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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第17章 天人の衝突 [中編]
234/304

第234話 四面相の快進撃

 

 舞台は王城からデストリーネとフテイルが衝突している中央戦場に戻る。


 強化兵と天兵の軍勢の侵攻を食い止めるためグランフォルによって上空に投げ飛ばされたグローテは豪速で空を突き抜けながら深く考えていた。


 ただ、仮面は相変わらずに泣いている表情で実際にどんな表情かは計り知れないが。


 その意識は自分の心の奥底の深淵にへと向かっていた。




 グローテが目を開けるとそこは真っ暗な空間だった。

 真上に視線を向けると円形の光が降り注いでおりグローテを照らしていた。


 そんな光の中でグローテは足を折りたたみ丸まって座っている。


 次に正面に視線を向けるとその先にはグローテと同様に上から円形の光が等間隔に三カ所を照らしていた。


「…………」


 だが、グローテはこの空間に全く驚いている様子はない。


 ただ、その三つの光を見詰めている。


 正確には正面にあるそれぞれの光の中でどこからともなく伸びている鎖で手足を縛られている仮面を被った男たちを見詰めていた。


 左には怒の表情の仮面を被った大男。

 中央には微笑みを浮かべた喜の仮面を被り鎧を身につけた青年。

 そして最後、右には楽しそうに笑みを浮かべている楽の仮面を付けた少年だ。


 それらの男たちとは違い鎖に繋がれておらず自由の身である哀のグローテは怒の仮面の男に向かって歩き始める。


 その最中、グローテの手は震え膝も笑っていた。


 グローテは内心では恐れているのだ。


 本当に暴れて良いのか。

 本当に殺して良いのか。


 正直なところ、今にも逃げ出したい気持ちで一杯だった。


 だが、いつの間にか一人だった自分の周囲に立ってくれた仲間たちを思い出す。


「……分からない」


 グローテがポツリと呟く。


 シュールミットの殺人鬼として恐れられていた自分を仲間にしてくれたことすら正気の沙汰ではないとグローテは考えていた。


 もし、自分がフレイシアたちの立場なら間違いなく仲間にはしない。

 いつ自分の背後を刺してくるか分からない者など仲間にできるはずがない。


 グローテが暴れ出しても止められるから仲間にしても問題ないなんて言うかもしれない。

 だが、そんなことでは理由にならない。


 そんな力があるとしても面倒事が増えるだけで無理に仲間にする必要はないからだ。


「だけど、フレイシアは仲間にしてくれた。ここが僕の居場所だと言ってくれた」


 グローテの哀の仮面に描かれている瞳の下に涙を表す点が浮かび上がる。


「フレイシアがお願いしてくれた。皆も僕を頼ってくれている」


 グローテはぎゅっと拳を握り自身の迷いを打ち払う。


「僕は! 誰からでもない。僕自身が居場所を守るために戦うんだ」


 そして、グローテは鎖で繋がれている怒の仮面を被った大男の目の前に立つ。

 大男は顔を俯かせてずっと唸り声を上げている。


 目の前にグローテが立ったことすら気付いていない様子だ。


 聞こえていないかもしれないが構わずに大男に対してグローテは真剣な眼差しで手を伸ばす。


「だから……力を貸して」


 グローテは初めて自ら力を使うことを決心した。


 伸ばした腕が大男に近づくと繋がれていた鎖は跡形もなく砕け散った。


 大男が顔を上げて哀のグローテに目を向けるがすぐに興味がなくなったように目を逸らして立ち上がる。


 普段ならば暴走をして手が付けられないはずの怒の仮面には冷静さが伺えた。


 そして、哀のグローテが座っていた光にのそのそと歩き始める大男。


