第262話 災害
カハミラは周囲に漂わせていた四つの球体を同時に動かす。
(!!)
グランフォルの頭に先程の光線が思い浮かぶ。
(だが、あの光線を放つのに若干の溜めが必要なはずだ!)
カハミラの動きを注視しながらもその隙に魔道書のページを捲り続ける。
そこで、数秒ながらも体感では数分を捲り終えようやく最終章のページに辿り着いた。
(よし!)
すぐさま、発動の準備に取り掛かろうと魔道書に魔力を込めようとする。
だが、グランフォルの予想に反して球体は見たこともない動きを始めた。
四つの球体は急に重なり交ざり始めたのだ。
「なっ……」
その動きに驚きグランフォルは思わず手を止めてしまう。
やがて、混ざり合った四つの球体は赤く輝く一つの大球となった。
「さぁ、行きますわよ。精々、足掻いてください。“原初の炎”」
カハミラが呟くと赤く輝く大球は急に燃え盛り始めた。
そして、徐々に高度を下げていき地面の寸前に近づいても構わず止まらない。
グランフォルは身構えてその大球の動きを見守ることしかできていない。
やがてすり抜けるように地面に溶け込み、完全に大球の姿は隠れてしまった。
「!? な、なんだ?」
大球が地面に消えて束の間、突然地鳴りが聞こえ始めてきたのだ。
それとともに地面が微妙に揺れ始める。
そして、周囲の地面は円形に幾つも赤く染まり始めた。
大きさは人が一人どころか例えば馬車が上に立ったとしても十分に余りがあるほどだ。
その煮えたぎるようにぐつぐつと音を出して弾けるように飛び散る赤の液体が溶岩だと気が付くのにそう時間はかからなかった。
「活発に動く溶岩、と言えばどうなるかお分かりですね?」
「……何のことだ?」
「あら、ご存じではありませんの? それならば面白いものが見られますわ。ふふ」
カハミラが言い終えるとゴオオオーっと遠いどこかから何かが迫ってくる音が聞こえ始めた。
言うまでもなくその音の発生源は周囲の赤く輝く溶岩溜まり。
しかし、問題なのは音がその溶岩溜まりの地下深くから迫ってきているからだ。
そして、まるで掘り当てた源泉のように溶岩が天まで昇る勢いで噴き出した。
その際に燃え盛る岩石も同時に吐き出され周囲に飛び散っていく。
グランフォルはふと自身の肩に目を向ける。
すると、飛び散った溶岩の一滴が肩に付着していた。
羽織っていたローブを焦がして徐々に身体に近づいて来る。
「ちっ!!」
素早くその溶岩を払い退けて再び前を向く。
その目に映ったのは周囲の至ることから溶岩が噴出し周囲は炎の柱で埋め尽くされている光景だった。
「ッ……敵も味方も見境なしか」
飛び散った岩石や溶岩によって距離が離れているはずのデストリーネの軍勢にも被害が出ていた。
幸い、いち早く撤退を開始していた大連合勢の被害は最小限に抑えられている。
「ただの兵など何の価値もありません。なくなればまた補充すればいい」
グランフォルは横目を逸らしてフィルインに目を向ける。
すると、フィルインは自分を覆い隠すように水をドーム状に張って身を守っていた。
(流石だな)
グランフォルが驚いたのはフィルインが自分の身だけではなく軍団長のジュロングや命を落としたデンバロクの遺体も同時に守っていることだ。
疲労に加えフィルインが負った傷も小さくはない。
それでも咄嗟にこの行動ができるのは上に立つ資格を有する者だということだ。
「……人よりも自分の身を案じてはいかがですか?」
自分の言葉を無視され不機嫌になったカハミラがそう零す。
そのとき、グランフォルのすぐ足下がぐつぐつと煮えたぎり赤く染まり始めた。
しっかりとした地盤が泥濘み始め足が沈み込み焼ける音を発し出す。
「第五章第四項“障壁”!」
自分の足の裏に透明の障壁を出現させそこを足場にする。
足下に目を向けるといつの間にか地面が溶岩溜まりに変貌していた。
その束の間、溶岩が噴出し障壁に衝突する。
普通の溶岩ならばこの障壁で防ぎ続けることは十分に可能だろう。
「いけるか?」
だが、その言葉にカハミラは嘲笑を返す。
「クス、これはただの炎ではありませんわ。全てを燃やし尽くし消えることのない炎。だからこそ原初の炎なのです」
そのとき、障壁が高熱を帯びすぎて白く輝き始めた。
「まずい!! 第五章第四項“障壁”!!」
白く輝くすぐ下には溶岩が見え、即座にグランフォルは自身の身体に障壁を纏う。
