表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第17章 天人の衝突 [中編]
258/304

第258話 狂気の根源

 

 殴り飛ばされたヴィールは何度も身体を叩きつけられながら地面を跳ね転がっていく。

 数秒も経たずして勢いを失ったがうつ伏せで倒れたままピクリとも動く様子はない。


「終わったのか……?」


 動かないヴィールを目にノクサリオはポツリと呟く。

 だが、アクルガは油断することなくヴィールの動きを注視し続けていた。


「…………」


 そのとき、念仏のようなぶつぶつと声が聞こえてきた。

 しかし、かなりの小声で何を言っているかまでは定かではない。


 アクルガは未だ倒れたままでいるヴィールに目を向ける。


 ようやくヴィールは地面に手をついて立ち上がり始めた。

 同時に耳を塞ぎたくなる小声も次第に大きくなり始め、ついには罵声へと変貌を遂げる。


「ガンテツを見捨てたくせに私を助ける? 意志を継ぐ? ふざけるな。ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!! お前たちがガンテツを殺したんだろ!!」


 ヴィールの血走った瞳は鋭くなりアクルガとその後ろに立つノクサリオを視線で貫く。

 腫れ上がった頬のことなど怒りで忘れているようだ。


 さらにヴィールの魔力が急激に跳ね上がる。


「まさか、感情に同調しているのか……なんて魔力だ」


 その魔力を魔法剣である空切りに込めてアクルガに斬り掛ってくる。

 先程と同様にアクルガは空切りを腕で受け止めようとする。


「!!」


 だが、アクルガは目を大きく見開く。

 目線の先は自身の左腕。


 “虎光拳ここうけん青虎せいこ”の魔力を切り裂き、腕に刃が僅かに侵入していたのだ。


「くっ!!」


 ついに空切りの刃の侵入を許した腕から鮮血がプシューッと噴き出す。


「全部全部、無くなってしまえ!!」


 ヴィールはそのまま腕を切断しようとさらにぐっと空切りに力を込める。

 だが、空切りはそれ以上を進めず切断ができないでいた。


 ほんの少し顔が歪んでいたアクルガだが、それは苦痛によるものではなく驚きからだ。

 しかし、それも一瞬でアクルガはすぐに顔を引き締めた。


「少し前のあたしなら死んでもいイ、そう思っていタ。だが、今のあたしには死んではならない理由ができタ!」


 アクルガは空切りが刺さった腕を曲げそれを握っているヴィールを引き寄せる。


 そして、タイミングに合わせて右膝を持ち上げてヴィールの顔に目掛けて放った。


「ッ……」


 だが、ヴィールの腫れた頬がふと目に入ったアクルガは顔を顰める。

 そして、反射的に右膝の軌道を変え顔ではなく脇腹にぶつける。


「かはっ……」


 直撃した脇腹からメキメキと骨が軋む音と呻き声をあげてヴィールは弾き飛ぶ。

 その際、空切りもヴィールとともにアクルガの腕から刃が抜け一緒に飛んでいく。


「ハァハァ……」


 地面を転がり続けるヴィールを目にアクルガは一筋の汗を垂らす。

 下げた手からはポタポタと赤い雫が地面に滴っている。


「ちっ、もう見てらんねぇ!!」


 ノクサリオはついに痺れを切らして斧槍を握りしめアクルガの援護に向かおうとする。

 だが、今さらアクルガがこの戦いの介入を許すはずがない。


「ノクサリオ!! 王命ダ!! 邪魔をするナ!!」

「なっ……」


 アクルガの怒鳴り声にノクサリオは思わず足を止めてしまう。


 さらに、アクルガの言葉はまだ続いている。


「これはお互いが本音をぶつけるためのただの喧嘩ダ! お前が入る余地などなイ!」


 ノクサリオは唖然と言葉を失う。


 それもそのはず、ヴィールの様子からもはや正気を失っていることは明らか。

 先程からぶつぶつとアクルガに対しての罵詈雑言を呟いているだけだ。


 瞳も色褪せており何かに取り憑かれているしか考えられない。


 決してアクルガが言うような喧嘩では収められない。


 そのとき、ノクサリオはデルフが言っていたことを思い出し必死にアクルガの説得を試みる。


「何とかっていう心臓のせいでヴィールはまともじゃないんだ! 何を言おうとヴィールにお前の言葉は届かないんだぞ! これは喧嘩じゃない! ただの殺し合いだ!!」


 だが、アクルガはーー


「あたしにとってはただの喧嘩だ!!」


 そんな食い気味の一言でノクサリオの説得を一蹴した。


 そんな言い合いをしている中、ヴィールはふらふらと立ち上がっていた。


「殺す。殺す。殺す。殺す。ガンテツ、見てて。今、あなたの仇を取る……よ」


 そのとき、ヴィールの持っている空切りの刀身が突然輝き始めた。


「な、なんだ?」


 アクルガに言い返そうとしていたノクサリオだがそんな空切りに目を奪われる。


「もっと! もっと!」


