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騒乱のデストリーネ  作者: 如月ゾナ
第11章 分断する小国
140/304

第140話 ボサボサの美青年


「ここがソフラノ王国ですか。のどかな国ですね〜」

 

 フレイシアは新たな都の到着に心を踊らせてあちらこちらに足を動かし目を輝かせる。

 

「フレイシア様、あちこち動き回らないでください!」

 

 慌てた顔でアリルが後ろから走ってきた。

 

 ちなみにデルフは馬車を駐車しにウラノは宿屋に部屋を取りに行っている。


「もう、アリルは心配性ですね。大丈夫ですよ。それと私はフーレ、ですよ?」

 

 今のフレイシアの容姿は帽子を深く被ることで雪のような髪はある程度隠れており服装も茶色の上着などの地味なものだ。

 決してフレイシアではない。

 

「あっ……」

「ふふ、気をつけてくださいね」

「は、はい」

 

 シュンと落ち込むアリル。

 

「ふふ、アリル。デルフたちが来るまであそこでゆっくりしましょ」

 

 フレイシアは鼻歌交じりに指差した喫茶店に向かっていく。

 アリルは前を進んでいくフレイシアを見て落ち込んでいる場合ではないと切り替えて付いていく。

 

 その喫茶店は室内と外の座席がありフレイシアは外を選択した。

 

 木製の椅子に腰掛けて円形のテーブルに手を置く。

 

 ちなみに外と言っても席と道の間には柵がありその道には人の波が動いている。

 人が集まっていると言うことは小国でありながらもこの国は発展している証。

 

(良い国ですね)

 

 フレイシアたちが座ったのを見計らって元気の良い若い娘の従業員が注文を取りにきた。

 

 まずはデルフから預かった銀貨かがここで使えるか確認を取り大丈夫だと分かるとフレイシアは紅茶を二つ注文しようとする。

 

 だが、それにアリルが待ったをかけた。

 

「僕、紅茶苦手なので珈琲をお願いします。砂糖多めで」

「かしこまりました♪」

 

 注文を取り終えた娘は一礼した後、小走りで去って行く。

 

 フレイシアたちはしばらく周りの景色を眺めて沈黙が続いていた。

 

 だが、先にフレイシアがその沈黙を破る。

 

「それでアリル、何か気に入った服はありましたか?」

 

 アリルが初めて見たときからずっと着用している服装はゆったりとした黒のドレスだ。

 フレイシアとしてはアリルに衣服のレパートリーを増やして欲しいと思っていた。

 

 そのため馬車の中で試着会を行っていたのだ。

 

「んーたくさん着すぎて何が何だか覚えていませんね……」

「うっ……あれもこれも着せたのは逆効果でしたか」

「途中からフーレ様の方が楽しんでいましたからね。いえ、最初からでしたか」

 

 フレイシアは目を背けながら空笑いをして誤魔化す。

 

「そ、それでその服、気に入っているのですか? あなたがそのような派手な服装が好みではないと思っていましたが」

「手に入れたところは最悪で僕好みでは確かにありません。ですが……デルフ様に褒めて頂いたので」

「へぇ〜そうですか」

 

 フレイシアはアリルをジトーッと見詰めるがアリルはそのときのことを思い出したのか顔を赤らめながら上の空になっている。

 

「お待たせしました〜! 紅茶と珈琲になります!」

 

 そのとき頼んでいた紅茶と珈琲を注文時と同じ娘が運んできた。

 二人はそれぞれカップを持って一口啜る。

 

 これでもかと言うほど砂糖が入った珈琲を口に含んだアリルは夢心地のような笑顔になっている。

 

「……甘ったるくないのですか?」

「これが良いのですよ♪」

 

 そう言って上機嫌にもう一口啜るアリル。

 

 フレイシアも紅茶を啜りそして口を開く。

 

「デルフのこと、好きなのですか?」

「ぶふっ! ゲホッ、ゲホッ!!」

 

 フレイシアの急な発言にアリルは口に含んでいた珈琲を吐き出し苦しそうに咽せてしまった。

 

「な、なんですか……急に……」

 

 フレイシアはニコニコと笑みを浮かべるだけで言葉を返さない。

 

 アリルは少し嫌な顔をしたが観念したように一回息を吐く。

 

「好きとは少し違うと思います。デルフ様は僕の心の拠り所なのです。デルフ様がいるからこそ僕はこうして強気でいられることができる。デルフ様のお役に立ちたい。僕の身も心も全てはデルフ様のものです。もし、デルフ様が僕に死ねと言えば喜んで命を捧げます」

 

 アリルは一切物怖じせずに淡々と口にする。

 その言葉に嘘はないことは目を見れば分かる。

 

 フレイシアは少しアリルのことが恐ろしく感じた。

 

(凄まじい忠誠心ですね……)

「ふふ」

 

