第284話 右手の力
再び短刀と長刀がぶつかり何度も打ち合う。
長刀にも“再生”の力が働いているのか黒の侵食は途中で無効化されてしまう。
一見互角に見える戦闘だが確実に劣勢なのはデルフの方だ。
時間が限られているデルフにとってこの拮抗の状態は焦りが増えてくる。
さらにはウェルムには疲労の色は見えなく魔力量も始めと変わっていない。
ウェルムにとってはこの状態を維持するだけで勝利は約束されているのだ。
(さらに引き上げる!!)
『!?』
(やらなければ負ける!!)
リラルスの言葉を待たずにデルフの魔力はさらに跳ね上がった。
すると、短刀と押し合っているウェルムの長刀を黒に染まる時間なく灰へと変えてしまう。
「なっ……まだ上がるのか!?」
だが、その代償は大きい。
デルフの身体から黒の瘴気と白い粉のようなものが漂い始めた。
それは崩壊の始まりだ。
『ああもう! こうなっては仕方がない。一気に行くぞ!!』
(元からそのつもりだ!)
勢いを殺さずに短刀を振り下ろす。
ウェルムは直撃するのは危険だと判断して躱した。
だが、デルフの攻撃はそれでは終わらず右拳を振り上げ勢いを付けて放つ。
ウェルムは防ごうと腕を上げた。
「“再生”があるのに防御とは癖が抜けていないな!」
デルフは放った拳を急に開き防御に構えたウェルムの左腕を掴み握りしめる。
「……貴様!!」
そして、振り払う暇を与えずに瞬く間に灰に変えてしまう。
だが、灰に変えることができたのは掴んだ腕だけだった。
(全身を消し去るつもりでやっているはずだが奥までいかないか!)
またも一瞬にして失った腕をウェルムは元に戻してしまった。
デルフは透かさず左足で蹴りを放つ。
蹴りはウェルムの顔に直撃するが灰にして消すことはできなかった。
黒くも染まらず、ただ口元を切っただけで赤い血がすーっと垂れている。
だが、それもすぐに治ってしまった。
「無駄だ。どれだけ足掻いても神の力を持つ私に勝つことは不可能だ!! 天神、その強さの由縁は傷付かない身体、そして無限の魔力にある!!」
すると、再生した腕の形が変形し硬質な鱗を隙間なく纏った手刀に変化した。
その手刀を高速でデルフの左足に振り下ろす。
蹴りを放った足を戻す暇も与えられずにその足は宙を舞った。
「ハハハ! あの村の出来事を思い出すな!!」
だが、デルフから呻き声は漏れなかった。
そのまま一回転して再びウェルムの顔に蹴りを放ったのだ。
「がっ……!!」
失ったはずの足での蹴り。
ウェルムは戸惑いを隠せない。
「今更この程度の痛み。もう痛みにすらならない。足一本ぐらいくれてやる」
デルフの左足の部分には右手と同じく黒い金属でできた義足が嵌められていた。
「ふ、ふふ。面白いな」
デルフの胆力に驚きはしているが受けた傷自体は何の問題にもなっていない。
それに対しデルフには焦りが生じていた。
どんどんと灰化が進むデルフの身体。
切り落とされたデルフの左足は地面に落ちるなり灰となって消え去ってしまった。
残されている時間は極僅かだ。
『倒す方法は一気に消し去るしかない』
しかし、デルフは既に全力を出している。
全力のこの状態でできない。
つまり、ピークを過ぎ落ち続けるだけのこれからではどう足掻いても不可能だ。
リラルスはどうすればと短い時間の中で頭を悩ませる。
(いや、根本が間違っている。全てを絶たなければこれからも悲劇は終わらない)
『どういうことじゃ?』
(あいつの身体を消し去っても何も変わらない。後にまた同じ悲劇が続く!)
リラルスは首を傾げるが一番大事なことをデルフに尋ねる。
『何か、方法があるのか?』
その問いにデルフは頷いた。
(ああ、上手くいく確証はないが。どちらにせよ、この方法しかない!)
