第205話 王の集結
扉が開くと顔を見せたのはナーシャだった。
姿こそいつもよりも着飾っているが馴染みのある姿を見てフレイシアの張っていた気が少し緩む。
ナーシャの隣には袴姿のいつも通りのタナフォスが立っている。
「やっほー。フレイシア、早いわね」
「盟主である私が遅れるわけには行きませんよ」
フレイシアは微笑みながら答える。
「どうやら私が二番目のようね〜」
そう言いながらナーシャはフレイシアからして隣、正確には斜め左の席に腰掛けた。
その背後にタナフォスが位置取るが懐から取り出した筒のように丸めている地図を長方形の机の上に広げた。
「それでタナフォス様――」
「呼び捨てで良いわよ〜。私にお構いなく。というかもう私も呼び捨てで良いんだけどね。フテイルはフレイシアの配下になっているわけだし。というかお爺様はそうなりたいと望んでいるしね」
「そ、そんな簡単にはいきませんよ……」
フレイシアは困ったように笑いながら改めてタナフォスに尋ねる。
「この最終決戦、どのような策をお考えで」
「今回はどちらも大軍です。されどデストリーネと我らに大きな欠点がございます」
フレイシアはその欠点についてすぐに理解ができた。
「……連携力ですね」
「左様にございます。各国を疑っているわけではありません。各国にも独自の戦い方があるとすれば某の策のせいで返って悪くなる可能性が考えられます」
さらにタナフォスの言葉が続く。
「ですのでどの場所にどの戦力を配置するかが要になるかと」
そのとき、入り口近くに何者かが出現し跪いた。
タナフォスはすぐさま振り返り目を細め警戒するがフレイシアは一切動揺せず口を開く。
「フレッド、ご苦労様です。どうでしたか?」
「はい。こちらが書状になります」
フレッドはフレイシアに近づいて側まで来ると跪いて両手で差し出す。
それを受け取ったフレイシアは躊躇なくそれを開く。
「それは……ノムゲイルからの書状ですか?」
それの質問に答えたのはフレッドだ。
「はい。フレイシア陛下からの命でノムゲイルへ同盟を求めに行っておりました。これがその返答です。私もまだ中は見ておりませんので詳細は存じません」
「フレイシア、なんて書いてあるの?」
険しい顔付きになっているフレイシアはしばらく黙り込んだままだったがついに口を開く。
「同盟は承諾してもらえたようです。期日はデストリーネの討伐まで。兵も出すつもりだと」
「良いことずくめじゃない。これで、当初の予定通りのどこも欠けることのない大同盟が出来上がったわけね」
「え、ええ」
素直に喜んでいないフレイシアの様子にナーシャが首を傾げる。
だが、タナフォスはフレイシアと同じくノムゲイルの動きに懸念を感じたらしく口を開く。
「しかし、面識のない相手を迂闊に信じることはできません。こうも簡単に兵を出すと言ってきたことも気掛かりです」
そのタナフォスの言葉に頷いたのはイリーフィアだ。
「タナフォスの言っていること大事。ノムゲイル、敵だった。一応、警戒すべき。すぐ信用する、陛下の良いところ。だけど、悪いところでもある」
忠臣の言葉にフレイシアは深く頷く。
「恐らくノムゲイルが兵を挙げるとなると西方からデストリーネまで直進と言った形になるでしょう」
タナフォスが広げた地図を指さしながらノムゲイルの進行路の予想を示す。
「少し、策を修正します」
そう言ってタナフォスは自分の世界に入り始めた。
「では私はこれにて」
「ご苦労様でした。しばらくの間、休息を取ってください」
そして、フレッドの姿は掻き消えてしまった。
それと同時に外から大きな声が聞こえてきた。
「ジャリム王アクルガ殿、ご到着!!」
大きく扉が開かれるとそこには獣皮でできた衣服を身に纏ったアクルガが会議室に足を踏み入れた。
ただ、その衣服にデルフたちと出会ったときのような小汚さはなく一級品だと伺える。
それを着こなしたアクルガから猛々しさが滲み出ていた。
アクルガの口元には機械染みたマスクをしているが前にデルフたちが見たような目の隈は一切なくなっている。
これはアクルガも過去に止まらず前に進み始めた証拠に他ならない。
