第278話 激戦
デストリーネ王国王城の最奥の一室から絶え間ない剣戟の音が響いている。
その厳重な大扉の先では二人の男が剣を交えていた。
お互いに全身全霊の力で剣に力を込めているが小刻みに震えているだけで硬直状態が続いている。
だが、それもすぐに反発し合うように後ろに下がった。
その二人の男とは白夜の筆頭であるデルフと天騎十聖の筆頭であるウェルムだ。
ウェルムは剣を片手に一つ持ち周囲に五本の剣を漂わせている。
対してデルフは両手に一本ずつ短刀を持っていた。
ただ、その左手に持つ短刀はその姿に変貌したルーだ。
変幻武器と呼ばれるルーからすればこの武器の姿こそが本来の姿だろうが。
右手に持つ短剣はデルフが自身の魔力で作り出した物だ。
シフォードの“創造”のように特別な力を宿すことはできないがそこらの変哲もない武器に比べれば雲泥の差の性能を持つ。
ただ、気を付けなければならないのは“黒の誘い”の力が増したせいか身体から離れてしまうと灰となって消えてしまう点だ。
「どうした? ジョーカー、威勢が良かったのは最初だけかい?」
剣を肩に乗せながら漂う剣を自在に移動させて遊ぶウェルム。
そんなウェルムにデルフは皮肉を返す。
「悪いな。お前が温い攻撃をしてくれている間、魔力の回復に専念していたんだ」
「そう、それは悪かったね」
「デルフ! 後ろじゃ!!」
その声にすぐさま反応しデルフはすぐさま頭を下げる。
すると、その頭上を一本の剣が通過した。
デルフが後ろに目を向けるとウェルムが剣を振っている姿があった。
だが、先程話していたウェルムは相変わらず同じ場所に立ったままだ。
つまり、この場に二人のウェルムが存在している。
(“分身”か。助かったリラ)
「ふん、気配を殺しておったようじゃが私らの目は四つじゃからの」
ウェルムには見えていないがデルフのすぐ横にはリラルスが浮かんでいる。
余程のことがない限りはデルフの隙を突くことはできない。
「……これはもういらないな」
デルフは自身の魔力量を確かめた後に右手に持っていた短刀を手放した。
その短刀は地面に落ちる前に灰となって消えてしまう。
そして、間も置かずに手ぶらとなった掌をウェルムの分身に突き出した。
「!?」
躱す暇も与えずに顔を鷲掴みに右手を黒の靄で覆った。
「がっ……この!!」
分身は持っていた剣で顔を掴まれている右手を切り下ろそうとする。
だが、その靄はウェルムの身体に侵食し一瞬で黒く染めてしまった。
その侵食は持っていた剣までに届き先に灰となって消えてしまう。
それでもウェルムの分身は呻き声を出しながらも抵抗をしようとするがその前に身体に限界が訪れ灰となって消えてしまった。
昇っていく灰を見詰めながらデルフは呟く。
「……分身はお前と同等の力を持っているんじゃなかったのか? 何だ、この雑魚は?」
「ふふ、そんなにすぐに本気を出すわけがないじゃないか。改めて確認しておきたかっただけだよ。君のその能力の恐ろしさを。……まともに戦っては勝ち目はないようだ」
睨み合うデルフとウェルム。
デルフはついに“黒の誘い”を発動した。
ウェルムも能力である“分身”を使ってきた。
ここからが本当の戦いの始まりだと二人は確信する。
(……全くリラが味方で良かったよ)
「味方も何もお前とは一心同体じゃからの。それよりもお前が頭を冷やしてくれて安心したぞ」
ウェルムと衝突した当初、デルフの頭には血が上っていた。
それもこの前にウェルムの傀儡となってしまった幼馴染みのカリーナとの戦いに理由がある。
戦いの決着はカリーナの自決で終わった。
ウェルムに対して恨みがないと言えば嘘になる。
だが、それ以上に救うことができなかった自分にデルフは腹が立っていた。
その怒りを抑えきれずカリーナとの戦闘で疲弊した身体を少しも休めずにウェルムに特攻を仕掛けてしまったのだ。
後先考えない力だけの攻撃をあのままずっと続けていたのならば今頃はウェルムに動きを見切られていただろう。
しかし、リラルスの言葉もあり戦いながら魔力の回復に専念するという判断を下せる冷静さを取り戻すことができた。
(持つべきは仲間だな)
「そんな恥ずかしいセリフをよく平然と吐けるのう……」
リラルスは呆れて首を横に振っている。
(しかし、俺以上にお前の方が怒り狂うかと思っていたんだけどな)
リラルスのウェルムに対する怒りはデルフ同等かそれ以上あってもおかしくはない。
それほどにデルフが見たリラルスの過去は凄惨たる光景だった。
「確かにのう。奴を倒せる日をどれだけ待ち望んだことか……。じゃが、自分よりも怒っているやつが隣にいると案外冷静になってしまうものじゃ。それに今の私は自分だけではなく表面に出さぬが内心が脆いお前を支えねばならんからの」
(……その余裕、年の功というやつか)
「……この戦いが終わったら覚えておくのじゃ。コホン……そろそろ前に集中しろ。来るぞ」
デルフが意識を戻すとウェルムは地面を蹴って走り出した。
