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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第12章 波乱の武闘大会
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第154話 少女と執事

 

 デルフは倒れた少女に手を差し伸べる。

 だが、少女はそれをぷいっとそっぽを向いて独りでに立ち上がった。


 そして、服に付いた砂を払いながら不機嫌そうな視線をデルフにぶつけてくる。


「余計なことしないでよ! 放っといていてくれれば今すぐにでも私の鉄拳が炸裂したのに」


 その言葉に遠慮の一文字も入っていない。

 デルフも感謝されたいがために助けに入ったわけではないがここまで無碍にされるとは思っていなく戸惑ってしまう。


(これはまた……気難しい子だな)


 しかし少女は少し考えた素振りを見せた後、すぐに顔が明るくなった。


「あっ。そういうことね! 私に怖じ気づいて逃げちゃったのね! ふふん。さすが、私ね! そこらの人よりも纏う雰囲気が違うってことだわ!」


 少女は自慢げにシュシュッと拳を振っているが肘が曲がっておりとてもパンチは見えない。


 一瞬、デルフはもしかしたらこの少女は力を隠していたのかもしれないと考えたがそれを見て、ただの虚勢だと理解する。


 念のため少女を凝視して見るが魔力は一切見えなかった。


(魔力がない。昔の俺と同じか。苦労しているようだな)

『ふむ、そのようには見えぬが』


 リラルスの言うとおり少女は本気で勝ったつもりになって意気揚々としている。

 デルフの頭は謎が深まってしまう。


(まぁ、大丈夫そうだからそろそろ行くか)


 少女の肘からは地面に倒れたときにできた擦り傷で血が見えたが慌てるほどでもないためデルフは立ち去ろうとする。

 だが、横にいるはずのアリルの姿が見当たらなかった。


(どこ行っ……)


