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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第18章 天人の衝突 [後編]
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第274話 風刃雷

 

 ウラノは片膝を曲げて力を集中させる。

 そして、足のバネを使い強く地面を蹴った。


 一直線にシフォードに向かっていくウラノ。

 シフォードはそれを一笑に付す。


「……手ぶらで捨て身の特攻。時間稼ぎが目的なのは目に見えています。ですが、数を減らせるのはこちらとしても好都合。乗ってあげますよ。“残影ざんえい”」


 間合いに入ったウラノは毒針を手に持ち放つのではなく、シフォードに叩き落とすように振り下ろした。


 シフォードに防ぐ様子はなくただウラノを見詰め続けている。


「?」


 ウラノはその不自然な様子に首を傾けたくなるも自分の行動を貫く。

 そして、いとも簡単に直撃してしまった。


 だが、直撃したはずのウラノの毒針は刺さらずに空振ったように振り切ってしまう。


「何が……?」


 直後、シフォードの姿は靄となって消え去ってしまった。


「あなたが攻撃したのはただの影」


 “残影”


 攻撃技ではなくその場に姿を残し高速に移動することで自身がそこにいると知覚させる。


 敵が自分の影に釘付けになっている内に背後に回るという技だ。


 本体は忍び寄る者(サイレントキラー)により気配とさらに音も聞こえなくなる。

 だが、その残った影にはそのまま変わらずに宿っている。


 姿はもちろん傷や服の汚れ具合など全てを模倣されており一目見ただけではそれが偽物だと気付くことは不可能だ。


 さらにシフォードはこの一撃のためにこの技を温存しこの最終局面で出した。

 全ては「気配や音が消失する。それは姿を眩ませたとき」という先入観を与えるため。


 まんまとウラノは一杯食わされたのだ。


 既に本体のシフォードは空振り体勢を崩しているウラノの背後にある。

 そして、まるで生活の一部であるかのように溜めや踏み込みなど動作がなくあくまで自然に鉤爪を突き出した。


 ウラノはチラリと横目で鉤爪が向かってくるのを見るが片足の機動力では躱すことは不可能。


 それでも身体を翻して身体を正面に向ける。

 だが、それは躱したわけではない。


 すり抜けているのかと錯覚するほど、すんなりと先程抉られた腹部に二度目の鋭利な爪の刃が侵入する。


 シフォードはこれでウラノを倒したと確信した。


 即死ではなく命はまだ残っているかもしれないだろうがそれでももう反撃するどころか立ってはいられないはずだと。


 しかし、その予測は外れてしまう。


 そのとき、ウラノは両手でがっちりとシフォードの左腕を掴んだ。


「なぜ、まだ動ける……」


 ウラノは鉤爪で臓器を抉られても尚、倒れることなくシフォードを睨み付けていた。

 その瞳からはとても致命傷を負っているようには見えない。


「小生の執念。お見せして差し上げます!」


 血を吐きながら笑みを浮かべるウラノにシフォードは恐怖を感じ目が泳いだ。


 今のウラノの態度は追い詰められた者の見せるものでは到底思えない。


 それを可能としているのは執念と本人は言っているが正直なところウラノは何もしていないわけではない。


 “感覚鈍化センススロー”。


 この魔法で自身の感覚を痛みが感じない程までに下げているのだ。


 だが、それは単純に痛みを感じていないだけ。

 受けた傷は消えたわけではなく確実に命は削られつつあった。


「何をしたかは存じませんが力が入っていませんよ」


 シフォードの視線の先は今にもずり落ちそうなウラノの両手だ。


「意志よりも先に身体に限界が来たようですね」


 シフォードは鉤爪を一気に引き抜こうと動かすがそれを阻止するためにウラノは両手になけなしの力を込める。


 腹部が抉られ続けるが痛みは感じなくただ弄られているという違和感で思わず顔をしかめたくなるが今のウラノにそんな余裕はない。


 だが、ウラノは全てを耐えて笑みを見せる。


「……軽口を叩いているのも今のうちです」


 そのとき、ウラノはそこで“感覚鈍化”を解除するという奇行に走った。


「がああああああ!!」


 命を削る激痛がウラノに一気に襲いかかり思わず意識を失いそうになる。

 だが、その痛みを耐えようとする行為がシフォードの腕を握る手の強さに繋がった。


