第283話 神と悪魔
「ジョーカー、何度も何度も私の邪魔を……」
ウェルムは身体の異変に気付き腹部に目を向けた。
すると、そこは黒く染まりつつあった。
「ッ、この程度……」
侵食の速度は凄まじく瞬く間に広がっていく。
しかし、ウェルムの身体が輝き出すとその黒は完全に消失してしまった。
「貴様の勝機は完全に消えた。もう貴様に邪魔をされるのはうんざりだ。ここで全ての因縁を完全に終わらしてやろう」
デルフはウェルムの言葉を片耳で聞きながら現状の確認もする。
そして、倒れているフレイシアの姿が目に入った。
(陛下! くっ……)
『デルフ、案ずるな。なぜかは分からぬがケイドフィーアもおるようじゃし、ナーシャも踏ん張っておる。フレイシアのことは任せておけ。私らがやるべきことは前じゃ!』
デルフは頷き、改めてウェルムに視線を向ける。
(これが、天神か。凄まじい威圧感だ)
ただ向かい合っているだけだと言うのに後ろへ押されているかのような錯覚を覚えてしまう。
だが、恐怖はなかった。
デルフは背後に倒れるクロークに目を向ける。
「クローク、何かと裏で動いてくれていたようだな。良くやってくれた。……動けるか?」
「もちろんです。その程度ぐらいは煩わせません。……しかし、遅いですよ。本当に死んだかと思いました」
「それは悪かった。……後は任せてくれ」
クロークは頷き何とか立ち上がって足を引きずりながら下がって行く。
その最中にクロークの歩く速度が急に上がった。
(いや、これは速度が上がったと言うよりは引っ張られている?)
視線を上げるとそれに気付きケイドフィーアがにっこりと笑みを返してきた。
(心強いな)
全ての不安要素を取り除いたデルフは再び視線を前に向ける。
こうしている間にもウェルムは攻撃を仕掛けてくるかと考えていたがそんな様子は一切なくただじっとデルフの姿を見詰め続けていた。
「ずいぶん姿を変えたようだな。禍々しい魔力が伝わってくる。天神の魔力とは正反対だ」
どうやら、ウェルムもまたデルフを警戒しているようだ。
「それはお前も同じだろ。その姿に口調。変わりすぎだ」
「口調に関しては元に戻っただけだ。しかし、かなりの人生を繰り返してどれが本当の私か分からなくなってしまってね。自信は持てないが恐らくこれが本来の私だよ」
何の躊躇いもなく悠長に話すウェルムを見てデルフは苛つきを隠せなかった。
そのウェルムの表情には力を手に入れるまでに犠牲にして人々に対する詫びの感情が一切なかったからだ。
(いや、元々そんなことを考える奴ではないか)
『うむ、あるはずがないじゃろう。むしろ、犠牲になったことが誉れとでも思っているのじゃろうな』
デルフは今まで犠牲になってきた人々のことを思いぐっと拳を握りしめる。
そして、怒りを凝縮させた一言を呟いた。
「……楽に死ねると思うな」
「くくく、アッハッハッハ!! 笑わせてくれる。そこで寝ている貴様の主に危機が及んだとき貴様は何をしていた? 寝転がっていただけだ。惨めな奴だ。いつも大事なときに間に合わない。そんな君が私を倒すだと? 夢を見るのも大概にするんだな」
『デルフ、平静を保て。奴の策略じゃ』
(分かっている!)
しかし、“大事なときに間に合わない”。
その言葉はデルフの核心を突く一言で少しずつ怒りは溜まりつつあった。
だからこそ、すぐ近くに迫る危機に気付くのに僅かに遅れてしまった。
『デルフ!』
その声に促され咄嗟にデルフは周囲を見渡す。
すると、背後に炎の棘が出現しており目を向けたときには勢いよく放たれた瞬間だった。
「“神炎槍”」
目で追うことが不可能なほどの速度でデルフを貫き燃やし尽くそうと迫ってくる。
だが、デルフはすぐさま黒の瘴気を身体から放出させる。
まるで煙幕のように広がった瘴気を正確に操り一斉に放たれた棘の方向に向かわせる。
そして、その棘は瘴気に一気に包み込まれ完全に消失してしまった。
「この程度の魔力では奴の力に抵抗できないか……」
ウェルムは笑みを浮かべたまま分析をしているがその奥に秘める焦りをデルフは見逃さなかった。
「不意打ちか。完全な力を手に入れたとはいえ俺が恐ろしいか?」
「面白いことを言うね。戦いは始まったばかりじゃないか。貴様こそ焦るな。今、見せてやる。この神のごとき力をな」
そして、ウェルムは両手に魔力を溜め始めた。
だが、デルフは見抜いていた。
ウェルムは天神の力を完全に操れておらずに持て余していることに。
恐らく進化したばかりでまだその力に慣れていないのだろう。
(時間の問題か)
『デルフ、身体の方の時間もそう残ってはおらぬぞ』
デルフの身体を侵食する黒の速度は“黒の誘い”を使う度に速まっている。