その際に漂わせていた五本の剣を移動させデルフを包囲する。
「これはどうやって躱すつもりなのかな?」
そして、同時にデルフに向けて剣を飛ばした。
「躱す必要はない」
デルフは全身から黒の瘴気を出現させ周囲に解き放つ。
向かってくる全ての剣はその瘴気に触れるなり瞬く間に黒に染まり灰となって消え去ってしまった。
「!?」
だが、ウェルムはさほど驚いた様子はなくすぐ目の前にまで迫ってきていた。
「そうくると思ったよ!」
ウェルムは剣を振り下ろす。
黒の瘴気を解き放った後、再び集中させるまで少しの時間がかかる。
だが、ウェルムはその少しの時間も与えてくれない程に速い。
デルフは魔力での対処を諦め寸前で躱すが頬を掠ってしまう。
「ちっ!」
裂けた頬から黒血が流れ出る。
天人となったデルフの皮膚をこうも簡単に切り裂けるということは恐らく魔法剣なのだろう。
ただし、デルフに触れたウェルムの剣もただでは済まない。
先程、飛んできた剣と同じ運命を辿り黒く染まり始めた。
ウェルムは剣が柄まで黒の侵食が行き渡る前にすぐに手放すとそう時間が経たず内に灰となって消えてしまう。
だが、すぐに新たな剣を作り出した。
それは周囲に漂わせている剣も同じだ。
いつの間にか壊したはずの剣は復活している。
さらにはそれらの剣の刀身は薄く輝いておりどれもが魔法剣なのだろう。
「“創造”がなくてもこの程度の作成魔法ぐらい誰でも使えるさ」
ウェルムは新たに作り出した剣を強く握りしめて振り下ろしてくる。
デルフは短剣であるルーで受け止める。
ルーの強度や性能は普通の魔法剣を遙かに凌ぐ。
デルフは魔力をルーに注ぎ込むと波動を放ちその魔法剣の刀身を粉々に砕いた。
「流石は母上の武器だ。少々の魔力で作り出した剣では歯が立たないか、魔力消費はできるだけ抑えときたいけどそうもいかないようだね!」
ウェルムは再び剣を作り出した。
「!!」
その剣には先程までの魔力とは比べものにならないほどの量が注ぎ込んであった。
「さて、これはどうかな」
ウェルムの剣がデルフに襲いかかる。
デルフは短刀ですぐさま防ぐ。
「ぐっ……強い」
デルフが出せる限界の力を持ってしても防ぐのがやっとなほどの威力。
“黒の誘い”を短刀に纏わせているが侵食の進みが遅い。
「抵抗力を上げているようじゃの……。少し出力を上げるぞ」
だが、それを察知したのかウェルムは剣に加えた力を一気に増大させた。
このままでは不味いと感じたデルフは右足を持ち上げウェルムの腹部に蹴りを入れる。
「がっ……!!」
彼方まで吹っ飛ばす勢いで蹴ったはずがウェルムは少し蹌踉めいただけだった。
だが、それは逆にデルフにとって幸いな結果だ。
吹き飛ばしたからといってそれで倒せるとはデルフも思っていない。
痛みに悶えている今のウェルムは追撃するのに格好の的。
デルフは足を踏み込みウェルムの腹部に義手である右の掌を突き出す。
「終わりだ! “黒点・羅刹掌波”!!」
ウェルムの身体を凝縮した黒の魔力が突き抜けた。
「がはっ……」
ウェルムは魔力と掌底をぶつけた勢いで吹き飛んでいく。
だが、すぐに身体を持ち直し立って見せた。
「!?」
デルフは目を見開いて驚く。
「なぜ、黒の誘いが発動しない?」
本来の技ならば直撃した時点で黒の侵食が進み瞬く間に灰に変えるはず。
だが、ウェルムに侵食が進む気配どころかどこも黒く染まっていなかった。
これには隣で浮かんでいるリラルスも同様に驚いていた。
「ふふ」
ウェルムは不敵な笑みを浮かべて右手を上げて見せる。
その掌に浮かんでいたのは黒い魔力だった。
間違いなくデルフが放った“黒の誘い”だ。
「まさか……」
どうやら、リラルスは気が付いたようだ。
掌の上のデルフの魔力のすぐ下にウェルムの魔力もあった。
つまり、ウェルムの魔力の上にデルフの魔力が浮かんでいるのだ。
まさに水と油の状態だ。
だが、もちろん“黒の誘い”の効果は衰えておらず徐々にウェルムの魔力の侵食を始めている。
「ファーストは良いことを教えてくれた」
「なに?」
「見て分からないかい?」
すると、ウェルムは“黒の誘い”に侵食されつつある自身の魔力を切り離した。
その魔力は地面に落ちる前に黒く染まりきり消滅してしまう。
「なっ……」
「まさかこんな対処法があるなんて思いもしなかったよ。死んだファーストには感謝だね」
「お前……」
デルフの身体から黒の瘴気が漏れ出る。
「デルフ! 怒りに流されるな! 奴はその隙を狙っておる!」
リラルスの忠告もありデルフはすぐに我に返る。
だが、遅かった。
「ぐっ、がっ……」
デルフの口から黒血が噴き出した。
恐る恐る痛みが感じる箇所に目を向けると腹部から剣の切っ先が飛び出ていた。
背後を剣で貫かれたのだ。
「がはっ……はぁはぁ……この程度!!」
吐血が激しくなりつつもデルフはすぐさま“黒の誘い”でその剣を灰に変えその剣を放った張本人の頭を掴む。
それはウェルムの分身だった。
「はぁはぁ……また、分身か!」




