第254話 反撃の兆し
ヨソラとサフィーが西方戦場に辿り着いたとき、そこには英雄王ジャンハイブと五番隊隊長であるイリーフィアの姿があった。
だが、激しい戦闘を行ったであろう形跡はあるが肝心の敵の姿は無い。
もう倒してしまったのではないかと頭に過ぎるがジャンハイブたちの強張った表情からその考えは即座に切り捨てる。
そこでヨソラは二人の視線が上空に向いていることに気が付いた。
二人の視線を辿った先にいた存在を見てヨソラは目を大きく見開く。
サフィーの視線も上に行きヨソラと同じものを見て口をパクパクと動かすだけで言葉が出てきていない。
上空には物語上でしか聞いたことのない竜が飛んでいたのだ。
その牙がはみ出ている口から今にも噴き出しそうに炎が漏れ出ている。
「な、なにあれ」
ヨソラはようやく言葉を捻りだした、というよりは思わず口に出ていた。
「……ちょ、ちょっとヨソラ! あれやばくない!?」
サフィーが血相を変えて声を荒げた理由はその竜の動きにある。
竜は大きく息を吸い込み真下にへと顔を向けたのだ。
そこからする攻撃は容易に想像できる。
目の先にいるイリーフィアが何度も輝く矢を放ち全てが直撃しているのだが、効いている様子は一切なかった。
「ねぇ、ヨソラ!」
サフィーが振り向くがヨソラは既に臨戦態勢に入っている。
顔の半分を覆っていた髪は浮き上がりそこから魔眼が露わになる。
(あれ、はきだされたら、ヨソラたち、まきこまれる!)
まだ、完全に回復しきってはおらず本調子とは程遠い。
だが、ここで使わなければどのみち終わってしまう。
魔眼で上空にいる竜を捉えてヨソラは右の掌を大きく開く。
後は開いた掌を握りしめれば全方位から押し寄せる圧力が押し潰す。
のはずだったが、ヨソラは顔を顰める。
(おおきすぎる! それなら)
ヨソラは全体を捕捉するのは不可能と悟り、すぐに全体に回していた力を一点に集中させる。
その一点とは今にも炎を吐き出そうにしている口のことだ。
そして、竜が炎を吐き出す瞬間にヨソラは掌を勢いよく握りしめた。
距離的に押し潰すまでの力は発揮できなかったがそれでも竜の開いた口は一瞬で閉じられた。
自分の意識と関係ない急な口閉じは舌を噛んでもおかしくない。
しかし、その竜にはもっと悲惨なことが起きた。
凄まじい勢いで吐き出されようとした炎は口という出口を失い暴発してしまったのだ。
その結果、頬を突き破りそこから噴出する。
「くっ……」
竜から苦痛の声が漏れ出る。
だが、ヨソラも込めていた力が抜けてその場に膝を落とす。
周知の通りヨソラの念動力は魔眼で発動している。
魔眼で捕捉しなければならないということはその視力が届く距離でければ発動することができない。
また、使う魔力量も威力だけでなく距離によっても変動する。
同じ威力でも距離が遠ければその分、魔力を消費してしまうということだ。
すなわち今の魔眼の使用の負担はかなり大きい。
「ヨソラ!」
サフィーが身体までふらついて倒れそうになったヨソラを咄嗟に支えた。
「すこし、きゅうけい……」
サフィーはヨソラの魔眼から流れ出る黒の涙を拭って頷く。
「ごめんなさい。あなたばかり……わたしの我が儘で……」
徐々に目が霞みつつあるヨソラだがそんな様子を顔に出さないで片手でサフィーの頬に触れて一言。
「きにしない」
サフィーはそんなヨソラに今にも涙が出そうな表情で口が緩む。
だが、そこでハッとサフィーは再び上空に目を向ける。
確かにヨソラの攻撃は竜に多大なダメージを与えただろう。
しかし、あれだけで終わるとは到底思えなかった。
そして、今の攻撃によってあの竜はサフィーたちの存在に気が付いたはず。
間違いなくその怒りに触れただろう。
次の攻撃は必ずサフィーたちに向けられる。
「!!」
案の定、口から黒煙が立ち昇っている竜はサフィーたちを睨み付けていた。
サフィーにできることは睨み付けて相手に何か裏があるのではないかと勘ぐらせるだけだ。
しかし、竜が怯んでいる隙に既にジャンハイブとイリーフィアが動いていた。
流石は歴戦の猛者たちだ。
いつの間にか現われていたヨソラやサフィーたちに目が向いたのは極僅か。
いつ訪れるか分からない好機に身体が勝手に反応して動いているのだ。
イリーフィアは走りながら光の矢を十本作り出した。
それを同時に長弓で引き一気に放つ。
放たれた光の矢は竜に向かっていく最中に何度も分裂して約五十本となり竜に襲いかかる。
