねてきたことは最後の戦い。
自身をジョーカーと称する悪魔が敵軍と戦った話についてだ。
何やら思い詰めた様子で尋ねてきたタナフォスを見てフレイシアは包み隠すことなく全てを言葉にする。
「申し訳ありません。お辛いことを……」
「ふふ、構いませんよ」
そう返答するフレイシアだがその表情は儚げで元気がない。
全てを聞いたタナフォスは自身の中で何度も反芻し覚悟を決めた眼差しになっていた。
そして、一言呟く
「そういうことか。デルフ……承知した」
全てを聞き終えたタナフォスは一礼して戻っていった。
だが、フレイシアはそのとき腰に差していた刀を強く握りしめていることを見逃さなかった。




