第282話 無謀な戦い
突然目の前に現われた男、クロークにウェルムは訝しげに見詰めていた。
だが、クロークの姿を見て合点したらしく少し笑みを浮かべる。
「そうか、天騎十聖の中に裏切り者が混じっていたか」
「裏切り者? それは語弊があるな。僕は昔も今も師匠の味方だ」
「……いいだろう。そんな些事はもうどうでもいいことだ。それで、貴様程度が私に勝てると思っているのか?」
「思わないさ」
即答だった。
お互いの実力差はクロークが千載一遇の好機を掴んで与えた今の攻撃でよく分かっている。
(全力の僕の攻撃でも致命傷は与えられなかった。いや、試す前から分かっていた。僕には勝ち目はないと)
それでもクロークは剣を構え言い放つ。
「僕は師匠が復活するまでの時間稼ぎに過ぎない」
ドンッとウェルムは地面を蹴りウェルムに斬り掛った。
「……ジョーカーが何だというのだ。奴にあの私が数年という入念な準備をかけて発動した“無限呪縛”を解けるものか。奇跡的に目の前に現われたところで天神となる前の私と互角だった奴に今の私を圧倒する道理がない」
ウェルムは掌を突き出して魔法を発動する。
そこから飛び出したのは逃げ場のない無数の斬撃だ。
「貴様はこれをどう躱す?」
「躱す必要はない」
クロークは動きを止めずに突き進み続ける。
すると、向かってきた斬撃はクロークを通り過ぎてしまった。
ウェルムからすれば斬撃がクロークを避けているようにも見えた。
だが、そうではないとすぐに気付く。
「……すり抜けた?」
驚いている内にクロークはウェルムのすぐ目の前にまで迫り剣を振り下ろす。
「“光斬撃”」
ウェルムは何の抵抗もせずにその攻撃を一身に受け止める。
だが、一瞬だけ赤い血が飛び散るように見えただけで傷はなかった。
クロークもこれで倒せるとは思っていない。
別段、驚くこともなくウェルムを睨み続けている。
だが、一つ気になることがあった。
「? 赤い血……」
天人の体内に流れる血は黒色であることはクロークも知っている。
だが、今のウェルムの流れる血は赤色に戻っていた。
これにはウェルムは答えを返してくる。
「人から天人への進化で魔を極めそのさらなる進化でその欠点を補い超越する。この血が天人の過程を経てようやく辿り着く真の境地だ」
クロークは苦笑いを浮かべてしまう。
「どちらかと言うと人間に戻ろうと頑張っているように見えるな」
人間をやめ、得たいがしれない何かに変貌した身体を必死に元に戻そうと作用している。
クロークはそう考えてしまう。
「人間に戻る? 馬鹿馬鹿しいことを。……この世には確固たる王が必要だ。そのためには誰も口出しできない人智を超えるこの神の力が不可欠なのだ!」
そして、ウェルムは体勢を崩しているクロークに拳をぶつけた。
だが、それもすり抜けてしまう。
「なるほど、“光子化”か。どうやら私の前に立つに相応しい実力を隠していたようだな」
「ちっ……」
使っている魔法をこの一瞬で看破されクロークは顔を顰める。
“光子化”は自身の身体を光に変えることで攻撃を無意味にする。
これを使い続けている以上はクロークにダメージを与えることは不可能だ。
「だが、知ったところで僕の攻撃が通用しないようにお前の攻撃も僕には通用しない」
「果たしてどうかな」
その余裕の表情にクロークは苛立ち再び斬り掛った。
それに合わせてウェルムも右手をばっと横に広げて魔法を発動する。
「“神風槍”」
ウェルムのすぐ右隣に高密度の魔力と大気を凝縮した棘が出現した。
その棘をクロークの剣が直撃する瞬間に合わせて放つ。
「!?」
凄まじい速度で向かってくる棘にクロークは“光子化”の発動を強いられる。
棘は光となったクロークをすり抜けて後ろに飛んでいく。
だが、クロークの攻撃もウェルムをすり抜けてしまった。
これが“光子化”の欠点だ。
自身を光子化させることで相手の攻撃を完全に回避することができるがその間は全てがすり抜ける。
つまり、自分の攻撃も相手をすり抜けてしまうのだ。
その欠点を突きつけられたクロークだがその表情は安堵していた。
「これが、対処か? 笑わせてくれる。結局、僕に攻撃を当てられていないじゃないか!」
だが、ウェルムもまた余裕の表情をしていた。
「これはあくまでその一だよ。その二を見せてあげるよ」
そのとき、ウェルムは右の手刀に想像を絶するほどの魔力を込めた。
ひしひしと伝わる強大な魔力に考えるより先にクロークは“光子化”を発動する。
「さて、自慢の魔法で躱してみるといい。“神の斬撃”!」
右の手刀を横に振りそこに込められていた魔力が斬撃となって放たれる。
「!?」
クロークはその攻撃の不気味さを感じ頭に過ぎったのは自分が真っ二つになる姿。
絶対の信頼を置いているはずの“光子化”を発動しながらも反射的に横に飛んだ。
だが、間に合わずその斬撃は光子化を使用しているはずのクロークの右腹部に直撃した。
完全に斬りつけられそこから血がじわっと滲み久しぶりの痛みがクロークを襲う。
