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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第16章 天人の衝突 [前編]
214/304

第214話 立ちはだかる者

 

 タナフォスが天兵たちと死闘を繰り広げている一方。

 正反対の西方面にある森の中でとある部隊が密やかに進軍していた。


 その部隊は徒歩だけではなく馬も走らせているがその気配を隠して素早く移動している。


 目指す先は天兵たちと同じくフテイル本国だ。


 この部隊こそデストリーネ王国の騎士団。

 それも騎士の熟練度が一番高いとされる一番隊だ。


 率いるはデストリーネの正規の軍帽と黒の軍服姿の現隊長かつ天騎十聖の一人であるグーエイム。


(私たちの隠密能力はシフォードさんほどではありません。微かに気配が残っているはず。敵が来るならそろそろ現われる頃合いですが……)


 だが、それから馬を走らせても一向に敵の気配は感じなかった。


(ここまで走らせて現われないということはウェルム様が差し向けてくれた餌に食いついてくれたということですね。流石は私の主様、先の先までお見通しですか)


 念のため敵陣の方向に意識を向けるがこちらに向かってきている者の気配は微塵もない。


「これは良い報告が出来そうですね」


 任務の成功を確信したグーエイムはさらに馬の速度を速める。


 しかし、馬の走る速度を上げたのも束の間、一番隊の前方に上空から何かが落ちてきた。


 何かが地面と衝突し大きな砂埃が舞い上がる。

 そして、普通ならば踏ん張らなければそのまま吹き飛ばされてしまう程の風圧。


 だが、グーエイムは馬から降りてその風圧をものともせず立ったままだ。


 目を細めて砂埃を凝視するがかけている眼鏡に飛んできた砂埃が付着する。

 次々と付着する砂にさすがのグーエイムも機嫌を悪くさせる。


「ッ……」


 眼鏡を外し懐から取り出したハンカチでレンズの汚れを拭う。


 その間にも一番隊の精鋭たちは砂埃に構わずに足を止めずに馬を走らせ砂埃の中に入っていく。


「あなたたち、勝手に……」


 すっかり油断していたためその隊員たちの行動に気が付くのが遅れたグーエイムの制止は途中までしか続かなかった。


「ッ……私の声ではジュラミール様のようにはいきませんか」


 しかし、まだ油断することはできない。

 まだこの砂埃の元凶が何か明らかになってはいないからだ。


(何者の攻撃であれ、足を止めることこそ敵の思うつぼ。私の役目はフテイルの奪取。であれば走り抜けるのが最善!)


