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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第17章 天人の衝突 [中編]
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第266話 理想の世界

 

 光に包まれ流石のカハミラも目を開けてはいられなくなり瞼を落としていた。


 やがて視界を染めていた白の輝きが失せていくとゆっくりと目を開けて周囲を見渡す。


「ここは?」


 周囲の光景は先程までいた戦場と同じ。


 しかし、当然全てが同じならばこんな言葉は出てこない。


 光景は同じ。

 だが、その色彩は白黒となっており似ても似つかない光景となっていたのだ。


 さらにカハミラは傍でこちらを見続けているフィルインを見てとんでもない事実に気が付く。


「……まさか時が止まっている?」


 フィルインはまるで生きているかすら怪しいほど微動だにしていない。


「その見解は間違っている」


 カハミラの背後からそんな否定の声が飛んでくる。


 その声の方向通りにグランフォルが歩いてきていた。

 グランフォルの姿は今まで通り色があり変わらずに右手に魔道書を持っている。


「どういうことです?」


 隠しても何のメリットも感じないため溜めもなく答えを返す。


「こうして外の景色は見えるがここは俺の魔道書の中。別の空間を作り出していると思えばいい」

「……どうやら、嘘はついていないようですわね」


 苦笑いでそう返すカハミラ。


「この中でいくら争っても外には何の影響もない。これでお前の“災害ディザスター”だったか? その魔法による周囲の被害を考えなくて済む」

「……まるで、私だけに集中すれば勝てるというような口振りですわね」

「もちろん、簡単に勝てるとは思っていない。しかし、少しばかりは楽になるさ」


 すると、グランフォルは持っていた魔道書を地面に落とした。

 その魔道書は地面に触れる前に光となって消え去ってしまう。


 すぐに視線を戻したカハミラだが一瞬目を離した隙にグランフォルが負っていたはずの傷が完全に消えていた。


 ローブの裂け目もなくなっている。


 カハミラは動揺を隠して平静を装いながら口を開く。


「一体何を? 自ら魔道書を手放すとは、まさか降参とは言いませんわよね」

「もちろんだ。魔道書の中に魔道書はそもそもおかしいだろ? あれは魔道書をかたどったもので何の力も宿っていない。ただの形だけだ」


 その言葉だけでカハミラは理解した。


「それは……」


 グランフォルはカハミラが言い終える前に右の掌を向ける。

 すると、魔方陣が浮かび上がった。


 魔道書がないのにもかかわらずにだ。


 そこから放たれたのは初歩の魔法である“衝撃インパクト”だ。


 カハミラは即座に同じ魔法である“衝撃”放ち相殺して見せる。


「やはり、そういうことですわね」


 この一連の流れから分かることはこの世界ではグランフォルは魔道書を用いなくても自由に魔法を放つことができるということだ。


「しかし、これはどう対処するつもりですか?」


 カハミラは大球の色を青から緑に変化させて“大気の暴走(ハリケーン)”を放つ。


 それに対してグランフォルは再び右手に魔方陣を浮かべて大きく腕を上に振った。

 すると、グランフォルの前方の地面が急に動き出し巨大な土の壁を作ったのだ。


 そして、蜷局を巻いた空気の塊は土の壁と衝突しやがて粉々に打ち砕いた。


 だが、出現した土の壁は一つだけではない。

 何重にも立ちはだかりその都度、竜巻は打ち砕いていく。


 そして、グランフォルに触れる頃には勢いは完全に失い静かに消え去ってしまった。


「……」


 思惑と外れ完全に対処されてしまい言葉を失ったカハミラ。

 それでも何とか平静を装いようやく口を開いた。


天人クトゥルアの力をそんな陳腐な方法で防ぐなんて……驚きましたわ」

「この世界はケイドフィーアが理想を叶えるため作り出した場所」


 グランフォルは手をゆっくりと上げて見せる。

 すると、地面がその手の動きに合わせて盛り上がりやがて一本の地柱が出現した。


「このように俺の思うように動かせる」


 そのときカハミラは無言のまま素早く杖を突き出した。

 すると、無数の魔方陣が何もないところから出現しグランフォルの周囲を取り囲む。


 そして、その魔方陣から衝撃、火球、真空波など様々な魔法が放たれる。


