第286話 譲渡
目を開けると王城の玉座の間に戻ってきていた。
デルフは自分の目から涙が零れていることに気が付き急いで腕を上げて拭く。
(?)
拭いた最中に妙に眩しいと感じ自分の手を見ると白く輝いていた。
すぐに自分の身体を確かめていく。
背には白い両翼、服装は純白のコートと正反対の姿となっていた。
さらには戦いの最中に切り飛ばされ灰となったはずの左足は元に戻っている。
(……そうか)
デルフはすぐに理解した。
“同化“でウェルムの身体を取り込んだことにより自身の身体が天神にへと進化したことに。
さらに、デルフは重大な事実に気が付く。
(灰化が止まっている?)
黒の侵食と灰化が完全に止まっていたのだ。
「これが“再生”の力か」
驚きつつも納得し宙に浮いていた身体を降下させ地面に着地した。
戦いの間にデルフたちを隔離していた魔力の壁は既に消えている。
だが、その役目はきちんと果たし、外側にいたナーシャたちに一切の被害はなかった。
(……感謝してもしきれないな。俺一人の力では誰も守ることはできなかった)
しかし、デルフはそれでよかったとも思っている。
(一人でできることなど、高が知れている。皆が協力し合うことに意味があるんだ)
ゆっくりと歩いて近づいていく先には現在もフレイシアの治療に奮闘し続けているナーシャとクロークの姿がある。
しかし、その奮闘も時間の問題だ。
心臓を失ったフレイシアには代わりの臓器がなければいくら治療をしたところでただの延命にしかならない。
それでもナーシャは見えない希望に縋り付いて血流操作を続けている。
クロークはナーシャの魔力の補給と光による自然治癒の増強を試していた。
二人はそれに専念していて近づくデルフに気付く素振りはない。
凄まじい集中力だった。
いや、そうしなければならない。
二人の魔力は尽きかけており今にも倒れそうに目が霞んでいる。
周囲に意識を向ける余裕はなくひたすらに集中することで疲労を紛らわせているのだ。
デルフはぐっと拳を握って声をかける。
「二人とも待たせた」
「「!!」」
二人は突然の声に驚いて顔を上げる。
そして、敵意を剥き出しにした視線を向けてきた。
それもそのはずで今のデルフの姿は一目見ただけではウェルムに見えてしまう。
「……姉さん。少し酷いぞ」
デルフは口元を吊り上げて言葉をかける。
「えっ? デルフ? ……あんた、随分と変わったわね」
あははと空笑いをするナーシャ。
しかし、フレイシアの延命を続けているため表情は極めて真剣だ。
「師匠、無事に勝利を収めたようですね」
堰が壊れたかのように次々と尋ねてくる二人だが今は説明している暇はない。
「少し離れてくれ」
「で、でも……」
ナーシャはその言葉に少し戸惑った。
今のフレイシアは辛うじて命を繋いでいる状態だ。
その命綱とはナーシャの血流操作。
手を離してしまえば瞬く間にフレイシアの命は尽きてしまうだろう。
だが、それはデルフも分かっている。
「大丈夫」
デルフの優しく自信に満ちあふれた言葉にナーシャは頷いた。
ナーシャがようやく手を離し後ろに下がる。
神経を削りすぎたナーシャは深い溜め息を吐いた。
クロークもナーシャが下がるのに合わせて一緒に下がった。
眠っているフレイシアを前にしたデルフ。
左胸に大穴が空いているという重傷だけにその眠っているフレイシアの姿は死んでいるように見えてもおかしくない。
だが、しっかりと浅い呼吸を続けている。
ナーシャが治療を止めたことによりその顔色が悪くなり呼吸も乱れ始めた。
「ふぅ~、やるか」
フレイシアの心臓はウェルムが同化を用いて身体に取り込んでしまった。
もちろん、デルフは代えとなる心臓を持ち合わせているわけがない。
だが、一つだけ確実にフレイシアを助ける方法がある。
すると、デルフはフレイシアの身体を右手で触れた。
デルフが考えた方法。
それは自身に宿る“再生”をフレイシアに渡すことだ。
能力となった“再生”がどんな効果を持っているか全てを知っているわけではない。
能力である以上、それなりのデメリットはあると考えるべきだ。
だが、デルフはフレイシアの覚悟を知っている。
そもそもその覚悟なければここまで辿り着くことはできなかった。
これからの世界にはフレイシアは欠かすことのできない存在になるだろう。
だからこそ、ここで死なすわけにはいかない。
それは本当の意味で自分の命に代えてもだ。
もし、この“再生”をデルフが持ち続けていれば死ぬことはない。
譲れば“黒の誘い”と能力の複数の所持の代償によって身が滅んでしまうのはもちろん心得ている。
だが、デルフの頭にフレイシアよりも自分の命を取る選択肢など毛頭ない。
即断だった。
デルフは右手の甲に刻まれた紋章に魔力を込める。
すると、フレイシアの身体は輝きを放ち始めた。
「きゃっ!!」
突然の輝きに後ろで見ていたナーシャは思わず驚いてしまう。
「な、何が……」
だが、次の光景にナーシャは呆然と眺めることしかできなかった。
デルフが纏っていた純白の輝きが失われていき徐々にフレイシアに輝きが宿っていく。
紋章だった“再生”は一度フレイシアから離れ能力として戻ってきたのだ。