 真剣な表情から一転して顔を綻ばせるアリル。

 フレイシはア少し首を傾げるとアリルはさらににこやかな笑顔を見せた。

 

「これが恋心だと言えますか?」

 

 フレイシアは答えることができずに黙ったままだ。

 

「安心してください。僕は恋敵ではありません。フーレ様とデルフ様が結ばれたら心より祝福しますよ」

 

 呆けていたフレイシアだがその意味にようやく気が付いて顔を真っ赤にする。

 

(私が責めていたのにいつの間にか立場が逆転に……)

「僕はデルフ様の側でお仕えできればそれでいいです」

 

 そう言うアリルの瞳は雲一つない青空のように澄んでいた。

 

 そのとき、フレイシアは視線を感じてビクッと身体を跳ねさせる。

 フレイシアに気づけてアリルが気づかないことはない。

 

 雰囲気を尖らせたアリルは懐に忍ばせていた短剣を一本取り出して予備動作もなくすぐ横に振ろうとする。

 

「待った待った!!」


 制止を求める男の声が聞こえたがアリルには知ったことではない。


「アリル!」

 

 フレイシアの声でアリルは短剣を即座に止めた。

 

 アリルの短剣はいつの間にか柵の上に座っていた男のすぐ首元で止まっていた。

 いや、切っ先が僅かに首に触れておりそこから血が流れている。

 

 その男は顔を青ざめて両手を上げて降参を示している。

 

「大変!」


 流血を見たフレイシアは急いでハンカチを取り出して男の血を拭く。

 その際に“治癒の光”を気付かれないように一瞬だけ使用して極小の傷を即座に癒やした。

 

 その男はボサボサの薄緑の長髪に乱れた服装。

 顔付きは整っているがそこはかとなく残念な人とフレイシアは感じた。

 

「すみません。この娘、真面目なのですがやり過ぎなところがあって……。アリル、いきなり武器を使うのはあれほど止めるようにと」

「やられた後では遅いのですよ。フーレ様は甘いのです」

 

 アリルから反省の色が全く伺えない。

 

 フレイシアは顔を引き攣らせるが透かさず戻して再びその青年に詫びを入れる。

 

「いやいや、何も言わずに見詰めていたこちらにも非はある。不審者と間違えられても仕方がない……」

 

 まだ顔色が戻っていない青年は空笑いをする。

 

「俺はグランフォルと言う」

「私はフーレ、こちらはアリルです」

 

 グランフォルはアリルに目を向けるとアリルはそっぽを向く。

 

「こんな得体が知れない不審者にわざわざ名乗り返さなくても良いでしょうに」

「そんなわけにはいきません」

 

 フレイシアは再びグランフォルに目を向ける。

 

「それで、私たちに何か?」

 

 そう尋ねるとグランフォルの頬が赤みを帯びたのが分かった。

 それに目が泳いでいる。


「え、あ、えーとなんて言うか……」

「やっぱり怪しいですね。今のうちに消しておきますか?」

 

 アリルが再び短剣を握りしめるとグランフォルは慌てて口にする。

 

「あー分かった分かった。見惚れていたんだよ!」

「誰に? ……ああ〜」

 

 アリルが首を傾けて聞くがすぐに理解したようだ。

 

 フレイシアはわけが分からずにあたふたしてしまっている。

 

「と、ところでフーレさんはどこかの貴族ですか?」

 

 フレイシアは驚きアリルは警戒をさらに深めた。

 

「な、なぜそう思ったのですか?」

 

 フレイシアの服装は平民の物で鮮やかさは一切なく強いて言うならば地味である。

 貴族という言葉がどこから出てきたのか見当も付かない。


 フレイシアはアリルに目を向けると鋭い眼差しをしていた。

 グランフォルの返答次第でアリルは即座に動くだろう。


「え? だってさっきそこの子が様って言ってなかったか?」

 

 その言葉でアリルの動きが止まった。

 

「「え?」」

 

 そして、二人の緊張が急激に弛緩する。

 

「アリル?」

 

 フレイシアはじとっとアリルを睨む。


「ご、ごめんなさい」

 

 言ってしまったのなら仕方がない。

 幸い、デストリーネの王女であるフレイシアとまでは分かっていないだろう。

 

 フレイシアはわざとらしく咳払いをして答える。

 

「ま、まぁそんなところですね〜」

「なんか裏がありそうだな〜。まぁいいか。それよりも今度、俺と二人でお茶をしませんか?」

「もうデートのお誘いですか……。さっきまで赤くなってたくせに。開き直りですか? はぁ〜、それよりもまずは友達になってからじゃ」


 そのアリルの一言を聞いたグランフォルは感心したように頷く。

 

「そ、そうだな。うん、そうだ。お前、いいこと言うな!」

「それはどうも」

 

 グランフォルは改めて言葉を出す。

 

「俺と友達になってくれないか?」

「友達……」

 