「いきなりペースを上げてきたな!!」


 一瞬にして上空に飛び上がり向かってくる全ての魔法を寸前で避けていくグランフォル。


 魔方陣の包囲網から抜け出した後、落下することなく空中に浮かび続けている。


 その姿に一つの掠り傷もない。


「お返しだ」


 地面に手を向けると五本の地柱が出現し押し潰そうと弧を描くように折れ曲がりカハミラに襲いかかる。


 カハミラは即座に大球の色を茶に変化させて地面に溶け込ませた。


「“大地ガイアいかり”」


 ゴゴゴ……と地面が揺れ始めカハミラに向かってきていた地柱は音もなく砕け散ってしまう。


 さらに、地面は激しく揺れ続け亀裂が走り大きな裂け目を作った。


「凄まじいな。浮かんでいなければ……どうなっていたか」

「これは無駄、ですわね」


 グランフォルが浮かんでいる以上、効果を為さないと踏んだカハミラは大球を地中から自分のすぐ側に戻す。


 頃合いを見てグランフォルも裂けた地面に降り立った。


 二人はしばらく無言のまま睨み合いを続けている。

 

 だが、突然カハミラの顔にうっとりとした笑みが浮かび上がった。


「素晴らしい! これがお母様の最高傑作の魔法。この域に到達するまであとどれ程の修練が必要か! お母様には驚かせられてばかりです。……どうかしましたか?」


 喜の感情で一杯のカハミラに対してグランフォルは真反対の感情で一杯となっていた。


 そのとき、グランフォルの片目からすーっと涙が零れた。


「なぜ、涙を? この魔法であなたにようやく勝機が生じたはず。ここは皮肉混じりの笑みを浮かべるべきでは?」

「……お前には永遠に分からないさ」

「?」


 グランフォルはこの"理想の世界(ユートピア)"を使ってみてようやくケイドフィーアが言った“悲しい魔法”という意味を理解できた。


「この魔法はケイドフィーアが長年追い求め続けてきた理想の世界を実現させるための魔法」


 グランフォルはケイドフィーアの落胆の気持ちを想像してぎゅっと拳を握る。


「この世界は膨大な魔力を常に消費し続け、尽きると崩壊し現世に戻る。まるで夢から覚めるようにな。決して永遠に続く世界ではない」

「当然です。魔法はその原動力である魔力が尽きれば消失します」


 その言葉にグランフォルは悲痛な笑みを浮かべてしまう。

 決してそれはカハミラを馬鹿にしているわけではない。


 どちらかと言えばケイドフィーアに向けての微笑だ。


「それをやろうとしていたんだ。あの馬鹿は。天才と馬鹿は紙一重ってまさにこのことだろうな」

「……確かに、お母様ならば考えそうですね」


 グランフォルとカハミラが初めて意見が一致した瞬間だった。


「一見すると世界を自由に構築する壮大な魔法。だが、魔力の母と呼ばれるケイドフィーアとはいえ宿る魔力は無限じゃない。この魔法の正体は魔力が続く限り自分のための世界を実現する魔法。ただの自己満足の魔法だった。それが分かったときの虚無感は絶望だっただろう」

「お母様は偉大でした。このような到底模倣できない魔法を作るほどに」


 カハミラは周囲を見渡しながら大きく両手を広げる。


「しかし、そんなお母様にも一つ欠点があったのです。それは甘さ。全てを救おうとしてご自身の身を破滅させた。この魔法こそがお母様の甘さの証明」


 さらにカハミラは言葉を続ける。


「しかし、そのお母様の唯一の欠点を理解した救世主がこの世界にようやく現われたのです」

「それがウェルム・フーズムというわけか」

「ええ。とはいえ、あなたには理解が追いつかないと思いますけど」


 皮肉を混ぜて返してくるがグランフォルは顔色を一つとして変えずに頷いた。


「確かに分からないな。なぜ、お前たちは分からない?」

「……一応聞いておきますが。何をですか?」

「ケイドフィーアの魔法なら力で容易にねじ伏せることができたはずだ。だが、そうしなかった。……あいつが望んでいたことは絶対的な力で押さえ付けることではない。言葉で皆をまとめることだ。ウェルム・フーズムは母の想いを裏切っていることになぜ気付かない! どれだけの命を奪ったら気が済むんだ!」


 そのとき、ケイドフィーアの周囲に魔方陣が浮かび上がる。


「お母様もあなたにも分からないでしょう! ウェルムがどれ程、悩みに悩んでこの方法を選んだことを!! 言葉で人はまとまらない。それはただの理想に過ぎない!」


 各魔方陣から縮小化された“超新星スーパーノヴァ”が連続して放たれた。


(こいつの魔力は底なしか!? 何度、魔法を撃てば空になる!?)


