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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第18章 天人の衝突 [後編]
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第280話 破滅の悪魔

 

 光球がウェルムの身体に入ったと同時に突然、ウェルムの口から血が飛びだした。


「!?」


 さらにはデルフに襲いかかろうとしていた刃の雨は寸前で跡形もなく消え去ってしまう。


「ま、まさかシフォードが!?」


 さらに先程と同じような光球が次々とこの部屋に侵入しウェルムに衝突していく。

 だが、その全てがウェルムを弾くのではなくその身体の中に溶け込んでしまった。


『あれは、もしや』


 リラルスがその正体に気が付いた。


(なんだ!?)

『あの感じ、恐らくじゃが天人クトゥルアの源。奴は配下に能力を与えた。もし、その与えられた者が命を落としたらどうなるのか? 能力は消滅するのか……もしくは』

(行き場を失った能力は持ち主に戻る? なら!!)


 つまり、それは戦場の仲間たちの勝利報告同然だった。


 そして、もう一つ。

 天人において忘れてはならない事がある。


『天人の能力は英雄級の実力を持ってようやく一つ獲得できる。そんな力を複数持とうとするならばそれは力ではなく己の身を滅ぼす脅威となる。かつて、ケイドフィーアが言っていた。そして、それは奴も例外ではない』


 ウェルムは呻き声を上げながら黒の血管が浮き出し激痛に耐え忍んでいる。


「がっ……はぁはぁ、ぐあああああ!!」


 様々な箇所の皮膚が裂け、そこから黒血が噴き出し血の涙も流れている。

 吐血も先程から収まっていない。


 ウェルムの身体に入り込んだ光球は四つ。

 元から宿っている“分身”を合わせると合計五つの能力がその身に宿っていることになる。


 明らかに耐えられる限度を遙かに超えている。


 身体は急激に内側から崩壊を始めていた。


 そして、宙に浮かぶことすらままならず力なくして地面に落下してしまう。


「はぁはぁ……まさかまさか。ヒクロルグ、クライシス、……となるとクロサイアまでも? ……冗談だろ。カハミラまで……」


 黒く血走った目で呆然として呟くウェルム。


「終わりだな」


 デルフはゆっくりと歩き始めた。


 ばっとウェルムは振り返り鬼気迫った顔でデルフを捉える。


「くっ!」

「意外と呆気ない幕引きだったな。このまま放っといても死ぬだろうがせめて俺が送ってやる」


 デルフは右手に黒の瘴気を集中させる。


「はぁはぁ……なぜだ! なぜ、あいつらが!」

「一つ言っておいてやろう。自分の力を過信している者ほど裏をかかれやすい。お前の敗因は俺だけしか眼中になかったことだ」

「僕は……僕はまだ……はぁはぁ、まだ死ぬわけにはいかないんだ!!」


 ウェルムの悲痛な叫び声が悲しく響く。


 ゴオオオオオオオ


 そのとき、地震が起きたのか思うほどに城が大きく揺れ動いた。

 激しい戦闘が未だにこの王城で行われているのだろう。


 デルフはすぐに視線を前に戻すとウェルムは固まっていた。


 そして、笑い声を漏らし始めた。


「僕の天命はまだ尽きていなかった!!」


 絶え間なく血が噴き出し崩壊を始めている身体を忘れているのか満面の笑みで言い放った。


 嫌な予感がデルフとリラルスに過ぎる。


