第277話 兄妹の結末
斬撃を浴びて倒れていくフレイシア。
ナーシャは歯を食いしばりながらも足を止めることなくさらに速度を上げてそのままジュラミールに突撃した。
「“神速”!」
“気光刀”を使用しながら刀を振り下ろすナーシャにそれを軽く受け止めるジュラミール。
さらにはその後に繰り返される斬撃までも完全に防いで見せた。
既に“白の加護”は解けているためナーシャの身体能力は元に戻ってしまった。
単純な力比べではジュラミールの足下にも及ばない。
「ぐっ……なんて力なの……。フレイシア! 返事して!」
「安心しろ。死んではいない。死なれるとこちらとしても困るからな。だが、しばらく起き上がれはしない」
「……何をしたの!?」
フレイシアならば即座に傷を塞ぎ立ち上がるはず。
しかし、その気配は一切なかった。
ジュラミールは不敵な笑みを浮かべている。
鍔迫り合いをしながら睨み合う二人。
ナーシャはその間にも突破路を探している。
「簡単なことだ。お前たちに効かないのならばお前たちの魔力に語りかければ良い」
その言葉を聞いてナーシャは今までの考えが吹っ飛んでしまった。
「まさか……」
つまり、人間ではなく相手の魔力に“洗脳”をかけたということ。
そして、治癒が遅れているのもジュラミールがフレイシアの魔力を操りそうしているから。
そのとき、ジュラミールは笑みを浮かべた。
「!?」
ナーシャはすぐさま後ろに下がる。
「無駄だ。お前の魔力は私の剣に触れた。その輝く剣が命取りだったな」
そのとき、ナーシャの“気光刀”が急に解除された。
「なっ……」
「さぁ、もうお前の死は決まっている。いや、天兵を殺された代わりにするのも一興か」
「何を……?」
「忘れたのか? お前にはもう“洗脳”を解く者はいないのだぞ?」
「!!」
ナーシャは目を見開くと同時にジュラミールは掌に紫の光を浮かべる。
そして、それをナーシャに目掛けて放った。
ナーシャは素早く動いてそれを躱す。
「素早いな。当てるには隙を突かなければならないか」
「馬鹿ね。わざわざ、忠告するなんて。来ると分かっていれば造作もないわ!」
だが、ジュラミールの表情はまだ余裕だった。
「……実験はもういいだろう。“止まれ”」
「えっ?」
ナーシャは戸惑う。
ジュラミールがそう命令するとナーシャは急に動きを止めてしまったからだ。
いや、すぐに理解した。
止めたのではなく動きを止められたことに。
「言霊での洗脳は簡単な命令しかできず魔力が強い者には抵抗されてしまう。が、自由に魔力を扱えなくなった今のお前ならば容易いことだ」
「言霊? 嘘、そんなのあり?」
「……フレイシアの力で“洗脳”を軽く見ていたようだな。その慢心がこの結果だ」
そして、ジュラミールは再び掌に紫の光を浮かべる。
「全てを諦めて大人しく……俺の傀儡となるといい」
そう言って放とうとした瞬間、ジュラミールに向けて言葉が放たれた。
「どっちが油断しているのですか! “能力解除”!!」
ジュラミールが振り向くとそこにはフレイシアが立ち上がっていた。
そして、天井付近に白い光の大球が上っており二手に分かれナーシャとジュラミールに降り注いだのだ。
「ぐっ……」
ジュラミールの手に宿っていた紫の光は消失し、ナーシャにかかっていた全ての力も無に還った。
「ナイスよ! フレイシア!」
身体の自由を取り戻したナーシャはすぐさま地面を蹴ってジュラミールに刀を振り下ろす。
ジュラミールはそれを受け止めた。
「なぜ、こんなに早く……。お前の魔力は私が掌握したはずだ!」
「だから、私に宿っている紋章の力を侮っていたのですよ!」