 すぐさまグランフォルは同様に自身の周囲に魔方陣を浮かび上がらせる。


「それは!?」


 そして、放たれたのは同じ魔法の“超新星”だ。

 数も威力も同じでお互いの魔法は衝突し漏れることなく完全に相殺した。


 グランフォルはカハミラの無尽蔵の魔力の動揺を心の奥に隠して逆に相手に動揺を与えるために自慢げに口を開く。


「言っただろ。この世界で俺の攻撃方法は無限だ」


 “超新星”は魔道書にあるケイドフィーアの魔法だがその縮小版はカハミラの改良によるものだ。


 グランフォルはそれを完全にコピーし使用して見せた。


「……残念ながらこの場であなたを倒すのは至難の業のようです。ならば、あなたの魔力が尽きるまで守りに徹すればいいだけのことでは?」

「俺的には別にそれで構わないが……お前ほどの魔術師がまだ気が付かないのか?」


 グランフォルの余裕の様子にカハミラは怪訝になりようやく自身の異変に気が付いた。


「……吸われている?」


 この世界からカハミラが抜け出す方法は二つ。

 グランフォルを倒すか魔力を尽きるのを待つかだ。


 ただ、勘違いしてはならないのはグランフォルの魔力だけが尽きても抜け出すことはできない。


「私の魔力を……」

「この世界は術者と対象者の魔力で保ち続けている。つまり、俺とお前の魔力で保っているわけだ」


 よって、お互いが生きてこの世界から抜け出したときはどちらの魔力も空の状態となっている。


「これは……不味い状況ですわね」


 カハミラはついにその顔から余裕がなくなり隙無く杖を構えた。

 周囲に漂っていた大球は四つの球体に再び分裂している。


 恐らく、魔力を節約するためだろう。


 グランフォルも自分の身体に付与術を幾重にも掛けて輝きを放っていた。

 両手の掌には魔方陣が浮かんでいる。


 そして、そこから無数の魔法の打ち合いが繰り広げられる。


 二人の争いはその余波だけでこの戦場全体を簡単に更地にするほどの威力があった。


 だが、この戦いが起きている場所は“理想の世界”の中だ。

 外に漏れることはない。


 グランフォルは周りに被害が出ないこの状況を思う存分活用し気兼ねなく強力な魔法を何度も使用する。


 カハミラは能力である“災害”も多用し様々な攻撃を行ってきた。


 しかし、グランフォルはその全てに対応し受け流しながら自身も攻撃に転じている。


 その壮絶な死闘は数分もかからずして動きを止める。


 そして、両者は睨み合った。


 強力な魔法を多用かつこの世界の維持の魔力も消費しお互いに息を激しく切らしている。次の攻撃が魔力量的にも最後になることは共に理解した。


 カハミラは周囲に浮かんでいる大球の色を変化させる。

 赤、緑、青、茶と何度も何度も移り変わり、その変容は目にも止まらなくなる。


 やがて、動きを止めたとき見せたのは深淵を宿した漆黒の大球だった。


「これはウェルムが現在に至るまで辿ってきた絶望」


 それに対抗するようにグランフォルも掌を上に向ける。

 纏っていた輝きをそこに集中させる。


 すると、掌から一つの白く輝く大球が浮かび上がった。


「これはケイドフィーアが追い求め続けてきた希望だ」


 お互いはさらに残る全ての魔力をその球体に注ぎ込み同時に放った。


「“大魔道士の絶望(デス・リピート)”!!」

「“大魔道士の希望(スノーホワイト)”!!」


 真逆の色を持つ二つの大球が衝突し凄まじい風圧が吹き荒れグランフォルとカハミラは大きく吹き飛ばされる。


 そして、“理想の世界”についに亀裂が生じ光に包み込まれた。


 こうして二人は現世へと引き戻される。


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