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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第17章 天人の衝突 [中編]
261/304

第261話 二人の魔術師

 

 東戦場の中央。


 そこでは大連合とデストリーネの両軍勢が激戦を繰り広げている。

 いや、今となってそれは過去の話だ。


 両軍勢は足を止めて立つどころか地面に手をついて必死に踏ん張っていた。

 その理由も戦場で強風が吹き荒れているためだ。


 気を抜けば風に身体を持って行かれどこかに飛ばされてしまうだろう。

 とてもではないが戦いを続けられる状況ではない。


 飛ばされないように踏ん張る兵士たちの視線はある一点に集中している。

 そこでは周囲で起こっているはずの争いに目も向けずに二人の魔術師が大規模な戦闘を繰り広げていた。


 この二人の戦闘こそが兵士たちの動きを阻む風圧の発生源だ。


 一人は白夜の一人であるグランフォル。

 ボサボサの緑髪に特注した色鮮やかなローブを身に纏っている。


 右手には開いた魔道書を持っており、伸ばした左手からは魔方陣が浮かび上がっている。


 それに対するは天騎十聖の一人である“魔導王”カハミラだ。

 黒のドレスにファーコートを羽織っている。


 右手にはグランフォルと同じく魔道書を持っており左手にも魔方陣が浮かび上がっていると完全に同じ姿だ。


 しかし、異なる点もある。


 カハミラの周囲には色の違う四つの球体が浮かんでいるのだ。

 具体的には赤、茶、緑、青と水晶の球体だ。


 今のところ、二人の戦いは拮抗していた。


「第一章第一項“衝撃インパクト”!」


 グランフォルが唱えると伸ばした左手に浮かんでいる魔方陣が輝き出す。


 それに合わせてカハミラも薄く微笑みながら魔方陣に魔力を込めて輝きを放ち始める。


 そして、二人の“衝撃”が激突した。


 衝撃が押し合うかつ拮抗していることで空気の壁が出現した。

 その壁から周囲に漏れ出た衝撃が風圧となって周囲に吹き荒れる。


 だが、それもすぐに打ち消しあい何事もなかったように静寂が訪れた。


 このような魔法のぶつけ合いは先程から何度も続いている。

 お互いがまだ様子を見ている状態だろうが威力が威力なだけに周りの影響は多大だ。


 そのためこの静寂の隙に踏ん張って耐えていた大連合の軍勢は陣への撤退を開始する。


 戦うという選択肢も取ることはできたが二人の戦闘を見ればその選択を取るのは命知らずの馬鹿か正気を失っている者だけだ。


 しかし、それに当て嵌まるのがデストリーネだった。

 デストリーネ勢は撤退する気などさらさらなく、むしろ撤退を開始する大連合勢に攻めかかり始めた。


 だが、このような事態を大連合側も考えていないはずがない。


 すぐさま大連合勢は敵の動きを少数の軍勢を殿に回して抑えつつ撤退を強行する動きを見せる。


 そこから激しい戦闘が始まった。


 だが、この情勢の元となった二人は未だに睨み合ったまま無言を貫いていた。


「……」


 そのとき、カハミラはグランフォルの魔道書に視線を向けて無表情から少し苦い表情に変える。


「……流石はお母様の魔道書ですわね。ウェルムが作成したこの魔道書と殆ど互角なんて。いえ、ここはウェルムが追いついたと褒めるべきでしょうか……」


 ほんのりと哀愁を漂わせて呟くカハミラだが、次の瞬間には表情を引き締めていた。


「ですが、ここまでです。お母様の力を改めて実感できたことですし、もう様子見はいいでしょう」


 すると、カハミラは自身の周囲に浮かせていた一つである青の球体を動かした。


「好きにさせるかよ!」


 グランフォルは即座にページを捲り魔法を発動する。


「第一章第二項“光の槍(ホーリーランス)”!」


 グランフォルの魔方陣から数多の輝く槍が放たれた。

 だが、その槍がカハミラに当たることはなかった。


「“大渦巻メイルストロム”」


 すると、カハミラの前を出た青の球体を中心に周囲を巻き込む程の巨大な渦潮が出現した。


 その渦潮が何百本もの光の槍を全て呑み込んでしまったのだ。


 さらに渦潮の膨張の勢いは衰えることなく、ついにはグランフォルまで呑み込もうと迫ってくる。


「にげ……ちっ! 今からじゃ間に合わねぇか! 第一章第一項“衝撃”!」

「その程度の魔法で消し去れるとでも?」

「流石に俺もそこまで馬鹿じゃないさ」


 グランフォルは前にではなく自身の身体に左手をあてる。

 そして、衝撃が放たれた。


「がっ……」


 自身の左手から放たれた衝撃はグランフォルを後ろに吹っ飛ばす。

 同時に今さっきまで立っていた場所を渦潮が呑み込んだ。


 ただ、無理やり躱したグランフォルの身体も無事では済まなかった。

 受け身が取れずに何度も地面を転んでいく。


 何とか体勢を整えて勢いを殺し着地することに成功したがそれでも耐えきれずに片膝を地面につけた。


「はぁはぁ、自分の魔法とはいえ堪えるな。……だが、死ぬよりはマシだ」


 視線をカハミラに向けると巨大だった渦潮が徐々に縮小していく最中だった。


「ハッ、馬鹿馬鹿しい魔法だ。あれを一瞬で放つなんて、反則だろ……」


 やがて、完全に消失し残ったのは渦潮の発生源である青の球体だ。

 宙に浮かんでいるそれは役目を終えたと言わんばかりにゆっくりと漂いカハミラの側に戻っていく。


「これが私とあなたの明確な違いです。確かに魔道書の魔法は互角のようです。しかし、私にはこの能力である“災害ディザスター”があります」

「……へぇ〜、それが能力ってやつか。その後ろの球体も何か別の魔法を発動してくるのか?」

「ふふ、私はそこまで軽口ではありませんの。しかし、焦らないでください。直にこの能力の本当の力を知り絶望することでしょう」


 そして、カハミラは緑の球体を前に出す。

 間髪入れずにその球体から前方に豪風が吹き荒れた。


 グランフォルは吹っ飛ばされないように身をかがめて踏ん張る。


 だが、カハミラは緑の球体に加えさらに赤の球体を動かして“熱線ヒートライン”を放ってきた。


 強烈な風に身動きを封じられているグランフォルは即座に魔法を発動する。


「第五章第三項“反射リフレクション”」


 グランフォルの目の前に自身より大きな魔方陣が浮かび上がり輝き出す。


 そして、その魔方陣に熱線がバチンと音を立てて衝突した。


 “熱線”は本来ならば魔方陣ごとグランフォルを貫くほどの威力を持つ魔法だ。


 だが、魔方陣に衝突するなり方向を逆転させ跳ね返りカハミラに向かっていく。


「危機的状況でも冷静に判断する。……どうやら魔道書を使いこなせているようですね」


 跳ね返ってきた熱線を手で払い弾きながらカハミラはポツリと呟く。


(そんな簡単に弾くのかよ!? 少しは威力を上げて返すんだぞ……)