だが、その鎧とも呼べる鱗には突き刺さることもなく弾かれてしまう。
「無駄だ!!」
竜は真下にまで到達したイリーフィアに向けて硬質な鱗を飛ばす。
既に無視できない傷を負っているはずのイリーフィアはそう感じさせないほど軽やかに鱗を躱していく。
その最中に一本の矢を作り出して目にも止まらないほどの速度で放った。
放たれた矢は竜の意識を掻い潜り右の瞳に直撃した。
「がっ!!」
「クライシス、油断多い」
流石に硬さ自慢の鱗も瞳には生えていない。
能力を過信していたクライシスは突然の激痛に巨体を揺れ動かす。
だが、絶好の好機はこの程度では終わらない。
激痛に怯むクライシスの真上に聖剣を持った男の姿があった。
片腕では持つことすら難しい聖剣ファフニールを右手で強く握ったジャンハイブだ。
だが、クライシスは攻撃を受けた目を手で押さえながらも、もう片方の目でそのジャンハイブの姿を捉えた。
「くっ、何度も何度も……いい加減、無駄と理解しろ!」
片手を振り竜の鋭利な鉤爪でジャンハイブを切り裂こうとする。
「ふっ、久しぶりの激痛に油断したか。つまらん攻撃だ!」
ジャンハイブは身体を反らすことで簡単に避けて、逆に空を切ったその手を踏み台として蹴って加速した。
豪速で向かってくるジャンハイブにクライシスは笑みを浮かべた。
そして、尾ではたき落とそう大きく振る。
加速したことによりもはや躱すことは不可能に近い。
だが、ジャンハイブは聖剣を振ってその尾と衝突し鼓膜に直接響くような金属音が鳴り響く。
さらに聖剣を巧みに操って尾を下に弾いた。
そして、その尾をまたも踏み台にして減速した速度に再び勢いが戻る。
「なに!?」
「斬れないなら利用するだけだ!」
「くっ!! だが俺に近づけると思うな!」
クライシスは向かってくるジャンハイブの逆方向に“騎士王の威光”を発動する。
「!! しまった!」
ジャンハイブからすれば突然、強烈な向かい風に襲われた感覚だろう。
だが、向かってきた重力はジャンハイブの勢いを完全に殺す前に消失してしまった。
「な、……」
クライシスは目を見開いて驚いているがジャンハイブもまた驚いている。
上空の激しい戦闘を見ていたサフィーは自身の手を貸して地面に座り込んでいるヨソラに目を向けるとまたも魔眼を発動させていた。
クライシスの“騎士王の威光”を念動力によって相殺していたのだ。
さらにヨソラは使っていない左手を大きく振った。
すると、勢いが衰えたジャンハイブが加速したのだ。
「うお! ……何が起きたか分からないが有り難い!!」
ジャンハイブはその自分を加速する謎の力に身を任せて聖剣を振り下ろした。
聖剣はクライシスの背に強烈な一撃を与え地面に叩き落とした。
巨体が落ちてきたことによって生じた地響きも相当なものだ。
砂煙がその巨体を覆い隠し影しか見えていない。
だが、その影は突如として消失した。
そして、砂煙の中から出てきたのは竜人の姿のクライシスだった。
「やっぱりお前ら相手にあの巨体では不利だな。普通なら為す術ないはずだけどな。……全く本当に厄介だ」
そう呟くクライシスは片目を瞑っておりそこから黒い血が流れていた。
さらに、両頬は目を逸らしたくなるほど醜く抉れている。
しかし、その傷は瞬く間に生えてきた鱗によって隠されてしまった。
クライシスの目はヨソラに向く。
ヨソラはサフィーの肩を借りて立ち上がる。
「なるほど、サードか。納得だ。しかし、正直驚いたぞ。まさか俺の技を相殺されるとは思わなかった。……そして」
クライシスはヨソラの隣に立つサフィーに視線を移動させる。
「まさか、“創造”が自ら俺の元に来てくれるとはついているな。サードと紋章の回収、大手柄だ」
クライシスは剣を抜いて構える。
「そうだな。いくら紋章があっても気を抜けば俺がやられる」
すーっと先程までのヘラヘラとした雰囲気が完全に消え失せる。
「二度と油断はしない」
今までも命を奪うつもりで戦っていたがそれでもそこには隙が多々見えていた。
天人となり能力を持つことで非力な人間を見下していたのだ。
だが、その全ての油断がついに一切見えなくなった。
「おいおい、俺たちも忘れ貰っては困るぜ」
「クライシス、強い、皆でかかる」
ジャンハイブとイリーフィアもそれぞれ再び戦闘態勢に入る。
「ああ、ここは戦場だ。多対一など当然のこと。全員纏めてかかってこい。この“騎士王”クライシスが相手してやる」
そこからジャンハイブ、イリーフィア、ヨソラの三人とクライシスとの激闘が始まった。




