第241話 力不足
「はぁはぁ……強い」
ソナタは既に限界を超えており震える手に無理やり力を込めて剣を構える。
目の前に立つのは黒の全身鎧で身を包んだ騎士だ。
ソナタの視線は自身の鎧に向く。
戦前、ソナタの鎧には数々の武器が至る所に装着されていた。
だが、既にそれら武器の姿はなくなっている。
現在、握っている剣以外の武器は全て破壊されてしまったからだ。
一歩、また一歩と間合いを詰め寄るが黒鎧は握っている剣を構えることなくただ立ち尽くしている。
「……私ごときでは構える必要はないってことかしら」
しばらく睨み合っていたがついに痺れを切らしたソナタが再び斬り掛る。
だが、黒鎧は大きく避けることはせずにその場で身体を反らすだけでソナタの攻撃を躱してしまった。
そして、空いている片手でソナタの鎧に向けて掌打を放つ。
「くっ……」
斬り掛る前の位置に押し戻され着地したソナタはすぐに顔をあげる。
「はぁはぁ……あなた、やる気はあるのかしら?」
ソナタは不機嫌を隠さない口調で言葉を出す。
先程から黒鎧はソナタに致命傷を与える機会は何度もあった。
現に今も掌打ではなく剣を突き出せばそれでこの戦いは終わっていた。
「あなたからの攻撃はこの鎧ばかり」
黒鎧の攻撃は全て鎧に集中している。
それもただ距離を開かせるためだけの軽い一撃をだ。
何度も攻撃を受けているのに鎧にはへこみすらない。
ソナタは今も無傷のままで消耗しているのは武器と体力のみ。
始めは偶然かと考えていたがこうも続くと狙ってやっているとしか考えられない。
だが、目の前の騎士は一言も返してこない。
「今だけじゃない。あのときも……なぜ私を助けたのかしら?」
ソナタが言っているのは黒鎧と相対する前のことだ。
始めは天騎十聖の一人である“滅国”ヒクロルグにソナタは向かっていった。
しかし、ソナタの攻撃は簡単に躱されてしまった。
さらにそれだけに止まらず光線を放つ指を目の前に突きつけられるという絶体絶命の状況となった。
だが、そんな放っとけば必ず命を落としていたソナタを敵であるはずのこの黒鎧が蹴飛ばしたことによって回避することができたのだ。
これほどの実力者が見極められないはずがない。
明らかにソナタを助けるための行動だった。
「……」
だが、やはり黒鎧は口を開かない。
「……何も答えたくないなら別に構いません。どちらにせよ、前に立つ以上あなたが敵であることに変わりありませんから。……50%」
ソナタの心臓の側にある魔力の塊はヨソラの“圧力の檻”で抑えられている。
その檻の大きさは伸縮可能で大きくするほど魔力の出力が上がる。
ソナタはその50%を解放した。
地面を蹴り剣を全力で引きながら一直線に黒鎧に向かっていく。
そして、勢いよく突き出した。
「“羅刹一突”!!」
「その技……」
そこで初めて黒鎧が口を開いた。
だが、その声は戦いに集中しているソナタの耳には入ってこない。
魔力を乗せた全力のソナタの突きはたとえ身を鎧に包んでいても簡単に貫くだろう。
だが、黒鎧はまたもその場で軽くソナタの攻撃を躱してから足を引っ掛けて転ばせる。
「くっ……」
ソナタは自身の勢いで地面を転がるがすぐに立ち上がる。
「ここまで差があるなんて。……まるで子ども扱いね」
苦笑いでソナタは呟く。
「太刀筋が似ていてまさかと思ったけど……。その技、デルフ・カルストの物だな」
ソナタは初めて発した黒鎧の声に驚きつつもその内容の方が衝撃は大きい。
(なんで師匠を名を……いや、天騎十聖の長はウェルム。フーズム。師匠のかつての友人らしいから知っていてもおかしくはないわね)
疑問を晴らして冷静に言葉を返す。
「ええ、もちろんよ。デルフ・カルストは我が師だもの」
「……そうか」
その言葉は特に感情が籠もっていないようにソナタは感じる。
だが、目の前の騎士の顔を包んでいる兜の奥に薄い笑みが見えたような気がした。
しかし、すぐにソナタは首を振って自分の迷いを振り払う。
(駄目よ。ソナタ! 目の前に立つのは敵。戦いに集中しなさい!)