フレイシアが受けた傷は完全に癒えており、もちろん魔力にかけられていた洗脳も解けている。
「私の魔力を操れたのは隙を突いたあの瞬間だけとお考えになってください。……生け捕りという甘い考えを抱いていた時点であなたは負けていたのです!」
「ぐっ、だが! この娘では私の相手にはならん!」
ナーシャは苦笑いを浮かべる。
ジュラミールの言うことは当たっているからだ。
気光刀を使えば魔力を操られてしまい、第一身体能力の差もかなり開いている。
「そうよね〜。……為す術がないのは認めるしかないわ」
口調は軽いが表情は真剣その物だ。
それから剣の打ち合いが続くが徐々に押されつつあった。
必死に策を立てていくが直感で必ず失敗に終わってしまう。
「どうすれば……」
「お姉様! 大丈夫です! 何も気にせず全力でなさってください!」
ナーシャはちらりとフレイシアの瞳を見てその自信満々の瞳に笑みを浮かべた。
「妹の言葉、信じなきゃ姉失格ね!」
ナーシャはジュラミールの剣を弾き後ろに下がる。
そのとき、自身の力が急激に漲り始めた。
フレイシアが再び“白の加護”を発動したのだ。
「しばらく倒れていたのは魔力を練り直すための時間稼ぎ。お姉様ならばその時間、耐えてくれると信じておりました!」
「ふふ、その期待に応えさせて貰うわよ!」
ナーシャは“気光刀”を発動させる。
「ふん、馬鹿め。……いや、まさか」
ジュラミールも気が付いたようだ。
気光刀だけではなく刀にはフレイシアの魔力も宿り白く輝いていることに。
「先程は私も油断しましたが、同じ轍は二度踏みません!」
「私の力を即興で防げると思うな! 秘剣“絶対命令”!」
ジュラミールがナーシャに向けて地面を蹴った。
それに合わせてナーシャも迎え撃つ。
「“破壊剣”に“神速”を乗せる! 奥義“破壊剣・十連”!!」
斬撃というよりも重撃と言ったほうが正しい刀による攻撃が放たれた。
そして、二つの剣は衝突する。
そのとき、相手の魔力を操ろうとするジュラミールの“洗脳”がナーシャの刀に侵入し始めた。
だが、それをフレイシアの魔力が撥ねのけていく。
二つの魔力がお互いに攻撃をし始めて同時に弾け飛んだ。
「なっ……」
「互角、でしたか」
ジュラミールとフレイシアの魔力の対決は相殺という結末に終わった。
だが、ナーシャの重撃はまだ一回目が終わっただけだ。
魔力が尽きたジュラミールの剣に次々と強烈な重撃がのし掛かっていく。
「ぐっ……まさか、こんなところで!」
その度に後ろに引きずられていきついには五回目で刀身がへし折れてしまった。
しかし、まだ重撃は続く。
まるで一発一発大振りの木槌で殴られているかのような衝撃がジュラミールの全身に襲いかかる。
「がっ……」
ジュラミールは口から黒血を吐き出しながら身体を押され続けていく。
「はぁはぁ……ガハッ、ゴホッ」
最後の一発が終わったときジュラミールは力なく玉座に腰掛けていた。
ジュラミールの負った傷は骨折が二、三本では済まなく内臓も破裂してしまっているだろう。
それほど吐血の量が夥しかった。
もはや、戦うどころか立つこともできないだろう。
だからといって油断はしてはいけない。
相手は天人でありその自然治癒力も人間を遙かに凌ぐ。
今もまさに治癒を行っている真っ最中だ。
「止めを刺すわ」
フレイシアが刀を手に歩こうとしたとき制止の声がかかる。
「お姉様!」
ナーシャが振り向くとフレイシアは覚悟を決めた表情で口を開く。
「後は私にお任せください」
「大丈夫?」
「これは避けては通れない道です」
フレイシアの覚悟がひしひしと伝わったナーシャは道を開ける。
「ありがとうございます」
