第276話 白の加護
どれ程、壮絶な戦闘が続いただろう。
ナーシャは何度も刀を振るい天兵の身体を切り刻み続ける。
だが、天兵も無抵抗なはずがない。
手前ではなく奥の玉座付近から無数の魔力弾が襲いかかってくる。
「やばっ……」
視界を埋め尽くす魔力弾を全て防ぐ手段をナーシャは持ち合わせていない。
できることは致命傷を避けることのみ。
いや、即死の攻撃を避けることだ。
次々と飛んでくる魔力弾に身体を抉られ続けていく。
その一発の中には右腹部を軽く抉ったものもあった。
明らかに致命傷だ。
しかし、その傷はナーシャが痛みを感じる前に消え去ってしまった。
さらにはその傷だけではなく受けた全ての傷が次々と癒えていく。
「……助かったわ。フレイシア」
「お姉様、いくら私が治せるからと言って不用心すぎます! 私は治癒はできても蘇生はできませんから!」
ナーシャの後方に立ち少し不機嫌なフレイシアは両手に魔力を集中させている。
その魔力をナーシャに向けて放つと分裂しその周囲に緑の光が漂い始めた。
これがフレイシアの“治癒の光”だ。
この光を対象者の身体に溶け込ませることにより一瞬にして負傷を癒やしている。
ただ、治せるのは傷だけで疲労は徐々に蓄積されつつあった。
「はぁはぁ……確かにあなたに甘えすぎていたわね。気を付けるわ」
「分かってくれたなら良いですけど……」
ナーシャは改めて天兵に目を向ける。
「……どうやら無闇に攻撃し続けても無駄なようね」
切り刻み続けたはずなのだが今のナーシャと同じく無傷の天兵が平然と立っていた。
“神速”を用いた攻撃も甲殻とも呼んで良いほどの筋肉の鎧を身に纏った天兵からしたらそれほどのダメージにはならない。
いや、流石に負傷はしているだろうが自然治癒の方が上回っているのだ。
だからといってやることに変わりはない。
「一回で駄目なら数で押すだけよ!」
肉塊になるまで切り刻み続ける。
ただそれだけだ。
そして、ナーシャが再び地面を蹴った。
「!?」
一直線に天兵に向かうナーシャは目を見開く。
すぐ横からジュラミールが迫っていたのだ。
「私を忘れないでもらおうか!」
ジュラミールが振り下ろした剣をナーシャは受け止める。
だが、あまりにも強烈な衝撃に両手が痺れてしまう。
「ぐっ……凄い力ね」
「純正ではないが曲がりなりにも天人となった私の力は人間を軽く凌駕する! ただの人間に勝ち目があると思うな!」
絶え間ない剣線をナーシャは顔を顰めながらも何とか防いでいく。
「くっ……不味いわね。 ……!?」
さらには奥で魔力を溜めている天兵が目に入った。
切羽詰まり苛立ちが最高に達したナーシャはぶち切れた。
「もう! あなたは後よ!」
ジュラミールが振り下ろした剣に合わせてナーシャも刀を振り上げる。
全力と全力の衝突。
だが、身体能力で劣るナーシャは手が痺れて怯んでしまった。
「浅はかだな! “再生”が間に合わない程に切り刻んでくれる!」
ナーシャに止めを刺そうと剣を動かそうとするがそこでジュラミールに異変が起こる。
その剣に衝撃が繰り返し襲いかかったのだ。
「ぐっ、貴様……」
剣に繰り返し起こる衝撃がジュラミールの体勢を崩した。
「しばらく黙って見てなさい! “神速・十連”!!」
ナーシャは素早く刀を振り無数の剣撃を怯んでいるジュラミールにぶつけていく。
その全てをジュラミールは受け止めてみせる。
だが、ナーシャは振り終えると同時に視線を逸らし天兵の下に向かっていく。
ここから時間制限が始まっているのだ。
無駄にする時間は一秒たりともない。
「私を無視する気か! ……ぐっ!」
追いかけようとするジュラミールの剣に絶え間ない斬撃が襲いかかる。
一太刀につき十回の斬撃。
ナーシャが放った刀の数はあまりにも一瞬だったのでフレイシアは数え切れなかった。
その数え切れない数をさらに十倍した数の斬撃が次々と襲いかかっているのだ。
ジュラミールはその斬撃に押され身動きが取れずにいた。
「!! “白の加護”!!」
呆然とその光景を見ていたフレイシアは慌てて魔法を発動した。
輝く光がナーシャを包み込む。
「力が……ありがとう、フレイシア!」
“白の加護”とは身体能力を大幅に増加させる強化魔法だ。
それも天人の身体能力に匹敵するほどに。
しかし、その効果時間は僅かであり魔力消費も激しい。
フレイシアはここが絶好の機会だと判断して使用した。
そして、ナーシャは手前に立つ天兵に向けて刀を振り下ろす。
「“神速・十連”!」
一太刀目は左胴体に、二太刀目は右胴体に、さらに両腕、脳天、両足。