 デルフが前を向くと少女に文句を言っているアリルの姿があった。


「せっかくデルフ様が忙しい中、骨を折ってくださったのに一言ぐらいお礼の言葉はないのですか!」


 大声でデルフの名前を言うアリルだがもうデルフは諦めている。


「なによ。言ったでしょ! そんな必要はないって! そもそも、そこの人、あまり強そうには見えないもの。ちっとも”おかげ”ではないわ」

「はぁ〜? あなたの目は節穴ですか! デルフ様こそ世界で一番強いと言っても過言ではありません!」

「お、おい。アリル、相手は子どもだぞ」


 デルフは慌てて仲裁に向かうが少女はそのデルフに対しても牙を向ける。


「子どもって何よ! 馬鹿にしないで! ふんっ、あなたなんか私のフレッドの相手にもならないわ!」

「デルフ様、この世間知らずに少し教育しなければなりません」

「お、おい」


 口は笑っているが目が笑っていないアリルが殺意を丸出しにする。


 これは力尽くでも止めた方が良いとデルフは動こうとしたがその少女の背後から黒の執事服を着た薄い赤の髪の青年が慌てて走ってくるのを見て止める。


「お嬢様!!」


 その声が聞こえた少女は顔を綻ばせて振り向く。


「フレッド!!」


 フレッドと呼ぶ執事の男は少女のすぐ近くまで来ると手で汗を拭った。


「遅いわよ! フレッド!」


「申し訳ありま……。お嬢様、お怪我を」


 フレッドは一番に少女の擦り傷を発見しどこからか取りだした包帯を傷口に巻いていく。


「こんなの掠り傷よ」


 デルフたちとは違ってその言葉に棘はなくむしろ柔らかい。

 さらには瞳の色も優しくなっている。


「いいえ、些細なことから大きなことに発展するのですから何事も早急な対処が必要なのですよ」

「そ、そうかしら」


 フレッドは包帯を巻き終わると地面に散らばった買い物した品を拾っていく。

 それを少女は自分から手伝っている。


 全て拾い終わるとようやくフレッドはデルフたちのことに気が付いた。


「お嬢様、こちらの方たちは?」

「知らないわよ。勝手に近づいてきたわ」

「あなた、ほんっとうに可愛くないですね!」


 アリルは顔を真っ赤にしてそう言うが間に割り込んだフレッドの苦笑いで暴発することはなかった。


「大体の事情はお察しします。お嬢様を助けてくださったのですね」


 理解が早いということはあの子どもたちの衝突は今回が初めてではないのだろう。

 少女とは違い執事は親しみやすくアリルは怒りを飲み込んでくれたことにデルフは一先ず安心する。


「申し遅れました。私は執事をしておりますフレッドと申します」


 そして、フレッドは少女にちらりと目をやる。


「お嬢様」


 フレッドがそう言うと少女は複雑な表情をした後、折れて口を開いた。


「……サフィー・モラーレンよ」


 デルフたちも自己紹介を返す。


「俺はジョーカー。そして、こいつはアリルだ」


 その言葉にサフィーは不思議そうな顔をする。


「さっきデルフとか言っていなかった?」

「あっ……」


 ようやくアリルは自分が冒した一体何度目か分からない失態に気が付いたようだ。

 そして、謝罪を含んだ視線でデルフを見詰めてくる。


 デルフは掌を向けて構わないと示す。


「まぁ、事情があるからな」

「ふ〜ん。まぁいいわ。それよりもフレッド」

「なんでしょうか?」

「あなた武闘大会に出なさい」

「はっ?」


 サフィーのいきなりの言葉にフレッドは目を点にして頭の処理が追いついていない様子だ。


 そんなフレッドを見たサフィーは溜め息をつく。


「聞こえなかったの? 武闘大会に出なさいと言ったのよ。あるでしょ、もうすぐ」

「意図が全く見えませんが」


 焦った表情で言葉を紡ぐがサフィーは言葉を返さずにデルフを見る。


「ちょうどいいわ。あなたも出なさい」

「俺も?」

「デルフ様は子どもと遊んでいる暇はないのですよ。諦めなさい」


 デルフとしても武闘大会に出る理由がない。

 そもそもデルフは目立ちたくないのだ。


 アリルがそう言ってくれて助かったとデルフは安堵する。


 だが、次のサフィーの一言でアリルの意見は一変してしまう。


「ならフレッドの不戦勝ね」


 ふっと薄ら笑いをしてそう言うサフィー。

 その言葉にアリルが黙って済ませるはずがない。


「……なんと言いましたか?」

「だって出ないのでしょう? ならフレッドの不戦勝じゃない。負け犬はさっさとどこか行きなさいよ」

「良いでしょう! 分かりました! その挑戦、受けて立ちますよ!」


 見事に子どものサフィーの挑発に乗るアリル。


(それは誰が受けるんだ。お前じゃないだろ……)


 デルフは引き攣った笑みを浮かべて空笑いするしかない。


「フレッドだったかお前も大変だな」

「いいえ、私はお嬢様が楽しく健やかに過ごしてくれること以外に望みはありませんから」

「……執事ってことはサフィーは貴族なのか?」

「はい。ただ、元ですが」


 フレッドの表情が少し暗くなる。


「今日は良い日ですね。あんなにお嬢様が楽しそうにしておられるなんていつぶりでしょうか」


 デルフの前ではアリルとサフィーが言い争いをしていた。


「不機嫌に見えるが?」


 その言葉に微笑みを返し優しい眼差しでサフィーを見守っている。


「それで武闘大会って?」

「闘技場はご存じですか?」

「ああ、あんなに目立っているからな」

「確かにそうですね。新王になられた英雄王ジャンハイブ陛下主催のお祭りです。しかし、国内だけにしか大平に宣伝はしていないようです」

「まぁ今の状況から国外から来賓を招くなんて難しいだろうな。国内だけで開く。……その魂胆はこの国に実力者が存在していると民たちを安心させることか」

「なるほど、それは思いつきませんでした。英雄王……その名は伊達ではありませんね」

「私はあんなやつ嫌いよ!」


 デルフとフレッドの会話にサフィーは割り込む。


「お嬢様、少々お声が大きいです」


 この国でジャンハイブの人気は凄まじい。

 現にデルフも今さっき目にしたところだ。


 そんな場所でジャンハイブの悪口は敵を生みかねないだろう。


「嫌いな奴を嫌いと言って何が悪いのよ!」


 フレッドは言っても無駄だと悟り困った顔をする。


「あの男のせいでお父様やお母様が死んだのよ! 絶対許せないわ! あなたは許せるの!?」

「そ、それは」


 フレッドはさらに困ったような顔をする。


「フレッドの言いたいことは分かるわ。確かに私たちには力はない。だけど一矢報いるチャンスが今目の前にあるのよ!」

「チャンス?」


 サフィーの気になった言葉にデルフは思わず言葉に出してしまう。


「ええ、そうよ。武闘大会に優勝したら賞金が出るけどそんなものは眼中にないわ。一番はあの男と戦うことができるのよ」

「なるほど、戦士にとってあの英雄と本気で戦えることは最高の褒美ということか」

「私は戦士じゃないから分からないけどそういうことよ。大勢が見ている中であいつをけちょんけちょんにしてやれば赤っ恥よ!」


 その光景を思い浮かべているのかサフィーは悪戯な笑みを浮かべている。


「フレッド、もう一度言うわ。武闘大会に出場なさい」


 フレッドは数回頷きサフィーの顔を見詰める。


「それがお嬢様の望みというのならば喜んで」


 満足そうに顔を綻ばせるサフィー。


「いいのか?」


 見た目ではそんなに強く見えないため少し無理しているのではないかとデルフは尋ねる。


「ええ、こうなったお嬢様はもう止まらないことは分かっています。そもそも私はお嬢様の望みを叶えるために存在しているので」

「それはまた大層な忠誠心だな」


 フレッドは物静かに上を向く。


「ご主人様と奥方様に強く頼まれたと言うのも理由の一つですが、そもそも私はお嬢様のために生まれた存在ですので」


 その言葉に嘘偽りは感じなくデルフは本気で人のためにここまで言ってのける人物がいるのだと息を呑む。


「……ジャンハイブに両親を殺されたと言っていたな。辛いなら言わなくてもいいが」

「あくまで間接的にですが。お嬢様も既に分かっておられるはずでしょうに」


 気にはなるがこれ以上は突っ込むべきではないと感じ口を噤んだ。


(推測するに憎悪の捌け口が欲しいと言ったところか。しかし、間接的でもジャンハイブのせいか……)

『ジャンハイブが無闇に人を殺めるとは思えない。それなりの理由があるのじゃろ』


 元貴族であることからすると王派閥だったのだろう。

 革命が起こった際、王に味方して敗れたということぐらいしかデルフは思いつかなかった。


「フレッド! 帰るわよ!」


 アリルとの口論が終わったサフィーは大声を張り上げる。


「帰って作戦会議よ! 早くなさい!」


 どしどしと歩いて行くサフィー。

 フレッドはぺこりとデルフに頭を下げてそれに続く。


 途中でサフィーは振り向いてデルフに向かって叫ぶ。


「精々逃げないことね! 悔しかったら武闘大会に出場なさい!」


 そう言い残して悪役みたいに笑いながらサフィーは去って行った。


「なんか……疲れたな」

「そうですね」

「一旦帰るか」

「はい」


 どっと疲労感が湧き出てきたデルフとアリルはフレイシアたちの下に戻った。


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