「がっ……“光子化”を……」
「天神の魔力は他の魔力を無にする。そのような魔法は意味をなさない」
「はぁはぁ……数分も保ちそうにないな」
クロークの実力は単独で天騎十聖に匹敵する程に向上していた。
これは三番隊の元から去った後、独自の鍛錬を積み幾度の死線を潜り抜けてきた成果とも言える。
しかし、それでも天神との差は大きな隔たりがあった。
その後の二人の戦闘は一方的なものであった。
“光子化”は最大の防御魔法と言えるだろう。
だが、最大であるが故にクロークはある一つの成長ができていなかった。
それは痛みの耐性だ。
“光子化”ができるようになってからは全く手傷を負わなかった。
それが今に響き痛みに耐えながらウェルムの猛攻を精一杯だった。
時間にすれば僅か一分程度の戦闘。
しかし、無限とも言える手数にクロークはその途中で耐えきれなくなり思わず片膝を落としてしまう。
装着していた黒鎧は見るも無惨にひび割れたり欠けたりとボロボロとなっておりその欠けた隙間から血が滴って地面に落ちている。
それを見て驚いたようにウェルムは「ほう」と息を零した。
「誇って良いぞ。貴様の力は常人の域を遙かに超えている。本来ならば数十回は死んでいる」
「こんな嬉しくない称賛は初めてだな」
苦笑いを浮かべながらも必死に息を整え続けていた。
さらに魔力を傷口に集中させ簡単な応急処置を試みる。
激しい戦闘が何度もこの玉座の間で起こり、ついには壁や天井も吹き飛び上を向けいつ雨が降るか分からない曇り空が見えた。
「これが最後か……」
ぐっとクロークは剣を握りしめて立ち上がる。
数分程度の戦闘だがクロークの残る体力と魔力は僅かだ。
それもそのはずウェルムと対峙して以降、クロークは常に魔力全開の全力で戦い続けていた。
でなければ一瞬にして殺されている。
そして、ウェルムが次の攻撃を行えば耐えきれない程までに魔力は底を尽きかけている。
クロークの目的は時間稼ぎ。
だが、その目的が果たせなくなった以上、やることはただ一つ。
「僕の実力では倒しきれないことは分かっていた。だけど、最後くらい一矢報いてみせる!!」
クロークは残る全ての魔力をその剣に注ぎ込む。
剣に輝きが宿り大きく地面を蹴った。
ウェルムは微笑み掌を前に突き出すとそこから巨大な魔力の球体が出現した。
直撃すれば確実に死ぬ。
クロークは逃げろと発破をかけてくる危機感を撥ねのけて止まることなく突き進む。
「“神の鉄槌”。押し潰されるが良い」
クロークの目の前は巨大な魔力球で埋め尽くされる。
そんなクロークの剣はさらに輝きを増した。
「“光輝剣”!!」
刀身が光その物に変貌し全てを消失させるクロークの剣を振りウェルムの魔力球に衝突する。
「くっ……やはり無理か!?」
この技は“光子化”と併用して発動でき全ての障害をすり抜け絶対の一刀をもって敵を斬る。
つまり、敵が防御に回ったところでそれをすり抜けて確実に致命傷を与えるのだ。
敵が防御に回った瞬間にクロークの勝利は約束される。
普通だったら。
結果はウェルムの魔力球に阻まれてしまった。
魔力球の勢いは凄まじく、剣に力入れて耐えることがやっとだ。
しかし、徐々に押し返され始めた。
そして、その途中でクロークの剣は折れてしまった。
「!?」
そして、そのまま魔力球がクロークの身体に直撃する。
発動していた“光子化”も意味をなさず全身の骨が砕けたかと思うほどの鈍い音が身体中に響く。
「ぐあああああ!!」
不幸中の幸いかクロークの奥義がその威力を弱めることができていたらしく何とか死は免れた。
ほんの僅かの残りカスのような魔力で自然治癒を促進させているが身体中の激痛は止む素振りはない。
うつ伏せに倒れるクロークにウェルムは笑う。
「ハッハッハ、無駄なあがきご苦労なことだ。わざわざ向かってこなければこのような痛みを味合わないで済んだものを」
クロークの奥義を簡単に打ち消して重傷を与えるほどの魔法を放ったというのにウェルムには疲労の欠片も見えない。
もはや、クロークには立ち上がる力も残ってはおらず肝心の武器も折れてしまった。
為す術はもうなく、後は死を待つだけだ。
「しかし、あれだね。弱い者虐めはなんか空しくなるね。そろそろ終わりにしようか」
ウェルムは歩き出す。
コツコツと死を運んでくる足音がクロークに近づいていく。
「楽しみだね。弟子を殺され主も殺されたジョーカーがどんな反応を見せるのか」
すぐ足下までクロークに近づいたウェルムは止めを刺そうと手を振り上げた。
だが、そんな絶体絶命の状況にクロークは笑みを浮かべていた。
そして、一言呟く。
「……遅いですよ」
そのとき、ウェルムの身体が弾け飛んだ。
「がっ……!?」
天神に進化して初めてウェルムは顔を歪める。
だが、すぐさまにその勢いを殺しその場に着地した。
「……もう、出てきたのか」
クロークの前にはデルフの姿があった。
「お前を倒すまでなら何度でも這い上がってみせるさ」