 平気な表情を見せ、次には激痛で歪む表情。

 シフォードからすればウラノの身体に何が起きているのか理解に苦しんでいた。


 そして、ウラノは自身の最後の魔法を発動する。


 目に隈ができ今にも閉じそうな目でシフォードを捉えて口元を吊り上げた。


「ふふ、あなたに与えられたこの数々の苦しみ。あなたにも味わって貰います。“感覚共有センスシンパシー”!!」


 シフォードの腕を握るウラノの両手が輝き始めた。


「ぐあああああ!!」


 突然、シフォードの顔が苦痛に歪み蹌踉めき始める。

 だが、ウラノが腕を握って固定しているため後ろに下がることができていない。


「はぁはぁ……な、何をした!!」

「言ったでしょう? ただ、小生が味わっている同じ痛みをあなたにもお裾分けしているだけです」


 “感覚共有”はその名の通りウラノの感じている痛覚を一方的に相手に送り込む魔法だ。


「……巫山戯ふざけるな!」


 シフォードは自身に装着している鉤爪ごとウラノを放り投げ地面に叩きつける。


「がっ!」

「ぐあ!」


 ウラノが呻き声を上げて地面に倒れると同時にシフォードの背後からも衝撃が襲いかかった。


「無駄です。もう“設置”しましたから。手を放したところでこの魔法は解けませんよ」


 言い終えたウラノはバタッと頭を落として倒れ込んでしまった。

 意識を失ったわけではなく微かに意識は残っている。


 意識が途絶えてしまえば“感覚共有”は解除される。

 もちろんウラノが死んでも解除されてしまう。


 だが、もはや立ち上がることすらできないウラノからすれば考えても無駄なこと。

 今のウラノにできることはそうならないように意識を保つだけ。


 そして、ウラノは今にも途絶えそうな意識と戦い始めた。


「……はぁはぁ。貴様を殺せば解けるのだろう?」

「……構いませんが、死の苦痛が襲うだけですよ。共に参りますか?」

「ハッタリは必要ありません。死の苦痛を与えられるのならば自害すれば良いだけのこと。」

「そう思うなら実際に試してみることですね。……後は任せます」


 シフォードはウラノの言葉を無視してゆっくりと歩き始める。

 本来ならばウラノと同じように地面に倒れてもおかしくないほどの激痛だ。


 それに耐えて動ける精神力は凄まじいと言える。


 だが、流石のシフォードでも息が切れ始め先程までの俊敏性も失ってしまった。


 足がふらつきながらも一歩一歩倒れているウラノに近づいていく。


 だが、そのときシフォードは気が付いた。

 いや、思い出したとも言えるだろう。


 敵がもう一人残っていることに。

 そして、自身の背後から近づいてくる強大な魔力に。


 ばっと振り向くとアリルが両手に持った短剣を振りかぶっている姿があった。


 激痛で動きを制限されてしまった今となっては躱すことはできない。


 さらにシフォードは防ぐための武器である鉤爪もウラノと共に投げ捨ててしまっていた。


「雑魚どもが!!」


 シフォードは右拳を握りしめてアリルに突き出した。

 だが、アリルはそれを容易に躱し短剣をクロスさせてシフォードの身体を切り裂いた。


 シフォードの胴体には×の印が刻み込まれ黒血が噴き出す。

 しかし、シフォードは笑みを浮かべる。


「その程度の攻撃ではこのシフォードに通用しない!」


 シフォードは下から蹴りをアリルの顎に目掛けて放つ。


「!? まだ、こんな動きを……」


 アリルはそれを短剣二本で受け止めるがそのまま両腕を打ち上げられてしまう。

 その際に、短剣を二本とも手放してしまった。


「チッ!」


 だが、アリルも負けじと身体を回転刺せて放ち戻ろうとしているシフォードの右腕を上に蹴り飛ばした。


 右腕が上に打ち上がり体勢が崩れそうになるシフォード。

 しかし、その表情には勝利を確信した笑みが見えた。


「そして、甘い!」


 その蹴り飛ばされた勢いを利用してシフォードは左手を右手と握り合わせて一つの拳を作り出し大きく振りかぶっていた。


 そして、振り下ろされアリルは地面に叩きつけられる。


「があっ……」


 さらにシフォードは激痛で鈍くなった身体を必死に動かし倒れたアリルを蹴り飛ばす。


 骨が何本も折れる軋む音が響きながらアリルは吹っ飛んでいく。


 だが、その途中でアリルの身体から風が飛び出しその勢いを殺してしまう。

 そして、地に足をついた。


 しかし、今の攻撃が全く効いていないわけではない。

 むしろ、その逆だ。


「がはっ……はぁはぁ」


 濁流のように血が吐き出され額からも流れている。