『デルフ! 奴に何かさせるなさっさと止めを刺せ!』


 すぐさまデルフは地面を思いっきり蹴り距離を瞬く間に詰めていく。


 その間もデルフはなぜいきなりウェルムが自信を取り戻せたのか理解が追いついていなかった。


 だが、次のウェルムの言葉で全て理解した。


「まさか“再生”がこの城まで来てくれているなんてね! 最高の献上品じゃないか!!」


 ウェルムはすぐさまこの場から離れようと動き出した。

 フレイシアに宿る紋章の“再生”を奪うために。


「行かせるか!!」


 崩壊しつつある身体では今までのような素早さは持っておらず容易に距離を詰めつつあるデルフ。


 それを見たウェルムは身体から血を噴き出しながらも足を床に踏み込み魔力を流すことで魔法を発動する。


 それは魔方陣を床に浮かび上がらせたという次元ではない。


 すると、部屋全体が薄く輝き始めた。

 よくよく見ればそれは文字の羅列に見える。


 つまり、この部屋自体が魔法を発動する魔方陣のようなものなのだ。


 だが、デルフにはそんなことを考えるよりもとにかくウェルムに止めを刺すことしか頭にない。


 立ち止まらずに一直線に向かっていく。


「消えろ!」


 ウェルムの目前まで迫ったデルフは右手に込めた魔力で触れようと突き出す。

 だが、その動きは寸前で止まってしまった。


「!?」

『これは……あのときの!?』


 デルフの突き出した右腕には輝く鎖が巻き付いていた。

 一本だけではなく何本も床や天井、壁か伸びて腕に巻き付いていたのだ。


 さらに鎖は伸び足を引っ掛けられ転がってしまう。


 そして、次々と鎖が出現し瞬く間にデルフを床に縛ってしまった。


 デルフは全身に魔力を集中させすぐにその鎖を破壊してみせる。

 だが、動き出す前にその鎖は再び出現しまたも身体を縛ってしまった。


 “無限呪縛むげんじゅばく”。


 壊しても壊しても元に戻り相手を縛り続ける鎖。

 これは昔にもリラルスが受けてついには破壊できなかった魔法だ。


「はぁはぁ……僕のとっておきの魔法さ。ずっとそこで寝転がっておきなよ」


 そう言ってウェルムは去って行った。


「待て!! どうなっているんだこれは!!」


 いくら魔力を強めて消し去っても復活する鎖。


(何だこの魔力量は……あの一瞬でこれほど)

『いや、これは……いくら奴でもあの一瞬では無理じゃ。今までずっと溜め続けていたのじゃろう。……まんまと私らは誘き出されたと言うわけじゃな』


 悔しそうに呟くリラルス。


(だが、どんな魔法もその源である魔方陣を破壊すればいいだけだ!)


 その源の魔方陣はこの部屋全体に描かれている。

 的は大きければ当てやすい。


 デルフはすぐに目標を床に描かれている魔方陣へと変更し“黒の誘い”を発動する。

 浮かび上がっている文字の羅列が黒く染まり始めパリンと砕け散った。

 だが、それでも光の鎖は消えなかった。


 本来ならばこのまま侵食していき魔方陣全体まで行き渡るはずだが途中で止まり一部だけを破壊したのだ。


 ただ、魔方陣のような繊細なものは人の身体のように一つの綻びが命に繋がる。

 つまり、一部を破壊しただけでも全体を破壊したと同義なのだ。


 だが、効果は尚も続いている。


(どういうことだ……)


 その答えはデルフよりも魔法に詳しいリラルスが気付いた。


『どうやらこの魔法は無数の魔方陣で構成されているようじゃ。私らの能力の対策を講じての』

(対策?)