 内心では酷く驚いているが顔には出さずに苦笑いだけ浮かべる。


「なに、余所見をしているのですか」

「なに?」


 そう返した瞬間にグランフォルはすぐ横でふわふわと浮いている影が目に入った。


「しまっ……」


 それが茶の球体と気が付いたときには遅かった。


 その球体の周囲に無数の岩の礫が出現し魔法を使わせる暇も与えずに放ち始めたのだ。


 形は様々で鋭利な礫やただ丸いだけの礫が徐々にグランフォルを傷付けていく。


 そのとき、拳大程の大きさの礫が額に激突した。

 頭が後ろに傾き、グランフォルは一瞬意識が飛んでしまう。


 だが、すぐに意識を取り戻す。

 見えている景色が反転していることに少しばかり動揺したが痛みが意識が飛ぶまでの記憶を蘇らせてくれた。


「ぐっ……いてぇな」


 傾いた頭を戻したグランフォル。

 ツーッと額から鼻を伝って血が垂れる。


「お返しだ! 第二章第一項“地柱撃ちちゅうげき”!」


 魔方陣が出現しそこから円柱状の岩が豪速で伸びカハミラに向かっていく。


 さすがに攻撃を受けてすぐに反撃に出るとは思っていなかったカハミラは激突し弾き飛ばす。


 だが、何やら魔法をかけていたのか宙で急に停止した。

 さらには青痣や血の一滴すら流れていなく無傷の状態だ。


 強いて言うのならば衣服に砂埃が付着しているぐらいだろう。


「ふふ、久しぶりの対等な相手。そうこなくては面白味がありませんね。……クロサイアの気持ちが少しばかり分かった気がします」


 カハミラはばっと手を横に伸ばすと魔方陣が浮かび上がった。


「俺はさっさと終わらしたいけどな!!」


 グランフォルも同じく魔法を発動する。


 お互いの魔道書の魔法は全てにおいて互角。


 だが、カハミラは魔道書の魔法に加えて能力の球体による魔法も放ってきている。


 手数の多さが拮抗していた戦況に罅を入れ始めてきたのだ。


「ちっ、防戦一方で攻撃ができねぇ!」


 しかも、グランフォルは全ての攻撃を防げているわけではない。

 纏っているローブが裂けておりそこから血が滲んでいた。


 そんな箇所が至るほどあり今も増え続けている。


「これは……不味い状況だな」


 魔法を放ちながらグランフォルはこの状況が続いた場合の未来を頭に浮かべる。


 いくら掠り傷とはいえ少しずつ傷が増えていけば動きに支障が出てしまう。

 それがさらなる傷を生んでしまい、いずれ致命傷を負うことになるだろうと。


 そんな二人の激闘を少し離れた場所で見ている騎士が一人。

 ソフラノ王国現国王でありグランフォルの実弟であるフィルインだ。


 カハミラとの戦いでかなり疲弊していたがついに立ち上がることができた。

 しかし、ただ唖然と眺めることしかできていない。


「……何という戦いだ」


 苛烈さを帯びた二人の魔法の打ち合いは周囲で争っている軍勢を黙らせまるで跪かせるように屈ませている。


 フィルインも立つことだけで精一杯だ。


 そもそもいくら万全な状態であってもフィルインの実力では二人の間に割って入ってもできることは何もない。


 むしろ、邪魔になる可能性もあった。


 ぐっと拳を握って兄の勝利を祈るしかできることはない。


 そんなフィルインの無事を確かめたグランフォルは薄笑いを浮かべる。


(そうだ。それでいい。あいつが無事ならソフラノは滅ばない。後はこいつを倒すだけ……だが、どうやって倒せばいいんだ?)