 ここに到着するまでに受けた傷を考えれば立っていることは奇跡に近い。


「風前の灯火ですね。……私が楽にしてあげましょう!」


 痛みに慣れ始めてきたシフォードは一気に地面を蹴り右の手刀に残る全ての魔力を集中させる。


 絶体絶命のこの状況にだが、アリルは笑みを浮かべていた。


「はぁはぁ、やっと油断しましたね。僕は今、一人で戦っているのではないのですよ」


 アリルは向かってくるシフォードを目にしたまま背後に手を回した。

 そして、伸びていた一つの柄を握りしめる。


 それはウラノから託された名刀“業雷”だった。


 柄を握ったと同時にアリルに雷が落ちるが身体を包む風がその雷撃を表面に押し退けていく。


 結果、業雷の刀身に豪風と雷撃が纏わり付いていた。


 そして、居合いの構えを取るアリル。


「これで終わりです!」


 アリルは地面を蹴りシフォードを迎え撃つ。


「凄まじい魔力。だが、私の方がまだ……」


 だが、シフォードが攻撃を放つ前にアリルはその横を通り過ぎていった。


 そして、動きを止めたアリルは地面に業雷を突き刺した。


「……“風刃雷ふうじんらい”」


 そう言葉を出した瞬間にシフォードの身体から黒血が噴き出した。


「ぐああああ! この雑魚どもに……私が……申し訳……」


 最後の止めにシフォードの首に黒い筋が入り跳ね飛んでしまった。

 だが、跳ね飛んだときにはシフォードの瞳は色褪せていた。


 身体は崩れ落ちそうになっていたそのとき、その足下から紫の光が浮かび上がる。

 そして、その身体は頭無しで動き始めたのだ。


 宿る能力が宿主の命はなくともその執念によって動かしたのだろう。


 首のない身体は走り出し右手で手刀を作りアリルの背に向かって放ってきた。


 だが、アリルは焦らなかった。


「風は切り裂き、雷は焼き尽くす。勝負はもう付いています」


 シフォードの最後の攻撃がアリルに触れる直前でドーンと轟音が響いた。


 雷がシフォードに落ちたのだ。


 雷撃に身体が蝕まれ手刀の先端からじりじりと炭になっていく。


 そして、シフォードの執念も身体も全て焼き尽くされ消し炭と消えてしまった。


「……ぐっ」


 全てが消え去ったことを確認した急に力が抜けてアリルはその場に崩れを落ちた。

 今まで忘れていた痛みや疲れがどっと戻ってきたのだ。


 霞んでゆく視界に映るのは倒れたウラノの姿だった。

 いつかは分からないが既に意識が途絶えて地に伏せてしまっている。


 ウラノが倒れている地面が少しずつ赤く染まり始めてきた。


「ウラノ……死んではいけません」


 震える手をウラノに向けて伸ばすが届かずに地面に落ちる。

 そして、アリルも気を失ってしまった。


 突如として静寂に包まれたこの空間に異変が起こる。


 それはシフォードが消し炭となって消え去った場所。

 つまり、アリルのすぐ後ろだ。


 急に光の球体が出現し浮かび上がったのだ。

 それも束の間、時間が経たない内に城の奥に凄まじい速度で向かって消えてしまった。


 さらに、それと時が同じくして倒れているウラノたちの上を先程の光球とはまた別の光球が次々と通り過ぎていった。


 向かう先は全てが同じ方向だ。


「異様な魔力の塊が一方に……何か不吉な予感がする」


 その場に現われたのは黒鎧に見に包んだクロークだ。


 視線は飛んでいった光球に向いている。


 その後、辺りの惨状を目にしてゆっくりと歩き出す。


「!!」


 向かった先は倒れているウラノとアリルの方向だ。


 二人を大広間の端にまで移動させ片膝を地面に突く。

 そして、掌を上に向けると淡い光が浮かび上がりウラノとアリルの二人を包み込んだ。


「気持ち程度の回復魔法です。お疲れ様でした。師匠の手助けは僕が引き継ぎます。今はゆっくりと休んでください」


 そして、立ち上がり奥へ向かっていく。


 だが、そのすぐにクロークは目を見開いて固まってしまう。


「な、なんだこの魔力は!? ……奴とは師匠がいま戦っているはず」


 だが、巨大な二つの魔力は場所が離れていた。


「まさか、師匠が!? いや、そんなはずはない!」


 クロークはいつの間にか震えていた手に気が付きすぐに腰に差している剣の柄を握ることで紛らわす。


「僕の役目は師匠の手助け。戻ってくるまでの時間稼ぎだ」


 呼吸を整え覚悟を決めたクローク。


 感じていた恐怖は消え腕の震えも収まる。


 そして、クロークは一直線に奥に進んでいく。


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