第150話 賑やかな一行
「それで、なんでこの人がいるのですか!!」
馬車の中、我慢していたアリルがついにはち切れて不機嫌さを露わにしてそう叫ぶ。
ウラノは馬車を運転しており中にはデルフ、フレイシア、アリル、そしてグランフォルがいた。
アリルの侮蔑の視線は言わずもがなグランフォルに向いている。
「何でって言われてもな〜。俺はもうあの国では死んだことになっているし。どうしようかと困っているとそこのジョーカーが誘ってくれてな」
「ジョーカー……」
アリルがさらに不機嫌そうに唸る。
「その名前、僕は嫌いです。デルフ様にはデルフ様という名前があるのです」
「ん? ああそうだったな。なんで名前を変えているんだ?」
グランフォルはデルフに目を向けて尋ねてくる。
「お前と同じだ。デストリーネでは俺はもう死んだことになっている。まぁそれよりも元の名を汚さないためにな。はっきり言って俺がすることは褒められることではない」
「なるほどなるほど。それじゃー俺も新しい名前でも考えるか……」
そう言って思案するグランフォルだが良い名前が思いつかないらしく困ったように頭を掻いている。
「んー。ジョーカー、お前はどう決めたんだ?」
「幸運なことに敵がそう呼んでくれたからもらっただけだ。手間が省けた」
「おいおい。それでいいのかよ。通りでそこの嬢ちゃんが怒っているわけだ」
「じょ、嬢ちゃんですって……。あなた、死にたいのですか?」
そのグランフォルの軽はずみの言葉でアリルの目に完全な殺意が宿った。
流石のグランフォルも空笑いをしてたじろいでいる。
デルフは溜め息を吐きアリルに声を掛ける。
「アリル。止めろ。俺が誘ったんだ。文句があるなら俺に言ってくれ」
「はい! 文句なんて何もありません!」
「なら、これからこいつは仲間だ。友達ぐらい仲良くなれと強制するつもりはないがせめて協力しあえる仲にはなっといてくれ」
「はい!」
先程の殺意が夢だったかのように一瞬にして消え失せアリルの瞳は輝いている。
デルフや他の面々は幸か不幸かもう慣れてしまったため平然としているがグランフォルはそのアリルの変わり様を呆然と見詰めることしかできていなかった。
そして、アリルはキラキラした目から打って変わってゴミを見るような目をグランフォルに向ける。
「デルフ様の命令ですので一先ずあなたのことを認めましょう。……で、なんとお呼びすれば?」
「……」
グランフォルだけ時間が止まっているらしく言葉が出ていなかった。
それもそうだろう。
先程まで遠慮なく殺意をぶつけていた相手に普通に話しかけてくる。
それも嫌々なんて感情もアリルからは見当たらなかったのだ。
いくら命令とはいえ納得するまでには少し時間がかかる。
自分の気持ちを押し殺して従うしかないのだ。
そう考えるとアリルの変化は異常だと言える。
もちろん長く一緒にいるデルフたちはアリルが異常なんて百も承知だがグランフォルが事前に知り得るはずもない。
「聞こえてます?」
返答が返ってこないことに不機嫌になったアリルは優しくグランフォルに尋ねる。
「あ、ああ。すまんすまん。そうだな、グランとでも呼んでくれ」
あれほど悩んでいた新たな名前がすんなりと出てきたがそこにはあまり考えが含んでいない。
それほどグランフォルは余裕がないのだろう。
「分かりました」
素直に了承するアリル。
先程みたいな反発は一切なくグランフォルは戸惑っている。
そして、ようやく決心しその疑問をぶつけた。
「お前、いいのか? そんなあっさりと認めてしまって……」
確かにアリルの反発は紛れもなく本心だった。
グランフォルもそう理解しており仲良くなるのも時間がかかると思っていただろう。
「はぁ〜。デルフ様の言葉は絶対です。それを違えるのは万死に値します」
「そ、そうか」
さも当然と言うように一切の迷いなく答える様を見たグランフォルはこう答えるしかなかった。
助けを求めるように顔を向けてきたのでデルフはこう言う。
「慣れろ」
「お、おう」
グランフォルは戸惑いながらもそう頷いた。
「しかし、あのときは私も焦りましたね」
フレイシアが思い出したように言葉を出した。
言っているのはデルフがグランフォルの遺体を灰にしたときのことだ。
「その割にはあまり驚いているように見えませんでしたが」
アリルがそう答えるとフレイシアは微笑む。
「顔に出ないように隠していただけです。中は本当にバクバクしていましたよ。それにデルフが私の命を破るわけがありませんからね」
フレイシアの暖かな眼差しを受けたデルフはクスリと笑う。
「俺はただ後始末をしただけですよ。あの方が動きやすそうと思いましたので」
「ああ、あれは本当に助かった。偽造体は時間で消えてしまうからな。あれがなければあの死体を隠すために天井を崩そうかと考えていたところだ。しかし、よく分かったな。あれが偽物だって」
「俺には丸見えだったからな」
「丸見え?」
デルフには偽造体を置いて透明になって退散しようとしているグランフォルの姿が諸に見えていた。
デルフの瞳は魔力を可視化するので魔道書を持って莫大な魔力を得たグランフォルがたとえ透明化したところで丸見えなのだ。
「何だよそれ。反則だろ」
それを聞いたグランフォルは苦笑いでそう悪態をつく。
