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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第11章 分断する小国
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第146話 白の王女

 

 目の前で起こるあり得ない光景にデンバロクは戸惑っていた。


「どういうことだ!?」


 確かに魔法は発動している。

 依然有利なのはデンバロクのはずだ。


 しかし実際はどうか、徐々にデンバロクは追い詰められていたのだ。


 ジュロングの剣線は魔法の効果が働いているようには到底思えない。


「お前の些細な技など恐るるに足らん。距離感を鈍らせられているのならばいつもよりも深く剣を振るだけだ」


 考えついてすぐにできることではない。


 出鱈目だ。

 デンバロクは熟々そう叫びたい気分に駆られる。


(剣の天才と呼ばれてきたが、私には分不相応だったようだ)


 そして、ついにジュロングの攻撃がデンバロクの腕に掠った。


 掠ったとはいえ軽くはない傷を負いそこからは赤い血が滲みポタポタと地面に滴る。


「くっ……」


 デンバロクはついに後ろに後退し傷口を手で抑える。


 ジュロングは追い打ちもせずにその場に佇んでおり肩に剣を乗せている。


「のう。デンバロクよ。もはや小細工など止めにして堂々と戦ってみせないか」

「私の技が小細工だと……?」


 デンバロクは頭に血が昇る。


 しかし、その目の先に堂々と立つジュロングの姿を見てすぐに冷静になった。


 ジュロングの表情はまさに歴戦の強者を彷彿させる。

 久しぶりの戦闘によって戦いに明け暮れていた日々のことを思い出したのだろう。


 肩書きなどを忘れその身には闘志が漲っている。


 もはや、目の前にいる人物は軍団長ジュロングではない。

 ただの剣士ジュロングだ。


 デンバロクとしてもまさかここまでジュロングとの実力の差に開きがあるとは思っていなかった。


 だが、ここでデンバロクが負けたとしても大局的には勝利が決まっている。


 たとえここでジュロングとの決着をつけなくても勝ちは勝ちだ。


 しかし、ここまで挑発されたデンバロクにそんな選択肢を選べるわけがなかった。

 デンバロクにも意地がある。


「いいだろう。その勝負、乗ってやる!」


 もしかすると、これはジュロングが望む結果かも知れない。

 だとしてもデンバロクはこれでいいと思っていた。


 ジュロングはデンバロクが死ねば全てが収まると考えているだろうがそれは大きな間違いだ。


 デンバロクが死ねば配下の幹部がデンバロクの代わりに指揮をとるようにと申しつけている。


 つまり、デンバロクが死んでも軍勢の勢いは止まらない。

 その結果、勝っても負けても王の座はフィルインのものになる。


 誤算もあったが今の状況でもデンバロクの目的は達成されたも同然だ。


(心残りがあるとすればフィルイン様の手で罰をもらえないことか)


 剣士として戦いの中で果てることは誇るべき名誉。

 だが、フィルインの命令を背き内乱を引き起こした罪人には相応しくない。


 決して許されることはないがそれでもデンバロクは心の内でフィルインに謝罪をする。


 そして、心を切り替え不敵な笑みをジュロングに見せた。


「いつ以来か、魔法を使わずに剣のみで戦うのは」

「滾るのう」


 睨み合う両者はこの戦いをこの一瞬を楽しんでいた。


 軍団長という肩書きを忘れただの剣士として正々堂々と命のやり取りを行う。

 それだけで心を躍らせてしまう。


 お互いは構えそのときを待つ。


 最初に動いたのはジュロングだ。

 そして、デンバロクもそれに続く。


 一瞬で距離を詰めた二人は防御を捨て斬り合い続ける。


 デンバロク自身も不思議に感じたが魔法を捨てたデンバロクの実力は先程よりも増していた。


 しかし、それは剣技の腕が上がったというわけではない。

 この場でこの戦いで死んでも良いという覚悟がデンバロクを強くしたのだ。


 剣技の鋭さがあがり耐久力も自分の想像を超えた。

 ジュロングの攻撃を一太刀でも浴びれば戦闘不能もしくは即死と判断していたが既に何度も浴びている。


 それなのに倒れもせず手を止めていない。


 お互いは瞬く間に傷が増えていく。


 しかし、二人とも苦痛で顔が歪むことはない。

 むしろ思わず笑みを零してしまっている。


 永劫かと勘違いするほどの一瞬の出来事を経てお互いは後ろに下がった。


 満身創痍の二人。


 身体の至る所から血を流れ出る。

 出血の量からして両方の命は風前の灯火だろう。


 この二人の勝負、どちらが勝ったとしてもそれは束の間の勝利だとデンバロクは悟る。


(こいつを斬った後、そう時間も経たず私も死ぬ)