フレイシアは軽く会釈しジュラミールの下へ歩き始めた。
次第に近づいてくるフレイシアが視界に入ったジュラミールは怯えた表情をする。
「く、来るな!」
掌を向けて死にかけとは思えないほどの大きさの魔力弾を放つジュラミール。
その魔力弾をフレイシアは避けもせずに顔に直撃し煙が舞う。
「はぁはぁ……」
だが、その煙の中からフレイシアは先程と変わらない速度で歩き続けて出てきた。
顔には一切の傷はない。
「なっ……な……クソが!!」
次々と魔力弾を放っていきその全てがフレイシアの身体に直撃していくが気にせずどんどん進み続けていく。
その勇ましい姿を見たジュラミールはついに恐怖が弾け飛び笑みを浮かべた。
「はは、お前は争いを起こさずに平和を掴めると本当に思っているのか。人の野心は底が知れん。皆がお前の言葉を真摯に受け止めてくれると本当に思っているのか!!」
ジュラミールの目の前にまで来たフレイシアは懐から一本の短剣を取り出した。
「昔の私ならば本気でそう口にしたことでしょう。ですが、私はあれから様々なことを知りました。お兄様と同じく既に私の心にも鬼が潜んでいます」
「なに?」
「デストリーネの腫瘍はこの戦時中に乗じて取り除きました」
その言葉を聞いたジュラミールは目を見開く。
腫瘍とはデストリーネ王国の貴族でありながら様々な暗躍を行っていた者たちのことを指す。
「あのお前が……」
「私はこの鬼を手なずけて見せます。ですからお兄様。後の事はこのフレイシアにお任せください。必ずやこの世界に平和を……さようなら」
そして、フレイシアは短剣の鞘を放り捨てジュラミールの左胸に突き刺した。
「ガハッ……」
フレイシアは目を瞑り涙を零す。
父を殺し、自分までを手に掛けようとしさらには王となりながら民に酷い扱いをしたジュラミール。
だが、フレイシアにとってはそれでも一人の兄妹なのだ。
血の繋がりは切ろうとしても切れない。
「……一つ」
「!?」
「一つ、教えてくれ。俺は何が間違っていた……?」
フレイシアは激しくなる鼓動を必死に抑えて口を開く。
「……お兄様のやり方の本質は間違ってはいません。ですが、過程を間違えたのです」
「過程?」
「お兄様は敵を作りすぎたのです。自分の力を過信しすぎたのです! 少しでも手を取り合おうと考えればまた道が違っていた。……私は、そう考えます」
それを聞いたジュラミールは笑みとともに涙を零す。
「……そうか。それが、間違いならば私は王には相応しくないのだろう。……今まで敵だった者を信じて背を預けるなど俺にはできなかった」
「人の野心は底がありません。心の奥にその野心を隠している者もいることでしょう。ですが、力で屈服させるのは最後の手段なのです。話し合い、分かってくれる人は分かってくれます。」
「……私は自分の信じた道を、突き進むことしか、はぁはぁ……ゴホッ! はぁはぁ……できなかった」
「お兄様……」
ジュラミールは震える手を持ち上げてフレイシアの頬を触れる。
「……はぁはぁ、お前が、王として……何を為すか……ゴホッゲホッ……向こうで見させてもらう……ぞ」
そして、ジュラミールの手は力なく落ちていった。
しばらくフレイシアはジュラミールを見続けてゆっくりと頷いた。
「はい」
その後、フレイシアはゆっくりと振り向く。
「お姉様、終わりーー」
「フレイシア避けて!!」
フレイシアの言葉を上書きするような大声がナーシャから放たれた。
そして、視線を前に向けたときそこには黒血に塗れ鬼の形相のウェルムが目の前まで迫ってきていたのだ。
「えっ?」
ウェルムは容赦なくフレイシアの左胸を手刀で突き刺した。
「フレイシア!!」




