第211話 不穏な気配
タナフォスはデルフたちの姿が見えなくなりしばらくして静かに息を吐く。
「では、某たちも戻るとしよう」
残った面々にそう告げるがアリルは別方向に歩き出す。
「僕はここで失礼します」
「承知した」
タナフォスがそう返すとアリルは姿を消した。
フレイシアから与えられた任務に向かったのだろう。
そして、タナフォスたちは陣に戻った。
「ところでタナフォス様」
陣に戻る道中、純白のドレスに身を包むフレイシアの姿をしたフレッドが尋ねてくる。
「ど、どうしましたか?」
フレイシアの姿で喋りかけられると少し調子が狂ってしまいタナフォスは少し言葉を詰まらせてしまう。
「ナ……お姉様を敵本陣に向かわせることをよくお許しになりましたね。お姉様の気性を考えると折れるのも仕方がないと理解できますが」
「確かにその理由もありますが本命の理由としては殿下に経験を積んで貰うためです」
「経験?」
「此度の戦は今までの歴史上一番の大戦になります。この渦中に文字通り身を投げ出す経験は殿下を更に成長させてくれるでしょう」
「……タナフォス様はお強いのですね。同じ状況で私はとてもお嬢……サフィーを見送ることはできません」
「ふっ、買い被らないでください。某としても身を切る思い。そもそも、殿下が付いていくと仰らなければこんな考えなど思い浮かびもしません。……あくまで建前の理由ですよ」
フレッドはタナフォスの隠している感情に気付いてクスリと笑う。
「そうですね。私たちも必ず勝利を収めお姉様たちがお帰りになる場所を守らなければなりませんね」
「はい」
陣に戻ると白夜の面々は各々最終準備を行い始めた。
残っている白夜はグランフォル、ソナタ、グローテ、サフィーとヨソラ。
そして、フレイシアの代わりであるフレッドだ。
準備と言っても真面目にしているのはせっせと武器の手入れしているソナタぐらいでグローテは座って眠っておりグランフォルも魔道書を片手に持ったまま椅子に座って動いていない。
グランフォルに関しては先程のデルフの忠告通りいつ敵が仕掛けてきても対応できるように警戒していると思うがグローテは仮面のせいで確証はないが十中八九眠っている。
幻覚で鼻提灯が見えてしまうほどだ。
タナフォスは決戦に向けての体力温存に徹しているのだと考えることにした。
次に目を向けたのはフレッドでサフィーとヨソラの面倒を見ていた。
もう深夜を迎えているはずというにサフィーの元気は一向に衰えていない。
むしろ高まっているぐらいだ。
ヨソラもいつも肌身離さないでいる熊のぬいぐるみを落とさないように抱きしめてサフィーになんとか合わせている。
その二人を見守っているフレッドはフレイシアの姿をしているせいか執事ではなく母親のように見えてしまった。
本来ならばヨソラとサフィーはティーシャとシャロンの双子同様に本国に残してくるつもりだった。
しかし、それをフレッドが伝えたときのサフィーの反発は言うに及ばない。
デルフもヨソラが力になりたいと懇願した結果、ついに折れてしまった。
サフィーはともかくとしてヨソラの力は敵に十分通じ戦力として考えてもいいがそれでも子どもは子ども。
ヨソラとサフィーが戦場に向かわないように大人たちが勝利を収めることが最善だ。
フレッドには負担になるだろうが二人の面倒を今のように頼んでいる。
本人は決して苦ではないだろうが。
一通り陣内の様子を確認した後、タナフォスは歩いてソナタの下に向かう。
「ソナタ殿、頼んでいたものはできているか?」
ソナタは動かしていた手を止めずに答える。
「少しお待ちください。最終確認をしていますので」
どうやら今調整している武器がタナフォスが前から頼んでいたものだったようだ。
しばらく離れたところで待っているとソナタが歩いて近づいてきて鞘の付いた刀をタナフォスに手渡す。
「折れていた刀を復元とのことでしたけどこれは相当な業物で完全に治すことはできませんでした。ですが、私の中でアリルの物に並ぶ自信作です。切れ味は保証しますよ」
タナフォスは受け取った刀を無心で抜きすぐに鞘に収める。
「確かに……いや、予想以上だ。かたじけない」
タナフォスがそうソナタに視線を合わせてお礼を言ったときソナタの不安そうな評定が目に入った。
「何か、懸念でも?」
「い、いえ刀については何も問題はありません。ただ、答えなくても結構ですがタナフォス殿は確か不殺の呪いを自らお掛けなったとか。刀を手にしても大丈夫なのですか?」
「……殺意を持たなければ問題ない、がこれを使うとき必ず某は命を落とすことになるだろう。だが、そうも言ってはおれぬ。皆と等しく某も命を賭してこの戦に臨む所存」
そのタナフォスの覚悟の眼差しにごくりとソナタは息を呑む。
それに気付いたタナフォスは安心させるように笑ってみせる。
「だが、そなたの言う通りこれを使わないことが最善でもあることも事実。直して貰って悪いが」
「いえ、自愛をなさってください。師匠はあなたを信頼なさっていますから。あなたに死なれると困ります」
「善処しよう」
タナフォスは頷き刀を腰に差してある木刀の横に差す。
そして、ソナタと別れタナフォスは本営に戻る。
それと同時に見回りに向かっていた赤備えの鎧を身につけた侍大将のサロクも戻ってきた。
「大将、殿下は結局行っちゃいましたか」
「ああ、殿下ならば問題なかろう。殿下が命を落とす姿など想像もできぬ」
「そりゃ、そうですな」
サロクは笑いながら同調する。
「それよりも我らだ。準備は怠ってないな?」
「もちろんですぜ。前は強化兵とやらに苦戦したがもはやあんなの敵じゃないです。俺だけでなく武将の面々であれに負けるやつはもういねぇですぜ」
「それは朗報だ。その鍛錬の成果を明日とくと見せて貰おう」
そして、そこから二人も迫り来る明朝に向けての最終確認を行う。
だが、その最中にタナフォスは不穏な気配を感じた。
(……なんだ?)
