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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第11章 分断する小国
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第148話 内乱の終わり

 

 フィルインは一目見て分かった。


(やはり兄上が私の命を狙うなど虚偽の事実だった……)


 その突如、フィルインは後悔の念に駆られる。


 グランフォルが自分の命を狙っていると言ってくるデンバロクに強く言うことが出来なかった。


 つまり、フィルインは心のどこかでグランフォルを信じることができていなかったのだ。


 そして、主でありながらデンバロクの強行を見ることしかできなかった。


(私は、ただのお飾りの主君だ)


 フィルインの心は大きく揺らいでいたのだ。


 そんな状態でグランフォルと戦い本気を出せるはずがなかった。


 そもそも自分の責任だと分かっているのにどうして戦う必要があるというのか。

 なぜ、今自分は剣を握っているのか。


 戦っている最中、疑問が尽きない。


 しかし、それでもグランフォルは兄は闘志を損なわせず向かってくる。

 実力においてフィルインの方が格上だと知っておきながらも。


(兄上には悪いですが剣技において私はあなたよりも上です!)


 フィルインは内心に溢れる疑問を必死に押さえつけて手加減せずに戦うことを決心した。


 この戦いを早急に終わらせて和解により内乱を収めようと考えたのだ。


 しかし、フィルインは剣を弾いたときのグランフォルの表情を見て気が付いた。


 もう和解は不可能であると。


 グランフォルは死を望んでいたのだ。

 自分が死ぬことにより争いを収めようとしていた。


 確かにグランフォル、もしくはフィルインのどちらかがいなくなれば配下たちの戦う理由がなくなる。

 配下たちも好きで味方同士争っているわけではない。


 フィルインはグランフォルの覚悟を受け取った。


(……兄上!)


 しかし、できなかった。


 目の前にいる男にただ剣を振り下ろすだけの口で言えば簡単なことができなかった。


 グランフォルはフィルインの実の兄だ。


 グランフォルには覚悟はあったようだがフィルインに兄を手にかける覚悟はできていなかった。


 フィルインは剣を落としその場で項垂れる。

 そして、自分の情けなさに涙が溢れてきた。


 だが、突如そんなフィルインに衝撃が襲いかかったのだ


 わけも分からずに後ろに弾き飛ばされ壁に衝突する。


「がっ!」


 衝撃による全身に広がる痛みに堪えつつフィルインは顔をあげる。

 すると、目の先には前王の形見の魔道書を持ったグランフォルが立っていた。


 そのグランフォルの姿を見てフィルインは目を疑った。


 身に纏っている先程とはまったく雰囲気が変わっていたのだ。


 自分の身に波打つ覇気からは自分との実力の差を感じられなかった。


 フィルインはこれが本当のグランフォルの姿だと実感した。


(な、なんという……)


 そして、グランフォルはさらに魔法を放つ。


 自身の命が危機にさらされたとき勝手に身体が動いた。


 光の槍を打ち払ったフィルインは剣を構える。


(迷いはもうないと言われれば分からない。しかし、兄上と私の配下たちは今まさに争いの最中。和解をすれば収まると思っていた私が愚かだった。そういうことですか兄上!)


 配下たちが血を流しているのに主たるグランフォルとフィルインが血を流すことなく仲直りしましたなど言っても誰も納得するはずがない。


 それで納得するならばまずこの争いは起こっていなかった。


(正々堂々と雌雄を決するしかないということですね……兄上!)


 フィルインはようやく全てを飲み込み視線をグランフォルにぶつける。


 すると。どことなくグランフォルが笑ったように感じた。


 そして、すぐに戦闘が再会した。


 フィルインはすぐに距離を詰めて剣を振ろうとするが衝撃で身体を弾き飛ばされてしまう。


 グランフォルの身体の周りには小さな魔方陣が至る所にあった。

 その一つ一つから衝撃を放ってくるのだ。


(あれを掻い潜って攻撃するのは不可能。ならば!)