そして、溶岩は障壁を溶かし貫いた。
「くっ!!」
グランフォルはすぐさま横に逸れようとする。
衝撃を放とうとも考えたがそんな時間はない。
だが、あと一歩のところで間に合わず地面から強烈な勢いで噴出する溶岩に直撃してしまった。
身体に纏った障壁によって最小限に抑えられているはずなのだがまるで豪速で投げられた岩が身体に直撃したかのような衝撃が襲いかかってきた。
幸いなことに熱によるダメージは完全に抑えられている。
しかし、そのとき纏っていた障壁に罅が入り始めた。
「はぁはぁ……保たないか! 第二章第一項“地柱撃”!」
ばっと左手を横に振るとそこから魔方陣が出現する。
そして、その魔方陣から円形の岩の柱が飛び出し噴出する溶岩を押し返そうと衝突する。
“地柱撃”が溶岩の進行を食い止めている間にグランフォルは横に逸れようと動く算段だ。
だが、グランフォルの予想を遙かに凌ぐ速さで“地柱撃”が溶岩の中に呑み込まれてしまった。
「!!」
何とか身を翻して迫り来る溶岩を躱し地面に着地するグランフォル。
「クスクス」
冷ややかな笑い声が前方から聞こえてくる。
その理由をグランフォルは分かっている。
「その腕でまだやるつもりですか?」
グランフォルは自身の左手に目を向ける。
すると、その部分のローブは燃え尽きており腕が酷く焼けただれていた。
さらに、未だに腕からは火が遡っており目を逸らしたくなるほど痛々しい。
だが、グランフォルは痛痒を感じていないのか平然としている。
そんな状態のグランフォルだが左手を握って開いてを繰り返して動くことを確かめると笑みを浮かべた。
「見た目ほど酷くはない。動くなら、まだ足掻いてみせるさ」
グランフォルはそこで“冷水”を使い宙に出現した水の塊を左腕に落下させる。
左腕からジュワーッと熱が逃げる音を出て少し顔をしかめる。
依然として周囲は多数の溶岩の柱が立ち昇っており逃げ場どころか足場すら数少ない。
(もし、地獄があるならこの場所かもな。こんなのが続けば大地が保たないぞ)
「ふふ、お母様の魔法にまた出会わせてくれたお礼です。死への手向けに色々と見せてあげますよ」
周囲で立ち昇っていた多数の溶岩の柱が収まっていく。
さらに地面に流れていた溶岩も何事もなかった様に消え去り始めた。
「な、なにをするつもりだ……」
今の溶岩だけでも為す術がない状態だった。
正直なところ、今の攻撃を続けられるだけでグランフォルは殆ど負けを覚悟していたのだ。
グランフォルに残された打開方法は最終章の魔法による攻撃のみ。
しかし、先程の溶岩の攻撃は放つ隙を一切許してくれなかった。
だが、これで安堵してはならない。
カハミラの言葉通りであれば今の攻撃と同等、もしくはそれ以上の魔法が飛び出してくるだろう。
確実に溶岩より劣る攻撃を出すわけがない。
(待つ必要はないだろ! これで決めさせて貰う!)
グランフォルは魔道書のページを捲り最終章を発動するため魔力を集中させる。
もはや、カハミラがどんなに驚く行動にでようと止まらない。
そのとき、地面から赤の大球が飛び出してカハミラのすぐ前方まで戻っていく。
そして、その色を赤から緑にへと変貌させた。
「“大気の暴走”」
緑の大球を中心に風が出現し尋常ではない勢いで横回転を始める。
やがて、それは一つの竜巻となって周囲に存在する地面に半分埋まった岩などを吹き飛ばし始める。
それでも尚、回転は止まることを知らずに速まり続けてグランフォルに放たれた。
竜巻が地面を削りながら一直線に向かってくる。
白夜の一人であるアリルも同じような技を使うが規模、威力、速度、全ての面において比較にすらならない。
グランフォルは焼けただれた左手を突き出してその掌から巨大な魔方陣が浮かび上がった。
広大なこの戦場に隔たりのような壁ができたかのようだ。
その魔方陣に魔力が集中し仄かに輝き出す。
「最終章第一項! “超新星”!!」
魔方陣全体から第一章の“衝撃”を遙かに凌ぐまさに無色の爆発とも言うべき衝撃が放たれた。
砕くのではなく全てを消滅させていく。
「不味い!?」
カハミラはさらに緑の大球に魔力を注ぎ込む。
すると、“超新星”を放つ魔方陣と同等の大きさの竜巻にへと巨大化する。
そして、竜巻と衝撃がぶつかり合った。