『お前がそう決めたのなら私は付いていくだけじゃ!』
リラルスとの意見が纏まりデルフは最後の攻撃へ移行する。
「行くぞ!!」
デルフは魔力を集中させ右腕を包み込ませた。
禍々しい黒の魔力がまるで食らい付いたかのように右腕に蠢き巨大な腕を模している。
デルフとリラルスが協力してやっと制御できるほどの魔力量だ。
「どうやらそれが最後の大技のようだな。その技を貴様の抱いている全ての理想もろとも打ち砕いてやろう!」
そして、デルフは勢いよく地面を蹴った。
ウェルムもそれを迎え撃つために地面を蹴る。
その際に握った左拳に白い光を宿らせる。
「ウェルム!!」
「ジョーカー!!」
お互いに間合いに入ったとき、二人の拳は放たれた。
黒たる悪魔の右手と白たる神の左手の衝突。
そして、デルフとウェルムはそれぞれの方向に吹き飛んだ。
砂煙が舞う中、ウェルムの笑い声が響く。
「これで私の勝ちだ!! 見ていますか!! 母上! これで証明された。私は間違っていなかったと!」
デルフが最後の攻撃を放ちそれに耐えきった時点でウェルムの勝利は決まった。
ばっと飛び上がり魔力の壁を隔てた先に立つケイドフィーアに向けて宣言するウェルム。
だが、ケイドフィーアは顔色を変えずに真っ直ぐ前を見詰めていた。
そして、ウェルムに瞳を向ける。
「あなたは油断が多い。ジョーカーであるため警戒を続けていたようですが最後の最後で油断をしましたね。まだ終わっていませんよ?」
「な……!?」
ウェルムが振り向くとデルフはすぐ目の前にまで迫っていた。
「まだ、立つか!!」
全てを出し切りデルフの周囲に舞っている灰の量は加速しつつある。
しかし、それでも止まらない。
デルフの左手には大太刀が握りしめられていた。
ウェルムは反射的に右腕で防御の構えを取る。
だが、それはデルフにとって好都合だった。
「返して貰うぞ!!」
大太刀を大振りしウェルムの右腕を切断する。
宙に舞うウェルムの右腕。
「この程度、すぐに!!」
だが、すぐにウェルムは気が付いた。
「右腕? まさか!!」
デルフは大太刀を地面に落としてその宙に飛んだ右腕を左手で掴んだ。
そして、先程の拳の衝突で義手は砕け散り空白となっている場所にその右腕を押し付ける。
そうこれはウェルムの右腕ではない。
元はデルフの右腕だ。
右腕を握りしめ動くことを確認したデルフは視線を再びウェルムに向けた。
「終わりだ」
デルフは十数年ぶりの右腕の感触に懐かしむ暇もなくそのまま右の掌を突き出した。
そして、魔力を込める。
発動したのは“黒の誘い”ではない。
その右手に宿る紋章の力である“同化”を発動したのだ。
だが、それを見てウェルムは笑みを浮かべる。
「無駄だ! “同化”は無抵抗の相手にしか発動できない。ほんの少しでも魔力で抵抗すれば弾くことができるんだよ!!」
だが、それを聞いてもデルフは動揺しない。
むしろ、安堵していた。
「それだけか。俺には関係ないな!!」
デルフは続けて“黒の誘い”を発動する。
すると、“同化”の抵抗のため纏った魔力を次々と打ち砕いていった。
魔力の抵抗はなくなり無防備となったウェルム。
「ま、まさか……そんな!! させるか!!」
ウェルムは左手を握りしめて大振りで放つ。
だが、その前にデルフの右手はウェルムに触れた。
そして、ウェルムの身体は一瞬にして消え去ってしまった。
残ったのはデルフただ一人。
だが、そのデルフも項垂れて動く気配はなかった。
「な、なにが……」
魔力が回復しフレイシアの治療を手伝いながらも様子を窺っていたクロークが呟く。
「え? なに? どうなったの!?」
ナーシャは気になりつつも一瞬の余所見も命取りになるため現状の確認ができない。
だが、ただ一人。
ケイドフィーアだけは驚く様子はなかった。
「ようやく長い旅が終わるのですね」
ただ物寂しそうな表情でそう呟いた。
そして、クロークに目を向ける。
「ナーシャさんの魔力の補給をお任せしてもよろしいですか?」
「え、ええ」
クロークはこくりと頷きナーシャの肩に手を乗せる。
「クロークちゃん! 頼むわよ! 気を抜いたら一瞬で終わりよ!!」
「は、はい!!」
その光景に微笑みケイドフィーアは眠っているフレイシアに顔を向ける。
「私たちの間違いを正し、どうか良き世界を」
そう言い残し光となって消失した。