 フィルインは次の構えを取り大きく振りぶり地面に剣をぶつけた。


「“千波万波せんぱばんぱ”!!」


 グランフォルにフィルインの剣から発せられる絶え間ない衝撃波が襲いかかる。


 しかし、グランフォルも衝撃を放ち相殺した。


 フィルインはそれを見て呆然とする。


(まさかこれほどとは……。もはや私に敵うことなど何一つもない。いや、元より私が兄上に勝つ道理などない)


 フィルインは決心し突きの構えを取る。

 これがフィルインの最も自信のある形だ。


(しかし、この攻撃。兄上ならばいとも容易くいなしさらには私に止めを刺すことができるだろう)


 だが、フィルインはそれでいいと思った。


(兄上こそ王に相応しい。兄上は自分が死ぬおつもりのようだが、それは私が認めない)


 フィルインは既に負けることを考えていた。

 死ぬことを望んでいた。


(私としても全力の攻撃を防がれ死ぬとあれば本望だ)


 全力を出し破れ王の座を譲る。

 いや、元のあるべき形にようやく辿り着く。


 そのことを考えていた。


 それでもなお、ここで本気を出してグランフォルに立ち向かう理由。


(わざと負けて勝ちを譲ったとしても兄上はお怒りになる。もう兄上に恥を掻かせるわけにはいかない)


 フィルインは一切の手加減なく迷いもなく勝つつもりで気合いを放つ。


「行きます! 兄上! “渦の起源(ボルテックス)”!!」


 フィルインの身体全体に淡い光が灯る。

 しかし、持っている剣はそれよりも一段と明るかった。


 そして、フィルインは突撃を開始した。


 グランフォルは研ぎ澄ました瞳をフィルインに向けて魔道書のページを捲り始める。


「第五章第一項……」


 その後の言葉はフィルインに聞こえなかった。


 グランフォルの足下に魔方陣が描かれていく。


 しかし、フィルインが予想もしていなかった事態が起こった。


 グランフォルが魔道書を徐に閉じてしまったのだ。


「なっ!」


 グランフォルは打って変わって優しげな瞳でフィルインを見詰める。


(兄上……まさか!!)


