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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第17章 天人の衝突 [中編]
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第264話 諦めない心

 

 白夜の実力の第二位と言えるグランフォル。

 だが、それは魔道書ありきでの話だ。


 魔道書を持たないグランフォルの実力では目の前のカハミラどころか実弟のフィルインにさえ歯が立たないだろう。


 もしかすると、雑兵と同程度かもしれない程だ。


 それに加え、今のグランフォルの身体は少し動かすだけで悲鳴をあげるほど限界を迎えている。


 重度の火傷を負った左腕。

 さらに、絶え間なく続く全身への激痛。

 恐らく骨が数本は必ず折れているだろうがそれがどの部位なのかは明確には分からない。


 立つことができていることから足が折れていないことだけは分かる。


 つまり、損傷が激しく魔道書を失ったグランフォルの勝機は完全に失われてしまった。


 そんな絶望的状況に立っているのだがむしろ清々しい気分でグランフォルはこの場に立っていた。

 口元には笑みまで浮かんでいる。


「……借り物の力、魔道書がなければ何もできない。ははは、そんなことは分かっているさ。だからもう勝ち目もないこともな」

「だからこそ、理解ができませんわ」


 自分の力の源である魔道書を失ったグランフォルの瞳から戦意が消えていないことを素直に驚くカハミラ。


「あなたが言った通り、あなたに勝ち目は露ほども残っていない。あなたが生き残るために取る手段は一か八かの逃走のみのはず。どうして、まだ立ち向かおうとするのか」


 心底不思議そうに語るカハミラにグランフォルは隠す必要も感じないため口を開く。


「分かっていないな。俺の役割はお前の相手をすることだ」


 その言葉でカハミラはすぐに理解した。


「なるほど、勝敗にかかわらず私の足止めができればいいと。ふふ、自分で言って恥ずかしくないのですか? 自分が捨て駒であると」


 だが、グランフォルはそんなカハミラの皮肉に対して大笑いを返す。


 事実を突きつけ絶望に打ちひしがれると思っていたカハミラは全く逆の様子にむっと不機嫌そうに表情を変える。


「捨て駒、大いに結構! 俺の命でフレイシアが俺の国を救ってくれた恩を返せるなら安い出費だ」

「ですが、仲間を捨て駒と送り出すあの小娘も薄情なものですね。上に立つ器量が不足しているように感じるのですが。……いえ、仕方ありませんか、実の兄に裏切られたのですもの。何も信じられなくなっても仕方がー」