 どんどん輝きを増していく空切り。


 だが、そのとき輝く空切りの刀身にピシッと罅が入った。


 それでもヴィールは魔力を込めることを止めない。

 それどころか、さらに増している。


 魔力量的に言えば今のアクルガを超えている。

 これも“模倣された天人(ナンバーズ)”だからこそ生み出せる力なのだろう。


「もっと! もっと!!」


 空切りに生じた罅は止まることなくどんどん大きくなる。


 だが、そのとき空切りの刀身がパリンと音を立てて四つに砕け散ってしまった。


「は……?」


 意味も分からず素っ頓狂な声をあげるノクサリオ。

 だが、アクルガは顔色を一つも変えずにただヴィールを見詰めていた。


 そこには一切の油断がない。


「まさか、自壊したのか?」


 しかし、ノクサリオの一言はすぐに間違いと分かる。


 地面に落ちていく空切りの破片が寸前でその動きを止め、その全てから悲鳴のような音を発し始める。


 ヴィールは刀身の失った空切りの柄を鞘に収める。


 そして、両手をまるで指揮者のように大きく動かすとそれに合わせて浮き上がり自分の周囲に漂った。


「“四空刃しくうじん”」


 ヴィールが両手を大きく前に振るとそれに合わせて四つの刃がアクルガに向けて放たれた。


 それぞれの欠片が“そら悲鳴ひめい”を発動しており耳に触る音が徐々に近づいてくる。


「……これは、不味イ」


 剣から四つの破片となったが空切りにとって大きさは関係ない。


 ただ単に分裂した四つの空切りが“空の悲鳴”を行使しながら飛んできているだけだ。


 むしろ、その威力はさらに上がっているかのようにも見える。


「なんだよ。あいつの力は底なしか!!」


 アクルガは防ごうとするが先程の腕を切り裂かれたことを思い出し危険だと判断し向かってきた破片を次々と躱していく。


 だが、その欠片は“空の悲鳴”発動している。


 それぞれの欠片の周囲は無数の空気の刃が飛び交っており寸前で躱してもアクルガの纏っている魔力を超えて身体を傷付けてきたのだ。


「クッ……直撃は不味いナ」


 周囲に飛び交っている空気の刃で傷付く程の威力になった今、直接受け止めればどうなるかは目に見えている。


 だが、規則性のないバラバラに飛び交う破片は周囲に意識を向けていなければアクルガでも躱すことは難しい。


 だとしてもアクルガは空中を豪速で飛び回る四つの刃に気を取られすぎた。

 そもそもその刃は戦っている相手の本体ではない。


 アクルガはふと思い出し咄嗟にヴィールに視線を向ける。


「!?」


 目を向けた瞬間、ヴィールと目が合った。

 それも肌が触れあうかどうかとい超至近距離で。


「ふふ」


 ヴィールは狂気に満ち満ちた笑みを浮かべる。


 ドスッ


 そんな鈍い音をアクルガは頭の中に直接聞こえた気がした。


 そのときアクルガは自身の腹部に熱が籠もるようにじわじわと熱く感じる。

 視線を徐々に動かして見てみるとそこには短剣が刺さっていた。


 それが目に入った途端、急に激痛が全身に駆け巡っていく。


「ガッ……」


 蹌踉めき後退るアクルガ。

 その様を見てヴィールはついに声を出して笑い始めた。


「アハ、アハハハハハ。無様だね! アクルガ! アハハハハハ!!」


 ついに内側に隠れていたヴィールを蝕む狂気が表に出てきた瞬間だった。


 正直なところ、目で見えるものではないがアクルガは見えていた。


 激痛を耐える中、汗が滴り意識を保つ寸前で見えたそれは幻覚かもしれない。

 しかし、それでもアクルガは自身の目を疑わない。


「そうカ、それがお前ヲ縛っているものカ。ならバ、話が早イ。……ふン!」


 アクルガは刺さった短剣を一気に引き抜き地面に捨てる。

 そして、腹に力を入れる。


 すると、流れ出ていた血液が徐々に勢いを落としついにピタリと止んでしまった。


「はは、お前ならそれぐらいするよな」


 短剣が突き刺されたことにより心配が前に出ていたノクサリオだがこのアクルガの行いを見て呆れ笑いをしてしまう。


「行くゾ!!」


 仁王立ちするアクルガは自身の魔力を解放した。

 今まで抑えていた魔力は凄まじい勢いで立ち昇っていく。


 魔力の渦が曇り模様の空に達しその雲を退ける程だ。


 あれだけの激闘を経てもまだこれだけの魔力が残っているのかと驚きたいところだがこれは当然の結果と言える。


 アクルガの“虎光拳・青虎”は消費魔力を低くして実力を落とさずに戦えるかを追求した結果、編み出されたものだ。


 全ては攻撃に転じたときに最高を放つために。


 アクルガは両手を地面につき、腰を上げる。


 その様はまさに獰猛な虎が目に浮かぶ。


 そして、一言呟く。


「“虎光拳ここうけん猛虎もうこ”」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