その後ろには同じく獣皮でできた衣服を身に纏ったノクサリオが続いている。
アクルガはそのまま歩みを進める。
だが、決められた席を通り越してさらに歩を進めフレイシアの側まで寄っていく。
そして、跪いた。
「フレイシア王女、いえ陛下。お初にお目にかかりまス」
この突然の事態をフレイシアは予想しているはずもなく戸惑って何も言葉を出すことができていない。
(え? え? 何ですか? 何で頭を下げるのですか? 私、何かされました? 初対面のはず……)
こんなふうに自分だけでは答えが出ない問いを繰り返していく。
「私ハ、元三番隊副隊長だったアクルガと申しまス」
(なるほど、そういうことですか)
さらにアクルガの言葉は続く。
「陛下の部下でありながラ騎士の務めを果たすことができズーー」
しかし、アクルガの言葉は最後まで続かなかった。
フレイシアがその言葉を遮るように口を挟んだのだ。
「アクルガ様。あなたが私の配下だったのは昔の話です。今はジャリムの新たな国王。つまり、王同士。私と対等な立場同士です。そう畏まらなくても結構ですよ」
「い、いエ。そんなわけにハ……」
「あなたが頭を下げると言うことは国自体が頭を下げることに等しいのです。是非ともいつも通りのあなたを見せてください」
それでも悩むアクルガにフレイシアは一つ提案する。
「あなたがそこまで私を思ってくれることに深く感銘を受けました。ならばこうしましょう。この戦い、見事我らが勝利を収めたときは是非ともジャリムと友好関係を築きたいのです。どうでしょうか?」
「ソ、そんなことならば願わなくともこちらから申し出たいとこロ」
「ふふ、ありがとうございます。約束ですよ?」
フレイシアはアクルガの手を取って強く握り満面の笑みを見せる。
「友好関係、ということは対等な関係ですね」
その笑みに気圧されたアクルガは引き攣った笑みを浮かべた。
「今後ともよろしくお願いします」
「こちらこソ……コホン」
アクルガは一つ息を吐いて再びフレイシアに目を向ける。
「こちらこそダ。ジャリム国王の名において貴国との友好関係を約束しよウ。ハッハッハ!!」
そして、両者は固く手を結んだ。
「ふふふ、デルフから聞いていたとおり清々しい人です」
フレイシアはそう零す。
アクルガは席に着く前にナーシャを見る。
「あなたハ、デルフの……」
「久しぶりね〜。今はフテイルの国王をやっているわ〜。よろしくね」
「あ、あア。こちらこソ」
アクルガの後ろで「あのアクルガが一方的に押されているなんて初めて見た」と驚いているノクサリオ。
しばらくアクルガはナーシャと挨拶を行った後、席に着いた。
「やるわね〜。フレイシア、あの笑顔。もう何も言わせない覇気が宿っていたわ」
ナーシャがにやけながら顔を寄せてきて小声でそう言ってくる。
「もうお姉様、からかわないでください」
そのとき、またも外から大声が聞こえてきた。
「ボワール王ジャンハイブ殿、ご到着!!」
扉がドンッと開かれ赤いマントに身を包んだ隻腕の男が入ってきた。
無精髭を生やし、伸ばした茶の髪がゆらゆらと揺れ動いている。
背にはかの有名な聖剣ファフニールを携えている。
やはり、数々の修羅場を潜り抜けてきたこの男はこの場にいる誰よりも一層纏っている覇気が違った。
(流石は英雄王。片手を失った今でもその覇気は衰えませんか、いやむしろ増していますね)
後ろにはジャンハイブの右腕と呼べる存在であるブエルと腕の立ちそうな兵士を引き連れていた。
「おお、フレイシア王女。いや、いまはもう女王か久しぶりだな」
「ジャンハイブ様もお元気そうで何よりです」
「ああ、力を失った元気かどうか怪しい俺だが……そう見えるなら良い配下に恵まれたおかげだ」
ジャンハイブはフレイシアの背後に控える二人の護衛に目を向ける。
「ほう、その娘が五番隊隊長イリーフィアか。見た目だけではただの小娘だが……なるほど噂は伊達ではないということか。隣の魔術師も只者じゃなさそうだ」
再びジャンハイブは視線をフレイシアに戻す。
「どうやら配下に恵まれたのは俺だけじゃないらしい」
「ええ、私には勿体ないほどの配下たちです」
そして、ジャンハイブの空気が変わる。
