第139話 道中のお遊び
デルフたちは馬車でボワールに向かっていた。
草一本生えていない整備された道は多少の揺れはあるがされていない道とは断然の差がある。
馬車の中は前と比較すると明らかに賑わいが足りていない。
それもそのはず今まで元気の権化とも言えるナーシャはフテイルで別れたからだ。
(いや、姉さんが元気すぎてこれが普通なのか?)
運転しているウラノの隣に座るデルフはチラリと幌の隙間からフレイシアたちの様子を覗き見る。
(!!)
だが、すぐに顔を前に向けた。
「殿、如何しましたか?」
その不自然さが目立ってしまったのかウラノは目だけを動かしてデルフに尋ねてくる。
「……何でもない」
「そうですか」
ウラノは不思議そうに首を傾げた後、それ以上追求せずに再び運転に意識を向ける。
(タイミングが悪すぎだ……)
デルフが見た光景、それはアリルがフレイシアに人形のように着替えさせられている姿だった。
フテイルを出立する際、旅の道具をこれでもかと言うぐらいナーシャが幌馬車に乗せていた。
その中に華やかな衣服もあったのだろう。
(しかし、本当に性格が姉さんに似てきてないか……?)
そのときデルフの背後から視線が感じた。
デルフはチラリと目を後ろに動かすとアリルが幌から顔だけを出してデルフをまじまじと見詰めていた。
「どうしたんだ? アリル?」
デルフは自身の内側から漏れ出ようとする動揺を必死に抑えながら言葉を出す。
それでも自分の目に焼き付いたアリルの下着姿を思い出すと罪悪感が滲み出てくる。
すっとぼけるのは止めてここは素直に謝ろうと再びアリルに目を向けるとデルフは思わず顔を引き攣らせる。
なぜならアリルの目はとろんとしており顔は赤みを差していた。
「デ、デルフ様なら……いくらでも見てくれていいですから!」
それだけ言って逃げるように幌に中に顔を勢いよく引っ込めた。
「相変わらず……すごい好かれようですね」
「は……ははは」
ウラノの言葉にデルフは苦笑いしかできない。
そのときまたも後ろからドンと衝撃が襲ってきた。
「うぉわ!!」
危うく馬車から落ちそうになりデルフは冷や汗を掻く。
気を取り直して背後を見るとぶすっと不機嫌な顔をしているフーレの格好をしたフレイシアが顔を出していた。
「……へ、陛下……どうかしましたか?」
デルフは苦笑いしながら小声で尋ねるとフレイシアはぷいっと顔を背けた。
「いいえ〜? 何でもありませんよ〜?」
それだけ言ってフレイシアは幌の中に顔を引っ込めた。
「本当に何なんだ……」
わけが分からないデルフは思わず溜め息がでそうになる。
頭を抱えたくなる気持ちを必死に抑えることに精一杯だ。
「ふふ、あのような美女たちに囲まれて全く羨ましい限りです」
「本当にそう思っているか?」
ウラノは何も言わずに笑みを返すだけだ。
しかし、とデルフはフレイシアとアリルの様子を見て嬉しく思う。
ナーシャがいなくなって気軽に話せる相手が少なくなったかとデルフは危惧していたがどうやらアリルとかなり気が合うらしい。
アリルはフレイシアの護衛兼メイドとして世話を欠かさずに行っているが言葉遣いはあまり丁寧ではない。
それがフレイシアにとっては新鮮なことでありアリルは初めての友達としての認識になったのだろう。
アリル自身も嫌なわけではないらしく今もこうしてフレイシアの遊びに付き合っているのだ。
「アリル! 似合ってますよ!! 次はこれを! これを着てください!!」
「まだやるのですか……」
「ずっとです! アリル、あなたは可愛いのですからこれを生かさない手はありませんよ!!」
「ちょ……自分で脱ぎますから! 引っ張らないでください!」
そんな声が後ろから聞こえてくる。
先程の静けさが嘘のようになくなってしまった。
(陛下は影響されやすい性格らしい。目を光らせておかないとな。しかし、これはこれで悪くないと思う自分もいる。俺も毒されやすいのか……)
頭を抱えるデルフだが笑ってしまっている自分に気が付く。
(しかしおかしいな。いつもならリラが茶化してきそう場面なのに今日は音沙汰もない)
そう思ったのと殆ど同時にリラルスの声がデルフの頭の中に響き渡る。
『できたぞ! できたのじゃ! デルフ!』
突然の大声に頭が揺さぶられたデルフは一瞬意識が飛びそうになった。
(もう急に何なんだ……)
『ふっふっふ、聞くより見て驚け』
するとデルフの意志と関係なく自身の魔力の放出を感じた。
「殿?」
その異変に気が付いたウラノが首を傾げるがデルフは手で制止をかける。
「大丈夫だ」
