第267話 頼れる存在
「はぁはぁ……」
「……まさかここまで追い詰められるなんて」
“理想の世界”が崩壊し現実に戻った二人の魔術師。
肩で息をして疲労困憊で杖を支えにすることでようやく立つことができているカハミラ。
それに対してグランフォルは地に伏せて倒れていた。
「……どうなっている?」
地に伏せたままピクリとも動かないグランフォルはそう一言捻りだした。
グランフォルが生きている以上、“理想の世界”が崩壊した理由はお互いの魔力が空になったということ。
魔力が完全に空になれば今のグランフォルのように身体から完全に力が抜けてしばらく動けなくなってしまう。
これは魔術師だけでなく魔力を持つ者ならば誰もが起きる現象だ。
人は日頃から無意識に魔力を用いている。
そのためそれに慣れきった身体は魔力がなくなると何とか補給しようとそれのみに集中し始めてしまうことが原因だ。
しかし、魔力が空となったはずのカハミラは辛うじてだがそれでも立っている。
「はぁはぁ……初めての経験ですわ。魔力が尽きるなど……ですがあの中で私を倒すチャンスがありながら掴むことができなかったあなたの負けです」
“理想の世界”は今までの中で最強の魔法だがデメリットがある。
それこそ、魔力の制限内に倒すことができなければ空になってしまうことだ。
だが、それは対象者であるカハミラも同じ。
しかし、グランフォルとカハミラの決定的な違いがある。
「身に染みて理解できたことでしょう。これがただの人間と天人の差なのです」
魔力が尽きるという同じ条件なのだが忘れてはならないことはカハミラが天人であること。
身体能力の差はもちろん、魔力の回復速度においても単なる人間とは桁違いだ。
立ち上がるだけではなく、身動きできないグランフォル程度ならば簡単に倒せる魔力すらも既に戻っている。
「まるで生きているお母様と戦っている気分でした。……天人になっていなければ負けていたでしょうね。……ここまでです」
そう言ったカハミラは目の前に落ちていた魔道書に目を向けるや否やそれを蹴飛ばした。
「フフ、これでもう奇跡とやらも起きることはない」
そして、カハミラは右手をゆっくりと突き出す。
すると、そこから魔方陣が浮かび上がった。
さらにその魔方陣から光の槍が出現する。
「これで終わりです」
「ククク、ハッハッハ!」
「何が……おかしいのです?」
突然、笑い出したグランフォルにカハミラは思わず手を止めてしまう。
「いや、何か勘違いしていないか?」
「……勘違い?」
「確かにあの中で倒せていれば幸いだった。だが、お前ほどの魔術師だ。倒せる確証はなかった」
「何を言って……」
「俺は最低でもお前を弱らせることができればそれでよかった」
カハミラはグランフォルの言葉の意味が全く理解できなかった。
「い、一体何を……」
そして、グランフォルは核心の一言を呟く。
「始めから俺は一人で戦うことにこだわってはいない!」
「!?」
カハミラは不吉な予感を感じすぐさま後ろに振り向いた。
すると、すぐ目前まで既に剣を抜いているフィルインが迫っていたのだ。
「こ、この蠅の分際で!」
カハミラはグランフォルの止め用だった光の槍の方向を変えてフィルインに放つ。
だが、立ち上がることができて魔力の回復速度が速いとは言え疲労困憊であることには変わりはない。
そんなカハミラの攻撃はフィルインが対処できるまでに落ちていた。
「遅い!」
フィルインはそれを容易に躱しカハミラの腹部に向けて剣を突き出した。
身体の疲労から躱すのは不可能と諦めてカハミラは片足で地面を踏み込んだ。
それは地面に魔方陣を浮かび上がらせて全方位に衝撃を放つ魔法。
だが、魔方陣は浮かび上がらなかった。
「な、魔力が!?」
カハミラの頭の中に”魔力不足”の一言が思い浮かぶ。
それと同時にフィルインの剣がカハミラの腹部に突き刺さった。
「ガッ……ゴホッ」
カハミラの口からドバッと黒血が飛び出す。