左胸に空いた大きな穴は勝手に塞がっていき呼吸も安定し始めた。
「フレイシア……よかった〜」
ようやくナーシャは心から安堵して腰を落とす。
デルフも上手くいったことに安堵していた。
だが、突然身体が熱くなり始めた。
「ぐっ……」
右手で圧迫されるような激痛が走る自身の心臓を抑える。
そのとき、城下街の外が騒がしくなってきた。
「な、なんだ?」
クロークが走って外を見に行く。
この玉座の間は既に天井や壁は激しい戦闘で吹き飛んでおり外からは筒抜けになっている。
そのため端に近寄るだけ王城の周囲を一望できるようになっていた。
そこでクロークが目にしたのは都門の近く結集していた大軍だ。
「いつの間に……」
治療に専念しすぎてこの大軍の接近に気が付かなかったのだ。
同時にこの玉座の間にどたどたと足音が響いてくる。
現われたのは英雄王ジャンハイブ。
その後ろにはサフィーが付いて来ていた。
「どうやら……やってくれたようだな」
ここの戦いの結果に笑みを浮かべるジャンハイブ。
「そうよ、なんたって私の弟だからね」
ジャンハイブ自身も負傷は大きいらしく顔には包帯を巻いており激しく息を切らしている。
そして、よくよく見てみればジャンハイブは両手でヨソラを抱きかかえていたのだ。
「頼む。この嬢ちゃんを助ける方法は知らないか?」
ジャンハイブはその場にヨソラを寝かせる。
両目の下は黒い線ができておりゴホゴホと血を吐き出している。
「一体何があったの!?」
「力を使いすぎたのよ。私を守るために……」
今にも泣き出しそうなサフィーがヨソラの横に座り込みそう呟いた。
「治療しようにも黒い血では普通に輸血していいのかどうかも全く分からねぇ。だから、フレイシア殿に頼もうかと連れてきたが……」
ジャンハイブはチラリと横で眠るフレイシアに目を向ける。
「フレイシア殿も余裕はなさそうだな。だが、命あるだけでも有り難い」
「恐らく……フレイシアはもう大丈夫。目覚めたらすぐにヨソラちゃんを助けてくれるわ」
「そうか」
ほっと胸をなで下ろすのも束の間、ジャンハイブはすぐに神妙な顔付きに戻った。
「だが、まだ喜ぶにはまだ早い。この王城に大軍が向かってきている」
「大軍!? なんでそれを早く言わないのよ!!」
ナーシャが走って外を見渡し先程クロークも発見した都門付近に集結する軍勢を見つける。
だが、それについてすぐにジャンハイブから否定が入った。
「いや、これは俺の軍勢と拾ってきた軍勢だ」
「……拾ってきた?」
「あ、ああ。何やら五番隊の旗を見るなり急に降伏しだしてよ。何が何だか……」
だが、ナーシャはその理由についてはすぐに分かった。
「それはきっと洗脳が解けたからね。まぁ、いいわ。それで大軍って?」
「ああ、それがだな。大国ノムゲイルとシュールミットが共謀してこちらの大連合を裏切った。約束を反故にして漁夫の利をしようとこの王城に向かってきている」
ジャンハイブが言うには西戦場の決着が付くなり兵を動かしてきたらしい。
西戦場となった砦をむざむざ渡すのは危うく交戦をしようとしたらしい。
だが、二大国が相手では疲労しているボワール軍と五番隊では歯が立たない。
そう判断してここまで撤退してきた。
「今の俺たちだけで戦っても負けしか見えねぇ。イリーフィア殿も疲弊し嬢ちゃんたちも危ない状況だったからな。撤退しかなかった」
ジャンハイブの唯一の希望はここに撤退して各地に配置した全軍が結集すること。
「だが、この様子じゃ。間に合わねぇな。くそ! ずる賢い奴らだ! 仕方ない! 俺たちでやるしかないか」
「私も行くわ!」
「いや、他国の王を俺の軍勢の中で死なすわけにはいかない! 討ち死には俺だけで十分だ。あんたはフレイシア殿と嬢ちゃんたちを守ってくれ。この王女さんがいれば俺たちが負けても何とか持ち直せる!」
そう言い残しジャンハイブは走って都門前の軍勢の所に戻っていった。
「ノムゲイルはともかくシュールミットが裏切り? とてもそんなことをする人のようには見えなかったけど……」
そのとき、ナーシャはデルフを思い出した。
「デルフ!!」
だが、どこを見てもデルフの姿は見当たらなかった。
「……どこに?」
そのとき、遙か遠くから無数の足音が響いてきた。
目を向けるとこの王城に向けて迫る大軍の先頭が顔を見せた瞬間だった。
それを察知した都門前のボワール勢たちも臨戦態勢に入り出す。
五番隊も加勢して同時に動く構えを見せる。
だが、そのときその敵軍の中に突如として出現した黒の大球が落下した。
「えっ?」
急な光景にナーシャは言葉が出なかった。
全体を見渡せるナーシャでもそんな反応しかないのならばその現地にいる者たちはより何が起きたか理解できていないだろう。
そのとき、すぐ後ろから泣きじゃくる声が聞こえてきた。
「ふぇっ、ぐ。ヨソラ〜良かった〜。……ありがとう。母様」
泣き喚きながらヨソラに抱きつくサフィーが目に入る。
「え?」
「デルフ……」
声が聞こえナーシャはばっと隣に目を向ける。
すると、そこにはいつの間にか目を覚ましたフレイシアが立っていた。
「……フレイシア」
フレイシアはただ迫ってくる先の大軍を見詰めて一筋の涙を零す。
「デルフの……嘘つき」