デルフから出た魔力は目の前で靄となって蠢いている。
そして、徐々に形を整えていきリラルスの姿が浮き上がった。
黒の長髪に黒コート、デルフが知るリラルスだ。
「どうじゃ! デルフ!」
「お前、そんなことができたのか」
目を見開き唖然とした様子でデルフは呟く。
「今、できたばかりじゃ。前に見たケイドフィーアの魔法を真似てみただけじゃ。あやつは光で形取っただけじゃが私は完全なる実体を作りだしたぞ。これはあの大魔術師を超えた証明に他ならないのう」
高笑いをした後、リラルスは魔力で形取った身体を一通り確かめる。
「ふむ、異常はなしじゃの」
そして、宙に浮いているリラルスはデルフの近くまでふわっと寄ってきて横に座ろうとする。
「む?」
だが、座ろうとしたリラルスは馬車を透けて下に沈んでいった。
「リラ?」
デルフが呼ぶとすぐにリラルスが座ろうとしたところから頭が浮かんできた。
半目になっており少し不機嫌そうだ。
「くっ……まさか物体を透過するとはのう」
悔しそうに呟くリラルスは全身を馬車から浮き上がらせて再び座ろうとする。
透過してしまうため実際は少し浮いているのだが。
「わざわざ座ろうとしなくても」
「いいではないか、気分の問題じゃ」
先程と打って変わってどこか嬉しそうなリラルス。
「楽しそうだな」
「覚えておるか? 私が旅に誘ったときのことを」
「もちろんだ」
「こんな形じゃがお前と旅ができて嬉しいのじゃぞ」
「そうだな。今更だが……村であんなことが起きなかったら多分俺はリラに付いていったと思うな」
「ふふ、それは嬉しいことを聞いた」
リラルスが嬉しそうに肩を何回も叩いてくる。
「? 俺には触れることができるんだな」
「言われてみれば……」
そのときウラノが恐る恐るデルフに尋ねてきた。
その表情は心配の一文字が浮かんでいる。
「殿? 一体誰とお話になっているので?」
「えっ? リラとだが」
「リラ様……?」
「ここにリラがいるだろ?」
デルフはリラルスが座っている場所を指さすがウラノは困ったように笑みを浮かべている
まさかと、デルフはウラノに聞いてみた。
「見えていないのか?」
「は、はぁ」
「なんじゃと!?」
ウラノの返答に大きく反応したのは隣に座っているリラルスだ。
「どうやら俺にしかお前の姿は見えないようだな」
「そ、そのようじゃの……」
悔しそうに言うリラルス。
「物体には透過してしまう、しかも俺にしか見えない。残念だったな、リラ。あの大魔術師にはまだ勝てていないらしい」
「むむむむ」
唸り声を上げるがそれ以上は何も言わない。
そして、リラルスの姿は突如消え失せた。
霧散した魔力はデルフの中に戻っていく。
「あっ、逃げた」
『うるさいのじゃ!!』
しかし、逃げたところで行き着く先は結局デルフの中なのだ。
声は届く。
いつもと立場が逆転したデルフはにやりと心の中でほくそ笑みリラルスを茶化しまくる。
中での出来事なのでウラノからは目を瞑って笑みを浮かべているデルフしか映っていない。
リラルスをいじめ抜いたデルフはウラノに意識を向ける。
だが、その前にリラルスから反撃の狼煙が上がった。
『そういえばデルフ……先程は面白いことがあったのう』
嫌な予感に駆られたデルフは即座にリラルスとの会話を打ち切る。
『ちょ……ま……待つのじゃ! まだ話が、勝ち逃げは……』
デルフは気を取り直してウラノに言葉をかける。
「それでウラノ、ボワールの前に小国に立ち寄ると言っていたな」
「はい。ソフラノ王国と呼ばれる二つの都市から成る小国です。約一年前に先王が亡くなり今はそのご子息、二人の兄弟が各都市を統治しています」
「ん? その兄弟のどちらかが国王になったわけではないのか?」
「はい。小生も気になったのですがそのような話は聞かなかったです」
「そうか」
一瞬、デルフの何か嫌な予感が過ぎった。
ソフラノを迂回して直接ボワールに向かうことを一瞬考える。
しかし、フテイルで蓄えた食料が底を突きそうになっていることを思い出した。
(今更、変えられないか)
「ウラノ、早急に準備を済ませて三日当たりで発つとするぞ」
「そうですね、それが最善かと。今のうちに必要な物を書き連ねておきましょう。アリル!」
「聞こえています! 分かりました!」
幌の中からアリルの大声が響く。
そして、すぐにアリルとフレイシアの会話が聞こえてくる。
「フレイシア様はこちらを見てください」
「分かりました」
(もう本当に友達だな……)
そうして、デルフ一行はソフラノ王国に到着した。