 そのとき、カハミラは飛び上がり宙に浮遊したまま、周囲の四つの球体を同時に前に出した。


 それは、それぞれの色で輝き始める。


「これはどう対処しますか? “四象パラケル・スス”!」


 カハミラはばっと右手を前に突き出す。

 すると、球体から火、水、風、土が一直線に放出され混ざり合い一つの白く輝く光線としてグランフォルに襲いかかった。


「くっ!」


 グランフォルは即座に反射の魔方陣を目の前に張る。


 しかし、触れるなりパリン!! と音を立ててあえなく粉々に砕け散ってしまった。


「第八章第二項“最小化ミニマイズ”!」


 高速で魔法を発動し全身を呑み込むほどの光線を指一本の大きさに縮小させる。

 だが、それは大きさを縮ませただけで威力は変わらない。


 そして、光線はグランフォルの肩を容易に貫いた。


「ぐっ……」


 肩から身を焼かれた煙とともに血飛沫をあげながら後ろに後退るグランフォル。


 だが、カハミラの攻撃はそれだけでは終わらない。


「!!」


 蹌踉めいて後ろに下がるグランフォルの背が壁のような何かにぶつかった。

 それは魔方陣だった。


 気が付くとグランフォルの身体を取り込むように魔方陣が四方に浮かび上がっていたのだ。


「“波動衝はどうしょう”」


 ドンッと四方から一斉に一回の衝撃が放たれた。


「がはッ……」


 グランフォルの口から血が吐き出され身体中からは軋む不愉快な音が鳴り続ける。


(“障壁”を張ったというのに、これほどのダメージが……)


 脳が揺れ意識が朧気になる。


 それでもグランフォルはまだ倒れない。

 ぎゅっと魔道書を持つ手に力が入る。


 自身の前とカハミラの背後に魔方陣を展開する。

 もちろん前に出したのは囮で本命は背後に出した魔方陣だ。


「第一章第二項“光の槍”」


 両方の魔方陣から光の槍が放たれた。


児戯じぎ、ですわね」


 前方からの槍を容易に躱すカハミラ。

 しかし、そう躱すことはグランフォルの予測通りだ。


 躱した先のカハミラの背後をさらなる光の槍が迫る。


「!?」


 だが、カハミラは気が付いた。

 突き刺す寸前で身体を横に反らしたのだ。


 しかし、間に合わずに槍の一本が頬を掠った。

 そこから黒の血が滲み出てくる。


「これだけ痛めつけてこんな小細工をする余力があるなんて少しばかり驚きましたわ」


 だが、グランフォルも同様に驚いていた。


(クソ、完全に死角を突いたのに気付き、しかも躱すなんて。魔法だけじゃないじゃないのか。ハハ、話が違うぞ……。これを打開するにはもう最終章しかないのか)


 そう考えているグランフォルだが隙があれば放とうとしていた。


 だが、最終章は発動まで時間がかかる

 さらにはそれぞれ一日に一回しか放てないという制限もあり無駄打ちはできない。

 既に最終章の魔法のうち“五重障壁ごじゅうしょうへき”は“開戦前の”超隕石スーパーメテオ“の対処で使用しているから尚更だ。


 しかし、カハミラが驚いている今の内と決心しページを捲っていく。


(……これを防がれたらもはや為す術がないな)


 カハミラは頬から垂れた血を指でなぞる。

 そして、血が付着した指を見て微笑んだが目は笑ってはいなかった。


「まさか私が傷を負うとは……いいでしょう。あなたに本当の“災害”の恐怖を教えて差し上げましょう」


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