 グローテはその大男の後ろ姿を見て少し落ち込む。

 決心したところで自分は何もできず頼むことしかできない自分自身に対して。


 大男はそんなグローテに対して言葉を出す。


「ワスレルナ、オレタチハ、オマエダ」

「!!」


 その言葉を聞いて思いだしたようにグローテは顔を上げる。


「オモイキリ、イカレ」


 そして大男が光に足を踏み入れた瞬間、意識は現実に弾き飛ばされる。




 ぱっと目を開けたグローテの真下には丁度、強化兵と天兵の軍勢の先頭が走っているところだった。


 その先からも足音が聞こえグローテは目を向ける。

 すると、その強化兵たちを迎え撃とうとフテイルの武士たちが馬を走らせていた。


 だが、明らかに数が足りない。


 恐らく時間稼ぎだけを考えた決死隊だろう。


 しかし、よくよく考えて見るとフテイル勢は兵力が三倍もあるデストリーネ勢六万の侵攻を食い止めること精一杯のはず。

 むしろよくこの数を捻出できたことに驚くべきだ。


「無駄死にはさせない」


 その軍勢らが衝突する前にグローテは初めて自ら感情を爆発させる。


「ウオオオオオオオオオ!!」


 グローテの頭の中が怒りに染まったと同時に身体に変化が起こる。


 子どもの体躯は突如として巨大化し筋骨隆々の大男に変貌した。

 仮面に描かれた表情も泣き顔から怒り顔に書き換わる。


 唸り声をあげて下を見下ろすグローテ。


 手を組み全力で握りしめ振りかざす。

 そして、臨戦態勢に入った強化兵とフテイルの軍勢を割り込む形で急降下した。


劫火の鉄槌(アトミックハンマー)!!」


 振り下ろされた手を組んで一つになった拳が地面に向けて放たれる。

 まるで隕石が落下したような大穴ができそこから全方位に向けて強烈な衝撃が駆け抜けていく。


 だが、そんなかなりの衝撃だったにもかかわらずフテイル勢には一切の被害はない。


 対して敵勢は大穴の周辺の地面に紫の血が飛び散っておりグローテの太い手には鎧が砕け無残な肉塊の姿となった強化兵が握られていた。


 グローテはそれを投げ捨て地面を蹴る。


 大穴から飛び出たグローテは固まってしまった馬に乗った武士たちに視線だけを向ける。


「サレ」


 怒っていると言ってもその仮面に描かれている表情はまるで子どもが書いた落書きだ。


 はっきり言ってその怒り顔は怖いと言うよりも微笑ましいと言ったほうが正しいかもしれない。


 しかし、怒の仮面を見た武士たちはなぜか身震いしている。


 可愛い表情に反して大男の見た目ははっきり言って不気味だ。

 その仮面に紫の返り血が付着しているなら尚更。


 そう見るとグローテは常人ならば恐怖を感じてもおかしくはない見た目をしている。


 だが、そんなことで世界に名高いフテイルの武士たちが怯むとは考えにくい。


 簡単な話グローテから発している凄まじい殺気が武士たちの防衛本能を刺激したのだ。

 それも自分たちに向いていない殺気に。


 グローテの両拳に力が入る。

 そして、武士たちが去るのを待たずして地面を蹴った。


 武士たちなら多少巻き込まれても無傷で退避できるだろうがグローテはそんなこと考えていない。


 怒りに支配されている中でフテイル勢を避けて攻撃を敢行し、尚且つ逃げろと一言話すだけでも奇跡に近い。


 ただ、今は目の前の敵を早急に排除することしか考えていない。


 幸い、グローテが強化兵たちにぶつかる前に武士たちはこの場を去ることができた。


「ああ……ああ」


 天兵と違い強化兵はその力に耐えることができず自我を保てていない。

 身に余る力は自身を滅ぼす最たる例だ。


 強化兵が装着している全身鎧の中から呻き声を常に発している。

 数が数だけにその呻き声はまるで輪唱のように音の波紋を作っていた。


 ただ輪唱と例えたが実際に耳で聞くと雑音でしかない。