 フィルインに最悪の考えが思い浮かぶ。

 いや、この状況からしてもうそれしかなかった。


「本当に立派になった。俺よりも……」


 その一言がやけに大きくフィルインには聞こえた。


「兄上!! 兄上! 避けてください!!」


 フィルインはもう止まることができない距離まで詰めていた。


 グランフォルはもう動こうともしない。


 フィルインは力を入れて軌道を逸らそうとするがもう間に合わない。


 情けない表情でグランフォルに縋るように目を向けるとグランフォルは優しい笑みを浮かべていた。


 そして、フィルインの剣は抵抗も空しくグランフォルの左胸を貫いた。


「兄上!!」


 グランフォルに突き刺さった瞬間、今のフィルインの技“渦の源”が発動する。


 剣の輝きが収束して行き高速に回転を始めた。

 その回転の勢いは凄まじくグランフォルの身体を抉る。


 グランフォルの胸から夥しい量の血液が周囲に飛び散っていく。


 少なくない返り血を浴びたフィルインは力なく首を下げたグランフォルを呆然と見詰めていた。


 そのとき背後から足音が響いてくる。


 扉から顔を見せたのは二人の軍団長ジュロングとデンバロクだ。


 二人はすぐに目に入った現在の光景を見て絶句している。


「フィルイン様……」


 デンバロクがようやく声を絞り出した。


 フィルインは顔だけを後ろに振り向かせる。


 それだけなのにデンバロクとジュロングの二人は怯えたように目を泳がせた。


 なぜなら今のフィルインの瞳には前のような優しさの欠片が一切なかったからだ。

 色はなくなりその瞳の奥には闇が見えていた。


 さらには引き攣った笑みを見せておりデンバロクたちには気が狂っているように映った。


「どうしたんだ? 私の……顔に何かついているのか?」


 はきはきと声を出したつもりが掠れてしまっている。


 デンバロクたちからは返事は帰ってこない。


「……まぁいい」


 フィルインは突き刺さった剣を力強く握りしめて爆発したように勢いよく口を開いた。


「デンバロク!! お前が何をしたか!! 分かっているだろうな!!」


 突然に発せられる怒号が王室内に響く。


 二人はその怒号から目では見えない強烈な風圧を感じただろう。


「お前は虚偽の報告を行い軍を出し無用な争いを引き起こした。それにより私はこの手で兄を……。この罪、分かっているだろうな!!」


 本音を言えばフィルインは抑えられなかった自分の責任だと思っている。


 しかし、叫ばずにはいられなかった。


 それよりもフィルインは兄を殺してしまったことを誰かのせいにしたかったのだ。


 フィルインにまだ受け止められるだけの場数は踏んでいないのだ。


 少しでも自分を責めてしまうと音も立てずに崩れてしまうだろう。


 デンバロクは弁解せずにただ静かに跪いた。

 フィルインの言いつけに全て従うとの言うかのように。


 その要領の良さがさらにフィルインの僅かに残っている平常心を蝕む。


「デンバロク!! お前を即刻死罪と…」


 言いかけたそのときグランフォルの手がフィルインを触れていた。


 フィルインは言葉を止めて即座にグランフォルに顔を向ける。


「フィルイン、止めろ」

「兄、上……」


 グランフォルはゆっくりと言葉を紡ぎ始める。


「これでいい。これでいいんだ」

「何が良いのですか! 兄上……兄上がいなければこの国は成り立ちません!!」


 グランフォルはそれを笑い飛ばす。

 その際に口から漏れ出た血液が飛び散る。


 だが、フィルインはそれを全てその身で受け止める。


「……いるじゃないか」

「は?」

「お前だ。新たな王は」

「なに、を……」


 フィルインの肩を掴むグランフォルの手が強くなる。


 そして、グランフォルは大声を放つ。


「軍団長ジュロング並びにデンバロク!!」


 心臓に穴が空いたとは思われないほどの力を持った声量だった。


 軍団長の両名は反射的に跪く。


「今回の件は全て不問にする」


 二人は目を見開いて驚き口がまごついているだけで声が出ていない。


 それもそうだ。


 二人の今回の命令違反は度を超えている。


 一人は主を軟禁し独断で兵を動かした。

 一人は主に虚偽の報告を行い内乱を引き起こした。


 どちらも死罪を問われても文句を言うことは出来ないほどの大罪だ。


 それなのに一切の罪にも問わないとは二人も考えてもいなかった。

 むしろ二人とも死罪を覚悟していたほどだ。


「だが……」


 グランフォルの声量自体は小さかったがそこには重力が強くなったかと思わせるような圧力が籠もっている。


 二人は固唾を呑み言葉を待った。

 グランフォルの口からどれほど困難な命が飛び出ても二人は命がけで守ろうとする意志がその風貌から汲み取れる。


「その代わりにフィルインを新たな王に仰ぎ絶対の忠誠を誓え。それが条件だ」


 二人の軍団長は涙を流した。

 願ってもないことと言うように二人は大きく頭を土下座する勢いで下げる。


「「ハッ!!」」


 そして、グランフォルは満足そうに微笑みついに身体を崩した。


「兄上!」

「お前の王としての姿。楽しみにしているぞ」


 そう言った後、完全に意識が途絶えた。


 最後の最後までグランフォルは笑みを絶やさなかった。


「兄上!!」


 フィルインがグランフォルに駆け寄ろうとしたとき頭に衝撃が走った。


 フィルインは壁にぶつかってようやく誰かに弾き飛ばされたのだと理解した。


 前を見るとそこには黒コートを身に纏いさらさらとした黒の長髪の人物が遺体となったグランフォルを見下ろしていた。