さらにフィルインは剣に力を入れて押し込んだ。
「渦の起源!!」
すると突き刺した剣の光が灯もるや急回転しカハミラの腹部を抉り始めた。
「があ!! ……こ、この!」
カハミラは何とか魔力を集中させ掌をフィルインに向ける。
だが、そこには既にフィルインの姿はなかった。
「どこ……!?」
すぐにフィルインは背後にいることに気が付く。
だが、その手にはカハミラの腹部を突き刺した剣とは別の剣を持って構えていた。
「ま、まさかこんな蠅に……」
突き出した手をフィルインの方向に向けようとするがカハミラは思うように身体を動かせなかった。
動かしたくても動かせない。
そんな悔しさで歪んだ表情でフィルインを睨み付ける。
「お兄様がくれた好機! 逃す道理はない!」
「いつの間にこんな策を……」
こんなにタイミングが良く動くには事前に打ち合わせが必要なはず。
だが、カハミラの目にはそんな素振りをしているようには一切見えなかった。
その明確な答えはフィルインの口から放たれた。
「口に出さなくとも分かります! 私たちは兄弟ですから!」
「ッ!! こ、この……蠅が!! 貴様程度にこの私が……」
カハミラの言葉は最後まで続かずフィルインの剣は振り下ろされた。
為す術なくカハミラの上半身に一筋の線が入りそこから黒血が噴き出す。
「やった、のか?」
だが、カハミラはまだ倒れなかった。
後ろに蹌踉めき先程よりも激しく息を切らしているがそれでも倒れてはいない。
それでも出血量と損傷から何も処置しなければ残る命は長くはないことだけは確かだ。
「こ、こんな……こんなはずでは」
カハミラは自身の腹部を手で触れ黒く濡れていることを確認して目が泳ぐ。
だが、すぐに何かを決心したかのように目の動きが止まった。
「もう、もういいですわ」
「?」
あまりにも小声でグランフォルたちは聞き取れなかった。
「なりふり構っていられません。全て! 纏めて! 跡形もなく! 破壊して差し上げます!」
怒りに染めた顔で大声を張り上げてカハミラは左手に出現させた魔道書を捲っていく。
「そうはさせない!」
再びフィルインは剣を構えて突撃する。
だが、フィルインの剣は空を切ってしまった。
何故なら、目前でカハミラの姿が掻き消えてしまったからだ。
「躱された?」
フィルインは周囲に目を向けてみるがカハミラの姿は見当たらなかった。
グランフォルはようやく立ち上がることができるだけの魔力を取り戻し蹴飛ばされた魔道書を手にする。
そして、集中し周囲の気配を探っていく。
だが、それから出た答えはフィルインと同じだった。
「逃げた……のか?」
本当にカハミラの気配が完全に消えていたのだ。
しかし、安易にグランフォルは信じられなかった。
あの顔は敗走する者の顔ではない。
「どういうことだ……!?」
そのとき、グランフォルは頭上から途轍もない魔力を感じた。
その魔力は今まで感じたどれよりも強大で凄まじい。
「なんだ!?」
ばっと上を振り向くと次元が歪みこの戦場と広さと同等の巨大な穴が出現していた。
その穴の先は何も見えなく暗黒を彷彿させる。
間もなくそこから顔を見せたのはこの戦場の全てを呑み込んでも余りがあるほどの巨大な岩だった。
“超隕石”
グランフォルの頭の中にその魔法が浮かび上がる。
しかし、開戦前とは比べものにならない。
「これは……お手上げだな」
「くっ、あのとき私が止めを刺していれば」
拳を握り歯噛みするフィルインと苦笑いで上を見詰めているグランフォル。
魔道書を持つグランフォルでも魔力がなければ何もできない。
そもそも魔力があったところでこの魔法を打ち砕けていたかどうかも怪しい。
「ここまでか……」
そう呟いたとき、突然その地面に落下し始めていた巨大な岩石はなにもなかったかのようにパリンと砕け散って消失してしまった。
グランフォルたちは訳も分からずに呆然とする。
「……何だったんだ?」