 そんな状態であるが悪魔の心臓による支配により命令通りに動くことが可能だ。

 決して敵味方見境なく襲う怪物ではない。


 その強化兵の後ろにて数十人の天兵が数百の強化兵に命令を下している。


 敵は一人、対するは約五百の強化兵だ。


 天兵たちの声色は嘲笑が混じっており油断が見えた。

 それでも強化兵たちに攻撃命令を出すがそれぞれの型の変化の命令はまだ下していない。


 それが最初の天兵たちの誤りだった。


 強化兵に突き進んでいくグローテは拳を振り上げる。


「はっ、なんだ。あの魔力の量」


 前方からそんな天兵の声が聞こえてくる。

 だが、そんな余裕な声は途中で止まってしまう。


 グローテが振るった拳は強化兵に触れた瞬間、その強化兵は木っ端微塵に吹き飛んだのだ。


「なっ!?」


 さらに次の強化兵の横腹に蹴りを入れるグローテ。

 すると、その強化兵は上半身と下半身に分断してしまった。


「ま、不味い! 不味いぞ! このままでは!」


 まだグローテは数人の強化兵しか倒していないが最悪の未来が見えた天兵が叫ぶ。


 そんな中でもグローテの動きは止まらない。


 一人、また一人と次々と強化兵が肉塊に変わっていく。


 本来強化兵は武士でも数人で当たらないと善戦を行うことすら難しい相手だ。

 全力を出した強化兵ではグローテも苦戦は免れないだろう。


 だが、こうしてグローテは強化兵を文字通り蹴散らしている。


 天兵たちは開いた口が塞がっていない。

 ただ、天兵たちがグローテの実力を見誤っていただけかもしれない。


 しかし、それでも強化兵は力押しでなんとかなる相手ではない。


「!?」


 そのとき、天兵は気が付いたようだ。


「あいつ、強化兵たちが変化する前に……」


 強化兵が一番厄介な点はそれぞれの型に変化してから始まる。


 グローテはタナフォスの助言通りに変化する前に叩くことをこの怒の状態になっても覚えていた。


 そして、またも変化しようとした強化兵に拳を入れ木っ端微塵にする。

 変化する前に叩くことは意外と容易い。


 その直前、強化兵はその場に立ち止まり無防備な姿を晒すからだ。


「ウオオオオオオオオオオオ!!」

「くそっ!」


 雄叫びをあげるグローテに天兵たちは自分たちも突撃を開始した。

 既に強化兵は半分以上が肉塊になっている。


 はっきり言って天兵たちが動くのは遅い。


 だが、今回に限ってそれは仕方がないことだ。


 グローテの動きが速すぎた。

 それに尽きる。


 天兵たちは既に強化兵よりも完璧な形でそれぞれの型に変化している。


 翼を生やして空中から突撃してくる変化型。

 グローテの身体のように筋骨隆々の大男になって迫ってくる強化型。

 その場に止まり全身から生やした触手から光線を放つ放出型。


 グローテは強化兵を粗方殲滅し終え向かってくる天兵に目を向け走り出した。

 助走を付け大きく飛び上がる。


 空を飛ぶ変化型よりも高く飛び上がり刺客となる真上を取る。

 そして、先程と同じように手を組み振りかざし落下と共にその拳を振り下ろした。


「劫火の鉄槌!!」


 その拳は一人の変化型の背中に直撃しそのまま地面まで連れて行く。


 さらにグローテは落下地点を強化型の進行路に合わせて地面に激突した。


 またも地面に大穴ができ、その衝撃は迫ってきていた天兵たちを元いた場所に押し戻す。


 こうして、強化兵と同じく本領発揮する前に数人の天兵も木っ端微塵に弾け飛んでしまった。


 残った天兵たちはそのグローテの快進撃にようやく自分たちの慢心に歯軋りする。


「ウオオオオオオオオオオオ!!」


 そんなこと構わずに大穴の底に立つグローテの雄叫びが戦場に轟いた。


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