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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第17章 天人の衝突 [中編]
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第246話 死神

 

 聞き覚えのある女性の声が聞こえた方向に視線を向ける。

 すると、その人物は世界樹となったヒクロルグの後方からゆっくりと歩いてきていた。


 距離はまだ離れているため向かってくる姿はまだ小さいがそれでもそれが誰なのか、それはすぐにタナフォスの頭に浮かんだ。


「ソナタ……なのか?」


 だが、確信は持てなかった。

 なぜならタナフォスが知っているソナタとはあまりにもかけ離れた姿だったからだ。


 まずはソナタの手に自身の身体と同程度の大きさの黒の大鎌を持っていたことだ。


(あれは?)


 逆に戦前に用意していたかなりの量の武器は消失している。


 しかし、タナフォスが疑問を持った一番の理由はそれではない。


 その理由はその身に纏っている魔力と雰囲気がまるで別人だったからだ。


 膨大な魔力量は巨木になる前のヒクロルグに匹敵する勢いだった。

 さらに、そこで止まることなく今も尚、魔力は上昇し続けている。


(どうすればこの短時間でここまで……む?)


 タナフォスはソナタの身体から所々皮膚が裂けて血が噴き出していることに気が付いた。


 だが、それは当然だ。

 天人に匹敵する力をただの人間が耐えられるはずがない。


 近づくに連れてその目は赤く充血していた。

 さらに、目の下を辿っていくと血の涙も流している。


 そこでタナフォスは気が付いた。


(まさか、檻を!?)


 それでもソナタは痛みに藻掻くことや顔が歪むことなくゆっくりと歩を進め続けている。


 先程、別人と例えたがデルフとリラルスの様に人格が入れ替わったりグローテの様に多重人格だったりというわけではない。


 分かりやすく言うのであれば皮が剥けたと言うべきだろう。


 悪い言い方だが今までは取るに足らない小物、有象無象の雰囲気が漂っていた。


 タナフォスもソナタが天騎十聖の相手をするのは些か実力不足だと考えていたのだ。


 だが、今向かってくるソナタを見て実力不足だととやかく言う者は誰もいないだろう。


 しかし、それは一時の絶大な力だ。


 ソナタの身体は現在進行形で破壊し続けている。


 血まみれのソナタが歩いた跡は赤に染まっている。

 まるで赤の絨毯の上を歩いているようだ。


 そのとき、ヒクロルグは接近してくるソナタに気が付いた。


「ん? 貴様は新入りと戦っていたはず。……まさか負けたのか? ハッ、このような小物に敗れるとは力を過大評価していたようだ。天騎十聖の面汚しが。仕方がない、我が後始末をしてやる」


 巨木のヒクロルグがそう呟くと太く長い枝がうねうねと揺れ始めた。

 そして、先端が尖った枝は真っ直ぐにソナタに目掛けて伸びていく。


 既にヒクロルグは意識をソナタからタナフォスに移している。

 今の攻撃でソナタの始末は完了したと確信しているのだろう。


「喜べ。我をここまで苦しめた貴様は十分に褒めてやるぞ。喜びに悶えながら消えると良い」


 ヒクロルグが別の枝を動かそうとするがそれを見てタナフォスは一笑に付す。


「はぁはぁ……油断、侮りとは危険であるな。真下の巨大な力にすら気づけないとは」

「何のことだ?」


 ヒクロルグが言葉を返したと同時にソナタに向かっていった枝の一つが跳ね飛び宙を舞った。


「!?」


 立ち止まることなく歩き続けながら片手で持った大鎌で枝を切り落としていくソナタ。


「小物が! 調子に乗るな!」


 ヒクロルグは再び枝を伸ばしてソナタを突き刺そうとする。

 先程までとは桁違いの速さだ。


 だが、ソナタに触れる寸前で持っている大鎌が残像を残す程の速度で動き元の場所に戻った。


 一見するとただ高速に大鎌を動かしただけのように見える。

 しかし、ソナタの周囲にはパラパラと細切れになった木片が舞っていた。


「な、んだと」


 タナフォスは自身の腰に差している刀に目を向ける。


(今ならば力を溜める時間がある。全てを出し切った一撃ならば……)