「勘違いはするな」


 カハミラの一方的な物言いに聞くに堪えなくなったグランフォルは口を挟む。


「フレイシアは捨て駒として俺を送り出してなんかいない。勝利を信じて送り出している。俺はその期待に応えられなかっただけだ。……お前ほどの魔術師が気付かないのか?」


 カハミラは何を?と不思議そうに首を傾げる。


「もちろん、フレイシアのでかさだ。あいつは必ずこの血に塗れた世界を照らす光になる」

「あの小娘が? 笑わせないでください」


 そう言って微笑みを返すカハミラだがグランフォルは言葉を続ける。


「考えてみろ。現にこうして各国で争っていた国々はフレイシアの名の下で結託させた。平和を騙って無益な戦争を起こしているお前たちとは違う。いや」


 そこでグランフォルは悪戯な笑みを浮かべた。


「こう考えるのが自然か。お前たちの企みを利用してーー」

「もう結構!」


 グランフォルの言葉に被せてカハミラの大声が響く。

 先程までの余裕は無くなり真顔でグランフォルを睨み付けていた。


 その視線は殺気が満ち満ちておりグランフォルは身震いをしそうになるが何とか抑えることができた。


「……私としたことが、長話が過ぎましたわ。私と少しでも戦闘が成り立ったことに対して称賛の意味で言葉を交わしましたが無駄な時間だったようです」


 カハミラは溜め息交じりに何もないところから急に一本の杖を取り出した。


 キラキラと輝く黄金の杖の先端にはどれ程の価値があるのか見当も付かない宝石が囲むように等間隔に付けられている。


「何の準備もさせるか!!」


 グランフォルはカハミラが何かするその前に走り出す。


 しかし、走力は一般並みで距離を詰めるのに数秒を要した。


 数秒もあればカハミラは魔法を発動しグランフォルに直撃させてもお釣りがくる。


 だが、カハミラは何もせずグランフォルの接近を許したのだ。


「準備? ふふ、そんなもの必要ありません」


 カハミラの言葉に構わずグランフォルはぐっと右拳を握りしめて大きく振りかぶる。


「うおおおおお!!」


 グランフォルの拳はカハミラの顔目掛けて放たれた。

 だが、いとも簡単にひらりと躱される。


「!?」

「遅い……ですわね」


 その瞬間、自身の腹部に大きな衝撃が走る。


「がっ!」


 弾き飛ばされ地面を何度も転がるグランフォル。

 勢いが消失しても倒れたままで立ち上がることができずにピクピクと動いている。


「本来、この杖も魔道書と同じく魔法を効率的に使うための媒体。ですが、見た目に騙されてはいけませんよ。普通に振れば鈍器と同じ」

「ぐぅぅぅ……」


 身体中に響く鈍痛でカハミラの言葉があまりグランフォルの耳に入っていない。


 しかし、カハミラは微笑みながら言葉を続ける。


「私、こう見えて体術も少しばかりは自信がありまして、もはや魔法を使わなくてもあなたを殺すことは造作もありません」


 しかし、その言葉とは裏腹にカハミラは杖をその場から倒れているグランフォルに突きつける。


 逆の手には懐に閉まっていた魔道書を再び手に持ち開いていた。


 周囲に漂う四つの球体は使う気がないのか背後で浮いたままだ。


「殴り殺すことも容易にできますがそれでは美しくありません。私も魔術師の端くれ。華麗に魔法で止めを刺してあげます」


 すると、突き出した杖の先端に魔方陣が浮かび上がった。

 どんな意味を持つか分からない文字の羅列がぐるぐると生きているかのように回り続けている。


「“超新星スーパーノヴァ”」


 そして、先程よりも小さな魔方陣から威力をそのままとした超新星が放たれた。


「魔道書と杖を重ねて使うことで威力を落とすことなくかつ低魔力での超新星。これぞ英知の結晶とでも言えるでしょう。華々しく散りなさい」


 グランフォルは倒れたまま顔を上げてその白く輝く衝撃が目に入った。

 眩しすぎて距離感は掴めないが間もなく自分は消滅するのだと悟る。


「終わりか……案外、呆気ないものだな」


 静かに目を瞑り来たる最後の時を待とうとしたそのとき頭の中に静かな声が聞こえてきた。


『やれやれです。ここであなたが諦めるのはどうかと、わたくしは思うのですが』


 聞き覚えのある声に思わず閉じた瞼を再び持ち上げた。


 すると迫ってきていた白の輝きは完全に消えていた。


 目の先に立つカハミラは呆然と驚いて言葉が出ない様子だ。

 それはグランフォルも同じで思考が定まらずに目が泳いでいる。


「一体……何が」


 そのとき、グランフォルの目の前に光が収束しやがて形を作る。


 そして、降り立ったのは誰もがその名を知る大魔道士だ。


(……ケイドフィーア)

「あっ、やっと覚えてくれましたか!! あなただけですよ。私の名前を全く覚えてくれなかったのは」


 くるっと振り向き嬉しそうに笑顔を見せるケイドフィーアにグランフォルは苦笑する。


(定期的に昔話を聞かされれば覚えるよ)

「それはしょうがないですね。あの魔道書はオリジナルが歩んだ歴史と魔法を記した物。私はその歴史を語るように作られましたから。そして、驚くことに今も尚、歴史は綴られているのですよ」


 二人が心の中で談笑しているのはさておき、傍から見て何が起きたのかよく分からないカハミラは酷く驚いている。


「な、なぜ魔法が……いえ、この際何でも構いません! この手の輩は理解がしがたい方法で驚かせてくる。ならば、徹底的に消滅するまで何度も放つだけです!」

(どうやら、ケイドフィーアの姿はカハミラには見えていないようだ、がこれは不味いな……)


 グランフォルが何かしたのだと思い込んでいるカハミラは杖で地面を大きく叩いた。


 すると、無数の小さな魔方陣がカハミラの周囲に出現する。


 その全てがあの縮小化した“超新星”を放った魔方陣だ。


(やはり、目が本気マジだ)


 グランフォルの驚きに対してケイドフィーアは残念そうに微笑んでいた。

 そして、カハミラに向けて言葉が届かないと知りながらも呟いた。


 『成長しましたね、ジュリカネ。ですが、あなたたちのやり方は間違っている。親として師として止めなければなりません!』


 ジュリカネとはカハミラが今の姿になる前の、生前の名前だ。


 ケイドフィーアはばっと大きく手を振ると“超新星”を放とうとした魔方陣は一瞬で粉々に砕け散ってしまった。


「えっ、嘘……」


 カハミラは目を大きく見開き狼狽える。


(何をしたんだ?)