『見てみろ』


 リラルスに促され目を向けると先程壊したはずの魔方陣が元に戻りつつあった。


『数という対策に加え修復機能まで備わっているときた。念入りに構成されておる。これを打ち破るには全てを同時に破壊する必要があるのう』


 悔しそうにリラルスが呟く。


「くっ……なら限界まで出力を上げるだけだ!」

『やめろ! 無駄じゃ!』


 だが、デルフは止まることはできない。

 こうしている内にもウェルムという危機が主たるフレイシアに迫っているのだ。


 リラルスの制止の声を無視して身体に残る全魔力を一気に解き放つ。


 数十秒は放ち続けていただろうかついに限界が訪れ魔力放出が弱まっていく。

 周囲にあった魔方陣は破壊することはできたが離れている天井や向こう側の壁までは魔力が届かなかった。


 全力を出してもデルフは自由になることはできなかった。


「これでも無理なのか!! どうすれば!!」


 こう考えている時間が惜しかった。

 焦りが冷静さを失わせ考えが纏まらない。


 そのとき、ついに時間制限を迎えてしまった。


「!? なんだ、この魔力は……」


 突然出現した感じたことのない強大過ぎる魔力量。

 距離は離れているはずだがまるで目の前に立っているかのようにひしひしとその威圧感が伝わってくる。


 恐怖まで感じるほどだ。


 デルフはその恐怖をすぐに振り払い早く向かわなければならないと身体をジタバタさせる。

 がそんな抵抗は無意味だ。


 空しくただ時間が過ぎていく。


「リラ、何か方法はないか!!」

『……デルフ、抜け出す方法が一つだけある。じゃが、お前が耐えきる確証はなく、成功したところで数分後に必ず破滅を迎えるじゃろう。その覚――』

「数分あるんだな!」

『なっ……』

「構わない! やってくれ!!」


 即答だった。


 デルフからすればここで動けずにただ終わりを待つことしかできない方がよっぽど辛い。


「配下が主の危険に向かわないでどうする! たとえ俺の命が尽きようとも必ず守らなければならない!!」

『成功しない可能性もあるのじゃぞ……』

「それで駄目だったら俺はそこまでだ。だが、安心してくれ必ず耐えてみせる!!」


 リラルスは悲しくなりながらも軽く笑って見せた。


『そうか……そうじゃったの。お前はそんな奴じゃったの。覚悟は受け取った! “黒の誘い”を限界以上に一気に引き上げる!! 男に二言はないな!』

(ああ!!)

『必ず耐えて見せろ!』


 そのとき、デルフの身体に尋常ではない程の激痛が走る。


「があああああああ!!」


 全身が高熱に晒されて焼けるような、全身を針で隈無く突き刺されるような激痛が全身に襲いかかった。


 死の方が楽かと思うほどだがデルフの頭の中に浮かび上がった白の王女の姿が諦めるという言葉を消し去ってしまう。


 身体から溢れた黒の瘴気がデルフを包み込み光の鎖を何度も何度も破壊し続ける。

 だが、その瘴気はデルフが出したのではなくこの変化の過程の漏れ出た魔力に過ぎない。


 それにそもそもの話、光の鎖を破壊しているのは偶然であって攻撃対象はデルフだ。

 自身の魔力に自身が攻撃されているという珍しい光景がそこにあった。


『この能力は相手を黒く染め破滅を与える。そして、その力は最後に自分をも破滅に誘う』


 デルフからすれば何日にも及ぶ激痛が続いていたがその実は数分程度のことだった。


 そして、全てが終わりデルフの周囲に黒の波動がドーム状となって放たれる。


 四方の壁や天井に衝突するや一瞬にして灰となって消えてしまった。

 “無限呪縛”の魔方陣とともに。


 身体を包み込んでいた黒い靄も晴れそこには自由の身となったデルフが立っていた。


 クルクルと回りながら向かってくる黒の刀身の短刀を左手で掴むデルフ。


「ルー、心配をかけたな。はは、そう怒らないでくれ。次はお前の出番もある」


 そして、デルフは身体に駆け巡り続ける激痛が収まりようやく一息つく。


『デルフ、気が付いておるが痛みがなくなったのではないぞ。身体が目前に迫る死を受け入れたのじゃ』


 それを聞いてもデルフに後悔はない。

 だが、申し訳ない気持ちにはなった。


「……リラ、すまない。お前まで巻き込んでしまって」

『今に始まったことではない。それに始めから運命は共にと決めておった。お前の身体じゃ。好きなようにするといい』


 リラルスは笑顔でそう言ってくれた。


「ん?」


 デルフはそこで服が消え去って半裸となっていることに気が付く。


 パチンと指を鳴らすと服とコートが身体の上に出現した。


 そうして顔を上げたデルフ。


 その姿は前とは見違えたものになっていたのだ。


 身体やその顔には痣のように縦半分に黒く染まっていた。

 そして、着々と黒の侵食は進み広がりつつあった。


「時間は限られているか」


 そうしてデルフは強大な魔力を感じる方に身体を向け軽く足で地面に叩くとこの場から消え去った。


(間に合ってくれ!)


 デルフが通った跡には黒の軌跡が残っておりそれに触れた瓦礫は灰となって消えていく。


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