「いよいよだな」
「はい」
「デストリーネとの大戦。一番手柄はボワールが頂くとする」
「ジャンハイブ様の武勇、楽しみにしています」
そして、ジャンハイブはアクルガに軽く挨拶して隣に座った。
「小国代表ソフラノ王フィルイン殿、ご到着!!」
その声を聞くと同時にフレイシアの後ろに位置取っているグランフォルの動きが慌ただしくなった。
「どうしましたか?」
フレイシアが振り向くとグランフォルは道化師のような不気味な笑みを浮かべている仮面を被っていた。
「ソフラノじゃ俺は死んだことになっているからな。だから、変装を」
「ああ」
イリーフィアに睨まれ敬語に言い直すグランフォルにフレイシアは微笑んでしまう。
入室したフィルインは前に見たときよりも王の風格が備わっており顔色一つ変えずに席に向かう。
こうして見ると兄弟でもここまで違うのかと後ろのグランフォルをチラチラと見比べてしまうほどだ。
「陛下……何か失礼なことを考えていますね」
「いえ?」
片言の敬語でグランフォルはそう呟くがフレイシアは惚けた振りをする。
連れ従っているのはソフラノ王国の両軍団長、ジュロングとデンバロクだ。
二人も昔のいがみ合いはなくお互いを尊重して任に励んでいるように見える。
それを見たグランフォルは少し笑みを浮かべた。
仮面を被っているためあくまでも推測だが。
「フレイシア様。この度はこのような私にとって分不相応な席に参加させて頂き恐悦至極に存じます」
「フィルイン様は小国の代表としてこの場に来て貰いました。そう畏まらなくてもこの場にいる方々と立場は対等と考えてください」
「過度のお計らい感謝いたします」
「そうよ〜。私の国だって小国よ。フレイシア……殿を助けたことによってこの場においてもらっているようなものよ」
「殿下……少し節度を保ってください」
ナーシャが軽く口を挟みそれをタナフォスが諫めている。
フィルインは別段気分を害した様子はなさそうだが苦笑いを浮かべていた。
「ハハハ、お戯れを。フテイルの実力は既に耳に達しています。デストリーネの侵攻を一度独力で押し返したと。我らが貴国と同じ小国の括りで数えられているということは不思議でなりません」
フィルインは顔色一つ変えずそう言ってのける。
いや、少し顔色に青みがかかり始めていた。
「……ふっ、どうやら緊張しているようだな」
後ろからぼそっと声がそんな聞こえてくる。
そのときフィルインの視線が仮面を付けているグランフォルで止まる。
グランフォルはぎくっと背筋を伸ばし視線を逸らすがあまりにもわざとらしすぎる。
これは不味いと考えたフレイシアは気を利かせて咳払いをした。
「後は……シュールミットですね」
「シュールミット王ミーニア殿、ご到着!!」
「噂をすればですね」
扉が開かれ入ってきたのは薄い紫の長い髪に色っぽいドレスを身に纏った女性だ。
そのドレスのせいか豊かな胸が強調されておりさらに艶やかさが漂っている。
片手には扇子を持っておりそれを大きく広げて顔の半分を隠す。
「ほぇーやっぱりいつ見てもすげぇな。傾国の美女と言っても過言じゃないな」
グランフォルが小声でそう漏らす。
「見たところ私が最後のようですわね。フレイシア殿、お久しぶりです」
「ミーニア殿も恙無いようで何よりです」
ミーニアの後ろにはシュールミットで有名な三騎士と呼ばれる実力者のうちの二人が護衛として続いている。
ミーニアは席の前まで来るとスカートを摘まみ全員に軽く会釈して席に座った。
こうしてノムゲイルを除く同盟を結んだ各国の王が揃った。
この同盟がなければ一堂に会して顔を合わすこともなかっただろう。
これもフレイシアの狙いの一つだ。
(皆がお互いを知れば手を取り合うこともできるようになる。この同盟を通じて必ず皆の結束は強固になります)
フレイシアはこの場に揃った王たちの顔を眺めていく。
(夢物語だった大同盟も今や現実。……しかし、全てはこの大戦に勝利を得てから実ります。必ず勝利を)
フレイシアはぎゅっと拳を握る。
そして、全員の準備ができていることを確認し小さく息を吐いて神経を研ぎ澄まして前を向く。
「では、会議を始めましょう」




