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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第11章 分断する小国
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第147話 望まぬ決闘

 

 グランフォルは閉ざされた小部屋の中で呆然と座っていた。


 外では今まさに睨み合いの最中だろうがグランフォルにできることはもう何もない。


 その間、グランフォルはただ自分の行動の何が悪かったのか、どうすれば配下の暴動を止めることができたのかそれだけを繰り返し考えていた。


 しかし、どれだけ考えても自分の行動は正しかったという結論に至る。


(いや、違う。初動が遅すぎたんだ……)


 グランフォルが争いを止めるための行動を開始したのはジュロングからフィルインに不穏な動きがあると言われたときだった。


 あれから行動を開始したのは明らかに遅すぎた。

 あの時点でこの衝突は決まっていたのだ。


 そして、次々と自身の過ちに気が付いていく。


(デンバロクのやつが俺を気にくわないのも頷ける)


 今までの自身の行動を顧みて苦笑いする。


 まつりごとも前王である父に任せり切りで自身は遊び呆けていた。


 そんな者が王になるということがどれだけ不安を煽るかグランフォルは気がつけていなかったのだ。


「ふっ。ははは」


 自分の情けなさに思わず笑ってしまう。


 そのとき、外から怒号がグランフォルを閉じ込めている部屋まで届いてきた。


 始まったのだ。

 味方同士の争いが。


 グランフォルが全力で止めようとしてきた行動がついに無になったのだ。


「クソが!!」


 そのときグランフォルは自分が思わず立ち上がってしまったことに気が付いた。


 そのことが無性に腹が立つ。


 口や心の中では諦めを語っていたが身体はまだ諦めていなかったのだ


 同時にグランフォルは悔しさから歯噛みする。


「だから、どうすればいいんだよ……」


 グランフォルは無力だ。


 大きな力もなければ魔法の才もない。

 頼れる配下たちも今は暴走し味方でありながら味方ではない状態だ。


 小部屋の前にいた兵も王都で絶え間なく鳴り響いている剣戟の音を聞くとともに急いで向かってしまった。


 この場、いや恐らく王城にはグランフォルしか残っていないだろう。


 改めて実感する自分には何も力はないと。


 諦めない心を持ったとしてもたった一枚の扉さえ打ち破ることができない。


「……まだだ!!」


 グランフォルは絶望に膝をつこうとしたが踏みとどまった。


「まだ何も試していないじゃないか。なに些細な理由を付けて諦めようとしているんだ! 俺の覚悟はその程度か!」


 グランフォルは拳を振り上げて扉に全力で放つ。


 鈍い音が響く。

 それは扉からではなく自分の拳からだ。


 木製の扉とはいえどその厚さは侮れない。


 全力の拳をぶつけたがダメージが大きいのは拳の方だ。


 対する扉は何も変わっていない。


 思いの強さが実力を跳ね上げてくれることはある。


 しかし、それはもしかするとその気迫に怖じ気づいた敵が勝手に弱くなっているだけかもしれない。


 そうすると、感情を持たない扉には思いの強さなど何の意味もなさない。


 感情論などないただの力の勝負になる。


 グランフォルは再び拳を振り上げて何度も何度も叩き続ける。


 拳から血が流れ出ても激痛に襲われてもその手を止めない。


 何もかも忘れてただ待ったほうがどれだけ簡単なことか。

 だが、今のグランフォルにはそんなこと考えにすらない。


「邪魔だ! 俺の道を阻むな!!」


 しかし、その思いも撥ねのける扉の頑丈さ。


 グランフォルの全力の連打はほんの少しの窪みを作るだけに終わった。


 どれだけ時間をかければこの扉を破壊できるかわからない。


 グランフォルはそう冷静になって考えてしまった。

 冷静になったせいで忘れていた疲労をも思いだしてしまったのだ


 グランフォルは足の震えも我慢するだけの精神力をなくしついに地面に膝をついた。


「俺じゃ……ダメなのか!」


 息を切らしながら悔しそうにそうポツリと呟く。


 最後の最後でグランフォルの進行路を阻んだのは人ではなくただの壁だった。


 それがグランフォルにとってどれだけ無念なことか。


「クソ!!」


 息を整えたグランフォルはいてもたってもいられずに立ち上がり再び拳を振りかぶった。


「……まだ諦めていないようだな。離れていろ」


 そのときグランフォルの耳に男の声が聞こえた。


 グランフォルはその声に聞き覚えがあったような気がしたがそれよりも扉の変化に目を奪われた。


 身体中から危険信号が鳴り響きグランフォルは慌てて振りかぶっていた拳を引っ込めて後ろに下がった。


 すると、扉が徐々に黒く染まりだしたのだ。


「な、なんだ?」


 その黒は扉全体を染めた後、やがて真っ白の灰となって徐々に消えていく。


 あっという間に扉が消え去りグランフォルの前には道が開かれた。


 グランフォルは勢いよく飛び出し辺りを見渡すが誰の姿も無かった。


「なんだったんだ。いや、今はそんなこと考えている場合じゃない!」


 自分を防ぎ止めていた壁が取り除かれたのだ。

 不思議な現象に感謝し走りだす。


(早く! まだ止められるはずだ!!)