 王女であったフレイシアに口説かれているという経験は当然なく話にも聞いたことがなかったため口説かれているという考えはなかった。

 

 それよりもフレイシアは友達という言葉には元より惹かれていたため即答で答える。

 

「もちろんです! 友達! なりましょう!」

「断ってもいいのですよ……」

「何を言うのですか! 友達ですよ! ようやく二人目です! もちろん一人目はアリルですよ」

 

 目を輝かせて有頂天になっているフレイシア。

 

「デルフ様たちは違うのですか?」

「デルフは今がどうであれ私の騎士です。それに変わりはありません。ウラノも同じですね。お姉様はお姉様ですし」

「そうですか……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「何ですか?」

 

 グランフォルの制止の声に面倒くさそうにアリルが返す。

 

「デルフって……」

 

 その言葉にフレイシアは自分の失態に気が付いた。

 

「アリル! ちょっとこっち」

 

 グランフォルの言葉を遮ってフレイシアはアリルを手招きして小声で話す。

 

「大声でデルフの名前を出してしまいました……」

「あっ……。まさかこの男、デルフ様の正体に」

 

 アリルも自分のとんでもないミスに気が付いたらしく酷く動揺してしまっている。

 

「殺しますか……」

「それはダメです!」

 

 二人の小声の話し合いの蚊帳の外となったグランフォルだがなぜか放心している。

 

 そのとき後ろから足音が聞こえてきた。

 

「これは……どんな状況だ?」

 

 もの凄く聞き覚えのある声にフレイシアとアリルの二人が反応して視線を向けるとすぐ近くにデルフが立っていた。

 

「デルフ!」

「デルフ様!」

 

 二人は先程の失態の反省も忘れて大声で名前を呼ぶ。

 

 さすがにデルフもそれには苦笑いを隠せなかった。

 ちなみにデルフの側にはウラノもいる。

 

「お前が、デルフか……」

 

 グランフォルがゆっくりと近づいてきてデルフのすぐ前に立つ。

 そして、まじまじと値踏みするようにデルフを見ている。

 

 デルフもグランフォルに視線を向けてお互いは睨み合う。

 しばらくその睨み合いが続くがグランフォルがふっと笑って後ろに退いた。

 

「なるほど、いい目をしている。こりゃ手強いな。おまけに女性が三人」

「ちょっと待った! 言いたいことは分かっています! 分かっていますよ!! 一つ!! 言っておきますが!! 小生は男ですからね!」


 ウラノは顔を真っ赤にして食い気味に怒鳴り込む。

 そのウラノの迫力にグランフォルは怖じ気づいてしまった。


「お、おう。そうかそれは……」

「それも待った! 謝らないでください! 逆に傷付きます!」

「そ、そうか」


 グランフォルは咳払いで仕切り直して口を開く。

 

「何にせよ。俺は負けるつもりはないからな!」


 グランフォルはビシッとデルフに指差す。

 

 フレイシアは何も分からずに二人の顔を眺めていて閃いた。


(こ、これは男の友情ってやつですか……。さすがデルフです。初対面で会話なしに友達になれるとは)

 

 フレイシアは気が付いていないがデルフはとても困ったような顔をしていた。

 

「グランフォル様〜」

 

 そのとき遠いところから声が飛んできた。

 

「……どうやらお迎えが来たようだ。まだ遊んでいたいが仕方がない」

 

 そう独り言を呟いた後、グランフォルはデルフたちに目を向ける。

 

「この国はまだ色々と問題はあるが根は豊かな国だ。ゆっくりと寛いでくれ。それじゃ、また」

 

 柵を越えて道に出ようとするグランフォルだがその動きがすぐに止まる。

 

「ああ、それとフーレ。お茶の件、忘れないでくれよ?」

「しばらく滞在していますからいつもでも来てください」

 

 フレイシアは微笑みながらそう返す。

 

 グランフォルは何回も頷いて今度こそ姿を消した。

 

「ようやく行ってくれましたか……」

 

 アリルが溜め息を零す。

 

「負けるつもりはないって一体何のことだ?」

 

 デルフはそうポツリと呟いた。

 

 そんなことよりもフレイシアはデルフに言いたいことがあった。

 

「デルフ。私、また友達が一人増えましたよ!」

 

 三度目の失態は冒さない。

 小声でデルフに話しかける。

 

「あの青年ですか?」

「はい」

「そうですね。見た目はともかく中身はなかなか見所がありました」

「さすが友達ですね!」

「ん?」

 

 デルフとフレイシアの会話をパチパチと手を叩く音が遮る。

 

「殿、お話は宿屋で致しましょう」

「それもそうだな」

 

 フレイシアは青空が夕焼けに変わっていたことに気が付いた。

 日が落ちるのはもうすぐだろう。

 

 完全に日が沈む前にフレイシアたちは宿屋に戻っていった。


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