目に付く様々な箇所に刀を浴びせていく。
普通の人間ならば一太刀でも浴びせれば命を絶ちきることが可能だろうが相手は天兵。
先程から何発も当て続けてはすぐに再生され効果は皆無だった。
「だけど、これならどう?」
ナーシャは再び刀を振り下ろそうとする。
だが、そのとき、何事もなく反撃をしようとしていた天兵に異変が訪れる。
急に爆散したのだ。
紫の血が周囲に飛び散りまるで雨かと思うように地面に落ちてく。
「え?」
何が起こったのか。
それは全方向からの斬撃から発動した“神速・十連”の斬撃に耐えきれなくなり押し潰されたのだ。
“神速”は数がメインであり威力に関しては変わらずナーシャの力のままでそれほど強くはない。
だが、この結果の原因はナーシャの力を急激に増加させたフレイシアの“白の加護”によるものだ。
この威力にはナーシャ自身も驚いていた。
「こんな……あっさり? フレイシア、こんなすっごい魔法があるならもっと早く使ってよ!」
「ごめんなさい。何回も使える魔法ではないので……使う機会を窺っていました」
「まぁ、いいわ。これなら!」
ナーシャはさらに奥から弾幕を張り続けている天兵に向かって地面を蹴った。
魔力弾を刀で弾きながら瞬く間に距離を詰める。
「あんた、さっきから鬱陶しいのよ!」
刀を振り下ろそうとするが再び体勢を持ち直したジュラミールもこの争いに戻ってきた。
「もう抜け出したの!?」
そこから天兵の触手の鞭とジュラミールの剣技がナーシャに襲いかかる。
先程まではジュラミールの攻撃を一回一回受ける度に力で押し負けていたが今では互角までに身体能力が向上している。
しかし、だからといって全てを防げるわけではなく致命傷以外はその身に受け続ける。
「お姉様! もう少しで“白の加護”の時間が尽きます! お気を付けください!」
そう言いながらもフレイシアは増え続ける細かい傷をナーシャが痛みを感じる前に即座に癒やしていく。
そんな光景にジュラミールの視線はフレイシアに移動した。
「切りがないな……。できれば最後に回したかったが仕方がない! “再生”、まずはお前からだ!」
ジュラミールはナーシャからフレイシアに標的を変更し一気に向かっていく。
それはナーシャにとって見過ごせるはずがない。
「ちょっと身体が堪えるけど、なりふり構ってられないわ! “気光刀”!」
ジュラミールの後を追おうとするナーシャに天兵も豪速で走り出しその勢いのまま拳を放ってきた。
ナーシャはその攻撃を察知し寸前で躱す。
そして、前のめりになって体勢を崩している天兵に刀を振り下ろす。
「油断したわね。動きが単調なのよ。ふぅー。お爺様直伝“破壊剣”!」
この技は気光刀を使用しさらに魔力を集中させただけの単なる脳天への振り下ろし。
しかし、だからこそその威力は凄まじいものとなる。
刀が脳天に直撃した天兵は本当に刀で攻撃なのかと疑うほどに木っ端微塵に破裂してしまった。
これには技を繰り出した張本人であるナーシャもドン引きである。
「……うわぁ、相変わらずの威力ね」
そう呟くナーシャだがすぐに地面を蹴ってジュラミールを追いかける。
しかし、既にジュラミールはフレイシアの目前まで迫っていた。
「しまった! フレイシア!」
ジュラミールは一度掌に紫の光を集中させてフレイシアに放つ。
その光は避ける気が全くないフレイシアを包み込む。
だが、直撃したのにもかかわらずフレイシアに一瞬の変貌もなかった。
「やはり、無理か。効けば楽だったのだがな」
フレイシアは今までの魔法を中断し両手で新たな魔法を構築し始める。
「“再生”、そんな簡単には死なんだろう。全力で行かせもらうぞ! 秘剣“絶対命令”!」
ジュラミールの剣に禍々しい怨念のような紫の魔力が宿る。
フレイシアはその魔力に恐怖を抱きつつも両手を前に突き出した。
「“白日の盾”」
フレイシアの両手の掌から一枚の白い輝きを放つ円形の盾が出現した。
この魔法の効果は至極単純だ。
相手の攻撃をそのまま跳ね返す。
そして、剣と盾は衝突した。
「えっ?」
フレイシアは思わず素っ頓狂な声を挙げてしまった。
なぜなら、ジュラミールの剣が白の盾に衝突した瞬間、盾がまるで分断するかのように二つに分かれてしまったからだ。
フレイシアは驚きで固まって動けずにいた。
「終わりだ!」
盾はその役目を放棄し、そのままフレイシアは身体を剣で引き裂かれてしまった。
「フレイシア!!」
ヒラヒラと身体が揺れながらその場に倒れるフレイシアを目にしたナーシャは思わず叫ぶ。
周囲には赤い血が撒き散っていく。