 そのとき走っている最中に王城の窓から王都の全貌が見えた。

 グランフォルは思わず足を止めて見入ってしまった。


 そして、感じた。


「無理だ。……もう止まらない」


 目に入ったのは闘志が漲っている兵士たちが衝突している姿だった。


 グランフォルが声をかけたところでこの争いは止まらない。

 

 グランフォルごときでは止められない。


 しかし、すぐに頭を切り替える。


 (止められないなら違う手段を取るだけだ)


 グランフォルは方向を転換させて引き戻していった。


 頭の片隅で考えていた方法を行う覚悟を決めて。


 辿り着いた先は王室だ。


 グランフォルは机に置いてある剣を腰に差して上を向く。


(父上がこの現状を見ればお怒りになるだろうな……。全ては俺の未熟さにある。このケジメはつけなければならない)


 そのとき背後に気配を感じた。


 酷く息切れをして焦っていることは顔を見なくても分かった。


 そして、それが誰であるかも。

 元よりグランフォルが待っていた人物だ。


 グランフォルは上を向きながら口を開く。


「父上が死んだ後、最初からこうなる運命だったのかもな」

「兄上……」


 グランフォルは身体の向きを変え真っ正面からフィルインを見据える。


「理由がどうであれこうなったからには、雌雄を決するしかない!」


 グランフォルは剣を抜き構える。


 初めは戸惑っていたフィルインだが全てを飲み込んでくれたらしく剣を構えてくれた。

 だが、その表情は今にも泣き出しそうなほど歪んでいる。


(さすがは、俺の弟だ。兄であることが恥ずかしいな)


 そして、二人は言葉を交わさずに動き始めた。


 だが、剣の腕が並みで鍛錬も怠っていたグランフォルが真面目に全てを取り組んできたフィルインに敵うはずがない。


 グランフォルの全力の攻撃を全て難なく受け止めるフィルイン。


「ぐあっ……」


 気付かぬ間にグランフォルは蹴飛ばされていた。 


 地面を転がりながら怒りが込み上がってきていた。

 負けていることの苛つきではない。


 実際にグランフォルは元よりフィルインには剣で勝てないと織り込み済みだ。


 それでもグランフォルは覚悟を持って剣での戦いを挑んだ。


 それなのにフィルインはグランフォルの命を奪えるだけの隙があるにも関わらず剣で斬ることはせずに蹴飛ばしてきたのだ。


 手加減されていることが十分に伝わってくる。

 それがどれだけ屈辱なことか。


「ふざけるなよ! フィルイン!」


 しかし、フィルインは物怖じもせず悲しそうな表情を向けてきた。


「兄上……私の勝ちです。剣を収めてください」


 そんな情けないことを言うフィルインに対してグランフォルはさらに憤る。


「何を甘いことを言っている! これは本気の戦いだ! 手加減など相手を侮辱していることとしれ!」


 グランフォルは剣を強く握りしめフィルインに駆け寄っていく。


「兄上!」


 フィルインもようやくグランフォルの覚悟を本当の意味で理解したように悲しい顔をしたがすぐに引き締め鋭い視線を向けてきた。


(それでいいんだ)


 そして、グランフォルは剣を全力で振り下ろした。


 はずだった。


 いつの間にかグランフォルの剣は上に弾かれてしまっていた。


 目の前には剣を構えるフィルインがいる。

 その目には些かも揺るいでいない覚悟が灯っていた。


「やっぱり強いな。……お前は」


 グランフォルはそう呟いて静かに目を瞑り待った。


(これでいい。これで全てが収まる)


 この国の邪魔者である自分が消え王に相応しいフィルインが国をまとめる。

 それでこの国の内乱の兆しは全てがなくなる。


 このままグランフォルとフィルインの両名が生き残ったとしても争いの種は残ったままになる。

 それでは意味がない。

 国が一つにまとまるためにはどちらかが消えるしかない。


(消えるのはこんな争いを事前に止めることすらできなかった俺でいい。俺より全てが上のフィルインなら立派な王になってくれる)


 しかし、グランフォルがいくら待っても意識は途切れなかった。


 不思議に感じたグランフォルは目を開けると地面に手をついて泣きじゃくっているフィルインの姿が目に入った。


 剣も地面に落としており完全に戦意が喪失している。


 グランフォルは言葉も出なかった。


 最後の最後でフィルインの覚悟は砕け散ってしまったのだ。


(……フィルイン)


 辛いことは分かる。

 だが、これを乗り越えてくれなければ意味がない。


 だが、悲しいことにグランフォルにはフィルインを強制させる実力がないのだ。


 なんとかしなければならないと考えつつも思いつかない。


 そのとき、前王の形見である魔道書が豪速でグランフォルの下に向かってきていた。

 魔道書は輝いておりグランフォルの足下に落ちた。


(なんだ? ……魔道書?)