 タナフォスが意を決して刀に手を伸ばそうとする。


 だが、いつの間にかタナフォスの前に移動したソナタがその腕の動きを止める。


「タナフォスさん。どうかその刀は最後の時まで取っていてください。ここは私が」

「だ、だが、たとえ今のそなたでも……」

「檻は破壊しました」


 タナフォスはその言葉を聞いてやはりと深刻の顔つきになる。


 つまり、ソナタは自身では抑えきれない魔力を抑えていたヨソラの“圧力の檻(パワージェイル)”を壊したということ。

 堰の切れた水のように身体を壊す勢いで魔力が駆け巡っているのだ。


「私の命は持って十分程度、意識は七分程度しか持たないでしょう」


 既に満身創痍のソナタだが極めて冷静に自分の死について述べる。


「……頼めるか」

「ええ、もちろんです」


 その迷いのない頷きからどのような攻撃も意味をなさない巨木にダメージを与える手段があるのだと確信する。


「すまないな」


 タナフォスは刀に触れている手を地面に落とす。

 そして、力が抜け膝も地面に落ちた。


「お気になさらず。私は師匠のお役にたちたいだけですので」

「……だが、死なせはせぬ。ソナタが命を落とせば師であるデルフに合わせる顔がない」

「期待しています」


 ソナタは鎌を持っている腕を地面に平行に伸ばす。


「頼もしい背中だ。これほどの弟子が持てるとはデルフが羨ましく思うぞ」


 ソナタはキッと“世界樹”となったヒクロルグを睨む。


「おお、怖い怖い。何があったかは知らんが、力が増したようだな。だが、蛹から蝶になったからと言って虫けらに変わりはない。そんな虫けら風情が我の前に立ち、勝とうとしているとは実に不愉快だ」

「その虫けらにあなたは殺されるの」

「ふっ、既に満身創痍のその身体で何ができる!」


 無数の枝が揺れ動きソナタに向いた。

 そして、その先端が紫に輝いた。


「消えろ!! “紫末(しまつ)(ほころ)び”!!」


 何十、何百の紫の光線がソナタに降り注ぎ一つの塊となる。


「ソナタ! それは魔力を壊す。魔力を使うな! 意味がない!」


 背後からタナフォスの忠告がソナタの耳に入る。


「魔力を壊すですか……。ふ、ふふふふ、なるほどなるほど」


 ソナタは大鎌を動かし魔力を込める。


「“死神化デスサイズ”」


 ソナタがそう唱えると大鎌に紫の魔力が巡っていき刃が大きく伸びた。

 そして、大きく跳躍して自ら無数の光線に向かっていく。


「ハッハッハ!! 馬鹿め! 諦めたか」


 だが、ヒクロルグの想像も付かない結果になった。

 大鎌が光線に触れた瞬間、周囲に凄まじい衝撃を放つ。


「ぐっ……」


 タナフォスでさえも目を開けられずに手を顔の前に持って行き必死に耐える。

 ようやくその衝撃が止み前方に目を向けるとそこには既にソナタが着地していた。


 しかし、タナフォスの目線は上空に向いていた。


「……消えた?」


 空を覆い今頃には地面に降り注いでいたはずの無数の光線がまるで夢だったかのように消えていた。

 どのような方法を用いたか分からないが間違いなくソナタの仕業だ。


 驚きはタナフォスよりもヒクロルグの方が大きい。


「我の魔法がかき消されただと!?」


 しかし、よく見ると大鎌に覆っていた魔力も消失していた。


「お生憎様。皮肉なことに私の“死神化”も魔力を破壊するのよ。同じ効果同士がぶつかれば打ち消し合う。よく考えて見れば分かる事よ」


 完全な上から目線の言葉にプライドが高いヒクロルグが冷静でいられるはずがない。


「貴様! 矮小な分際で我を愚弄するとは。もう容赦はせん!」

「あら? 今までは容赦してくれていたのかしら? ふふ、だけどそれは都合が良いわね。私も時間がないもの。さっさと終わらせましょう」


 ヒクロルグはソナタの微笑みとその血まみれの不気味な姿を見て後退りをしようとしていた。


 だが、地面に根を張り巡らせた巨木となった身体は思うように動かない。


 ソナタは大鎌をクルクルと回す。


「“死神化”」


 回している最中に再び大鎌に紫の魔力が宿り魔力の刃で長さが延長する。


 そして、長柄で地面を叩いた。


 すると、ソナタの周囲は一瞬で黒に染まった。


「な、何なのだ!? これは一体!?」

「あなたを殺す処刑場よ」


 タナフォスは立ち尽くしている両者の言葉の意味を理解できずにいた。


「何を言っている?」


 この黒に染まった空間が見えているのは術者のソナタと対象者のヒクロルグのみだ。

 傍から見ている者たちに両者の言葉の意味を知る術はない。


「さぁ、始めましょう。死神の狩りを……“死の舞踏(デス・ワルツ)”」


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