第242話 檻の破壊
ソナタは地面に叩きつけられた後、立ち上がる気配は全くなかった。
「はぁはぁ……全く歯が立たない」
息切れが激しく、身体も疲労が限界に達して震えている。
地面に叩きつけられたことによりどこかの骨は確実に折れているだろう。
手に持つ刀身の折れた剣が震えている姿がまるで今の自分のように見えた。
「分かっただろ。僕に一太刀も当てられない君があの化け物たちを相手にできるはずがない。そこで大人しく寝ているんだ」
そう言って立ち去ろうとする黒鎧。
(あの方向……タナフォスさんたちが戦っているところ。……駄目、たとえタナフォスさんたちでも天騎十聖二人が相手では)
ソナタは身体に力を入れ立ち上がろうとする。
だが、立ち上がる以前に思うように力が入らない。
それどころか力を入れようとすると身体に激痛が走る。
もはや、根気では解決できないほどソナタの身体は損耗しているのだ。
(80%を、限界で戦い続けた反動ね……。いえ、それだけでなく今までの積み重ねか)
しかし、痛みに打ちひしがれている暇はない。
刻一刻と黒鎧はタナフォスたちの下に歩を進めている。
(ヨソラお嬢様……申し訳ありません)
この場にはいない少女に謝罪したソナタは戦いを続行しつつかつ黒鎧と帯刀に戦える唯一の方法を取った。
それは自身の身体に渦巻く魔力を制御している”圧力の檻”を壊し限界を超えること。
だが、それはつまり魔力の暴走を意味する。
そうすると確実にソナタの意識は途絶える。
しかし、だからこそ痛みと疲れに鈍感になり立ち上がることができるのだ。
ただ破壊を尽くす魔人となる。
しかし、その状態の持続時間は極めて短い。
ソナタはグローテやデルフと違い肉体は人間のままだ。
人の身では耐えきれない魔力だからこそ圧力の檻で抑えてきたのだ。
歯止めをしていたものを壊し暴走するということは殆ど命を捨てると同義だろう。
もしかすると助かるかもしれないがその可能性は極めてゼロに近い。
“圧力の檻”を壊せばもはや命を落とすか敵を倒すかだ。
それも壊した瞬間に自我は消えてしまうのだからソナタからするとその時点で死んだに等しい。
だが、ソナタはすぐに決断した。
(そんなこと天秤で量るまでもない。この戦いの勝利。それに比べれば私の命なんて捨てて構わない)
ソナタは身体の奥底に宿る魔力を急激に増加させる。
その勢いに抗えず圧力の檻は砕け散ってしまった。
ソナタの身体から立ち上る魔力に気が付いた黒鎧は振り返る。
「何だ?」
ソナタは蹌踉めきながら立ち上がり静かに前を向く。
身体の至る部分から血管と皮膚を突き破って血がしきりに噴き出している。
だが、ソナタは何の痛痒を感じていない。
それどころか目に光が灯っていなかった。
「意識を失っている? ……力に耐えることができていないか。馬鹿な真似を、自分の身体を犠牲にしてまで。……生き方まで師匠の真似をしなくていい」
ソナタは無意識の中、腰に下げている黒い長方形の物体に触れた。
すると、その物体に亀裂が走り折れ曲がっていた身体を伸ばしていく。
形を整えて出現したのは黒の大鎌だった。
「……魔力の大きさよりもその鎌が危険だね。だけど、これなら期待できる」
そして、ソナタは無造作に地面を蹴って黒鎧に向かっていく。
大きく引き、黒鎧の身体を引き裂こうと大鎌を振り下ろした。
大鎌は見事に黒鎧に直撃し刃は地面にまで到達した。
つまり、黒鎧を両断したのだ。
だが何事もないように黒鎧は動き出しソナタの肩を掴む。
ただ、意識のないソナタは驚くことも考えることもない。
構わずに再び大鎌を動かそうとするが肩を押さえられているため上手く力が入らずただ大鎌を揺らすことしかできない。
じたばたさせて抵抗しているが黒鎧の力の方が強い。
「取り敢えず、意識は戻しておくか」
黒鎧は片腕を上げてソナタの頭に手を翳した。
するとその手が輝き眩い光がソナタの頭を包みこんだ。
「!?」
瞳に色が戻ったソナタは辺りをキョロキョロと見渡す。
「気が付いたか。確かに意識がなくなれば痛みと疲れを感じなくなる。が、そのデメリットは大きい」
力任せの攻撃で動きが単調になる、敵味方見境なく襲いかかるなどがメリットとデメリットが釣り合っていない。
そのことを早口にソナタに忠告していく。
「あなたは一体……」
「……ただの兄弟子だよ」
「兄、弟子? まさか、あなたは」
だが、ソナタの言葉を遮って黒鎧は言葉を続ける。
「本当はまだ早いが、こうなっては仕方がない。君には向こうを頼みたい。今の君ならできる」
「あなたは?」
そのとき、黒鎧はソナタから視線を外し東に顔を向けた。
かなり厳しい顔付きで睨んでいる。
「……僕にもやることはあるんだ。汚れ役だけどね。とにかく頼んだよ」
ソナタに視線を合わせずにそう言い残して黒鎧の騎士の姿は無数の小さな光の粒となって消え去ってしまった。
「兄弟子……ですか。うっ!? ゴホッ! ゴホゴホ!!」
呆然とするソナタは突然、喉の奥から赤い血が逆流して吐き出した。
それもそのはず意識が戻っただけで圧力の檻を破壊したことに変わりはない。
もはや膨れ上がり続ける魔力で身体が壊れるのを待つのみとなった。
「だけど、まだ私にはできることがある」
ぎゅっと大鎌を握りしめ後ろを振り向くとソナタは目を見開いて驚く。
なぜ今まで気が付かなかったのかと思うくらい巨大な大木が生えていたのだ。
その大きさは小さな城に匹敵するほどだ。
その大木はまるで生き物のように動きうねうねと枝も動かしてその真下に攻撃を続けている。
「まさか、あれが……天騎十聖?」
想像を超える強大な力に震えるソナタだが既に覚悟は決まっている。
「行かなくては」
現在も激痛が襲い身体中が軋みを上げている。
ソナタに残された時間は短い。
命が尽きる前に自分の役目を果たすべくソナタは巨大な大木に向かい始めた。




