第271話 劣勢からの救援
シフォードはやれやれと呆れた様子でウラノの間違いを指摘する。
「多くの駄目出しをしましたがこれでも一応は天人の力です。どうやっても私が解除するまでは動きますよ」
「そんなに多くの情報をくれるとは有り難いですね」
「別に隠す程のことでもありませんし」
溜め息交じりに首を振り呆れた様子を見せるシフォード。
だが、動屍に任せているこの状況はウラノにとって好都合だった。
(もし、同時に攻めてこられれば防ぎきれません。今のうちに数を減らさなければ!!)
ウラノはさらに“気光刀”の出力を上げる。
「どれだけ斬っても動く。ならば、立ち上がれない様にすれば良いだけのことです!」
ウラノは向かってきた動屍に高速で小刀を振るった。
すると、その動屍の両手両足、首が切断されその場に六つの肉塊が落ちる。
動屍は鎧を身につけているが切断力の上がった小刀からすれば紙同然だ。
「確かにそうされると必然的に動かせられなくなりますね」
動屍の対処をして見せたのだがまだまだ余裕げなシフォード。
その態度に不愉快になりながらもウラノは手を止めずに次々と動屍たちを行動不能にしていく。
そして、残ったのは二人の動屍。
ココウマロとウェガだ。
二人の顔は生前に比べ見るも無惨なものへと変貌しておりウラノは必死に涙を堪える。
「おじじ様。無念でありましょう。……このウラノが解放して差し上げます!」
悔しさと悲しさを滲ませた声が静かに響く。
そんなこと露知らず、シフォードは笑みを浮かべた。
「この死体は特別ですよ。何せあのクロサイア殿が手こずったのですから」
「特別……そんなこと当然です!」
そして、動屍たちは剣を抜き取り構えた。
ウェガは二本の剣を片手に一本ずつ持って構えている。
見ての通り二刀流なのだろう。
ココウマロは一本の刀を隙を一切見せない構えを取っていた。
そのとき、その刀に変化が起きる。
刀身からバチッと電気が走りだしたのだ。
(あれがおじじ様の刀。実際に力を行使しているところは初めて見ました)
先程までの動屍たちよりも二人の存在感は何倍も違っていた。
(死してこの覇気。……流石です)
そして、ウラノと動屍たちは衝突した。
だが、その先は誰がどう見てもウラノの劣勢は明らかだった。
ウェガの二刀流による怒濤の連撃。
ココウマロの帯電した刀での攻撃。
二人とも既に死んでいるため体力や呼吸の概念はない。
息を継ぐ暇も与えない無数の剣線がウラノに襲いかかっているのだ。
これも“感覚加速”がなければ防ぐことは不可能だっただろう。
(……時間は掛けていられませんね)
戦闘が始まってから殆ど使用している“感覚加速”だがもちろん魔力を消費している。
さらに“気光刀”の魔力消費も激しく、残るウラノの魔力は僅かになっていた。
また、数々の負傷で体力も削られている。
それでもまだこんな実力者と戦えているのはこの二人の動きが単調であったためだ。
厳密に言えばフェイントなども混じっており単調とは言い難い。
しかし、ココウマロの剣をよく知っているウラノからすれば全くの別物だと断言できる。
「この剣はおじじ様のものとは大きく異なっている! ただ、そう動くように定められた人形に過ぎません! そんな攻撃ならばいなすことは造作もありません!」
だが、それでも徐々に押され始めているのは確かだった。
攻撃が来る場所は分かっているが防御が遅れ出してきたのだ。
魔力と体力が頭に付いて来られていない。
「ここまでですね。もはや私がいなくても結末に変わりありません」
そう言って踵を返しウェルムのところに向かおうとするシフォード。
「!!」
ウラノは反射的に左手に握っていた毒針を投げていた。
その針は一直線にシフォードに向かっていきその足を突き刺す。
シフォードは立ち止まり足に刺さった毒針に目を向けた。
すると、周囲を凍り付かせるほどシフォードの表情は冷ややかになった。
「毒針……最もつまらないことを。こんな毒ごときで私を倒せるとでも」
「……」
ウラノは自分の毒に自信を持っていた。
流石に倒せるまではいかないだろうがそれでもしばらくの足止めにはなる。
そう考えていた。
しかし、結果は一秒の足止めにもならなかった。
驚くウラノを置いてシフォードは足に突き刺さった針を抜き取った。
そこから黒血が噴き出すがすぐに止まる。
そして、その毒針を半分にへし折った。
「死に損ないが……」
不愉快を表に出したシフォードはそう吐き捨てる。
そして、一瞬にしてシフォードは距離が離れていたはずのウラノの背後にまで移動してきた。
「なっ……」
あまりにも速すぎる。
前には動屍となったココウマロたち。
背後にはシフォード。
そして、唯一の防御に回せる小刀はココウマロの刀を押さえ込んでいる真っ最中だ。
“感覚加速”により最大限まで研ぎ澄まされた危機感が防げと命令してくるが小刀を動かすことは不可能。
それでも一か八かウラノは即座に小刀でココウマロの刀を弾き身体を逸らし横に飛び退く。
だが、賭けは負けてしまった。
突き放たれた鉤爪がウラノの右腹部を抉ったのだ。
「があああああああ!!」
尋常でない程の激痛が襲いかかり絶叫を上げてウラノは着地がままならず足を挫き倒れてしまった。
「散々手こずらせてくれましたね」
そう言うシフォードはどこから出したのか白の手ぬぐいで鉤爪に付着した血を拭っていた。
「ぐっ……」
そのとき、シフォードは初めて痛みから顔をしかめた。
足下を見るとウラノが小刀でシフォードの足の甲を突き刺していたのだ。
「この……!!」
大きく足を振り払い地面を何度も転がっていくウラノ。
そこでシフォードは冷静になる。
「私としたことが、雑魚相手に取り乱してしまうとは」
そして、踵を返してこの場から立ち去っていく。
止めを動屍に任せて。
動屍たちがゆっくりと倒れるウラノに歩いて行く。
ウラノは身体を必死に動かそうとするが中々動かない。
(ここまで、ですか……いえ、命ある限り小生は!!)
地面に両手を突き立ち上がろうと上に視線を向ける。
そこには既にウラノの元に到達して帯電した刀を振り下ろそうとしているココウマロの姿があった。
「……おじじ様」
呆然とその姿を眺めるウラノに身を守る時間は既にない。
そして、その刀は振り下ろされた。
ここまでかとウラノが悟ったそのとき強烈な風がこの大広間に吹き荒れた。
あまりの勢いで動屍たちは吹き飛ばされ立ち去ろうとしていたシフォードも後ろを振り向いた。
凄まじい風にシフォードとしても身構えなければ吹っ飛ばされるほどの勢いだ。
「何が……」
風が吹き止み倒れるウラノの前に一人の桃色髪の少女が姿を現した。
戦場では似合わないが、城の中においては様になる膨らんだスカートと袖の大きなドレスに身を包んでいる。
「全く情けないですね。これだからチビは。……ですがよく僕が来るまで持ち堪えてくれました。それだけは褒めてあげます」
ウラノが顔を上げるとそこにはアリルの姿があった。