机に広げた地図から視線を上げてその気配が何なのか掴もうとする。
「大将、どうしました?」
そして、タナフォスはその気配を完璧に感じ取った。
(向こうか!?)
タナフォスはばっと立ち上がり口を開く。
「サロク! 今し方、申したことを直ちに実行し敵に備えろ」
「大将は?」
「少し確認に行く!!」
タナフォスはそう言い残して走り去っていく。
向かった先はフテイルとシュールミットが構えている陣から東方面にある薄暗い平野だ。
迅速な動きで瞬く間にその気配に近づき足を止める。
(間に合ったか)
岩の後ろに息を潜め前方から迫ってくる者たちを視界に捉えた。
男が三人。
全員が全身鎧を装着しているが体格的に男だと判断した。
その三人、全員が不気味な気配を持っており相当な実力者だとタナフォスは目にしただけで感じ取った。
(なるほど、やはり何か企んでいたか。だが、殺気の隠し方がお粗末だ。奇襲にしては……いや、待て。この方向……敵は本国を狙っている?)
すぐにタナフォスは考えを改める。
男たちが予想通りの実力ならば本国に残っている者たちでは勝つことは難しい。
前王フテイルならば勝てるかもしれないがそれは相手が一人の場合だ。
三人である以上、年老いたフテイルには勝ち目はない。
「ちっ、読み違えた」
タナフォスは敵は本陣に奇襲を目論んでいると考えていた。
そのため供を連れずに陣の強化を命じて偵察として自分が向かったのだ。
この男たちの走る速さからして夜明けにはフテイルに辿り着くだろう。
今から陣に戻って兵を出す時間はない。
「……参るとしよう」
そう決断しタナフォスはその三人に立ち塞がった。
男たちは暗闇の中でタナフォスの姿を捉えて足を止める。
「其の方、この先に何の用か? 返答次第では断じて通すわけにはいかぬが」
その言葉に先頭にいた男が笑みを浮かべる。
「よく分かったな。気配を完全に消していたはずだが」
「ふっ、それで気配を消したなどまだまだ未熟。殺気が漏れ出ている」
「……なるほどな。さすがは天騎様たちに刃向かうだけのことはある。だが、一人だけとは俺たちを嘗めすぎだ」
男たちは臨戦態勢に入り、タナフォスも木刀を抜いた。
それを見た男たちから刺々しい殺気がタナフォスに襲いかかる。
「本当に嘗めているのか? 木刀だと? その刀を抜いたらどうだ? 後で後悔してもしらねぇぞ」
確かに普通に考えて木刀で全身鎧の騎士に挑むなど無謀でしかない。
ただでさえ真剣でも勝ち目が薄いのに尚更だ。
だが、タナフォスは表情を微塵も変えずに言い返す。
「そなたたちごとき、真剣を抜くに値もせん。これで十分」
意気揚々に語るタナフォスだがこれはあくまでも虚勢に過ぎない。
木刀での勝算は五分だろう。
いや、タナフォスだからこそ五分もあると言える。
だが、刀を使えば確実に勝てるだろう。
それでもここで刀を抜くわけにはいかない。
タナフォスは木刀を磨き抜かれた所作で構える。
その平然とした態度に怒りが沸騰した騎士の三人は声を荒げて叫ぶ。
「そうか……なら、死ねぇぇ!!」