「“消去デリート”。私が作った魔法はこの魔法で一瞬にして破壊することができるように作っています」

(ハハ……もう驚くのに疲れた)


 カハミラは今も驚いたままだがそれは魔方陣が砕かれたことに対してではない。


「そ、その魔法は……お母様だけの……なぜ、なぜあなたが!!」


 そのときカハミラはハッと思い出して目を吹っ飛ばした魔道書に向ける。

 すると、魔道書は何も書いていない真っ白のページを開いていた。

 だが、薄らと輝きを放ち続けている。


「……そ、そういうことですか。魔道書が自分で開いて助けるなど、お母様にしかできない芸当。……ウェルム、どうやらお母様はまだ依然として遠い場所にいるようです」


 カハミラはパタンと自分の魔道書を閉じて四つの球体を動かした。

 それを見たケイドフィーアは口早にグランフォルに告げる。


「私は間もなく消失します。ですがその前に一言。コホン、……グラン、どんな状況になろうと諦めてはなりません」

(諦めてなんか……)

「死ぬ前提で動いていたではありませんか」


 ぐっと図星を突かれてグランフォルは押し黙る。


 確かに先程までは自分が死ぬつもりで動いていた。

 だからこそ、開き直って笑みを浮かべていたのだ。


 しかし、それをケイドフィーアは見抜いていた。


(しかし、もうどうすることも……)


 だが、弱音を吐こうとするグランフォルの言葉をケイドフィーアは自分の言葉で遮った。


「諦めなければ必ず新しい道が開かれます」

(……どういうことだ?)

「あなたとジュリカネの違いは魔法の差だけではないということです」


 ふふと笑い、一方的に言い残してケイドフィーアは消失した。


 そのとき、カハミラの四つの球体が混ざり合い青の大球が姿を現した。


「お母様の魔法とは言えここまで対処されるとは正直、驚きましたよ。ですが、これで終わりです。この場、全てが呑み込まれればあなたに為す術はない。たとえお母様でも天人の力には対処できない! “大洪水(カリュブディス)”!」


 カハミラの能力である“災害”は周囲を大きく巻き込む。


 このままではカハミラ以外、この場に存在する全ての者は命を落とすことになるだろう。


 グランフォルはそう直感するも立ち上がることしかできなかった。

 立ち上がった今もふらついている。


 だが、瞳に宿る闘志は燃え尽きてはいない。


 だからこそ、ケイドフィーアの言葉通り奇跡が起こる。

 いや、これはもう必然だろう。


 グランフォルは目の先で起こった出来事を見てケイドフィーアの言っていたカハミラとの違いについても理解できた。


 大球の魔法を発動されようとした絶体絶命の危機にいち早くフィルインが動いていたのだ。

 既にカハミラの背後を取っている。


 フィルインは一切無駄のない動きで一気に右手に握っていた剣を突き出した。


 だが、カハミラはその動きを既に察知している。


「そろそろ鬱陶しいですわよ。蠅の分際で」


 カハミラは地面を一回足踏みすると魔方陣が浮かび上がった。

 そして、一瞬の猶予も与えずにカハミラを中心として衝撃が全方向に発生する。


「ぐあっ!!」


 フィルインはあと一歩のところで刃が届かずに吹っ飛ばされる。

 だが、フィルインの顔には笑みが浮かんでいた。


「ジュロング!!」


 フィルインは大声が張り上げ、カハミラは追撃に警戒して周囲に意識を向ける。

 だが、カハミラに追撃は来ることはなかった。


「一体……ま、まさか!!」


 カハミラが目に入ったのはソフラノ王国軍団長の一人であるジュロングが走り出して落ちている魔道書を拾っているところだった。


「くっ、この蠅どもが!!」

「ぐわっ!」


 カハミラは即座に衝撃を放つがジュロングに直撃したのは魔道書を放り投げた後だった。


 そして、その場から一歩も動かずに上げていたグランフォルの右手は飛んできた魔道書を掴んだ。


「……そういうことか。俺は一人で戦っているんじゃないんだな」


 掴んだ魔道書のページが自動的に捲られていく。


「フィルイン! ジュロング! 確かに受け取った!」


 そして、魔道書が到達したページは何も書かれていない空白だった。

 しかし、グランフォルはケイドフィーアの言葉を疑っていない。


 案の定、言葉の通り新たな道が開かれた。


 空白だったページに文字が浮かび上がったのだ。


『私が追い求め続けて作り出した最高の魔法。そして……悲しい魔法。だからこそ、こうして伏せていました。ですが、グランなら大丈夫です。信を置ける仲間がいるあなたなら』


 そして、グランフォルは魔法を発動する。


「究極魔法!! “理想の世界(ユートピア)”!!」


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