 すると、魔道書は独りでに動き始め高速でページが捲れていきグランフォルを光で包み込んでしまった。


 グランフォルは目を疑った。


 いつの間にか立っていた場所は王室ではなく光で包まれた真っ白の空間だった。


 さらにグランフォルは驚く。


 いきなり膨大な魔法の知識が頭の中に刷り込んできたのだ。

 頭の中がかき回されて酔って気分が悪くなるグランフォル。


『この魔道書に選ばれし心清き者よ』


 そのときグランフォルの頭の中に女性の声が聞こえてきた。


(な、なんだ……?)


 そして、目の前には派手なローブに身を包んだ若い女性が現われた。

 女性は光がそのまま形取ったようで色はない。


 グランフォルは一目見て只者ではないことは分かった。


『ああ、これ一度言ってみたかったのですよ。如何にも偉そうな感じ? みたいな? ……ハッ! コホン、私の名はケイドフィーアと申します』


 重々しく登場しておいて身構えたがこの言葉によりグランフォルは拍子抜けしてしまった。


(正してももう遅いぞ?)

『ざ、残念ながらこの言葉は一方通行ですのであなたの質問には答えられません』


 何やら口詰まったようだがグランフォルは気にしないことにした。


『ですので一方的に説明をします。今、あなたの脳内にこの魔道書に描かれている全ての魔法の知識を授けました。この言葉を聞いているあなたを稀に見る善良で純粋な者として見なしてお願いを申し上げます。もしも、この世界が危機に陥ったとき必ずそれを止めようとする者が現われます。その者はジョーカーと名乗るでしょう。その方のお力になって頂きたいのです』

(なに、勝手なことを……今はそんなことをしている場合じゃ……)

『ジョーカー、一人では荷が重いのです。何卒、よろしく申し上げます。……この世界を救ってください』


 そして、ケイドフィーアはグランフォルをしっかり見詰めて微笑んだ。


 その後、ケイドフィーアの姿は掻き消えた。


「何が一方通行だ。この嘘つきめ……」


 グランフォルはそうポツリと悪態つくことしかできなかった。


 そして、光の空間は徐々に崩れていきグランフォルは現実に戻る。


 グランフォルの目の前には未だに蹲っているフィルインの姿が映った。


(俺が善人か……。どちらにせよ、俺はこの魔道書に選ばれたってことか。ジョーカーって奴の手伝いをするかは俺が決めることだが、もらった力は有り難く使わせて貰う)


 自分の実力ではなく貰い物の力であることが癪ではあるが足りていなかった力がこれで埋まった。


 グランフォルはこれからする行いが善人と呼べる人物がするものであるとは到底思えないがそれでもするしかないと決心する。


「フィルイン……お前が俺を殺さないならお前は死ぬぞ」


 そう言ってグランフォルは魔道書を持っている手で捲っていく。

 そして、あるページに達すると手を止めた。


「第一章第一項、“衝撃インパクト”」


 グランフォルはもう片方の手をフィルインに向けるとその手から魔方陣が作られた。


 それと間も立たずに魔方陣からその名の通り衝撃が放たれる。


 蹲っているフィルインは抵抗もせずに後ろに飛ばされ壁にぶつかった。


「がはっ」


 グランフォルはその倒れたフィルインのすぐ横に剣を投げる。


「フィルイン! このまま死ぬか!?」


 フィルインが立ち上がろうとするのを見てグランフォルは再び魔法を放つ。


「第二項、“光の槍(ホーリーランス)”」


 再びグランフォルの手から魔方陣が浮き上がった。


 しかし、先程と数が違う。

 目算するだけでも十はある。


 そのそれぞれから光線が放たれた。


 その光線は向かう過程で徐々に形を変え鋭く尖る。


 フィルインはその迫り来る光の槍を見て剣を持った。


 握りしめる剣に輝きが宿る。


「“激流げきりゅう”!!」


 フィルインは重い動作で剣を一回振り切る。


 その剣線はとても太く十に及ぶ光の槍をまるで飲み込むかのように簡単に消し去ってしまった。


 そして、フィルインは覚悟を決めた眼差しをグランフォルに向ける。


(そうだ。それでいい。全力でかかってこい!)


 グランフォルは声には出さなかったがそう叫んだ。


 そして、再び魔法を放つ構えを取る。


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