(どっちみち時間は残っていないか。……好き勝手やりやがって)
一気に決着をつけたいデルフだがそうできない理由もある。
それは背後にいる仲間たちの存在だ。
魔力を全開に引き上げてウェルムと戦いながら後ろに気遣う余裕は完全には持てない。
“黒の誘い”は一度触れでもすればウェルムという例外を除き殆どの場合確実に死をもたらす。
大切な者たちを守ろうとするデルフにとってそんな者たちに被害が及ぶ可能性がある以上、安易に全開を出すことはできなかった。
しかし、全力を出さなければ確実に勝ち目はない。
(耐えるだけ攻撃ができなければ意味がない! ……どうすれば)
リラルスもデルフの心情を知っているため簡単に無視しろなんて言葉は言えずにいた。
デルフが悩んでいるそのとき、この場が謎の魔力に包み込まれる。
「!?」
始めはウェルムが何かしてきたと考えた。
しかし、そうではないとすぐに気付き後ろを振り向く。
すると、ケイドフィーアが片手で魔方陣を展開させていた。
「“理想の世界”、簡易版で本来の性能と比べれば天と地の差がありますがそちらとこちらを遮断しました。そちらでどれだけ暴れようとこちらの世界に何の影響もありません。もって数分ですがあなたなら大丈夫でしょう。どうか、ご存分に」
デルフは軽く頷いた。
そのとき、ウェルムは自分の周囲に色の違う四つの球体を出現させた。
色は赤、青、緑、茶の四色だ。
「母上か。まぁ、いいだろう。作り替える必要があるのはこの大地に巣くう国々だ。私の力で大地を壊しては元も子もない。貴様だけではない。これで私も全力を出せる!」
そして、その四つの球体が一つに混ざり合った。
出現したのは輝く白の球体だ。
だが、その色に似つかわしくなく奥に宿る魔力は禍々しかった。
「“天変地異”」
その球体は上空に昇っていきまずはデルフに真空波が降りかかる。
デルフは避けることなく黒の魔力で身体を包み込む。
向かってきた真空波が瘴気に触れるなり無に帰していく。
「やはり、魔力が上がっている。貴様、何を犠牲にしてそこまで……まさか!!」
デルフは一気に地面を蹴った。
一直線に向かっていくデルフのすぐ下から溶岩が噴き出すがデルフの速度があまりにも速すぎて掠りもしない。
「貴様、命を燃やして……」
デルフは左手に短刀となったルーを握りしめ魔力を宿らせる。
そして、デルフの基礎にして奥義である全力の突きを放つ。
「“羅刹一突”!!」
だが、ウェルムはその直前で翼を開き後ろに飛び上がる。
この玉座の間の天井があった付近のところで滞空し片手の掌を天に向けた。
すると、その手からバチバチと電気が走る。
「神雷!!」
その手を一気に下に振り下ろす。
ドゴーン!!という轟音と共に空を突き体勢を崩しているデルフに雷が落ちた。
だが、デルフは直撃したのにもかかわらずに上空に浮くウェルムに向けて飛び上がっていた。
「ウェルム!!」
「しつこいよ!!」
デルフは右拳を握りしめウェルムは左拳を握りしめお互いに放った。
拳同士のぶつかり合い。
ウェルムの拳は一瞬で黒く染まり灰となって崩れてしまう。
デルフの義手は罅が入り砕け散った。
それだけに止まらずに衝撃が身体の奥まで響き身体が耐えきれずに肩の皮膚を裂けて血が噴き出している。
だが、それでもすぐに義手を作り直し傷も塞いでしまった。
対してウェルムは左手が消失している。
「ふっ、この程度!」
ウェルムの左腕があった部分に輝きが集結し一瞬で形作り再生して見せた。
「素晴らしいだろ? これが“再生”の力だ。天神の力だ!!」
「なら、何度でも壊してやる!!」
二人はお互いに防御を捨てて殴り合う。
壊しては治し壊しては治しの繰り返しだ。
『デルフ! 消耗戦は不利じゃ!!』
(だが、ここで引けば勢いづくだけだ! こうなれば!)
デルフは再び左手に短刀を持った。
すると、ウェルムも長刀を持っていた。
今度は武器のぶつけ合いに発展する。
剣戟の音が絶え間なく鳴り響きお互いに一切の手を緩めない。
「くっ……しぶとい!」
ウェルムは後ろに下がり大きく剣を振りかぶった。
「“神罰”!!」
全力で振り下ろした剣から強大な衝撃波が放たれた。
その波動には火、水、風、土、雷と考えられる全ての属性が含んでいる。
デルフも対抗し短刀に魔力を込め振り下ろす。
「“深淵の誘い”!!」
ルーの能力である波動で相手に自身の死を見せる“死の予感”。
それに“黒の誘い”を宿らせた斬撃が放たれた。
二つの波動は衝突しあいお互いに打ち消してしまう。
その際に生じた他を寄せ付けないほどの風圧を無視して二人は再び衝突した。