 だが、デンバロクに恐れはない。

 ジュロングも同じ思いなのだろう。


 恐れどころかこの一瞬を楽しんでいる。


「まさか、これほどやるとはのう。少々焚きつけすぎたか。だが、これでいい」


 静かにジュロングは剣を構える。

 その研ぎ澄まされた雰囲気から次が最後の攻撃だと分かった。


 デンバロクはそれに応じ剣を構える。

 そして、両者が地面を蹴る。


 しかし、そのとき途轍もない殺気が前方から襲いかかってきた。


「……なっ!?」


 死を覚悟していたはずのデンバロクは思わず動きを止めてしまう。


 これ以上、前に進めば確実に死が待っていると錯覚して。


 現に首元には不気味な光を宿す短剣の切っ先が突きつけられていた。


 最初、この殺気はジュロングによるものかと考えたが今はそうではないとデンバロクは断言できる。


 目の前ではジュロングは今のデンバロクと同じ状態になっていたからだ。


 デンバロクは瞳だけ動かして自分に突きつけている短剣を持っている人物を見る。


 ゆったりとした黒のドレスを身に纏った桃色の長髪の少女だった。

 またジュロングの動きを止めているのは黒の長髪を後ろに束ねた少年だ。


 その二人から感じられる闘気は尋常ではなく目の前で立っているだけで冷や汗が止まらなかった。


(これほどの殺気をこの娘が……)


 戦闘の緊張が途切れたデンバロクは今になって負った手傷からの激痛に襲われ身体が震えていた。


 本調子ならばこの邪魔をした者を危険を顧みずに振り払うところだが今のデンバロクにはもうそんな余裕はない。


(ここ……までか)


 デンバロクは限界に達し意識を手放そうとした。


「死なせません」


 そのときデンバロクは自身の不自由になった身体が急に軽くなった。


 身体が限界に達したとき特有の浮遊感かと思ったがそれとは全く違う。


「ウラノ、アリル、もう良いですよ」


 そのとき冷ややかで透き通った声が脳に直接入ってくるかのようにすんなりと聞こえてきた。


 それと同時にウラノとアリルという少年たちはジュロングとデンバロクに突きつけていた武器をしまった。


 ジュロングに目を向けるといつの間にか傷が全部塞がっており完全に血が止まっている。

 ジュロング自身も不思議に自身の身体に目を向けていた。


 そして、ようやくデンバロクも自身の傷も無くなっていることに気が付いた。


「それで、いつまで続けるおつもりですか?」


 小声ながらもジュロングとデンバロクを責め立てるような声が周囲に響いたように感じた。


 目を向けた先には純白のドレスで身を包ませている美しい少女が立っていた。

 いつの間にウラノたちは移動しておりその少女の両隣に位置している。


 デンバロクたちは目の先の純白の少女が自分たちの邪魔をしたただの偉そうな少女だとは到底思えない。


 ジュロングとデンバロクは何も言うことができずに黙って次の言葉を待つ。


「最初はお互いの覚悟が伝わり見届けようと思いましたが、戦闘に熱中しすぎてあなた方は自身の立場を忘れていましたね。この争いは意味がある物なのですか? 無意味に命を散らしているのではありませんか?」


 デンバロクは何も言えなかった。

 その少女が憤っていることは正しいのだ。


 いわばこの少女はこの王都で暮らしている民たちの言葉を代弁しているに過ぎない。


 ジュロングも同じようで黙ったままだ。


 そんな様子の二人に少女は機嫌を悪くして冷ややかな声で責める。


「この国の要であるお二人がそのようでいいのですか?」


 デンバロクは自身の過ちに気が付いた。


(私は国のことばかり考えて民たちのことを考えていなかった。内乱によって一番被害が出るのは私たちではない。民たちだ。そのことに気が付かなかったとは……。グランフォルを貶す資格はもとより私にはなかった)


 デンバロクは後悔から頭を伏せる。


「さて、もう一度聞きます。いつまで続けるおつもりですか?」


 そう言わなくても既にジュロングとデンバロクは戦意を喪失している。


 二人が持っていた剣の地面に落ちる音が周囲に響く。


 それを見た周りで戦っていた兵士たちも武器を落としてこの場の争いは収まった。


(勝てない)


 剣技の話ではない。

 武力を行使すれば目の先に立つ少女ぐらい簡単に捻り潰すことができる。


 しかし、そんな話をしているわけではない。


 この少女には逆らってはならないと自身の警戒心が訴え続けているのだ。


「あなたは、一体……」


 そう尋ねずにはいられなかった。


 その問いに少女はふっと微笑みながら答える。

 先程までの雰囲気とは打って変わって和んでいた。


「私はフレイシア・ワーフ・デストリーネ。とある縁によりこの無駄な争いを終わらせにきました」

「フレイシア? まさか……」


 そんな呟きがジュロングから聞こえてきた。


 フレイシアはそれに構わずに掌を上に向け突き出すとそこから無数の淡い緑の光が解き放たれた。


 その光は負傷している者、倒れている者にへと吸い込まれていく。


 そして、デンバロクは目を見開いて驚いた。


 なぜなら兵士たちの手傷をまるでなかったかのように治してしまったからだ。


 瀕死の状態だった者までもが完治と言っていいほどに治っていた。

 その結果、間に合わなかった者もいたがそれでも死者数は予想を遙かに下回った。


「両軍団長、まだ安堵するには早いですよ」


 その言葉でデンバロクたちは重要なことに気が付いた。

 この場には二人が主と仰ぐ人物たちがいない。


「グランフォル様!」

「フィルイン様!」


 そのとき王城において争いが起こっていた。


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