 背後を向けているためその人物が男性か女性かはわからない。


「なんだ、お前は……」


 フィルインがそう尋ねるとようやくその青年は振り向いた。

 その瞳は蛇のように鋭く背筋が凍ったかと思うほどの威圧がある。


「俺の名はジョーカー。俺の計画に一番厄介そうなやつが死んでくれて助かった。だが、念には念を入れないとな」


 どこかぎこちない喋り方を不思議に思ったが聞き捨てならない言葉がありそちらに全てを持って行かれる。


「念のため?」


 ふっと笑ったジョーカーは片手をグランフォルの遺体に向ける。

 するとその手から黒の靄が発生した。


 そして、その靄はグランフォルを包み込んだ。


「な、なにを……」


 手を出すことはできなかった。

 そうすればたちまち殺されてしまうのが目に見えていたからだ。


 それほどの実力差がこのジョーカーと呼ぶ怪物にはあった。


 だが、すぐにそれを後悔した。


 グランフォルの身体は黒に染まりたちまち灰になって消え去ってしまったからだ。


「あ、兄上に……何を、何をした!!」


 フィルインは剣を片手に持ちジョーカーに斬り掛かる。


 兄を消された怒りによりフィルインの力は増幅した。

 今までで一番強い一撃を放ったのだ。


 だが、ジョーカーは黒に染まった不気味な右拳を剣にぶつけた。


 フィルインの持つ剣はペキーンと情けない音を発してへし折れてしまった。


「なっ……」


 そして、ジョーカーは無造作に飛び上がりフィルインに回し蹴りを放つ。


「がはっ」


 吐血するフィルインは弾き飛ばされるがなんとか倒れずに踏ん張るがそう立つだけでやっとだ。

 既にフィルインは限界を超えていた。


「弱いな。お前ごときが俺の計画の邪魔にはなるとは思えない。ん?」


 そのとき、小さな二つの影がフィルインの前を通り過ぎジョーカーに向かっていった。


 一人はピンク髪のメイドと思わしき少女。

 もう一人は黒の長髪を後ろに束ね動きやすそうな鎧に身を包む少年?に見えた。


 ジョーカーはどこからか取り出したか分からないが既に短刀を持っており小さな強者たちの怒濤の攻撃を造作もなく防いでいる。


「ちっ!」


 しばらく攻防が続いた後、後ろに下がったジョーカーは煩わしそうに舌打ちする。


「邪魔が入った。……時間か」


 そう言ってジョーカーは片手に出現させた黒の靄を地面にぶつけた。


 すると黒の煙が舞い上がりこの部屋を飲み込まんと広がり始めた。


 フィルインたちは先程見たグランフォルの遺体の末路を思い出す。


(あれに触れたら……灰になる)


 フィルインは頭ではそう分かってても身体が動かなかった。


 前にいた少年たちは既に避難しており姿が見えなかった。


 フィルインに迫る黒の煙。


「「フィルイン様!!」」


 両軍団長は走って助けようとするがその速度ではもう間に合わない。

 ただの無駄死になるだけだ。


「お前たちは来るな!」

「そうは参りません!!」


 足を止めない軍団長たち。


(兄上、申し訳ありません!!)


 フィルインは死を覚悟し目を瞑る。


 軍団長たちの助けは間に合わず黒煙はフィルインを包み込んだ。


「フィルイン様!!」


 二人はその場に項垂れて絶望する。


「“能力解除ケヒト”!!」


 煙に飲み込まれたフィルインは自身の異常が何も感じられず不思議に思いゆっくりと目を開けた。


 するとフィルインを守るように薄緑の大きな壁が黒煙に立ちはだかっていた。


 その壁は動き始め逆に黒の煙を包み込んだ。

 逃げ場を失った黒の煙は壁の中で膨張しようとするが次第に勢いが遅くなる。


 そして、浄化したように綺麗さっぱりとあの禍々しかった黒の煙は消え去ってしまった。


 フィルインはその光景を呆然と眺めることしかできずにいた。


「間一髪でしたね」


 フィルインは声がする方向を反射的に向くと白の少女が歩いてきていた。


 両隣には先程ジョーカーと互角の戦いを演じていた少年たちがいる。


 それでフィルインは思いだし前を向くと既にジョーカーは姿を消していた。


「フレイシア殿、ありがとうございました」


 ジュロングのその声で再びフィルインはフレイシアと呼ぶ白の少女に目を向ける。


「フレイシア?」


 聞き覚えのある名前に思案するが今のフィルインの頭は一杯一杯で頭が回らない。


「……どうやら争いは終わったようですね」


 フレイシアは周囲を伺いそう言葉にする。

 その言葉からは悲しみが感じ取れた。


「それよりフィルイン殿」

「な、何でしょうか?」


 突如、話しかけられたフィルインは動揺から口を詰まらせてしまう。


「外で皆が待っていますよ。早く宣言を。王たる責務を果たしてください」


 それでフィルインは思い出した。

 グランフォルの最後の言葉を。


 あのジョーカーという者によってグランフォルを埋葬することはできないがあの言葉がなくなったわけではない。


(託されたのだ。私は兄上に……)


 フィルインは一度、グランフォルが横たわっていた場所に目を向ける。


 そこには遺体はおろか地面に散っていた血の一滴すらなかった。


 それでもフィルインはまだそこにグランフォルがいるような気がした。


 顔を引き締めて強い眼差しを持つ。


(兄上、行って参ります)


 フィルインはフレイシアに一礼した後、堂々と歩を始めた。


 両軍団長はそれに付き従い後に続く。


 そして、ソフラノ王国にようやく新たな王が誕生した。


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