力量は自身より確実に上である敵を前にして戦いに関係ないことを考えている暇なんてない。
「80%」
ソナタは自分の自我を保つことが出来る限界まで出力を引き上げる。
「君の力は良くて天兵一人と同等。天騎十聖には敵わない。確実に命を落とすぞ。今すぐにこの戦場から立ち去った方が良い」
その言葉に皮肉は一切混ざっていない。
本心からの言葉だった。
「……余計なお世話よ。なら試してみたら良いんじゃない?」
しかし、力量不足はソナタ自身が一番理解している。
だとしてもこの戦いを退くことはできない。
(たとえ勝てなくても時間稼ぎくらいはできるわ。それにいざとなれば……)
戦意が衰えていないソナタの瞳を見て黒鎧は溜め息を一つつく。
「命を無駄にはして欲しくない。仕方ない。負傷で離脱してもらう」
黒鎧は剣を強く握りしめて初めて自分から向かってきた。
「速い!」
ソナタはすぐさま剣を構えて技を発動させる。
「“疾風の舞”、第一楽章」
ソナタを中心として異様な空気が辺りを包み込む。
まるで時が止まったかと錯覚してしまうぐらいに急に音がなくなった。
そのとき、水が滴り落ちるかのような静かな曲がどこからともなく奏でられ始める。
だが、そんな静かな曲も時間が経つに連れて徐々に起伏の激しい曲に変化していく。
音に合わせてソナタの身体も独りでに動き出した。
音のテンポが激しくなればそれに合わせてソナタの速度も上昇する。
だが、音速を超えるソナタの剣をいとも簡単に黒鎧は受け止めてしまった。
「確かに速い。だけど、光速には勝てない」
意識をこの舞に委ねているソナタにその声は聞こえない。
ただ異常とも言える速度で剣を放ち続けている。
だが、そんなソナタに寸分違わず剣を移動させ防いでいる黒鎧も異常だ。
そして、一通りソナタは打ち終わり後ろに下がる。
すると、周囲に奏でられていた音は一旦止んでしまった。
「第二楽章」
ソナタが何の感情も感じない声色で呟くと再び曲が奏でられ始めた。
今度は緩急を激しい曲調だ。
速い攻撃が続いていると安心して単調に受け止めてしまえばタイミングがすぐにずれてしまう。
躱すにしろ防ぐにしろ相手が難しいだろう。
その音に合わせソナタは軽快に足を運んでいく。
黒鎧の周囲を高速で回りしばらく翻弄した後、速度を抑えてタイミングをずらして斬り掛る算段だろう。
宙に飛んだソナタが黒鎧の背後を取り斬り掛ろうとする。
だが、いつの間にかそこ黒鎧の姿はなかった。
(目は離していない! どこ!?)
攻撃対象が視界から外れたことによりソナタの動きが少し鈍る。
そのとき背中から凄まじい衝撃が襲いかかりソナタを蹴飛ばし地面に叩きつけられた。
「がっ……」
肺に溜まった息が地面に叩きつけられた衝撃で一気に吐き出してしまう。
さらに“舞踏”も強制解除してしまった。
ソナタは意識を戻し現状の確認を急ぐ。
「はぁはぁ……敵はまだ無傷。“疾風の舞”でも攻撃は当たらなかったようね」
平然とした様子で黒鎧は着地する。
対してソナタは今の一撃だけでも相当なダメージだ。
骨が軋む音を立て痛みが襲いかかってくるが何とか立ち上がった。
しかし、これでも黒鎧は剣で攻撃してこないことから手加減しているのだろう。
ただただ、実力差を思い知らされているだけでソナタは歯軋りする。
「まだまだよ。……“剣の舞”」
今度は荒々しく力強い曲がソナタを中心として奏でられ始めた。
その曲に合わせてソナタは走り出し黒鎧に向けて剣を振る。
先程よりも速度は落ちているがその分一撃の威力が重い。
直撃するとさすがの黒鎧でもただでは済まないだろう。
だが、黒鎧はその攻撃を見ても一歩も動かず構えも取らずにソナタの動きを見ているだけだ。
普通ならばそんな敵の様子を見れば何かあると察知して攻撃の手を緩めたりするかもしれない。
だが、舞を演じているソナタはただ敵を倒すためだけに動く。
余計なことを考える頭はない。
そして、大地を割る程の威力を持つ剣がソナタから振り下ろされた。
黒鎧も剣を大きく振りかぶり向かってくる剣に衝突させる。
すると、鍔迫り合いする暇もなくソナタの剣はその衝撃に耐えることが出来ずにへし折れてしまった。
さらに黒鎧はそれだけに止まらず腰に差していた鞘を振ってソナタの頭を強打する。
「がっ……」
その衝撃によってまたも“舞踏”を強制解除され意識が戻った。
だが、戻ってすぐに頭に鞘の強打による激痛が走る。
「ぐあっ……」
思わず片手を頭に触れるとぬめっとした感触を感じた。
手を目線に戻すと真っ赤に染まっていた。
だが、そんなことよりもソナタは自分の手に持っている剣の姿を見た衝撃の方が大きい。
「私の剣が……」
自信作の剣がへし折られソナタの顔は驚きと悲しみに染まる。
そこに黒鎧が追撃で放った前蹴りがソナタの腹部の鎧に突き刺さった。
鎧がへこむことはなかったが先程とは比べものにならないほどの衝撃が鎧を超えて身体を突き抜ける。
弾き飛ばされたソナタは一体何度目だろうか。
地面に転がりその度に身体を叩きつけられていく。