 グーエイムが馬を走らせようとしたそのときいち早く砂埃の中に潜った隊員が飛び出てきた。

 だが、普通に飛び出てきたのではなく背面から海老反りの形で飛び出てきたのだ。


 明らかに弾き飛ばされている。


 そのとき、砂埃の中から大きな影がグーエイムの目に映った。


「……何?」


 大きな影は一気に砂埃を突き抜け姿を現す。


 それは巨大な拳だった。


 だが、ただの拳ではなくごつごつとしたまるで岩と岩をくっつけたような拳だ。


「……あれは、まさか」


 その拳にグーエイムは深く見覚えがあった。


 そのとき砂埃の中から声が飛んでくる。


「やはり、隠密で動いていたか。デルフ・カルスト、あの小僧……詰めが甘い。だが、一番隊か。冥土の土産に不足なし」


 ようやく舞っていた砂埃が晴れその巨大なこぶしを持った者の姿が露わになった。


 金の長髪を後ろに束ね隆々とした身体の男。


 両手には岩のような巨大な拳を携えた籠手を嵌め顔には禍々しい鉄仮面を付けている。


「隊長……」


 男の名は元一番隊隊長ドリューガ・ノグラス。


 鉄仮面から見える赤い瞳から悪寒が走るほどの殺気を込めた視線がグーエイムを貫く。


 グーエイムは眼鏡を上げることで動揺を隠しながら微笑みを見せる。


「お久しぶりです。ノグラス隊長、いえ今は“元”隊長でしたね」


 その言葉で視線だけだったが身体ごとグーエイムの方向に向けグーエイムの煽りには答えずに言葉を述べる。


「グーエイム、貴様のしたことは万死に値する。死ぬ気でかかってこい。嘗めて勝てる相手ではないことはその拙い頭でも理解できるはずだ」


 ドリューガは数年前のデストリーネ王国で騎士団長ハルザードに次ぐ実力者として各国を脅かしてきた男だ。


 当然、副隊長として身近で見てきたグーエイムはその強さを理解している。


「……現われて早々良く吠えますね。デルフ・カルストとの決闘の後、姿を眩ませておきながら。今どんな心境です? あなたが尊敬していた前王は崩御なされましたよ?」

「……御託は良い。さっさとかかってこい」


 表情が一切変わることなくそう言うドリューガに気を苛立たせたグーエイムは真上に手を上げる。


 そして、勢いよく前に振った。


 その合図に合わせてグーエイムの後ろに待機していた隊員たちが馬から降りて一斉にドリューガに襲いかかる。


「あなたが手塩にかけて育てたデストリーネ最強の一番隊の力。とくと味わってください。しかし、あなたがこの者たちに手に掛けることができるのならですが」


 可憐に笑い飛ばすグーエイムに対してドリューガは大きく息を吐く。


「確かに我は陛下の最後、その場にいなかった。盾になることができなかった。ハルザードは果報者だ。陛下と共に死ぬことができて」


 ドリューガは視線を遠くに向けながらそう呟く。


「余所見していて大丈夫ですか?」


 しかし、ドリューガはグーエイムの忠告を無視してさらに言葉を続ける。


「陛下を護衛する騎士という立場を背負いながらもその役目を放棄した我に生きる資格はない」

「なら、私の邪魔をせず死んでください!!」


 グーエイムの声に合わせて隊員たちは一斉に飛びかかった。


 だが、未だにドリューガは動きを見せていない。


「本当に自殺願望だったようですね。……それともこの者たちに情が湧いたのですか?」

「ああ」


 そのとき、ドリューガは地面に降ろしていた籠手を無造作で振るった。


 無造作と言ってもその速度に無警戒だった隊員たちは反応できていない。


 そして、籠手を直撃した隊員たちがグーエイムの隣にまで弾き飛ばされた。


「そう言う割には小突いた程度で……!?」


 喋っている途中でグーエイムは隣に弾き飛ばされて倒れている隊員たちの異変に気が付いた。


 突然、籠手が直撃した箇所から光が灯り点滅し徐々にそれが大きくなり始める。

 それに合わせて身体も膨らみ始めた。


 そして、そのまま弾けたのだ。


 グーエイムの周囲で血の花火が次々と上がり始める。


 薪散っていく血液が次々とグーエイムに付着していく。

 眼鏡、衣服、そして頬にも。


(!!)


 そのとき、グーエイムの心臓がどくんと跳ねる。


「お前が言う通り確かに我は部下たちに情が湧いている」

「なら、なぜ……」

「我が知るこいつらならば反逆者である貴様らの味方をすることは死よりも苦しいことだ。全員、すぐに解放してやる」


 そう言ったドリューガの肩に一筋の線が入った。

 そこから赤い血が流れ出る。


 だが、ドリューガは一切の動揺を見せずにグーエイムに視線を向ける。


「ククク、ハッハッハッハ。良いですね〜。死こそが最大の救済ですか。狂ってますね。……ですが、それには私も同感です」


 先程の真面目だったグーエイムとは打って変わり頬をほんのりと赤く火照らせている。

 眼鏡は外れており軍帽も地面に落ちている。


 何よりの口調も酒に酔ったかと思うほど呂律が回っていない。


 本当に同一人物なのか怪しいぐらいだ。


 だが、ドリューガはこの変わり様にも驚きは何一つなかった。

 それどころかその様子に得心がいったと言うように鼻で笑った。


「それがお前の本当の姿か」


 このグーエイムの姿を他の天騎たちが見れば即座にこの場から離れているだろう。

 それほどにまで今のグーエイムは危険なのだ。


 グーエイムは素早く右腕を振るう。


 すると、バチンッと地面を叩く音が周囲に響く。


「我を傷付けた正体はそれか」


 グーエイムの右手には長い鞭が握られていた。


 鞭の本体部分である革紐には無数の棘が生えており掠りでもすれば裂傷は免れないだろう。


「フフフ、今に傷いっぱいにして差し上げますよ」


 そう言ってグーエイムは手首を捻り革紐を地面から離し片手で纏めて持つ。


「あなたたちは下がっておきなさい。巻き添えになりたくなければですが」


 そう後ろに声を掛けると隊員たちは無言で後ろに下がる。


 理由は隊員たちの実力ではドリューガに勝てないというのもあるが何よりグーエイムが独り占めをしたいからだ。


(身体の疼きが止まらない。ふふ、もう、おかしくなりそうです)


 もはや、グーエイムは自分で自分を抑えられなくなりつつあった。


「ようやく前に出る気になったか」


 ドリューガは籠手を動かし岩の拳を構える。


 その姿を見てグーエイムはうっとりとした表情になり鞭を持つ逆の手で顔を覆う。

 顔を握る力が強くなり指の隙間から見える瞳は潤んでいた。


「ああ、やっと苦しむあなたの姿が見られます。どれだけ待ちわびたことか。どうか良い声で鳴き続けてください!」


 そして、グーエイムがドリューガに目掛けて地面を蹴った。


「フフ。拷問、始め(スタート)です!」


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