「……あれって本当に偽物だったのですか? へぇ〜すごいですね。遠目から見ていたのですが全く分かりませんでした」
それを聞いたグランフォルはどこからか魔道書を取り出して持っている手で捲っていく。
目的のページまで来たら親指でページを押さえるとともにグランフォルが座っている馬車の床に魔方陣が浮かび上がる。
「第五章第一項“歪曲する事実”。第五章第二項“透明化”」
「?」
魔法を発動したと思うがグランフォルには何の変わりもなくフレイシアは首を傾げる。
それを見たグランフォルはにやりと笑いいつの間にか手に持っていた短剣を自分の手首に押し当てて思い切り引いた。
「なっ……」
グランフォルの手首からは大量の血液が噴出し馬車内を血まみれにしていく。
それをグランフォルは口元に笑みを浮かべながら眺めている。
「何をしているのですか!!」
慌ててフレイシアは治療しようと身を乗り出すがすぐ後ろから肩をとんとんと叩かれ後ろを振り向くとそこにはグランフォルがいた。
「え? え?」
フレイシアは目の前で血を流しているグランフォルと真後ろにいるグランフォルを交互に見る。
そして、グランフォルは魔道書を持っていない手で指を鳴らす。
すると、手首を切ったグランフォルは徐々に色が褪せていき辺りに散った血液すらも同様に消えていく。
凄惨な光景は一瞬にして嘘のように消えてしまった。
いや、元から嘘なのだ。
ようやくフレイシアはそう気が付いた。
(なるほど。まず偽造体とやらを自分に重ねて作りだし即座に透明化してフレイシア様の背後に向かったのか。器用だな。……あの短剣も幻か。偽造体と言っても自身を作り出すだけではないとすると便利な魔法だな。仲間に誘ったのは正解だったか。しかし、こんな短時間でこれほどの魔力を持つとはな)
『あの魔術書が怪しいのう。なぜか少し懐かしい魔力が見える』
そして、魔道書をパタンと閉じたグランフォルが口を開く。
「ざっとこんなものだ」
「何しているんですか! 驚きましたよ」
フレイシアがあわあわとして答える。
「ははは、俺も驚き続きだったからなちょっとした仕返しだ」
「やりすぎです!!」
口を膨らませてフレイシアがそう訴える。
「驚いたと言えば俺もフーレがまさかあのデストリーネの王女であるフレイシア殿だったなんてな」
それを聞いてようやくフレイシアは落ち着きを取り戻しゆっくりと言葉を出す。
「私も今はなるべく身を隠さないといけない身でして」
「そうだろうな。それよりも様は止してくれないか? 呼び捨てで良い」
「一国の王子である方を呼び捨てだなんてできませんよ」
「俺はもう王子ではないさ。ただの道化師グランだ」
フレイシアは渋っていたがグランフォルの眼差しを見てこくりと頷いた。
「わかりました。改めてよろしくお願いします。グラン」
「ああ」
フレイシアとグランフォルの二人は握手する。
「それでグラン。その魔道書はどうしたんだ?お前の急激な魔力の増加はそれによるものだろ?」
グランフォルが元の場所に戻ったのを見計らいデルフが尋ねる。
「まぁな。まぁ制限もあるけどな」
「制限?」
「強力だけど望む魔法を使うときはそれぞれのページを開かないといけないし。この魔道書を持っていないと魔力も元に戻る」
「なるほど。しかし、そんな大事なことまで言っていいのか? いわばお前の弱点だろ?」
「祖国を助けて貰った恩人に隠し事なんてするつもりはないさ。それにこれからは俺のリーダーだしな。策を考えるときに必要だろ?」
「そうか」
「しかし……お前がジョーカーとはまさに偶然だな」
グランフォルが小声で呟くがその言葉にデルフは疑問を持つ。
「どういうことだ?」
一年前、デストリーネに起こった事件の首謀者という話ならば納得できたが言葉からそれはおかしいとデルフは思った。
「ん? ああ、この本の著作者? みたいな女の人がお前の手助けをしてほしいって言っていたんだよ」
詳しく聞くと真っ白の別空間に連れて行かれ光の女性に出会いジョーカーの手助けをしてほしいと言っていたらしい。
「なんか見た目に反して妙なテンションの変わった人だったな」
その言葉にフレイシアがぴくっと反応した。
「妙なテンションでこれほどの魔道書を作成する女性の魔術師……。まさか。……その方はなんと名乗っていましたか?」
「確か、ケイドフィーアと言っていたな」
「ああー」
『ああー』
フレイシアとリラルスが同じ反応を示した。
ケイドフィーアに出会っていないデルフにはその反応の意味がよく分からない。
『まぁ……あやつの置き土産じゃな』
そう一言でリラルスは締めくくった。
「それでジョーカー。次は何処に向かうんだ?」
「ボワールだ」
「ボワールか……」
「何か知っているのか?」
「人より少し知っているぐらいだ。そもそもソフラノから一番近い大国だからな。それなりに情報は集めていた。まぁ、最近じゃ良い噂しか聞かないけどな」
「英雄王ジャンハイブか」
「流石にそれは知っているか。ならこれは知っているか? もうすぐ何やら祭りが開かれるそうだぞ」
「祭り?」
「勿体ぶっといて何だが詳細はあまり知らん。俺もそれどころじゃなかったからな」
「そうか。まぁ行けば分かるだろ」
「そうだな。俺も久しぶりの旅だ。存分に楽しもうとするか」
そして、グランフォルを加えた一行はボワールを目指し進んでいく。




